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エジプト:王家の谷

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 九月も終わり。今年もあと三ヶ月。
 平日は学校に通って、土日はゲームしたり、たまにカラオケに行ったり、もっともっとたまに勉強したり。進路の事とかぼちぼち考えながら、俺は高校二年生ライフをまっとうする。
 ……まあ、これまで通り大した事はねえだろうな。
 とかタカを括っていたら、ところがどっこい世界が変わった。
「豊波君」
 始まりは、帰り道で呼び止められたあの時点。後ろを振り返って、そこにいたのは同級生の『四ツ目志穂(よつめしほ)』だった。長い黒髪のストレート。
「ん? 何……ですか?」
 大した関わりがある訳じゃない。帰り道も違うし、部活も違うし、当然性別も、知らねえがおそらく誕生日も違うはずだ。やや距離感のある中途半端な敬語になったのも、まあ仕方ない。
「明日から、旅に出ましょう」
 「帰りに駄菓子屋でも寄っていこうぜ?」くらいの軽いノリで、四ツ目がそう言った。俺は尋ねる。
「どこに?」
「世界中よ。一ヶ月かけて、色々な所に」
 笑ったらいいのか? それとも、病院でも紹介した方がいいのか?
 普通の奴ならそう悩むだろう。俺だっていつもなら、そのどっちかにしたはずだ。だけど、その時の俺は違った。
「なるほど。そいつは楽しそうだ」
 どうかしちまってたのかもしれない。
 けれど、電線でバラバラにされた空を見上げながら、俺は本気でそう思ったんだ。
 家に帰ってオカンに「明日から世界一周旅行に行ってくる」と言うと、オカンは「行ってらっしゃい。だが今夜もカレー」
 と言ったので、行き先がインドじゃなけりゃいいなぁと思いながら、俺はその日眠りについた。


 そして次の日、十月一日。
 俺は……いや、俺と四ツ目はエジプトに来ていた。
 はっきり言って、モロにゆとりぶちかましている俺としては、エジプトの位置も良く分からん。アメリカの下あたりか、違うような気がする。地球には大陸が二つあって、それの左側……だったっけ? 薄口な記憶。それなら中国の下あたりだろうか。いや、中国の下はインドだったはず。おやおや、我が家から通算五日連続でカレーになる可能性が出てきやがった。
「あのすいません。ここどこでしたっけ?」
 四ツ目は無感情の塊みたいな表情で、
「エジプトのルクソールという街よ。さっきも言ったはずだけど」
 ルクソール。聞いた事ねえな。
「古代エジプトのテーベと言った方が通りがいいかしら?」
 テーベ。聞いた事ねえな。
「あそこに見えるのがナイル川」
 ナイル川! それはめっちゃ聞いた事ある。
 俺が生まれて初めてきた外国、エジプトは、俺の頭の中の子供みてえなイメージとはかなりかけ離れていた。まず普通に、道路がある。だから当然車が走ってる。コンクリートで出来た建物もある。しかも四階建てとか普通。普通に都会。都会だからなのか、ラクダとかいない。そんな戯言を四ツ目に話したら、
「一回エジプト人に怒られた方が良いのではないかしら」
 と呆れていた。
 逆に、「流石エジプト!」と思ったのは、川にでっかい船が行き来している事。空気が異様に渇いてる事。あと、外人ばっか歩いてる事。


 自分はもしや、流されやすい性格なのか。と、時々心配になる。
「そんな事ないよ」と言われると、「ああ、そんな事ないか」と思うし、「そうかもしれない」と言われると、「ああ、やっぱりそうか」と思う。って事はつまり、流されやすい性格って事だな。
 船に乗って、ナイル川を下流に向かって流されながら、ぼんやりと景色を眺める。あ、俺は今、旅をしているのか。と、今更気づく。
 四ツ目志穂。この女は一体何者なのだろう。
 まず、はっきり言って美人だ。少しきつい目をしているが、鼻筋が通っていて、それから肌が異様に白い。個人的に何より印象的なのはその唇。おっと、いやらしい意味じゃあないぜ。四ツ目の唇は、なんというかこう、特別なのだ。その、雰囲気というか、感覚的にというか……まあいいや。仮にうちの高校の全校生徒で女子の人気投票をやったら、まず五本の指に入るのは間違いない。実際、告白してる奴はそこそこいるみたいだが、誰々と付き合ってるだとかそういう噂は聞いた事が無い。
 ほんで、お前はどう思うん?
 と、聞かれると弱い。綺麗だとは思うが、それは「今日は月が良く見えて綺麗だなぁ」と思うようなレベルの事だと言えば分かりやすいかもしれない。「これは良い絵だ」「これは良い音楽だ」これらの感想とも良く似ている。
 思春期ロスタイムの最中にいる俺という立場から考えて、異性としての『四ツ目志穂』は、あまりに高い位置に咲いている花すぎて、その存在に気づかない……。
「何を考えているの?」
 四ツ目はその日本刀のような切れ味の目で俺を見ながら尋ねてきた。
「いや、別に、何も?」
 嘘が下手な奴は絶対に出世しないが、幸せな一生が送れる。誰の名言? まあ俺だけども。
「恥ずかしい事を考えていたらしいわね」
 声の抑揚も無しに俺の心底を見透かした四ツ目は、遥か遠く川の対岸に広がる砂漠を向いて、
「恥の多い人生を送ってそうだもの」
 と、俺にとどめを刺した。
 四ツ目さん。そりゃ自分で言うから格好いい書き出しな訳であってね、人から、しかも異性から言われるとあってはまさに人間失格という物じゃないかぃ。


