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ついにカウンセラーにまで見放された。


…正直いつものことだ。
…自分の言いたいことなんて伝わるものではない。
…どうせ言い訳とか逃げにしか聞こえないんだろ。

19歳にして大学中退・「めでたく」ニート入りした浅野颯は、深海をモチーフにした地下道を颯爽と歩いて帰路に就いた。
心療内科と颯の家を結ぶ地下道は、市民の集う商店街みたいなところだった。
だが、非人間的な雰囲気の漂う、手で剥せそうな商店街だ。

市民は「より高級で」「より良いものを」と追い求めているようだ。
これは健全な競争社会を反映したものではない。
いつか崩れることを既に悟っているから。

颯の家はアパートの54階の2号室。5402号室。
非常に中途半端な階だが、親が経営しているアパートであったりする。
つまり、金持ちというわけだ。
地上に出ると歩道だけがくもの巣の目のように行き交っている。
道路は人工的な森の間を縫うスタンスで器用に埋め込まれていた。

今や世界一のハイテクで完璧な都市である新都。
雲の上まで伸び続けるアパート群を見れば、ドラえ(中略)までビックリするだろう。

やけに安っぽい玄関のドアが今日はやけに重く感じられるのであった。
ドアを開けた瞬間に、母が好奇心旺盛な子供のような勢いで颯を迎えてきた。
「カウンセラー、どうだった???」

颯はスルーした。

ついでにムッとした表情を作ってみると、母親はスネり始めた。
「可愛くないのね。愛想良くしなきゃだめよ。じゃあ今日の夕飯要らないよね?」
…どうせいつものことだ。はあ。
颯はスルーした。


母親はすぐに怒る。
別に怒るのは構わないのだ。
だが愛想良く「してあげたり」、気を遣っ「てあげたり」しないと怒るのだ。
暗黙の我が家のルール。


颯の部屋はなかった。
父親と共同。一部屋余っているのに。
颯がパソコンをしていると、その横に父のソファーがあり、話しかけてくるという感じだ。

唯一颯にとって幸せと感じられるものは、この部屋からの眺望だった。
新都一帯の「高層」ビル群を見下ろすことができる。
地平線のほうに目をやると、漁港まで見えるではないか。
その先を覆うようにして群青色の海が波立っている。今から南下するようなイカ釣り漁船が見て取れる。

轟音と共に、窓の縁から白く細長い物体が上がってきた。
これは飛行もできる新幹線だ。
羽根がいくつもついているため、旅客機よりも安定感が感じられる。
削ったばかりの鉛筆のような流線型の機体(車両?)は、心地よい轟音を置き忘れていった。

今度は心地悪い轟音が耳に入ってきた。
帰ってきたばかりの父であった。
どうやら母がまだ夕飯を作っていないらしく、そのヘタレぶりに思い切り怒っている。
でも怒っている内容がおかしい。

「なんでソーセージなんだ!!ベーコンにしろっていったろ!!」

いつどこで抱えてきたのだかわからない爆弾を父は持っている。
だから理屈でも感情でも止めることはできなかろう。

…そういえば祖父がこんなこと言ってたっけ。
…「うちは、大人になってから子供帰りする家系なんじゃよ。」
…と。

この家、駄目だ。


気がついたら部屋に父が入ってきていた。
父は何のためらいもなく、颯のパソコンの画面を覗いてくる。
「颯、大学の生活はどうだ。」
父は、颯を王子様のように見立ててそう問うた。
だが、颯は返事をしなかった。
父は颯が大学を中退したことについて知らない。母も同様だ。

颯は父の二言目に怯え、脳内で援護体制をとった。
これが神経質の始まりだった。
気がつけば父はいなかった。

颯は「持ち前の完ぺき主義と強迫観念から」、新都でトップクラスの名門高「新都高校」に入学し卒業した。高校入学から徐々に病み始めて自分を見失い、第九志望の大学になんとか入学。そこでは神経質が悪化して神経症となり不祥事を起こして中退することとなった。

まるで「悪魔」にでも取り付かれたかのように。

必死で静止するかのような栄華都市のてっぺんで、今日も両親の喧嘩を聞きつつ日が暮れていくのであった。


時はめまぐるしく経っていく。
新都という栄華の砂時計も残り僅かだ。


時の流れの空しさは一層加速し、2乗の大きさで颯を苦しめていった。

…とにかく辛かった。
…青春?なにそれ?
…幼稚園では愛想笑いに必死になり、認められると涙が出てきた。
…小学校では遊具遊びが怖くて一人で黒板を消して過ぎた。
…中学校では思春期特有の混乱も手伝い、自律神経が崩れ始める。
…高校は、…もう想像がつくだろ?

