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第二十四話 それゆけ風止、あしたを探せ!

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 おれは二人に自慢の拳銃を見せびらかした。ずっしりとした重みと火薬の臭いと、五色に分かれた弾丸を本物か偽者か、蒼葉と風止に区別することはできないだろうが、やつらは顔を近づけてあちこちから調査した。よく見ればうっすらと「ホンモノデス」なんて文字が見えると思っているかのように。
 風止が顔を離したあとも、蒼葉はおれから銃を奪って睨み続けた。
「おれが言うのもなんだが、おまえ、よく信じたな。非現実的なことは笑い飛ばすタイプだと思ってたよ」
 蒼葉は銃口を覗き込みながら言った。
「うん、あんた冗談言うとき口元にやつくからさ。少なくともこの話、あんたは本気だと思ってるのは間違いないと思ってね。ま、平行世界のほかのあたしがみんな死んで生き残りがあたしだけなのか、それとも駆郎のオツムがとうとうトロトロになって食べごろなのか、正直どっちでもいい。いまは、あんたを信じる気になっただけ」
 ふっと笑って、
「すぐ気が変わって、こんな茶番やってらんねーってなるかもしれない」
「さすが蒼葉さんやで、言うことがそんじょそこらのJKとは違います。いいか風止、おまえもこういういい女になるんだぞ」
「ねー」
 風止はぽーっとした顔で蒼葉を見上げる。
「桃ちゃんカッコいいもんねー……」
 ギロリ、と蒼葉に睨まれ、風止は慌てて「か、かわいい、カッコいいじゃなくてかわいい」とてんで的外れな弁解をしている。
 あわあわと両手を高速ワイパーみたいに振って半笑いになっているのを見ると、とても元いじめられっこには見えないが、無理をしているのか、天然なのか、それとも油断させてそのうちガブリといくのか。これが他人事だったら覚醒した風止の反逆を見てみたいところだが、いまのところは二人とも大人しくていてもらいたいところだ。
 ポイッと蒼葉が無造作に投げた危険物をおれはキャッチして腰に戻した。
「返してくれないかと思ったぜ」
「それ、人は殺せるの?」
「今度試してみる」
「結果がわかったら教えてね」
 風止が青ざめ始めたので、つまらん冗句はそこまでにした。
「っつーわけで」
 おれは二度咳払いして声を整えた。
「おめえらはこのままじゃ人生八分の一で生きることになっちまうわけだ。この就職難で労働三時間遅刻早退OKのホワイト会社なんてありません。この状況を打破できるものは犬の糞だろうが猫の爪だろうがかまわねえ、なんでもいいから持ってこい!」
 決まった、と思ったのだが、
「たとえがいちいちキメェ野郎」と蒼葉。風止も苦笑いして頷いて、
「ねー。あ、いや、ちがっ……いたたたたたた」
 風止の頭をグリグリしながら、おれはペイント動物園を後にした。
 蒼葉はちょっと名残惜しそうにショッピングモールを眺めていたが、やがて振り切ったらしい、おれのすぐ隣を歩き始めた。
 風を切って歩くその様は不敵で偉そうで、だが、頼りにはなりそうだった。




