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第五部 第四話「日曜日」

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 前日とは打って変わって、その日は深夜ごろから雨がしとしと地面を濡らし、朝起きる頃には既に土砂降りというお世辞にもデート日和とは言えない天候でした。約束をした段階では晴れの予想でしたが、気まぐれな低気圧のせいか、それとも誰かの気分なのか、くりちゃんの恵まれなさがこれでもかという程に発揮されてしまったこの結果に、自分は同情を禁じ得ませんでしたが、とはいえ約束は約束であり、明日には自分はこの童貞を捧げ、生涯の伴侶とする運命の相手を決めなければならないのですから、これもカルマによるものであると諦めましょう。
 今日1日が始まる前に、少しだけ昨日の話をします。三枝委員長とのデートは、お父様への挨拶から始まり、何故かバイトをする流れを経て、やがてファンタジー世界への突入という東京ウォーカーにもるるぶにも乗っていないデートスポットを辿った訳ですが、最後の最後は予約していたレストランでの食事に落ち着く事が出来ました。というのも、ラブホテルを後にした時、「ディナーくらいは予定通りに済ませたいわ。少しばかり付き合ってくれる?」と三枝委員長が仰り、バイトで得たお金を元手にインターネットカフェからしばらく証券取引をしました。結果は火を見るよりも明らかで、類まれなる直観力と圧倒的知識を持った三枝委員長が万が一にも損をするはずなどなく、数万いくらかのバイト収入は、僅か2、3時間で100倍まで膨れ上がりました。とはいえそれも予約していた超豪華ディナー1回で消し飛ぶ金額だったのですが、自分がこの時本当に驚いたのは、三枝委員長の卓越した金策手腕でも無ければ、新車の買える1回分のディナーでもありません。三枝委員長のお父様が予約をキャンセルしていなかった事です。
 これはつまり、朝、我が娘に私財を使うな、甘えるなと説教をしたその一方で、娘ならば夜のディナーまでにはその金額をきっちり揃えると信頼していたという事に他なりません。その絆の深さと信頼の厚さを目の当たりに出来た事に比べれば、豪華ディナーもかすむという物です。まあ死ぬ程美味しかったですが。
 その後、自分と三枝委員長は正真正銘何もなく、お別れしました。これだけは誓って、キスの1つもしていませんし、したくなかったといえば嘘になりますが、満足感は十分にありました。長い時間、それこそ月単位で一緒にいたという経験は、たった1度の行為よりも重く、良い経験になったからだと自分では思います。
 家に帰ってくると、母は既に帰っていました。
「おかえり。何もしなかっただろうね?」
「していません。半年くらい裸を眺めていただけです」
「あっそ。あんたにお客さん来てるよ。いつ帰ってくるか分からなかったからあんたの部屋で待ってもらってる」
 お客さん? 自分は疑問符を浮かべます。もしもくりちゃんなら母の言い方が妙ですし、他にこんな夜に会いに来る人物に思いあたりがありません。しかし自分の部屋にいるという事はおもらし系エロ本コレクションやおもらし系AVコレクションやおもらし系HDDを見られている可能性があり、気が気ではありません。自分は急いで階段を駆け上り、ドアを開けました
「あ、五十妻先輩。ご無沙汰ッス」


 そこにいたのは、金髪サイドテールと赤縁メガネが印象的な、中学時代の後輩であり音羽君でした。覚えてらっしゃらない方の為に一応説明すると、性癖「ふたなり」を持ったHVDO能力者で、過去自分が倒しています。
 まさかここに来てのリベンジか、と自分は咄嗟に身構えます。自分が春木氏にしたように、彼女には復讐する権利がありのです。
「性癖バトルですか?」
「え? 違うッス」
 自分の緊張とは裏腹に、あっさりと返ってきた答えには若干拍子抜けしましたが、まだ緊張を解くのは早計です。
「もうHVDO能力は戻ってるんですよね?」
「ええ、戻ってるッスよ。いつでもびんびんにちんこ生やせるッス。でも別に今日は先輩にリベンジしに来た訳じゃなくて、ちょっと言いたい事があって来ただけッス」
 見れば、音羽君の表情はそのふざけた敬語を駆使する口調とは違って真剣で、その裏に怒りすら見て取れる物でした。
「五十妻先輩。当然くり先輩を選ぶんスよね?」
 不意に投げかけられた質問に戸惑いました。以前は確か木下先輩と呼んでいたはずでしたが、いつの間にか下の名前で呼ぶほど親密な関係になっていたという発見は、やはりくりちゃんの友達いなさ加減による物であると思われます。そして音羽君は自分の動揺などまるで意に介さず、続けざまに、
「本当は、くり先輩には自分みたいな女の子が似合うと思うんスけどね、でもくり先輩の気持ちは大事にしたいし、ここは譲るッスよ。だからくり先輩と付き合い始めたら、絶対大事にしなきゃ駄目ッスからね。くり先輩泣かしたらちんこ引っこ抜きますよ」
 恐ろしい事を平然と口にする目の前の女子から、まずは何としてでもペースを取り返さないといけません。まず、どうして例の二者択一の件を知っているのか?
「今日くり先輩の家に及ばれしたんスよ。実はさっきまで隣で一緒にいたんス。いやーくり先輩の方からお呼ばれしたのは初めてだったんでちょっと緊張したんスけど、結局五十妻先輩との話っつか悩み相談だったんで、内心すげーガッカリしたッス。箱でコンドーム買って損しました」
 何をするつもりだったのかはさておいて、悩み相談とは一体。
「まあ、同じ女子として、同じ変態として、色々ッスね。女子会の内容は部外秘ッスから、詳しくは言えないッスけど。でも励ましておいたッス。『くり先輩は世界で1番魅力的な女の子なんだから、五十妻先輩も絶対くり先輩を選ぶッス』って感じで」
 何を余計な事を、と不覚にも思ってしまいましたが、次の一言でそう言わせてはもらえませんでした。
「だってくり先輩があんなに落ち込んでいる所、見た事無いッスもん。三枝さんでしたっけ? 勝てる訳が無いって、何度も言ってたッス」
 女子会の中身が駄々漏れなのはお約束として、くりちゃんのそんな姿は、自分は想像だに出来ませんでした。
「でも大丈夫ッスよねー? 五十妻先輩、くり先輩の方を選ぶッスよねー?」 
 ノリで高圧的に攻めてくる音羽君に、自分は一言冷静に答えます。
「……まだ決めていません」
「はああぁぁぁ!?」


