デスゲームのおわり
デスゲームに参加するはずだったのに、ホテルに招待されて三十年が経った。少年少女だった俺たちもみな、立派な中年になり、結婚して子供をホテルの中で育てているやつもいる。労働からは解放されて、ホテルの中のプールやらレストランやらは使い放題。これじゃまるで鳥籠じゃないか! などと言い出すバカもいない。外の世界に何がある? 納税と労働と搾取だけだ。いったいいつになったら、この俺だけの一票で政治も法律もひっくり返る真の民主主義が始まるんだろう? そんな気配はちっともなかった。
主催者の男も今は初老で、いつも着ているスリープガウンの中に収まっていた脂ぎった小太りの体と、悪気の無い邪気に満ちた童顔はすっかり萎れていた。俺は男に聞いてみた。
「なあ、なぜあんたはデスゲームを開催せずに、俺たちを養ってくれたんだ? あんたにとっちゃ、退屈だったろうに」
男は墓石でも見るように俺を見た。
「やろうと思ったよ。やろうと思って、気がついたんだ。デスゲームなんて、もう見飽きてる。何をすればいい? いまさらどんなドラマがある。金に困ったクズどもを集めてトトカルチョ。そんなことするくらいならポケモンの厳選でもしてたほうがよっぽど建設的だし、そもそも競馬は毎週飽きるほどやってる。人間なんか走らせて何が楽しい?」
「ふむ」と俺は顎を撫でた。「重症だな」
「そう、俺は重症なんだ」主催者の男は疲れ果てていた。
「気づいたんだ。デスゲームなんかよりも、もっと目新しくて、現実にはないことがあるって。そうとも、おまえらツキの足りない弱者を養って、この腐った世間から隔離してやる。パトロンになってやる。
それこそ、『現実では味わえない珍しい体験』だって。
俺は正しかった。おまえらみたいに来る日も来る日もバイキングを満タンにしておけば文句も言わずに幸せそうにメシ食いまくる連中を養うなんて、わけもなかった。知ってたか?
巨万の富さえあれば、人間を飼うなんてたいした金額じゃないんだよ。
それはそれで、満足だった。おまえら本当に働かないで食っちゃ寝してるだけで幸せそうだし、ちゃんとジムにも通って健康管理にも気を配るからな。本当に、おまえら、露ほども、働きたくないんだなって思ったよ」
「労働は何も生み出さない。疲労しか残らないよ。他人に貢献したところで、そいつが俺に貢献してくれるわけじゃない」
「その通りだな。デスゲームはやらなかったが、それをやるにふさわしいゴミを集めた自信だけは今でもきちんと残ってるよ」
「どうもありがとう。俺にとっては、この人生を、働かずに過ごせただけで、あんたは俺の一等賞だよ」
「露ほども嬉しくない」
主催者の男は寂しそうに、高層五十階建てのホテルのスカイラウンジから、下世界を見下ろした。その背中があまりにも丸くて縮んでいたから、俺は思わず言った。
「気の毒だが、あんたは助からないよ。なぜだかわかるか」
「こんなふうに他人を操るしか能がないからか? 俺には金しかない。金を使って満足を得られないなら、どうすればいい?」
「どうにもならないよ」俺は首を振った。
「あんたのその苦痛の正体は、退治できない怪物だ。あんた、心の底から退屈してるんだよ。何をやっても満たされない。それは解決するとかそういう類の問題じゃないんだ。あんたの性質、存在の根幹なんだよ。
普通のやつはデスゲームをやる。そして多少は飽きつつも、何度もそれを繰り返すんだ。それだって一つの幸せだ。一つの娯楽を死ぬまでしゃぶり続けられるんだから。
退屈に羽交い絞めにされずに済むんだから。
あんたはすぐに飽きちまうんだ。デスゲームも、こうして俺たちを飼ってみたのも。何もかも飽きてしまう。パっと見た時にあんたにはわかっちまうんだな。『ああ、これはだいたいこんな感じだ』って。そしてそれがよく当たるんだ。感心するほど当たっちまうんだ。
だからあんたには手段がない。自分の退屈を消す手段が」
「・・・じゃ、どうすればいい? 俺にはもう打つ手がない」
「物語じゃないんだから、解決策なんかないよ。あんたは退屈を抱えたまま、ろくに満足できずに死んでいくんだ。それだけだよ」
「そうか」男は言った。
「腹いっぱいなのに、食い足りないことほど、辛いものはないなァ・・・」