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反抗したいお年頃

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 反抗期。
 思春期にようやく芽生えた中途半端な自立心と自尊心が、そのまま親、保護者への反発と言う形になって外に出てくる年頃の事。
 俺にもあったとは思うが、そこまで顕著には現れなかった。多分。
 ほんの一昨日までは変わりなく過ごしていたと言うのに、昨日から急によそよそしくなって、今日はついに怒鳴るほどになってしまっている。
 忍は小学生も終わりにしてとうとう俺に「うるせぇ」だの「関係ないだろ」だの「別に産んで欲しくなかった」だの敬いの心を忘れた物言いになってしまうのか。嘆かわしい。産んでないけど。

 ……まあ、これまで抑圧されてきた感情が出てきたんだろう。
 家庭が家庭だったしな。暴力に晒され親の顔色を怖々伺う毎日、反抗期になる余裕も無かったはずだ。
 逆に言うと、正常に反抗期がやって来たと言う事は忍が俺の元で安心して暮らせている証拠、なのだろうか。
 そうだとしたら、これはこれで仕方無い事だ。来るのが当たり前なんだし。
 でも、いくら忍とは言え挨拶もしない、親(俺ね)を怒鳴ると言うのはいただけない。
 確かにノックをしなかったのはこちらが悪いが、元々の原因はただいまも言わずに無視した忍だし、そもそもここは俺の家で、当然忍の部屋は俺の部屋の一つだったわけだ。
 死にかけだった所を保護してやって暖かい飯と寝床を部屋と服と家具と日用品を与えてやって、ついでに襲うのも我慢してやってるのにただいまの一言も無しとは少々調子に乗りすぎではないだろうか。
 これは親として、しつけを与えなくてはならない。
 
 しつけ。おしおき。
 何とすばらしい響きだ。
 おしおきって言ったらやっぱりお尻ペンペンか。
 うむ、やるしかないな。しつけだからな。
 まず忍のパンツを脱がせて臀部を露出させます。
 愛でます。
 間違えた。
 愛情と戒めの心を持ってお尻を叩きます。
 嗅ぎます。
 間違えた。
 忍は痛みに泣き叫びますが、これも教育の一環なので心を鬼にして一心不乱に突きます。
 間違えた。
 叩いている内にお尻が赤くなってくるので、舐めます。
 間違えた。
 反省の色が見えたら、軽く頭を撫で優しく抱きしめてベッドへ誘います。
 間違えた。
 
 ……ところどころ邪念が混じってしまった。いかん、真面目に考えないと。 
 俺はゆるんだ顔をはたいて引き締め、忍の部屋をノックする。
 「……どうぞ」
 扉を開けると忍は不機嫌そうにベッドに寝転がって、ルービックキューブをカチカチと回していた。
 俺は咳払いをして、忍を真剣な眼差しで見る。
 
 「忍! 尻を出せ!」

 ルービックキューブは虹色の軌跡を宙に描き、俺の顔面へ直撃した。

 「死ね!!」
 
 悶絶してる俺を部屋から蹴り飛ばし、扉を壊す勢いで思いっきり閉じる。
 いかん、間違えた。あれでは俺が忍を掘りたいようにしか聞こえない。いや掘りたいか掘りたくないかで言えば物凄く掘りたいけど。
 それにしたって死ねはないだろう、死ねは。人に軽々しく死ねと言うような子にはなってもらいたくない。重々しく死ねと言うのもそれはそれで問題だが。
 俺は痛む鼻を揉みほぐして引き締め、再度忍の部屋をノックする。
 「入ってこないで!」
 相当怒っている+警戒しているようだ。俺は危害を加えるつもりは無いことを忍に伝える。
 「悪い、さっきのは軽いジョークだ。真面目な話がある、入れてくれ」
 恐らく忍からすれば、軽々しく尻を出せとか言う男は最悪だろう。重々しく尻を出せと言うのは論外だが。
 数秒の沈黙。
 「………………どうぞ」
 扉をゆっくり開く。忍は枕を抱きしめ、怒りと呆れと隠そうともしない嫌悪を剥き出しにしていた。
 「何? 何の用?」
 絨毯に垂れた醤油の染みを見るような目で俺を見ている。忍はこんなすさんだ目をする子じゃなかったのに。ちくしょう、誰が原因だ。
 「座りなさい。正座で」
 そう言って俺は座布団に座る。勿論、こちらも正座で。
 渋々と言った風に忍も対面に座布団を放り投げ、正座。
 「忍。学校から帰ったらただいま、だろ? 挨拶くらいキチッとしなさい」
 なるべく怒らないように言ったつもりだが、忍は舌打ちで不快感を露わにした。
 「うるさいな……そんなの僕の勝手でしょ」
 ああ、忍はもうかなり重度の症状のようだ。
 何てムカつくガキだろう。一発殴ろうかとも思ったが、忍の家庭のことが一瞬頭をよぎり握りしめた手を開く。
 かわいさ余って憎さ百倍。
 それでもやっぱり、忍はかわいいのだ。
 しかし、どうしたものか。
 こんな生意気な子供を相手にしたことが無い俺にとって、強く叱るべきなのか優しく諭すべきなのかは難しい問題だった。
 一応妹がいるにはいるが、アレは生意気とかそういう次元の問題ではないので除外する。
 ここで強く言うのは簡単だ。しかし、忍は前の家の事がトラウマになっているのは間違いない。慎重に接する必要は十二分にあるだろう。
 かといって甘やかして忍の勝手にさせるのは忍の性格を曲げてしまうかもしれない。難儀である。
 「なあ忍、もう少しコミュニケーションを取らないか? 俺達家族だろ? もっと忍の事を知りたいって言うか……」
 「家族?」
 その言葉に、忍は顔をしかめる。
 「家族同士は普通、キスしたり、お尻に……その、ち、ちんちんを入れたりするって言うの?」
 突然、顔を僅かに赤らめてのちんちん発言に俺はドキッとさせられてしまう。
 今の台詞だけでご飯が三杯食える。録音しておけば良かった。
 ……ところで、今何を質問したんだ? ちんちんの破壊力が高すぎてそれ以外の言葉が頭に入らなかった。
 「ごめん、もう一回言って」
 忍は俺を濁った目で睨み、舌打ちを一回。本人にとって残念な事に、それすらもかわいい。
 息を大きく吸い込む。