「彼、ツタンカーメン王は、十九歳の若さで亡くなった」
 木箱に横たわっていたのは黒コゲの物体。一見すると、巨大な炭にも見える。
「古代エジプトを統治する、ファラオの地位について九年目の事。埋葬されたのは三月か、四月。突然の出来事だったらしいわね」
「どうしてそんな事が分かるんだ?」
「まず、当時の王の墓としては異様に規模が小さい点から、埋葬作業は急ピッチで行われたって事。それから、棺に入れられていた植物の種類から、その埋葬時期がおおよそ分かる」
 なるほど、頭いいな。関心しつつ、俺は壁に描かれた様々な絵を眺めていた。その時ふと、意地悪な質問を一つ思いついた。へっへ、優等生の四ツ目の鼻を明かしてやろう。
「なあ、質問なんだけど、彼はなんで死んだんだ?」
 三三〇〇年前に生きていた人間の死因なんて、見当がつくはずがない。
 ……そう踏んだ俺が馬鹿でした。
「彼の死因については、複数の説があるわ。最も有力なのが、事故で左足を骨折して、感染症にかかって死んだとされる説。当時流行っていたマラリアが原因とする説もあるし、暗殺の可能性も無い事は無い。最近では、遺伝性の、鎌状赤血球貧血症が原因という説もあるわね」
「な、なんじゃそりゃ」
「CTスキャン、MRI、細胞分析。現代の科学を駆使して調べても、つまりはっきりとした事は分かっていないという事よ」
 俺は頭の中で、ミイラが人間ドッグを受けている絵を浮かべる。
 彼だって、まさか三千年も経ってから持病を指摘されるとは思ってもみなかった事だろう。
 四ツ目は俺をじっと見据えて、
「肝心なのは、知りたいと思う事よ」
 と、締めくくった。


 砂漠の彼方に夕日が沈む。思えば、生で地平線を見るのも生まれて初めての事だ。
「汝、テーベを愛する者は、北風を顔に受けて一生を過ごし、その双眸で喜びを見る事になるだろう」
 唐突に、四ツ目が言った。何かに乗り移られたのか、もしかしてファラオの呪いか!?
「ツタンカーメンのミイラと共に発見された、アラバスター製の杯に刻まれていた言葉よ」
「日本語で書かれてあったの?」とか馬鹿な事を聞こうかとも思ったがやめた。
「彼はこの場所を愛していたのでしょうね」
 俺は再び渇いた大地に目を向ける。ラクダがいる。ピラミッドもある。本当にエジプトに来たんだなぁと実感する。
「古来エジプトで、黄金は永遠の象徴だった。死後、黄金で出来た物と眠る事により、復活が約束されると信じられていたのよ。彼の棺は三重になっていて、外側の二つは全面金箔張り、一番内側の棺は純金製。そしてその中に眠る彼は、黄金で出来たマスクを被っていた」
 黄金のマスク。いくら無知な俺でも見覚えがあるあの有名な品だ。
「更に金の棺の外側は、四重に重ねられた木と石の棺」
 俺は率直な感想を述べる。
「はは、マトリョーシカみたいだな。発掘するのはさぞや大変だったろう」
 四ツ目は無表情のまま、そう、あくまでも無表情のまま、
「マトリョーシカ……面白い喩えね」
 と呟いた。
 本当に面白いと思ってるのか? 悪いけど、全然そうは見えないぜ。
 でも、聞くなら今しかないと俺は思った。成田で飛行機に乗ったあたりからずっと気になってた事、というか、聞いておきたかった事。
「あのさ、これって何の旅なの?」
「強いて言うなら……」
 四ツ目の口から金色の言葉が零れる。
「十月の旅、かしらね」
2, 1

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