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第五部 最終話「変態」

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 自分という人間を、一言で分類するならば、「変態」である事はまず間違いなく、また、この文章を読んでいる方達の中に、自分の気持ちを分かってくれる、尊重してくれる人が少しでもいたのなら、それはこの上無い幸せであると言い切れるのです。
 誰よりも女子のおもらし姿を愛し、ただその為に戦い続けてきた自分が、今は2人の少女の操を守る為だけに戦うと言っているのですから、随分と進歩したものだと我ながら思います。いつかの午後、HVDO能力に目覚めた自分が抱いた高揚は今もこの胸にあり、尿に対する熱い気持ちは、ほんの少しも冷める事なく、そろそろガストのドリンクバーにも「美少女の黄金水」が必要なのではないかと訴える活動を始める準備を進めている所です。
 しかしながら、その前に自分にはしなければならない事があります。
 選択。
 人生とは選択の連続です。日々の選択が人の生き様という物であり、その人自身でもあり、選択する事こそが人の意思なのではないでしょうか。それは朝食をパンにするかご飯にするかといった些細な事から、就職をするか進学をするかといった大きく人生を左右する物まで、悩みだしたら限りの無い迷路を、我々は歩いている訳です。
 その中でも、今日これから自分のしようとしている選択は、自分の人生のみならず、他人の人生まで大きく左右する重要な物であり、安易には決められませんが、決めなくてはなりません。
 支度、というにはちょっと大げさなくらいの出かける準備を済ませ、家を出ました。すぐに忘れ物に気づいて戻り、食器棚からちょうど良いサイズの蓋つき小瓶を取り出し、ポケットに忍ばせました。何に対してちょうど良いのかは、作戦上今は伏せておきますが、自分はこの小瓶を利用する瞬間が来ない事を心から祈っています。
 再び靴を履きなおし、大通りに向かって歩き出した時、背後から呼び止められました。
「おい、五十妻」
 その声には聞き覚えがあり、思い当たる人物に間違いがなければ、無視しても一向に構わないと思ったのですが、流石に最後の最後ですし、この人に出番を与えてもいいかなという配慮で振り向きました。
「何ですか? 等々力氏」
 等々力氏はそのへらへらにやにやした面を相変わらず恥ずかしげもなく晒しています。
「決めるんだろ? 今日。一言だけお前に言いたくてな」
 何を偉そうに、と心の中で毒づきつつも、黙って聞きます。
「どちらを選ぶにせよ、選んだ方を必ず守れよ。それが男ってもんだ」
 思い出したかのように悪友ポジとして振舞うこの男に、自分は愛想をつかしています。「はぁ、分かりました」と生返事をして歩き出すと、等々力氏はそそくさと寄ってきて囁くようにこう言いました。
「仮にお前が委員長を選んでも1.5乳首の件だけはよろしく」
 この期に及んでなお、おっぱいの事を優先する等々力氏。普通なら、最低な人間であると断ずるのでしょうが、自分は違いました。それでこそ、それでこそおっぱいマニア。オパビニア。自分は等々力氏の事を、変態の友人として実は尊敬しているのです。
 やがて我々は熱い握手を交わし、別れました。
 大通りに出て、すぐにタクシーは捕まりました。平日の昼前に高校の制服姿で乗り込んできた自分の事を運転手さんは不審な目で見ていましたが、行き先にとある高級ホテルの名前を挙げると、ますます疑惑は深くなったようでしたが、青少年の健全な育成はタクシードライバーの義務ではありませんし、距離がワンメーターという訳でもないので、車は無事に動き出しました。
 流れる景色を視界に捉えつつ、やはり自分が想うのは、2人の少女の事でした。


 母からその奇想天外な崇拝者との出会いを教えてもらった後、再び自分はくりちゃんと2人きりになりました。互いに何かを話し出すのが気まずく、しばらくは重い沈黙が流れていましたが、窓の向こうから聞こえる雨が、不意に止んだ瞬間、くりちゃんがこう切り出しました。