 一番いいのは<拳銃>か<古いテレビ>だ。
 その二つは、おれと<隣町>を結ぶアイテムであって、風止と蒼葉をなんとか(おれもいい加減、ここに具体的な動詞を入れたいんだがね)する力を秘めている可能性が高い。
 が、正直いって、なんでもいい。だってあるのかさえわからないものを探しているわけだから、いくらおれがリーダーで一番偉くて頼もしくてイケメンだからって、あんまりアテにしてもらっちゃ困る。おれは恩や期待はリボンつきの仇で返すのが信条の男だ。そしていまおれと一緒にいるのは、恩や期待を受ける前に噛みつく女と、恩や期待をベタベタ人にくっつけてくる女だ。
 ベタベタした方の女が、奇妙なことを始めた。
 おれたち三人は適当に街を練り歩くという不毛な作業を始めたのだが、十メートル進むたびに風止の質量が増えていった。いや、歩きながらデブったわけではない。手になにか抱えこんでいるのだ。
 それは小汚いタオルだったり、コーヒーの空き缶だったり、割り箸の袋だったり、捨て猫だったりした。
 おれは捨て猫のところで突っ込んだ。蒼葉は完全にシカトを決め込んでセブンスターをふかしている。
「おまえなにしてんの?」
「えっ?」
 風止は抱えた猫とそっくりに目を丸くした。
「なにって?」
「へーぇ、それがおまえを蘇生させてくれんの? 安くね? 百円タオルに百円コーヒーに定食屋がタダでくれる割り箸の袋にブチ猫って総額いくらだよ。おまえの命は総額いくらだよ」
「え、あ、う」
 風止の頭の中には二行以上のセリフをスパッと読み込むスペックがない。やはり今回も混乱し、唇を甘く噛みながら、風止はゆっくり弁解した。
「そ、その」
「うん?」
「どうせならゴミ拾いを……と」
 ダンッ! と大きい音がしたのでおれと風止はびくっとして振り返った。見ると蒼葉が自宅の下水管が破裂して糞塗れになったときのような顔になっている。
 まァ気持ちはわからんでもない。蒼葉は形がないのにキレイなものが嫌いなのだ。
「だめ、かな……もしかしたらなにかイイモノも見つかるかと思って……」
 風止の腕の中でブチ猫が、にゃあ、と鳴いた。野良らしい、首輪をつけていないし、野生の気配がする。
 なぜって前足に乾いた血がついていたのをおれは見逃さなかったから。動物の世界もタイヘンだ。だが、元々そういうものなんだ。可哀想ってわけじゃない。
「金目のものを拾ったらおれによこせ。それならいいぞ」
「ほんとっ!?」
 ゴミ拾いの許可がなぜそんなに顔を輝かせる要因なのかはわからないが、風止にとっては半笑いが全笑いになるほど嬉しいらしい。
 だが、風止の機嫌がよくなればなるほど、おれの背後の姉御からフォースの暗黒面のにおいが漂ってきてとても怖いのが難点だ。
「じゃあ、クロくん、ちょっと持ってて!」
「あん? どわっ!!」
 風止はこともあろうにゴミ塗れの猫をおれの腕に押しつけてきやがった。
 一気に異臭とべとつきがおれの上半身を嘗め回した。猫がにやりと笑った、ような気がする。
 この糞猫が……人間さまをなめんじゃねえぞっ。
 おれに災難をぶちまけた風止はといえば、たまたま花壇に水をあげていたおばさんに走り寄ると、手振り身振りでなにやら話し始めた。なんという行動力。突き刺すような日差しをやつは光合成してエネルギーを取り出しているのかもしれない。
 おれは猫に顎をパンチされるのも気にならずに事の次第を見守った。おばさんはしきりに頷いていたが、家のなかに入っていってしまった。が、すぐに戻ってきて風止に透明なゴミ袋を渡した。風止はペコリと頭を下げて、ゴミ袋片手に猛スピードで帰ってきた。
 風止には見えなかったろうが、おれには見えた。やつを見るおばさんの目は、奇妙なものを見るいささかホワイティな色合いだった。世の中なんてそんなものだ。善行や善意が必ずしも人に幸福を振り撒くと思ったら大間違いだ。
 けれど、おれは嬉しそうにゴミ袋を広げてゴミを詰め込む風止の頭に、ブチ猫を乗っけただけで何も言わなかった。蒼葉の方からは「くだらない」と辛辣なセリフが聞こえてきたが、風止はしたたかに聞こえないフリをして、新しい帽子の位置を直していた。
 目下、状況が改善する予兆も、目的が達成される希望もないが、いまのところ、おれの気分はこの夏の熱気によく馴染んでいる。いまは、それでいい。

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