 その後、小突かれまくり、何度も罵声を浴びせられましたが、自分がいよいよ断言しないので、音羽君も顔に唾をかけて去って行きました。くりちゃんが好きなはずの音羽君が、ここまでくりちゃんを自分に薦めるという事は、裏を返せばそれだけ今日のくりちゃんの落ち込み具合が半端ではなかった事になり、その事実は自分の胸を締め付け、眠れなくなりました。
 ですが、眠れなくとも朝は来ます。雨も同じく勝手に降って、くりちゃんとの待ち合わせの時間になりました。 
 チャイムを鳴らし、数十秒。今更考えてみると、くりちゃんの家にお邪魔するのは小学校の時以来ほとんど初めてであり、いつもはくりちゃんが勝手に自分の部屋に入ってくる事を考えると、どちらが得という事はなく、なんだか不公平な気もしてきました。
「……はい」
 たった2文字で今の気持ちが伝わってきました。こんな変態男とデートをする事自体は恥ずかしくて逃げ出したいが、今そうすると確実に自分は選ばれない。だけどそもそも好きかどうかも気持ちは曖昧で、未だに納得がいっていないけれど、例のHVDO能力はどうやら本当にあるらしいし、既に気持ちはバレてしまっている。どの道逃げたくは無いからデートはちゃんとすると決めたのに、よりによってこんなに天気が悪くなるなんて。といった所でしょうか。長年の付き合いですから、これくらいの読心術は朝飯前です。
「あの、今日どうしますか?」
 消極的な自分の質問に、若干の間があいた後、扉が開きました。自分を見上げるくりちゃんは若干涙目で、むすっとした表情でした。この期に及んでまで愛想を良くするつもりはないようで、なんだか少し安心しました。
「……とりあえず入ったら?」
 促されるまま中に入り、何も言わずに2階へ上がるくりちゃんの後ろをついていきました。
「ちなみにご家族は?」
「どっか行った」
 いつもより7割増しで素っ気無い答えでしたが、その後に「変な事するなよ」と釘を刺されないのはしてもいいという事か、それとも想像すらしていないのか、あるいは自分を信頼してくれているのか。
「……入って座ってちょっと待ってろ」
 ドアの前に来て、くりちゃんがそう言うので指示されたようにしました。ドアを1度閉めた後にもう1回開いて、「勝手に物に触るなよ。余計な事すんなよ!」と言われたので、くりちゃんが階段を降りる音が聞こえたのを確認し、早速タンスの中のパンツを物色し始めました。
 くりちゃんの部屋は実にシンプルで、窓際にはいつも乗り越えてるのであろう机。部屋の隅にはクッションの置かれたベッド。中心には小さな丸テーブル。本棚にはぱらぱらと統一性のない本が並び、最下段には中学の時の教科書がありました。全面アイボリーホワイトの壁紙に、掛けられた収納ポケットの中にはポストカードが束で入っており、何の変哲もない、よく整理された部屋です。
 よってメインディッシュであるパンツを探し当てるのは比較的容易であり、くりちゃんが戻ってくるまでの間に吟味を終え、1枚だけおそらくお気に入りであろうやや使い古された物を見つけたので、そっと懐に忍ばせておきました。
 戻ってきたくりちゃんが持っていたのは、皿に乗ったクッキーと飲み物でした。「これは?」と自分が目で尋ねると、くりちゃんは答えます。
「朝ごはんまだなら、食べれば?」
「はあ、ありがとうございます。でもこれ……」
 いびつな形、まだらな焼き加減、明らかに前半と後半でチョコチップの配分を間違えたこの品は、おそらく買ってきた物ではありません。
「昨日あたしが焼いたんだよ! 文句あるなら食うな!」
 頑張ってクッキーを焼くくりちゃんを想像すると、微笑ましく思いました。
 ぱっさぱさのクッキーをもっしゃもしゃと貪りながら、心にもない「おいしいです」を口角から垂れ流しつつ、自分はくりちゃんの視線のレーザービームを一身に受け、どうしたものかと黙考していましたが、いよいよ両肩を脱臼しかねない気まずさの重圧に耐え切れず、まずはジャブからと話を振ってみました。
「雨、止まないみたいですね」
「あんたのせいだ」
 懐に入るなり意味不明なスピードで放たれたアッパーカットに、マウスピースが宙を舞いました。
「で、でもおかげでこうしてゆっくり話が出来るじゃないですか。それともどこか行きたい場所でもありましたか?」
 胎児をあやすがごとく優しく優しく投げかけた自分の質問に、くりちゃんはちょっと考えた後メモを取り出しました。
『午前中、映画を見に行く(出来れば恋愛モノ)。正午、映画館近くのイタリアンでランチ。午後、公園をブラブラと散歩。途中でボートに乗ってそこでちゃんと告白。夕方、自分を選んでくれるかどうかの確認をきちんと取る。夜、家で肉じゃがを振る舞い家庭的アピール。その後セックス。その前にもう1度必ず選ぶという約束をする』
「……何ですか? これ」
「……昨日音羽さんと立てた作戦」
 1から10まで童貞の発想しかないそのプラニングに思わず自分も失笑しましたが、なるべく表情には出さず、「素敵なデートですね」とあまり得意ではない愛想を浮かべました。
「本当はその通りうまくいくはずだった。あんたのせいで駄目になった。あんたが私の事を嫌いだから今日は雨になったんだ」
 滅茶苦茶な理論に混乱しつつも、「申し訳ありません」と答えると、くりちゃんの表情がますます険しい物になりました。
「どうして怒らないんだ」
「え?」
「なんで遠慮してるのかって聞いてるんだ」
「遠慮って……」
「もう委員長に決めたんだろ? 遠慮して気を使ってるんだ。だから私が何を言っても怒らないんだ」
 くりちゃんの自分勝手で独りよがりな理屈に、自分は今日初めて牙を向きます。
「一言、いいですか?」
「……なんだよ」
「今日のくりちゃん、面倒くさいです」
 瞬間、天井から吊っていた糸か何かが切れたように頭を机に打ちつけ、ぷいっと反対方向を向きました。
「……委員長とのデートはどうだったんだよ?」