「子供の頃、白雪姫の絵本が好きだった」
 自分は相槌を打つでもなく黙って耳を傾けます。
「元のグロい話じゃなくて、キスで目が覚める方の奴な」
 そういえば、聞いたことがありました。ディズニー版の白雪姫はかなり子供向けに脚色されていて、元の話は王子が死体愛好家で、しかも目覚めるのもキスではなくて家来の不注意だったというロマンスもへったくれもない物であったそうです。
「絵本を読んだ時、子供の頃のあたしは、キスで目が覚めるのは逆が良いなって思ったんだ」
「逆、と言いますと?」
「だからさ、王子様が毒りんごで寝ていて、それを白雪姫が起こす方が良かったんだ」
 擁護するわけではないですが、あくまでも子供の頃の話ですので、物語のお姫様と自分を完全に同一視している痛さについては見逃しておきましょう。
「……どうしてですか?」
「だって……恥ずかしいだろ。相手が王子様なら、勝手にされるのは百歩譲って許せる。だけどな、あたしのキス顔を覚えられるのだけは死んでも嫌だ」
「キス顔と言ったって意識はないんですから、普通の寝顔じゃないですか?」
「どっちも嫌なんだよ。こっちがキスする側ならするだけして逃げちゃえばいいし、相手には何も見られない。だからそっちの方がいい」
 分かるような分からないような妙な理屈ですが、その辺が捻じ曲がって性癖となっているという事でしょうか。
「それに……いや……やっぱいいや」と、くりちゃんが言い淀んだので、幼馴染スキルで察します。
「知ってますよ。キスすると子供が出来ると思っていたんでしょう? 小学生の時、得意げに言っていましたね」
「んなっ……」
 絶句するくりちゃんに畳み掛けるように言います。
「家で一緒に映画を見ていて、ヒロインが死に際に男とキスをしているのを見て怒ってたじゃないですか。赤ちゃんがかわいそうだ的な事を。当時から自分は真実を知っていましたけど、面白いから黙っておきましたよね? それで別の日に冗談で顔を近づけたら滅茶苦茶焦ってたのを覚えています」
「お前なんでその時言わなかった!? あの後お母さんにキスされそうになった事を真剣に相談してあたしは恥かいたんだ!」
 恥ずかしい事が嫌いなのに、恥ばかりかいてしまうのは、もはや宿命のような物なのでしょう。
「……でも、本当は妊娠するにはそれ以上の事をしなくちゃいけないって知った時は最悪だった。キスでさえ恥ずかしいのに……」
 守らなければ。何としてでも。何をしてでも。


 ホテルに着き、指示された部屋をノックすると、母がドアを開けて自分を招き入れました。
「顔色が悪いな。どうした?」
 少し心配してくれたので、、
「大丈夫です」
 と、一応答えておきました。
 部屋に入ると、崇拝者こと我が父が、どっかりと1人用ソファーにその身を預け、自分を待っていました。いえ、待っているのは自分ではなく、自分の答えかもしれませんが。
「勝機のある目だ」
 第一声、自分を見て父は言いました。当然、今日に向けてそれ相応の企みを持ってきた自分は一瞬だけギクリとしましたが、バレてはいないと踏んで行動します。それしかありません。
「この場合の勝利とは?」
「それはお前自身が良く知っているだろう」
 言いながらもほとんど表情を変えない父に、鏡を見ているような感覚もちょっとあって、やはり不快になります。
「さて、木下くりと三枝瑞樹。どちらを選ぶのか、答えは決まったか?」
「はい」と、自分は即答します。
「ほう、そうか。予想ではまだ悩んでいると思ったが、それも計画の内か?」
 断言しますと、もちろん計画の内ですが、わざわざ敵を目の前にして、そう宣言する理由がありません。
「計画の内です」
 気づくと言ってしまっていて、自分でも驚きました。
「……面白い。だが、まあ、いい。見ろ、ここに2つの鍵がある。木下くりと三枝瑞樹は、それぞれの部屋で既に待機している。お前はこれから片方の鍵を選んでその部屋に行き、そこにいる女とSEXをしてもらう」
