故郷を焼いて
世界を救った俺は、街を焼き払うことにした。
数年ぶりに踏んだ故郷の土は乾燥していて、とてもいい作物が育つようには思えない。野盗と魔物と天災に包囲され、この世界はとても疲れていた。俺が世界を救おうと思うほどに壊れていた。だから俺は勇者になってこの世界を救った。
「悪くない思い出も、あったんじゃないの」
仲間のシュリが、三角帽子の奥から悲しそうに俺を見ているのを感じる。
「どうだったかなあ。もう、だいぶ昔のお話だからな」
「あんたは確かに口減らしで勇者にされた。誰もあんたを追いかけなかった。でも、それが本当にすべてだったの? せっかく建て直した世界に、ここはいらないと言い放つほどなの?」
「お前の言うことにも一理か二理はあるんだろうな。そうだよな、やっぱやめたで背を向けて、それっきり忘れることもできる。それはとても簡単だよ。なにも難しいことじゃない」
「だったら、そうしたらいい。そうじゃない?」
「あのなシュリ、俺には、お前の言っていることの半分もわかるような脳みそがもう残ってないんだ」
俺は手をかざした。炎の魔法を口の中で唱える。無人と化した故郷の街が火の手に沈んでいく。ずぶずぶと赤い炎と黒煙に巻かれていく。シュリが身を強張らせるのがわかった。俺は、ただ炎を見ていた。
「どうして? どうしてなの? なぜそこまでする必要があるの? 誰が喜ぶの? 誰が認めてくれるの? いったいなぜ、あんたは故郷を燃やしたの?」
「世界を救ったからだよ」
俺は冒険の日々を思い出した。つらく、苦しく、それでいてかけがえのない時間。俺自身の挑戦の時代を。
「未来は過去の積み重ね、そういうやつもいるかもしれない。でも俺はそうは思わない。――未来が欲しければ破壊するしかない。過去が積み重なっていったら、最後にはこの世界の床が抜けちまうよ。せっかく軽くなった世界に、俺にとっての重しがまだ残ってた。だったらそれを取り除かなくちゃ」
「……たとえそれがどんなにつらくても? くるしくても?」
「仕方ない、勇者だからね。勇ましく焼き払うことにしたよ。過去? そんなものがなんだっていうんだろう、こうして燃やしてしまえば何も残らない」
「でも、あんたは覚えているんでしょう。あんたの中に記憶がある限り、あの街は決して……」
「いや、もう俺のなかにもあの街はないよ」
俺は旅装束のポケットから、煙草を一本取り出した。指先で火を点けて、紫煙を心ゆくまで胸に満たす。
「もう思い出せないから、焼いたんだ。いつか思い出せる、清算できると思えなくなったから、焼いたんだ。過去よりも未来が欲しくなったから。――ああ、シュリ。見てみろよ、きれいだなあ。何もかも焼け落ちていく。童話であったよな、二人の兄弟が故郷を焼いて旅に出るんだ。あの二人は結局どうなったんだっけ。故郷に戻ったのかな。やり直したのかな? でも、俺はもう戻らない」
ここじゃないどこかにいくために。