 嫉妬。
 7つの大罪の1つであるそれは、思えば自然な感情なのかもしれず、今まですっかり麻痺していましたが、くりちゃんも貧乳とはいえ年頃の女子ですから、そういった思いを抱くのはごく当たり前の事であり、むしろ戒められるべきはこうなるまで放っておいた自分の方である事は明らかです。
 しかしながら、開き直らせていただければやはり自分はクズであり、面倒だと思ってしまった事もまた揺るぎのない事実である事は変わらず、ではどうすればいいのかという自問への解答は、飾り立てはせず、誤魔化しもせず、ただただ正直に答える事だけでした。
「楽しかったです」
「結婚したいと思ったか?」
「はい」
「……あたしの事なんて思い出さなかった?」
「はい、少しも」
 この自分でも驚くくらいの即答ぶりに、いよいよ殺されるであろうと確かな予感を得ましたが、いつまで待っても鉄拳は飛んでこず、代わりに聞こえてきたのは息を殺して泣く声でした。
 立ち上がり、反対側に回ってみるとくりちゃんの真っ赤になった目と目が合いました。
 くるっと頭を反転し、逆方向に向けるくりちゃん。
 元いた席に戻ると、再び目が合って向く方向を戻します。
 3回目からは自分が動いている気配を察知して泣き顔を見られまいと首をぐりぐり左右に振っていましたが、それもいよいよ10回目あたりで諦めたようで、今度は逆にじっとこちらを睨みつけてきました。
「遊びはこれくらいにして、聞いて欲しい事があります」
 と、自分は切り出しました。
 昨日、三枝委員長とのデートで得た貴重な情報。
 自分の父である崇拝者について、考えておかなければならない事があるのです。
「自分はどうやら父を倒す必要があるようです」
 くりちゃんは黙って自分の話を聞いていました。
「そもそも話の前提からして、自分は納得がいっていません。誰と恋愛しようが基本的には自由なはずですし、例え肉親といえどそれを制限したり禁止する権限はないはずです。ましてや一昨日初めて会ったような相手に、口出しされる事自体が間違っています。しかも、父は自分が選ばなかった方の処女を頂く。つまりレイプするという犯罪予告までしているのですから、何も遠慮はいりません。やはり倒すのが最善です」
「もうさ、お父さん選んでケツ処女奪ってアイデンティティ崩壊させればいいんじゃない?」
 と、くりちゃんが口を開きました。くりちゃんにしては過激なアイデアですが、段々変態としての自覚が出てきたのでしょうか。散々いじめられて開き直っているとも言えますが。


 ここで崇拝者について、明らかになっている事を整理したいと思います。
 実は、昨日の三枝委員長とのディナーの間、話題はずっとこの事についてでした。『どうすれば崇拝者を倒し、2人の処女を守れるのか』それは目下自分にとっての解決しなければならない最大の問題であり、むしろこれさえどうにかなれば2人の内1人を選ぶという事すら曖昧に出来るチャンスでもあります。つまり、2択は正確には3択であるという事です。くりちゃんを選ぶか、三枝委員長を選ぶか、崇拝者を倒すか。
 ですが、三枝委員長と母から聞いた崇拝者の能力の一端は、そのような野心を打ち砕くのに十分な情報でした。
 5つ、既に明らかになっている能力をノートに書き出し、くりちゃんに説明しました。


 この世に存在する非処女、非童貞の行動や思考を全て把握し、未来を予測する。裏を返せば処女と童貞の行動によっては未来は変化するものであり、確実に決定付けられている訳ではないが、この能力により非処女非童貞は単独で崇拝者を追う事すら困難になる。


 世界中どこでも指定した処女の近くに瞬時に移動する事が出来る。この能力はあらゆる拘束を無視し、また、シチュエーション能力によって異空間に飛ばされている場合でも発動が可能。ただしその人物が処女である事を崇拝者自身が知っており、なおかつ事実でなければ発動しない。


 処女、童貞に限り、対象の性癖に応じた超能力(HVDO能力)に覚醒させる事が出来る。ただしその性癖に対するこだわりは一定の基準を超えていなければならず、いわゆる変態でなければ条件は満たされない。また、能力の発動はあらゆる情報媒体を通して可能であり、本、絵、プログラミングなど、制限はない。

