悪徳ばかり
「足手まといは殺せと言ったろ」
男は言った。俺はそれを聞いていた。
「おまえ、いい加減にしろよ。時間がないってのに、現し世のことでメソメソしやがって。いいか、そんなもの、ゴミなんだよ。おまえはそれをずっと前からわかっていて、さんざん踏みにじってきたじゃねぇか。それをいまさら後生大事な気がするなんて、そんな油断がおまえを五年も縛りつけたんじゃねぇか」
「そんなこと、おまえに言われなくてもわかってる。俺だって、一生懸命にやってるんだ。そんな言い方しなくたっていいだろう」
「だったらさっさと捨てちまえ。おまえが人間のふりをしてること全部、無駄なんだからよ。おまえ、わかってるのか? もはや右脚と左脚でまっすぐ歩いていける人間はおまえだけになった。おまえに従わないやつも、おまえを縛りつけようとするやつも、みんな偽物だ。いずれ転んで沈んで終わり。おまえの親父のようにな。おまえはいまさら許すのか?」
「許して、得になるならいいさ」
「許して、おまえは人間になろうとしてる。そのとき、おまえにかかった魔法が解けて、人間になれるとまだ信じ込んでる。いい加減に自覚しろ。おまえは善人じゃない。善良でもない。善性なんて持ち合わせてない。最初っからな。得になるだと? 損得でおまえが動くようなら、誰も苦労してない。誰もがおまえみたいなやつのせいで苦労するんだ。おまえはわかってるはずだし、いまさら止められるはずもない。おまえは自分の引鉄を引いたんだ。そのとおりに生きて、そのままで死ね」
「簡単に言いやがって。おまえはいつもそうだ。それがどれほど俺にとって苦痛かわからないのか? 誰だって人間としてやりたいはずだ。化物でいたいやつなんかいない」
「でも、おまえはそれを望んだろ」
「望んでない」
「あとから嘘をつくのがおまえの常套手段だ。どれだけ言い逃れしようと、どれだけ目を瞑ろうと、おまえの代役なんかいないんだよ。おまえは化物になってもいいと思った。化物になって失うものなんかなにもなかった。そうだろ? 今、おまえが苦しんでいるのは、人間だろうと化物だろうと、どっちのおまえも味わうものだ。人間がやりたいだと? それだけ悪党やっててよく言うぜ、いまさら許しが乞えると思うのか」
「誰かが俺を許せばいい。それで全部丸く収まるんだ」
「おまえにとって都合のいいようにな。いいか、そんなバカな話、ありはしないんだ。あるはずだと思っておまえの周りで踊る愚か者が後を絶えないんだかなんだか知らないが、おまえの都合なんか知るか。おまえはもうやっちまったんだ。おまえの親父が踏み潰したおまえの心は永遠に元には戻らねぇんだよ。踏み潰した、その事実が消えてなくなるまで。そしてそれはおまえが死ぬ瞬間まで、誰が誰を覚えているなんてくだらんことが全部吹っ飛ぶ遠い先まで、続くんだよ。おまえの親父が、おまえの友人になろうと、おまえの教師になろうと、そんなことは関係ない。どうでもいいことだ。おまえは助からない。おまえは救われない。報われたり絶対にしない。
だが戦え。
おまえに逃げ場などない。おまえに目的地などない。どこまでも暴れてどこまでも喚き続ければいい。傍観者なんぞ皆殺しにして、自分の悪徳なんぞ必要美だと切って捨てて、そのままいけよ。誰をも不幸にして、災厄をばら撒き、それが見たかったんだと大声で笑え。そんなおまえにしか、救えんやつが、いようがいまいが、関係ない。壊せるものがなくなるまで、壊し続けろ」
「……誰のために? なんのために?」
男は答えなかった。だが俺はわかっていた。一人きりの部屋で俺はずっとわかり続けている。許される必要なんてない。それは知っている。熟知している。だが、それでも許されずに生きるのは、つらい。