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毒の芸術

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「ドロップアウトしろって……どうしてだ。心配でもしてくれてるのか?」
 荒谷と相澤にドロップアウトしろという高坂の忠告。
「当たり前じゃん。光は友達だし、相澤くんは……その、光と仲良くやってるんでしょ」
 途中、言葉を濁らせながら高坂はそう言った。
「……でも、高坂だってこのゲームを抜けないなら、賞金が欲しいってことだろ。だったら、たとえ友達だろうとドロップアウトされるのは不味いんじゃないのか? ドロップアウトが多いほど賞金は減るんだぞ」
「別に。……こんな不景気だし、ウチの親だって楽じゃないから。このゲームで賞金を得られるなら、それを親に渡して楽させてあげたいと思ってたけど、光たちまで犠牲にするつもりなんてないもん」
 それは本心だった。高坂にも、この場で相澤を欺くつもりなどない。ただ正直に、己の考えを打ち明けた。
「相澤くんも、光も、同じようなものなんでしょ。六田くんとかとは違うもんね」
 高坂はうっすらと笑みを浮かべた。
「でも相澤くん達は降りなきゃ駄目。分かるでしょ? このゲーム、誰がいつ死ぬか分からないんだよ」
「そんなの、高坂も同じだよ。俺らをゲームから抜けさせておいて、高坂はドロップアウトしないの? 自分は大丈夫だと思ってるのはどうしてだ?」
 すると高坂はバツが悪そうに視線を逸らして、苦々しく笑った。
「そんなこと聞くの、ズルイよ」
 高坂は、六田や五日市のように己の美貌を周囲にひけらかすことは決してしないが、自分が美人であることは当然理解していた。それも、“十一人”の中で自分が上位だということまで把握している。自分は大丈夫だが相澤は光は死ぬかもしれないと、高坂は正直な考えを告げていた。
「私、カードも強いの。そりゃあ、後藤くんとかとぶつかるまで無茶するつもりは無いけどさ、充分な賞金額を得られる段階までは確実に生き残れる。……百パーセント」
 相澤は言葉を失った。高坂が言っていることは不遜でも自意識過剰でもなく、恐らくは正確な見立てなのだろう。
「……ごめんな」
 普段は大人しい高坂に「私はカワイイ」などと言わせてしまったことが急に申し訳なくなり、相澤は小声で呟くように謝った。
「分かった。万が一にも高坂と俺らがぶつかるような事があれば、その時はドロップアウトするよ。ていうか、それは元々そういうつもりだったしな。でも、今すぐ逃げ出すのもできない。家計の足しにしたいなんて考えもあったけど、今はもっとしなきゃならないことがあるから」
 相澤は、六田を出し抜こうと考えていること。誰かが死ぬならば六田であるべきという考えを、包み隠さず全て高坂に伝えた。

 ○

『えー、この第六節もドロップアウト希望者はいないんですね。皆さん、よほどお顔に自信があるようで何よりです』
 もちろん、ドロップアウト者が出ない今の現象が六田や栄和達の工作によるものだと進行役は知っている。言葉の節々に隠し味のような嫌味を織り交ぜながら、ゲームを進める進行役。
『それでは第六節。失格者は常節若菜様です!』
「!!!」
 その名前が挙げられた途端に、教室の空気が一変した。常節自身の驚愕もさることながら、その気持ちは栄和なども同様である。
 常節はいわゆる“中間組”だった。それも、どちらかと言えば“美系組”寄りの人気者。
「え……ちょ、嘘でしょ? だって、まだまだ残って……」
 常節は反射的に、これまで生き残っている不細工組の顔ぶれを確認した。「まだまだ“死に役”が残ってるじゃない」。みなまで言わずとも、常節の目がそんな風に語っている。
「ちょ……嘘よ!! 嫌ぁあ!!!」
 人目をはばかることもなく、無様に泣き叫びながら常節は強制連行された。そして、常節のいなくなった教室には一ランク上の緊張感が走る。常節の死で、いよいよ“中間組”の脱落が始まった。これまではまだある程度の余裕を持ちながらゲームを進めていた連中が、一気に死の恐怖に晒される。
(チッ、クソドブスが。これで不細工組の奴らが一気にドロップアウトしやがるかもしれねえ……)
 六田は、もう一段階ゲームが動き出しそうな空気を感じていた。それは傍らの栄和も同じである。
(冷静に見ると常節はそれほど可愛くない。それどころか、角ばった輪郭やゴツイ鼻が気持ち悪い。所詮は雰囲気美人ってやつだったんだろうが、それにしても皆に与える影響は大きいだろうな)
『それではこれより第七節を開始します。面会希望者はどうぞ』

 ○

 第七節では、今度は荒谷が高坂。相澤は小林と相手を変えてそれぞれ面会していた。ドロップアウト阻止の工作に奔走する栄和と大川、それに任せきりで余裕風を吹かせている後藤や中村。そして――。
「おい」
 各室をモニターしている別室。進行役達がそれぞれの映像を監視している中で、ある部屋の映像が異常を示した。
「何やってんだあいつら」
 その声で、監視室の人間の目が一つの映像に集中する。
「何があった。面会室か? 誰だ」
「――六田と五日市です。こいつら……」
 六田と五日市が借りた別室。その教室で、二人の男女は一糸纏わぬ姿で重なった。
「ば……バカかこいつら。監視カメラがあるのは分かってるんだろ? 一体――」
「止めさせますか?」
 まるでカメラの向こうに見せつけるように、ますます激しく乱れる六田と五日市。
「……いや、良い。何をやろうと自由だ」
 もちろん、監視カメラがある事は皆知っている。過去のゲームでもそれに準ずる行為に走る者は多かったが、この二人のように堂々と全裸になる者はまずいない。
「ふふ……やはりこの二人、面白いな。恋人同士ならいざ知らず、互いが互いを忌み嫌っている筈。それに、これほど堂々と素っ裸になる奴なんかいないぞ。バカか」
 くっ、くっ、く、と笑みを浮かべる男。
「でも、なんか……流石というか、美男美女同士なだけはある。――『絵』になりますね」

 どれ程時間が経っただろうか。一心不乱に暴れ回った後、先にワイシャツを羽織ったのは六田だった。
「まさか、お前まで常節が死んでビビってんの? 急にヤりたいなんてさぁ」
 先に口を開いたのは五日市だった。素っ裸で床に転がったまま、さっさと制服に着替えている六田を見上げながら聞いた。
「アホか。さすがにこんなとこで死ぬわきゃねえが、俺ぁ限界まで無茶するつもりだからよ。一応だ、一応」
「でも、私のことは嫌いだったんじゃないの?」
「当たり前だろが。クソみてえな女だが、その顔がくっついてるだけ他の奴よりは百万倍マシだよ」
 ふっ、と五日市は鼻で笑った。
「お前はもっと立派なモンぶら下げてると思ったけどな」
「死ね。クソ」
 六田は後ろを向いたままそう言って、さっさと着替えを済ませると上靴の紐を締めた。
「言っとくが、抱かれたぐらいで情けをかけてもらえると思うなよ。てめーのせいで失った“二割”のことは忘れねえ。お前は必ず殺すからな」
 六田は一瞥もしないまま、一人で先に教室を出た。薄ら笑いを浮かべながら、五日市はその後ろ姿を眺めた。
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