4.
 処女を奪ってから1日の間、不死になる。具体的にはあらゆる物理的攻撃を無効にし、生命活動を維持し、薬物の影響を受けない。この能力は崇拝者自身の意識とは無関係に常に有効であり、自殺も出来ない。また、攻撃を無効化するという事は抵抗を不可能にする事と同義であり、例えば崇拝者に手を拘束されればそれを解く事は出来ない。

5.
 口から破壊光線を発射して処女以外を焼き殺す。もう滅茶苦茶。

 つまり、各国の処女を犯しまくる世界的犯罪者である崇拝者を逮捕出来ないのは、例え居場所を突き止めたとしても「2」の能力で逃げてしまうからであり、そもそも逮捕の計画を練っている段階ですら、「1」の能力で筒抜けになり、仮に偶然寝込みを襲える状況であっても、毎日処女さえ奪っていれば「4」の能力によって殺す事は出来ず、「3」の能力によって一部地域に変態を増やし続け、変態処女を開発するという悪魔の計画を実行している。逆らえば「5」の破壊光線。つまりは無敵という事です。
「唯一、崇拝者に対抗出来るとすれば、それは性癖バトルでしかありえません」
 これは自分と三枝委員長と母の最終的な見解です。
 問題なのは、いかにして変態の総本山たるHVDO首領に対し性癖バトルを挑み、承認させ、勝利を得るかであり、これに対する解答が得られない内は、とにかく崇拝者に従う他、選択肢など無いのです。
 そして春木氏の言っていた、「非処女から処女を奪う」という謎の能力もあります。
『性癖バトルで勝利した相手の1番大切な人の処女を奪う能力』
 もしもこれが事実であれば、性癖バトル自体を行う事は可能なはずです。
 ただし、そのバトルに負けた時、自分はとてつもなく大きな何かを失うはずです。
 くりちゃんか、三枝委員長か。
 選ばなかった方の処女を奪うという宣言は、嘘である可能性が高いのではないでしょうか。いえ、選ばなかった方の処女「も」奪う、というのがこの場合の正確な表現です。
 総取り。
 自分がどうにかして2人を同時に選べないかと考えているという事は、父親もそう考えているはずです。
150, 149

  

「あのさ、そもそもなんで男の人は処女が良いの? ていうか本当に良いの?」
 しばしの沈黙の後、くりちゃんが口に出した疑問は至極もっともでした。
 この「処女崇拝」については、ちょっとばかりの時間を割いて語る必要があるように思います。今回はくりちゃんにも分かりやすく、「処女にも分かる処女崇拝」と銘打ち、これを一限目の授業としたいと思います。
 人類の歴史は長いですが、男がその支配欲を失った事は1度たりともないと断言出来ます。大陸を支配したアレキサンダー大王は女でしたか? チンギス・ハーンは? 織田信長は? 三峰徹は? 無論、指導者としての女性はいくらでも存在しましたが、世界を支配しようという野望を持った偉人は皆男なのではないでしょうか。
 これを拡大解釈すれば、支配欲を持つ男が、それを満たし続け、なおかつ拡大させ続けたからこそ歴史に残ったとも考えられます。大抵の人間は自分より強い者の存在を認め、人生のどこかのタイミングでそれに屈服せざるを得なかったのでしょうが、たまたまそうでなかった人物が、世界を獲った。つまり支配とは、男の究極なのです。
「でもさ、男の人にもその、え、Mって言うのか? いじめられるのが好きな人もいるだろ」
 くりちゃんの指摘は確かに事実ですが、M男というのも自分の解釈では支配欲の変化形であると捉えています。誰かに蔑まれ、罵られ、理不尽な暴力を振るわれ、不当な扱いを受けたいという欲求。それは、自らの置かれているその境遇に対して、「異常」だと感じる事によって生じます。即ち、「ああ、自分はなんて酷い事をされているんだろうか」という感情をエロスに分類するからこそ、そこに興奮が生まれ、チンコがビンビンになってしまうのです。裏を返せば、「自分は尊重されて当然である」という甚だしい自尊心があるという事に他ならず、それは支配欲と同じ性質の物です。
「……うん、男が支配欲の塊だってのは分かった。ていうか前からなんとなくそんな気はしてた。でもどうしてそれが処女好きと繋がるんだ?」
 男の究極が支配であると、自分は先ほど言いました。では、支配の究極とは何か。相手を降伏させる事? 違います。では相手の命を奪う事? 違います。むしろ相手に好かれる事? 全然、違います。それらの行動には精神的隷従が伴いません。鎖に繋いでそばに置いた奴隷は、いつ寝首をかくとも限らないのです。
 究極の支配、その1つの答えが処女を奪う事なのだと思います。現在の日本の法体制では、処女を奪われたからといってその相手と一生を添い遂げなければならないといった決まりはもちろんありませんし、むしろそっちの方がレアケースになっているとさえ思います。
 ですが、どんなに価値観が変わっても、文化が融合と分解を繰り返しても、変えられない物が1つあります。それは、「初めての相手を後から変える事は出来ない」という事です。
 それが素敵な思い出だろうが、凄惨な事件であろうが、若さゆえの過ちだろうが、後から初体験の相手を変更する事など決して出来ないのです。もちろん偽る事も出来ますし、物理的な意味だけで言えば処女膜再生手術というのも存在します。ですが真実として、1度失った処女は取り返す事が出来ません。人生は1度きりなのです。
「……そんなに重要な問題かな」
 処女を捧げられなかった相手と結婚し、幸せな家庭を築き、一生を幸せに終える人もいるでしょう。でも旦那さんは必ず1度は思うはずです。「妻の初めての相手は誰だったんだろう?」。そして処女を捧げた相手も、奥さんを見る度に思うはずです。「あの女の始めての相手は俺だったんだ」。これが男の支配欲です。女性から見れば下らない、チンケなプライドの為に男はハゲていくのです。