何をしていいか、悪いかわからない。何もかも認められていない気がする。
「うつ」でも「統合失調症」でもないけど、いつも苦しい。これって一体?
そのとき颯に「自殺」という言葉が頭をよぎった。
こんなこと、初めてだった。
テレビで「樹海の自殺」については知っていたが、まさか自分がその道に進むとは…。

…死んだら自分ってどうなるんだろう?
…火傷しすぎて麻痺しちゃうのかな?
…周りはどう思うんだろう?

そんなことを颯は小学生時代に考えていた。
だから、死にたくても死ねないなっていう思いが根底にあった。
でも、…もう限界かもしれない。
…死のう。



部屋の窓ガラスは案外脆く、死の世界は青だった。

…待てよ?
…死の世界に色なんてあるのか?

よく見れば青は一瞬だった。
そして全身が痛い。
ヒリヒリする。

…はて?

少しして体が動いた。
顔を上げると、野蛮な風貌をした男性が顔を覗き込んできた。
「大丈夫…ですか?」
「あ、…はい。」

しばらくこの人と一対一で喋った。
「申し遅れましたが、私は新都光大学理学部一年、鳥人間サークルの吉井です。」
…はあ。

その瞬間意識を失って、気がつけば地下道のベンチに横にさせられていた。
このときやっと、飛び降りた自分が鳥人間の羽に「運よく」落ちたことを理解した。
…しかも入学して中退した大学か。

気負いというか未練というようなものを、生き返った引き換えに得たのであった。

死ぬのも生きるのも大変?あぁ


ⅱに続く


ついにカウンセラーにまで見放された。


…正直いつものことだ。
…自分の言いたいことなんて伝わるものではない。
…どうせ言い訳とか逃げにしか聞こえないんだろ。

19歳にして大学中退・「めでたく」ニート入りした浅野颯は、深海をモチーフにした地下道を颯爽と歩いて帰路に就いた。
心療内科と颯の家を結ぶ地下道は、市民の集う商店街みたいなところだった。
だが、非人間的な雰囲気の漂う、手で剥せそうな商店街だ。

市民は「より高級で」「より良いものを」と追い求めているようだ。
これは健全な競争社会を反映したものではない。
いつか崩れることを既に悟っているから。

颯の家はアパートの54階の2号室。5402号室。
非常に中途半端な階だが、親が経営しているアパートであったりする。
つまり、金持ちというわけだ。
地上に出ると歩道だけがくもの巣の目のように行き交っている。
道路は人工的な森の間を縫うスタンスで器用に埋め込まれていた。

今や世界一のハイテクで完璧な都市である新都。
雲の上まで伸び続けるアパート群を見れば、ドラえ(中略)までビックリするだろう。

やけに安っぽい玄関のドアが今日はやけに重く感じられるのであった。
ドアを開けた瞬間に、母が好奇心旺盛な子供のような勢いで颯を迎えてきた。
「カウンセラー、どうだった???」

颯はスルーした。

ついでにムッとした表情を作ってみると、母親はスネり始めた。
「可愛くないのね。愛想良くしなきゃだめよ。じゃあ今日の夕飯要らないよね?」
…どうせいつものことだ。はあ。
颯はスルーした。


母親はすぐに怒る。
別に怒るのは構わないのだ。
だが愛想良く「してあげたり」、気を遣っ「てあげたり」しないと怒るのだ。
暗黙の我が家のルール。


颯の部屋はなかった。
父親と共同。一部屋余っているのに。
颯がパソコンをしていると、その横に父のソファーがあり、話しかけてくるという感じだ。

唯一颯にとって幸せと感じられるものは、この部屋からの眺望だった。
新都一帯の「高層」ビル群を見下ろすことができる。
地平線のほうに目をやると、漁港まで見えるではないか。
その先を覆うようにして群青色の海が波立っている。今から南下するようなイカ釣り漁船が見て取れる。

