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去る者、留まる者

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 歩く、歩く。二人は宮殿を抜け、人気のない方へと進む。妨害者や追跡者は一人残らず男が始末していく。もはやその様は人間にはまるで見えない。
 どれくらい歩いただろうか、周りが木々に囲まれ、人の気配などまるで感じなくなった頃にジーのが口を開いた。
「おい、もういいだろう。お前は一体何なんだ?」
 その問いに、男は全く歩く足を止めずに答える。
「何、か…。お前に言っても理解できるかは分からんが、とりあえず人間ではないな」
 人間ではない。今目の前で話しているこの男は人外。ジーノはそう言われてもピンとこなかった。
「俺は山であり、土であり、そこらへんの石ころである、ということだ」
 益々わけが分からない。男の話を聞いていると妙な宗教の説法のように聞こえる。
「正確に言えばお前が今いるこの世界、この星の手のようなものだ」
「手?」
 男の妙な言い方にジーノは思わず聞き返す。
「そうだ。お前は”命を持つ者”、そして俺は”命を持たぬ物”の一部だという意味だ」
 ”命を持たぬ物”。そう言われても何がなんだかわからないジーノは話題を変えることにした。
「あんたの名前は?」
「正直名前はここ最近では使っていない。リーズナ―の連中からは”連絡係”と呼ばれていたからな」
 連絡係という妙な呼び名、というか役職にジーノは男を不審そうに睨む。
「だが、ここ最近ではないが一時期”アレス”と名乗っていた」
「な――!!」
 アレス、そう闘神アレス。ジーノの師であるラドルフの恩師であり師匠。そしてもはや伝説として語り継がれている最強の傭兵の名だった。
「…じゃあ、あんたがラドルフさんの?」
「ああ、そうだ。あいつを拾ったのは私だ」
 薄々そうではないかとは思っていたものの、直接言葉にされて驚きを隠せないジーノに、闘神は話しかける。
「あいつはよく役割を果たしてくれた。私が人間として存在していたという生き証人としての役割を果たしたばかりか、お前を拾い、今日まで生かしてくれたのだからな」
 役割という言い方に妙な違和感を感じるジーノだったが、それも目の前の自分の師の師である人物の興味でかき消されてしまった。
 不意に闘神が足を止める。急に止まったのでジーノは反射的に身構えてしまった。
「ん?追手か…?いや、これは…」
 ジーノ達の後方を闘神が睨む。少なくともジーノには、人の気配は一切感じられなかった。
「どうやらお前に客の様だぞ」
 場所は変わってクレスト北東部。
 かつて街だったそこは風化した廃墟が残っているだけの殺風景な場所だった。
 そんな場所でフラッグはボロボロの体で歩き続ける。
「あー、マジやってらんねぇ…」
 ぼやきながらもフラッグはその足を止めない。ゆっくり、ゆっくりと確実に前へ進む。そのたびにフラッグの体に激痛が走っていく。
 目的地がフラッグの視界に入る。街はずれの大きな杉の木。そこはかつて、フラッグが助けられなかった少女と話した場所。そして最後に話した場所…。
「来たか」
 その場所には、さも当然のようにファントムが立っていた。
「よぉ」
 フラッグは相変わらずの口調でファントムにあいさつすると、そのまま木にもたれかかった。
「来ると思っていたぞ」
「知ってたのか?あの剣のことを?」
「ああ」
 フラッグは軽く舌打ちをすると、空を仰いで目を閉じる。その時のフラッグの表情を、ファントムは見ないようにするために空を仰ぐ。
「なぁ」
「なんだ?」
「俺は、あの時から変われたのかねぇ?」
「知らん」
 そのあっけない言葉に思わずフラッグはファントムを凝視する。その表情はフルフェイスの兜で覆われ、うかがい知ることはできない。
「…知らんが、お前は変わらず阿呆なままだ」
「ハッ、違いないなぁ」
 体の痛みを抑え込み、いたずらっぽい笑みを浮かべると、フラッグはそのまま口を開く。
「…だが、お前も馬鹿なまんまだろーが」
「フム、違いないな」
 ファントムがそう言うと、二人の男の笑い声が誰もいない街のはずれで響く。
 ひとしきり笑うと、フラッグは自嘲めいた笑みを浮かべて地面を見詰めながら、呟くように話した。
「ホント、死にたくねぇなぁ…」
「……相変わらず、往生際の悪い奴だ」
「ほっとけ」
 ファントムの悪態をいつもの調子で返すと、フラッグは少し心に余裕ができたのか顔を少し上げて話した。
「まあ、これでようやくあの子に謝りに行けるって考えりゃあ、そんなに悪いことでもねぇわな」
 弱々しいフラッグの声。そんな様子に気付かないふりをしながらファントムは話す。
「最期にそんな殊勝な言葉を吐くとは、らしくもないな、フラッグ・フィックス」
「かも、しれねぇなぁ…」
「そんなことを考える暇があったら、今眼の前にいる俺に謝罪してもらいたいものだ。俺は結局お前に借りを返せていないままなのだぞ」
「……」
「おい!聞いて――」
 フラッグは答えない。そして動くことも無かった。
 ファントムは話し始めてから初めてフラッグの顔を見る。その顔は驚くほど安らかだ。
「気に入らん面だ」
 フラッグの顔を睨みながらそう吐き捨てると、ファントムはその場を後にした。
 ファントム、それはこの世に未練があるからこそ幽霊たりえる。だが、だからこそ彼は思う。自分もやるべきことを成し遂げて死ねば、フラッグのような安らかな死に顔で逝けるのだろうか、と。
 ファントムは未だこの世に留まり続ける。その心に宿る、未練を断ち切るその日まで――。
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