「で、でもさ、処女ってなんていうかその、面倒くさいって言われるだろ。……あたしみたいに」
 消え入りそうな声でそういうくりちゃんに、自分は毅然として答えます。確かに面倒です。
 ヤるまでの道のりは厳しいわりに、最初の行為中は気持ちよさよりも痛みを主張しますし、その上当然ですが大抵の人はセックスに対して協力しようとはしません。回数を経てようやくその点が業務改善されていくとはいえ、やはり自分以外の経験がないので知識も技術も拙く、それならまだマシで、仕込みを終えた瞬間に他の男に持っていかれるパターンになると最早ただの労働です。ポケモン育て屋さんです。
 それらの過程も楽しめなくはないですが、処女側も人間ですので、感情という物があります。「せっかく私の処女を捧げてあげたのだから、もっと丁重に扱われるべきだ」と口には出さなくても態度には少しずつ現れ、いつか支配していたはずの関係は支配されていたりするのです。面倒である事この上ない。
「だろ? ……なんかムカつくけど。でも、それならやっぱり処女なんて嫌われるんじゃ……」
 断固として、それは違います。では、もう少し話のスケールを大きくします。
 そもそも生物の目的とは一体何でしょうか? 答えは至って単純明快。子孫を残す事です。
 自らの遺伝子を持つ子孫を、出来るだけ未来へ残す事。これは本能にインプットされた最優先事項であり、これにより淘汰が起き、進化が発生する。最終到達点が何かというのは余りにも哲学的過ぎるのでここは一旦置きますが、まず普通の人間が優先すべきなのは、子を産み育て社会に参加させるという事であるのは間違いないでしょう。
 複雑な家庭環境を持つ方を否定する訳でもなければ、義理の親子の仲に絆はないなどと暴言を言うつもりはありません。ですが、生物的な見方に限れば、遺伝子を残すには自分自身で相手を孕ませなければならず、そして残念ながら人間には、相手が既に妊娠しているかどうかを即時的に判別する手段が存在しません。人間固有の能力である嘘。医療品による誤魔化し、あるいは証明。知恵を持つが故に発生しうるその様々な騙しに、男は何の武器も持っていないのと同じなのです。
 そうと知らずに他人の子供を育てさせられるほど残酷な事は無いと思うのです。何せ子供に罪はありませんし、分かった時に既に愛情があると尚更です。やり場のない怒りは確実に健康を損ない、精神は疲弊して生物は淘汰されます。
「なんだ、結局怖いんじゃないか」
 と、くりちゃんが鼻で笑いました。
「自分に自信が無いから相手の事を疑うんだ。処女が好きだなんてただの言い訳だ。お互いに信じあっていれば、処女かどうかなんて関係ない」
 貧乳にしては鋭く、筋の通った意見ですし、おそらく大抵の人は納得するはずです。痛い所を突いています。
 ですが、今回はそのような小さいスケールの話をしている訳ではありません。今回のテーマはあくまでも「処女崇拝」DNA鑑定の有効性についてではないのです。