轟音と共に、窓の縁から白く細長い物体が上がってきた。
これは飛行もできる新幹線だ。
羽根がいくつもついているため、旅客機よりも安定感が感じられる。
削ったばかりの鉛筆のような流線型の機体(車両?)は、心地よい轟音を置き忘れていった。

今度は心地悪い轟音が耳に入ってきた。
帰ってきたばかりの父であった。
どうやら母がまだ夕飯を作っていないらしく、そのヘタレぶりに思い切り怒っている。
でも怒っている内容がおかしい。

「なんでソーセージなんだ!!ベーコンにしろっていったろ!!」

いつどこで抱えてきたのだかわからない爆弾を父は持っている。
だから理屈でも感情でも止めることはできなかろう。

…そういえば祖父がこんなこと言ってたっけ。
…「うちは、大人になってから子供帰りする家系なんじゃよ。」
…と。

この家、駄目だ。


気がついたら部屋に父が入ってきていた。
父は何のためらいもなく、颯のパソコンの画面を覗いてくる。
「颯、大学の生活はどうだ。」
父は、颯を王子様のように見立ててそう問うた。
だが、颯は返事をしなかった。
父は颯が大学を中退したことについて知らない。母も同様だ。

颯は父の二言目に怯え、脳内で援護体制をとった。
これが神経質の始まりだった。
気がつけば父はいなかった。

颯は「持ち前の完ぺき主義と強迫観念から」、新都でトップクラスの名門高「新都高校」に入学し卒業した。高校入学から徐々に病み始めて自分を見失い、第九志望の大学になんとか入学。そこでは神経質が悪化して神経症となり不祥事を起こして中退することとなった。

まるで「悪魔」にでも取り付かれたかのように。

必死で静止するかのような栄華都市のてっぺんで、今日も両親の喧嘩を聞きつつ日が暮れていくのであった。


時はめまぐるしく経っていく。
新都という栄華の砂時計も残り僅かだ。


時の流れの空しさは一層加速し、2乗の大きさで颯を苦しめていった。

…とにかく辛かった。
…青春?なにそれ?
…幼稚園では愛想笑いに必死になり、認められると涙が出てきた。
…小学校では遊具遊びが怖くて一人で黒板を消して過ぎた。
…中学校では思春期特有の混乱も手伝い、自律神経が崩れ始める。
…高校は、…もう想像がつくだろ?

何をしていいか、悪いかわからない。何もかも認められていない気がする。
「うつ」でも「統合失調症」でもないけど、いつも苦しい。これって一体?
そのとき颯に「自殺」という言葉が頭をよぎった。
こんなこと、初めてだった。
テレビで「樹海の自殺」については知っていたが、まさか自分がその道に進むとは…。

…死んだら自分ってどうなるんだろう?
…火傷しすぎて麻痺しちゃうのかな?
…周りはどう思うんだろう?

そんなことを颯は小学生時代に考えていた。
だから、死にたくても死ねないなっていう思いが根底にあった。
でも、…もう限界かもしれない。
…死のう。



部屋の窓ガラスは案外脆く、死の世界は青だった。

…待てよ?
…死の世界に色なんてあるのか?

よく見れば青は一瞬だった。
そして全身が痛い。
ヒリヒリする。

…はて?

少しして体が動いた。
顔を上げると、野蛮な風貌をした男性が顔を覗き込んできた。
「大丈夫…ですか?」
「あ、…はい。」

しばらくこの人と一対一で喋った。
「申し遅れましたが、私は新都光大学理学部一年、鳥人間サークルの吉井です。」
…はあ。

その瞬間意識を失って、気がつけば地下道のベンチに横にさせられていた。
このときやっと、飛び降りた自分が鳥人間の羽に「運よく」落ちたことを理解した。
…しかも入学して中退した大学か。

気負いというか未練というようなものを、生き返った引き換えに得たのであった。

死ぬのも生きるのも大変?あぁ


ⅱに続く
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