トカゲ人間13
掴めば終わり。だから掴もうとする。
これほど分かりやすい道筋もない。
だからといって。
避けてはいけない。
掴まれてはいけないなら避ける。
こちらがそう動きたがることくらい向こうだって分かっている。
だから、俺は突っ込んだ。
――何も考えずに。
大気中の水分が凍結した鱗氷まとう掌底を掻い潜り、背中の熱を削ぐようにえぐられながら、俺は伏せに近い踏み込みから反動込みで一気に敵機の胴体の亀裂めがけて刺突した。
衝撃。
刀身が歪み折れる一歩前まで曲がる、その瀬戸際で俺はトカゲの身体を捻って衝撃を反転させて空中に逃がす。自分が無理な姿勢でねじくれ曲がれば、そのぶん刀身が担う負荷が減る。身体の奥で筋肉と骨が千切れそうになる嫌な感覚がした。だが、かえって炎症でも起こした方が『熱』になっていいかもしれない。
俺の背中の熱を奪っていった掌底はそのまま角度を滑らせて地面に落撃した。総重量が何トンになるのか知らないが、大型重機並の体積はあるその怪物の重さを受けて地響きが鳴り響く。そして手を突いた周囲の地面が熱を奪われ霜を帯びた。
現実はアニメのようにはいかない。
よくある魔法のように岩塊と鋭針を半透明にして組み合わせたような氷河が地面を走って行く、そんな現象は起こらない。もしもああいった凍結を起こしたいのであれば、そもそも凍結する対象が必要であり、おそらく大気中の水分を凍結させたとしても、その周囲の絶対湿度が空になるほどの量が必要なはずだ。
だから、熱量を奪うその怪物が大地に手を突くと、野原に花が咲くように、同心円を描いて霜が降る。
綺麗だなァ、と思った。
だが次の瞬間、まるで俺の感動に汚らわしさでも覚えたかのように、首なし騎士の鋼鉄の尻尾が音を裂いて俺の胴を打った。わざとなのかどうか、四肢を完全静止状態にしたまま尻尾だけを振ってきたものだから予兆も気配もクソもなく、ガードする暇もなかった。
動物と機械は違う。抵抗せずに跳ね飛ばされたおかげで、なんとか骨格系統の深刻な破綻だけは回避した。
土煙にまみれながら、剣を杖にして立ち上がる。
口の中を切った。血を吐き捨てる。
一気に詰めた。
仕切り直しと油断していたのだろう、立ち上がりかけ振り向きかけていた敵機の腰部、金属尻尾の根元を俺は突いた。
曲がるくらいなら弱いだろ。
そのくらいの気持ちで突いたが、これが望外の一撃になった。
おそらく、可撓性(曲がりやすさ)の正体は金属を編み込んだ素材の性質。
ゆえに、一本一本なら刀匠タカマツの剣で切断されうる程度の強度しかない。接敵当初から尻尾を通して噴いていた細い白蒸気は排気に思える。やつの動力がなんらかのエンジンであるならば。
あれはたぶん、排気筒(マフラー)だ。
宙を舞う金属筒が、果実が地球に吸われるように大地に落ちた。
怪物が右手を向けてくる。威嚇の構え。左手は傷を庇うように腰部にやっている。
俺も剣を構え、今度は常套に距離を取る。
観察したいものはまだあった。
尻尾の排気筒(マフラーテイル)を切断した腰部、そのあたりから赤い液体が垂れていた。血に見えるが、やつは生物じゃない。よく見れば、その液体には何か黒いウジのようなものが混ざっていた。
まだ動いている。
あれはなんだ――俺が考えているうちに、首なし騎士は腰部に当てていた左手を戻し、ボクサースタイルの構えを取り直していた。
いつの間にか、赤い液体の滴りは止まっている。
わざわざ左手をやって対応したということは、何をしたかは分かる。
凍結させて液体の流出を止めたのだ。もしもあれがやつにとって『血液』のようなものだとしたら、『止血』したというわけだ。
器用なもんだ。
敵機は動かない。じっとこちらを見つめている。
思った以上に手こずっている。そう感じているはずだ。
俺もそう思う。
コウイチローの噂を信じるのならば、あの機械はこの周辺の温度を一気に奪いコールドスポット化させたバケモノのはずだ。
ならなぜ、もう一度それをやらない。
もしも本当にコイツが奪った熱量を動力源に変換して動いているのならば。
もう一度、この周囲一帯を極寒の地獄に変えてしまえばいい。
こんな剣術家気取りのわけのわからんトカゲに翻弄されている余裕はないはずだ。
思考があちこちに飛躍する。何を追っているのか自分でも分からなくなる。
ただ何かに突き進んでいる感覚だけがある。
ああ、そうだ。この首なし騎士が故障しているのは脚部だけじゃない。その不具合は、動力系統にも及んでいる。
つまり。
ヤツの冷却性能は、フルスペックを出せていない。
おそらくそれが、トカゲの俺が、こんなバケモノと戦えている理由。
敵機の胴体、その腹のキズ。俺はそれを見つめる。
ヤツだってバカじゃない。ここまで手傷を負って、もう油断も容赦もないだろう。
接近すれば確実に掴まれる。
掴まれる……
剣を握り直し、敵が深く腰を落とした時。
コウイチローが動いた。