 山。
 古来より、人間は偉大な物に対して畏敬の念を持ち、信仰をしてきました。
 海。
 それはあまりにも小さな1つの生命が未知へと挑戦出来る証明でもあります。
 空。
 未開の場所へと足を踏み入れる瞬間、知性はこれ以上なく輝くのです。
 大地。
 数々の屍の上に築かれた恵みは、人類を更なる地点へと導き、
 宇宙。
 やがてはこの世界を構築する1つの真理へと到達する事になるでしょう。
 そして、処女。
 この崇拝は、何か意味のある物として刻まれるはずです。
「こ……怖っ!」
「処女崇拝とはつまりそういう事です。もちろんこれは自分の解釈ですので、崇拝者自身はより深い哲学を持っていると見て間違いはないでしょう」
「いやいや、おかしいって……絶対おかしい」
 ぶつぶつと言うくりちゃんに、トドメの一撃をお見舞いします。
「何せ変態の話ですから」
 とはいえ事実、ただ射精をしたいだけのお猿さんでなければ、処女の価値という物には一定のウェイトを置いているはずであるというのは確かなのではないでしょうか。歯に衣着せぬ言い方をすれば、他のちんこが入った事のないまんこの方を綺麗に感じてしまうのは自然な事であり、それを表面上は否定しておくのが男の甲斐性という物です。
「……まあいいよ。処女崇拝とやらは大体分かった。それで、そんなキチガイを相手にどうやって性癖バトルで勝つんだ?」
 自分は一転して冷や汗を流しながら、手を組んで俯きながら答えます。
「正直、全然分かりません」
 その瞬間くりちゃんは座っていた体勢からそのまま後ろに倒れこみ、クッションにその身をぼふんと預けました。
「あーあー! もう終わりだ! あたしあんたのお父さんに犯されちゃうんだ! あーあー!」
 今日のくりちゃんはちょっと躁鬱状態のようで、やっぱりなんだかとっても面倒くさいんですが、ここはひとつ寛大な心を持って、まあ大目に見ておきましょう。
「ですが、くりちゃん」
 自分は真剣な表情でくりちゃんをまっすぐに見据えます。
「もしも崇拝者を性癖バトルで倒すとしたら、くりちゃんにはかつてない程の『大恥』をかいてもらう事になりますよ」
 その言葉を聞いて、くりちゃんはゆっくりと起き上がりました。
「なあ、お前はおもらしが好きなんだよな?」
 いつもよりどっかりと目の据わったくりちゃんが、今更にも程がある確認をしてきました。
「当たり前です」
 自分は胸を張って答えます。散々ぶち上げた処女崇拝論などは、あくまでも変態ならばこう考えるであろうという一般論ならぬ変態論であり、本来自分の専門とする所ではありません。自分は生粋のオモラシスト。その点において変わる事はありません。
「前に……言ってたよな?」
「何をですか?」
「その……あたしのおもらしが……『良い』って」
 確かに覚えがあります。変態トーナメントが開催された時、自分はくりちゃんのおもらしが世界一であると保証し、確信を得、それによって勝利を得たのです。
「ならさ……」
 くりちゃんは言いにくそうにしていますが、促さずに言葉を待ちます。
「三枝委員長のおもらしは、どうなんだよ?」
 処女崇拝のヤバさを説き、事の緊急性を教えたというのに、まだ嫉妬全開のくりちゃん。
「おもらしするあたしと、おもらしする三枝委員長だったら、どっちを取るんだよ」
 おそらくくりちゃん的にはかなり勇気を絞った質問なのでしょう。これには自分もマジメに答えなければならないと思いました。
「くりちゃんです」
 瞬間、くりちゃんの顔が一瞬パアァッと明るくなりましたが、すぐに平静を取り繕いました。
「だ、だろ? まあ全然嬉しくないけどさ! この変態が!」
 高揚した声に緩む口元、ほつれまくりの平静でしたが、自分はくりちゃんのおもらしを何より評価しているというのは確かな事実です。行為中の恥ずかしぶりといい、終わった後の泣きながら後悔する感じといい、漏らす前のツンツンした雰囲気からのギャップといい、くりちゃんはおしっこを漏らす為だけに生まれてきたのではないだろうかと思う程に完璧な要素を備えています。
「でも、それだけで選べる訳ではないんですよ」
「は?」
 くりちゃんの表情が一変しましたが、自分は続けます。
「確かにくりちゃんのおもらし姿は素晴らしいですが、なんというか、三枝委員長は自分を成長させてくれるんです。三枝委員長は筋金入りの変態です。自分の裸を見られるのが大好きな、手に負えないド淫乱です。でも、だからこ
そ自分の性欲を満たす為なら努力を惜しまない」
 そして三枝委員長自身のスペックの高さは、あらゆる事を可能にし、いとも容易く変態の限界を超えていきます。
「それに、あれでなかなかかわいい所もあるんですよ。実は昨日……」
 と、ここで自分は気がつきました。くりちゃんがぽろぽろと泣き始めている事に。


「あ、いや違うんですよ。自分は昨日、三枝委員長と半年ほど旅をしてまして」
「……意味わかんない」
 くりちゃんはなかなか顔をあげてくれず、自分はあたふたと説明を続けます。
「自分のHVDO能力に『ヨンゴーダイバー』というのがありまして、それを使うとその人と死後の世界、つまり精神的に深い所に潜る事が出来るんです。で、それを使って三枝委員長の世界に入ってみた所、そこはファンタジー世界だったんです」
「なんで……?」
「なんでと言われても……。いや、潜ったのはもっと冷静に三枝委員長の事を知る必要があったからでして、ましてや三枝委員長はHVDO能力を全て捨ててしまったらしく、これは真剣に彼女の事を理解する必要があるなと自分は判断しまして」
「彼女……?」
「いやそういう意味の彼女ではないですよ。あくまでもSheという意味です。それでその潜った先の世界で、自分は全裸の三枝委員長と旅をする事になりまして」
「なんで全裸なの……?」
「まあその、色々あったんですよ。呪いとか、国とか、姫とかそういうファンタジー的な事情がですね。それで半年も旅をしていると、流石に色々と情も湧いてしまって」
「……」
 一体何なんでしょうか、このプレッシャー。自分は汗だくになりながら精一杯弁解しましたが、言えば言うほど嘘臭く、なんだかとんでもなく荒唐無稽な話をしている気になってきて、確かに実際そうなのですが、いたたまれなくなってきました。
「……れよ」
 暗くなった目に鋭い眼光。
「え?」
「……潜れよ!」
 掴まれる胸倉と、それに従って絞まる首。
「ちょ、くりちゃん! 落ち着いてください!」
「いいから潜れっつってんだろタコスケが! おしっこでも何でも漏らすからよ!!」
 逆ギレといっていいのか、それともただのキレなのか、判断に困る所ですがとにかく今は宥めるしかありません。
「まあまあ、落ち着いてください。そんな風な態度でするおもらしはおしっこに失礼ですよ」
「今はそういう話をしてるんじゃねえ! あたしの事をもっと知りたいのか知りたくないのかって言ってんだ!」
 えらく積極的というか自暴自棄なくりちゃんもそこそこ素敵ですが、ここは冷静に、
「残念ですが、それは出来ません」
「なんでだ!?」