 「家族は普通キスしたり、あなぅせぇっくすするかって聞いてるんだよ!」


 「……するぞ?」
 「するの!?」
 いや、するだろ。普通にするだろ。
 アナゥセェックスは夫婦のみだが、キスくらいは親子でも小さいときならするだろ。俺はしたことないけど。
 どうやら忍の家庭では両親がキスする光景も見る機会は無かったらしい。冷め切った夫婦なのだろう。
 逆に両親がアナゥセェックスする光景を目撃した日にはトラウマで飯も食えないと思うけどな。
 「いや、嘘だね! そうやってまた僕を騙して色々な事をしようとしてるんでしょ!」
 ずびし、と俺を指差す忍。人に指を指してはいけません。
 まーだあの事根に持ってたのか。ケツの穴の小さい男だ。広げてやろうか。
 それにしても、純粋無垢を地で行っていたあの忍が随分疑い深い性格になってしまったものだ。くそ、いったい誰の仕業だ。
 「してないしてない」
 「……本当?」
 本当に決まってんだろ糞ガキ。その人指し指をどけろ。食うぞ指。犯すぞ指。
 むー……とうなる忍に、俺は呆れた視線を返す。
 「忍、お前性教育受けたか?」
 学校でアナゥセェックスは習わないだろうが、それにしてもこの辺の知識が足りなさすぎるのではないだろうか。
 もう小学6年生だぞ。て言うかあと数ヶ月で中学生だぞ。
 「せーきょーいく?」
 忍は右に首を傾けた。髪がふわっと流れる。
 「保険の授業で習わなかったのか? 男女の体の違いとか……」
 「だんじょのからだのちがい?」
 忍は左に首を傾けた。髪がふぁさっと踊る。
 本人の自覚が無いのが恐ろしいほどに洗練された仕草だ。股間よりも胸に来る刺激。
 所謂一つの、「ココロがむずがゆいぜ!」である。
 そして頭、脳に来るものは……憂慮。
 「……忍、保健の授業ちゃんと受けてたか?」
 びくっ。
 忍の体が大きく揺れた。その反応自体が答えになっているのに、忍はそ知らぬ顔で言う。
 「う……受けたに決まってるじゃん」
 嘘をつくな嘘を。
 ご丁寧に口笛まで吹き始める忍。これで本当に受けていたら俺はこれから忍を様付けで呼んで何かあるごとに足舐めてやるよ。
 「じゃあ、赤ちゃんはどうやって生まれるのか言ってみろ」
 と、試しに質問してみると、忍は口端をにぃと歪ませた。
 「あれ? まさかそんな事知らないとでも思ったの?」
 見下した顔でニヤニヤと笑う忍だって当然かわいい。おっきしそう。
 しかし、流石にこれは簡単すぎたか。知らないはずもあるまい。
 今時の小学生は進んでいるからな。ひょっとして忍が非童貞なんてこともありえる。
 ああ、こんな世界が嫉妬するようなかわいい顔して女子を手籠めにしてるなんて……ありえるはずがない。あったらあったで興奮するけど。




 「男の人と女の人のへそをくっつけるとコウノトリがキャベツを運んできて、それを女の人が食べると妊娠して赤ちゃんが出てくるんでしょ?」
 
 

 さも当然と言ったように答える忍。判明したことは3つ。
 1、忍は保健体育の授業をまともに受けていなくて、性に対する知識が皆無。
 2、親だか誰か知らないが、忍に誤った情報を吹き込んでいる輩が存在する。
 3、忍は童貞。 
8, 7

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