「既にくりちゃんはHVDO能力者を自覚していますよね?」
「……認めたくはないけどな」
「その状態で、自分が『ヨンゴーダイバー』をくりちゃんに対して発動すると、それが戦闘とみなされる可能性があります」
「せ、戦闘?」
「性癖バトルです。くりちゃん自身が戦った事はないでしょうが、くりちゃんのおもらしは数々の敵を倒してきました」
「ああ……」
 と、くりちゃんが過去を思い出したのか一瞬うなだれましたが、すぐに気を取り直したようで、なおも噛み付いてきました。
「別にあたしは負けてもいい! だからさっさと潜れ!」
 くりちゃんの「眠姦」は、それ自体が好きというよりは、自分が恥ずかしい思いをせずに済む方法として開発された物です。
「そうではありません。自分が勝ってしまうのがまずいのです。昨日の朝、自分は春木氏に勝った事により9個目のHVDO能力を得ました。なので次に勝利を収めてしまうと、『世界改変態』が起きます」
「な、何じゃそりゃ」
「自分の性癖に合わせて世界全体を作り変える事の出来る究極の能力、いえ、『現象』と言った方が良いでしょうか」
 ぽかんとするくりちゃんに説明を続けます。
「今、このタイミングで世界改変態を起こす事は得策とは言えません。何故なら、世界改変態は使用者の心の底の欲望を引き出すので、具体的に何が起こるかが分からないのです。もしかするとそれによって崇拝者を追い詰める何かが得られるかもしれませんが、その可能性はおそらく低いでしょう」
「何でだ?」
「崇拝者は、自分が9個目のHVDO能力に目覚めた事を当然知っているはずです。にも関わらず、何の妨害もしてこないという事は、それほど危険だとは思っていないという事ではないでしょうか。あるいは何が起きても計画を変更しない自信がある。となると、あまり芳しくない事が起こった時に、結局損をするのは我々だけです」
 要するに、ボス戦の最初からパルプンテを唱えるのは早計過ぎるという事なのですが、くりちゃんにそう説明しても分かってくれないでしょうから、遠まわりな説明になりました。
「じゃ、じゃあ何で三枝委員長のには潜ったんだよ?」
「三枝委員長はHVDO能力を生贄にしたので、現在性癖バトル不能状態と先ほど言ったはずです」
「生贄? 何で? ていうかかそんな事出来るのか?」
「これ以上はプライベートな事なのでちょっと」
「死ね!」
 何と言われようと、その理由を詳しく教える訳にはいきません。三枝委員長の一途な思いと、それに感化されつつある自分を知らせてしまってはいよいよ刺されかねません。
「という訳なので、くりちゃんに『ヨンゴーダイバー』を発動する事は出来ません。分かってください」
 実は先の理由の他に、もしかするとくりちゃんの精神を覗いた瞬間に自分が負けてしまうという恐怖があった事はあえて伏せておきます。そうなれば崇拝者と性癖バトルをする事自体が不可能になりますので、やはり死策です。
「……」
 恨めしそうに自分を睨むくりちゃん。その眼差しに冬眠出来なかった熊のような獰猛さを感じ取ったその直後、衝撃音と共に自分の鼻から血しぶきが上がりました。次に痛みがやってきて、くりちゃんが繰り出したのが頭突きである事を理解します。
「いいからおもらしさせろ!」
 数ヶ月前のくりちゃんからは想像も出来ない台詞が飛び出し、自分はあっという間にマウントを取られました。
152, 151

  

 腕は捻じれ、脚は踏まれ、顎は上を向き、一体どんな体勢をしているのか自分自身でさえも把握出来ません。
 背中に当たるクッションの膨らみと、覆いかぶさるくりちゃんの重さ。その他に感じるのは石鹸の香りが汗の匂いで上書きされつつある事と、もしかしたらこれ殺されるのではないかという恐怖だけでした。
 くりちゃんの女子らしからぬ凶暴性については兼ねてから度々紹介してきたつもりでしたが、今回の行動に関しては最早バイオレンスというよりバイオハザードであり、その日本人離れしたキレっぷりと速攻に、大した反応も出来ないまま自由は奪われました。
「はぁ……はぁ……いいからとにかくおもらしをさせろ……そんで潜れ……」
 くりちゃんの声が後ろから聞こえてきた事によって、ようやくいつの間にかチョークスリーパーをかけられている事に気づき、この息苦しさにも納得がいきました。
「い、嫌です……。何をされようとヨンゴーダイバーを発動させる訳にはいきません……」
「ちくしょう……このまま死ねぇ……!」
 およそヒロインの物とは思えない台詞を吐きながら、首を絞める腕にキリキリと力を込めるくりちゃん。
 確かに、三枝委員長の深層心理だけ知りたがっておいて、くりちゃんの場合は拒否するというのはなんだか不公平な気もしますが、かといって一時の情にほだされれば勝利を失う事は必定であり、このまま死んで全てを投げ捨てる訳にもいかず、とにかく自分は今出来る必死の抵抗をしました。渾身のじたばた。見苦しさマックスの悪あがき。上ははだけ、下はずり落ち、なんとかくりちゃんの呪縛から逃れられる事が出来ました。
「はぁ……はぁ……」
 着衣の乱れを直しつつ、流石に疲れたのか、くてっとなったくりちゃんを見下ろします。
「くりちゃんもっと真面目に考えてください。このままでは犯されてしまうのはあなた自身なんですよ。もちろん自分も真剣に考えています。今出来る事は何か、最善手を打つにはどうしたらいいのか。しかしあなたの協力が得られなければ、崇拝者を倒すなんて到底不可能なのです」
 珍しく声を荒げる自分でしたが、対するくりちゃんはうずくまったまま何も答えませんでした。
「くりちゃん、聞いているんですか?」
 と、肩を揺すると、くりちゃんが顔を上げました。その表情は何故かニヤついていて、良い事があったというか、何か良い物を見つけたような、この場合は反撃の策を手に入れた風でした。そんな所感はすぐに的中し、くりちゃんがその手に握っていたのは1枚の布切れでした。
 パンツ。
 それはつい先ほど、自分がタンスから拝借したくりちゃんのパンツであり、暴れた際に懐から零れ落ちたのをくりちゃんは見逃さなかったようでした。
「それがどうしたんですか?」
 冷静に尋ねる自分に、くりちゃんが自信満々に宣言しました。
「どうしたもこうしたもあるか! 私のパンツを勝手に盗むという事は、お前やっぱり私の事が好きなんだろ!」
 小四のごとき理論武装に、自分はやれやれと肩をすくめて答えます。
「男子が女子の部屋に入ったらパンツを盗むのはごくごく当たり前の事です」
「んな訳あるか!」


「ありますよ。疑うなら実際に春木氏や等々力氏に聞いてみてください」
「そいつら全員変態だろ」
「もちろん変態ですが、そうでなくても男ならば誰でも盗みますよ。120%です」
 この場合の120%とは、1枚盗んだ者がもう1枚盗む確率が20%という意味です。
「じゃあ、三枝委員長のも盗んだのか?」
「いえ、残念ながら。あそこの家はやたらと大きいので、どこに下着があるかが分かりませんし、防犯システムも凄そうなのでセントリーガンで指を撃ち抜かれる可能性もあって怖くて出来ません」
 もちろんそういった懸念がなければ盗むという宣言なのですが、健全な男子からすれば当然の事です。くりちゃんは納得のいかない様子で、自分とパンツを交互に見た後、不思議そうに尋ねました。
「お前さ、なんでパンツ盗んだ事がバレてそんなに平然としていられる訳?」
「男として、当たり前の事をしたまでの事です」
「何なのその人助けした的な言い方」
 まあ確かに、広義では人助けみたいなもんです。
「……ていうかさ、よりによって何でこの1番古い奴なんだよ。もっとかわいいのとか新しいのあったろ」
「錬度からしてそれが1番のお気に入りかな、と思いまして」
「あ?」
 くりちゃんの表情が途端に険しくなりました。眉間に皺を寄せつつ自分を見上げて睨んでいます。
「言っとくけどな、1番のお気に入りはこっちだ」
 ぺろり。
 現実的にはほぼ無音ですが、あえて擬音をつけるならばそんな光景。
 めくられたスカートからちらりと覗いた布は、盗んだ物とは違って、あるべき姿であるべき場所に収まった完成版パンツでした。色は黒。安っぽく、見覚えのある代物。
「覚えてないのか?」
 思い出しました。
 それは自分が初めてHVDO能力に覚醒し、くりちゃんをおもらしさせた日にコンビニで買ってあげたパンツでした。泣きじゃくるくりちゃんをトイレまで誘導し、ぐしょぐしょになったパンツの代わりに自分がお金を出した物です。
「……お前からもらった唯一のプレゼントだからな」
 ああ、この人は。
「正直に言ってもいいですか?」
「……なんだよ」
「すみません。グッときました」


 プリーツを下ろし、いそいそとパンツを隠そうとするくりちゃんに「もうしばらく」とお願いすると、恥ずかしがってはいましたがまんざらではない様子で、そのあられもない姿を晒し続けてくれました。TAKUSHIAGEという新たな日本文化として海外に輸出する計画を頭の中でまとめつつ、スカートの下に見えるパンツとくりちゃんの紅潮の両方を視界に納めて鑑賞していると、崇拝者の事も件の2択の事も、なんだかどうでも良くなってくるのでした。
 恋心を暴かれてからというもの、くりちゃんも随分と従順になった物で、後は突発的な暴力さえ無ければ完璧であるのにと幸せに嘆きつつ、かけがえの無い時間をゆるりと過ごします。
 しかし悲しいかな現実は、そんな安息を長くは与えてくれませんでした。
「ごほんごほん、あー、お取り込み中の所申し訳ないんだけどねえ?」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには母が立っていました。マイマザー。崇拝者の嫁。
 くりちゃんはスカートをたくし上げたまま完全に石化し、自分もあやうくそうなりかけましたが、こういった不測の事態に慣れている分ダメージは軽減され、なんとか問いを返す事に成功しました。
「何故ここに!?」
「いやね」と、母は頭をぽりぽりとかきながら、「あんた達のデートを邪魔するのは悪いかなと思ったんだけど、どうしても伝えておきたい事があって。今日の夜にしようと思っていたんだけど、ちょっと急用が出来てな。どうしようかと思っていたら、隣にいるみたいだからさ。来ちゃった。悪いね、くりちゃん」
 くりちゃんは硬直したまま、ぴくりとも動きません。まあ確かに、この状況だけを見ると、まるでくりちゃんがパンツを見せて男に迫る真性の痴女のように映るのも無理ありませんから、こうなるのも仕方が無いように思います。実際似たような事を毎日していた訳ですし。
 木下家不法侵入の件については、世界警察に何を言っても無駄なような気もするので省略し、単刀直入に訊きます。
「話したい事とは?」
「崇拝者、つまりあんたの父親について、知っている事を全て」
 自分が思わず身構えると、母は、
「おっと、何も話すな。質問も駄目だ。何か浮かんでも口に出すなよ」
 なるほど、と自分は即座に理解しますが、固まったままのくりちゃんに向かって母は説明します。
「崇拝者は非処女の思考を読む。当然私も非処女だから、その対象に含まれている。だから、あんたらが私から聞いた話をヒントに何か良い案を浮かんでも、それが私を通して崇拝者に読まれてしまっては意味がない。これから昔の話をするが、それに対して何も言うなよ。出来れば表情でも反応するな。くりちゃんはそのまま硬直していてくれるとありがたい」
 自分は無言で頷きます。仏頂面は得意な方です。
「よし、ではこれから崇拝者の過去の話をする。私があんたと同じ高校生だった頃の話だ」
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