「え? 今日ですか?」
「その為にわざわざこのホテルに部屋を3つも取った」
「しかし、コンドームも何も持ってないのですが」
「男なら生でやれ」
 親父から息子への初めての教えとしては、いささか野蛮な趣です。
「……分かりました」
「お前の取らなかった鍵の部屋に、俺が行く」
 自分は2つの鍵を見つめます。ご丁寧に、それぞれの鍵には付箋で名前が書かれ、間違いが無いようになっています。
「さあ、選べ」
 これ以上、父の前にいるとボロが出てしまいそうなので、とっとと選びましょう。
「では、こちらを」
 自分は「三枝瑞樹」と書かれた方の鍵をあっさり手に取り、迷い無く部屋を出ました。
 ドアを開け、1歩足を踏み入れると、妙に甘い匂いが鼻をつきました。何せ自分のような庶民には手の届かぬ高級ホテルですから、何かアロマ的なオサレ空間演出装置の所以かと勘ぐりましたが、それは違いました。
 間接照明は暗めに設定され、カーテンは閉じられていたので真昼間にも関わらず雰囲気は妖しげで、自分も三枝委員長も、性欲の解消にいわゆる適したムードという物を必要としないタイプですが、確かにこの空間でならそれなりにロマンチックな初体験が出来そうです。
 ベッドに横たわる三枝委員長は例のごとく一糸纏わず、シーツは既に下半分がびしょびしょに濡れていました。甘い匂いの正体に気づいたものの、それを恥ずかしいと思うべき本人は今夢の中でした。状況から分析すると、ただ待っているのに飽きてソロプレイを開始し、1度で満足出来ず何回もやっている内に疲れ果て、そのまま眠ってしまったといった所でしょうか。淫乱ここに極まれり。
 自分は制服の上着を脱いでベッドに腰掛け、その端整な顔にかかった長い髪を人差し指で撫ぜてどかし、やや紅潮した頬をくすぐると、ゆっくりと瞼が開きました。
「おはようございます」
 とりあえず挨拶をしてみると、三枝委員長はこう返してきました。
「これは夢なのかしら」
 そんな台詞を聞かされてしまっては、今更我慢など出来るはずもありません。
 露になった首筋に向かって、まるで吸血鬼のようにむしゃぶりつき、しかし歯は立てずに甘噛みで、汗ばんだ皮膚を味わいました。
「あっ……」
 短く漏れた吐息が聞こえ、いよいよ自分は理性の消失を感じます。
 既に肉体は密着し、2つの体温が均一な点に向かって変化を始め、重なった鼓動は同じ時を刻み始めました。
「五十妻君、本当に私でいいの?」
 三枝委員長の珍しく野暮な質問に、自分は愛撫で答えます。若さではちきれそうな両胸を鷲づかみにし、獣のように鼻をこすりつけて匂いを覚えました。やはりというか何というか、三枝委員長は強くされるのがお好みのようで、気づけば滑らかな足が自分の腰裏へと回り、がっちりと組まれていました。
 しばらくの間、自分は三枝委員長の身体をまさぐり続けました。柔らかく張り付くような感触を楽しむ一方で、部位によって変化する表情を見て愉しみながら、それは至福の遊びでした。
「……ずるいわ」
 三枝委員長はくやしさを隠さずにそう呟くと、そのしなやかな肢体の鞭を利用して自分の身体を引き寄せると、抜けるように服を脱がし、自分の股間でいきり勃つそれに優しく優しく優しく触れました。
「私にも見せてよ。五十妻君の、余裕のないトコ」
 一瞬で逆転した攻守でしたが、別段未練はありませんでした。今はただ、三枝委員長との初めての性交渉に身を委ねるのみで、イニシアチブは最初から気にしていません。
 あむっ、とモノを口に含み、一所懸命に舌と唇を駆使する三枝委員長を見下ろしながら、自分はそこはかとない罪悪感を抱いていました。




 する事もなく、時計を眺めている。
 どうしてあたしはここにいるのか。分かっているのに、分からないフリをしている。
 いつも被害者ぶるあたしの事が、あたしは嫌いだ。
 あいつに恥ずかしい思いをさせられて、心の底から怒っているのに、本当に本当に嫌なのに、少し気持ちが良いと感じてしまっている事を隠すあたしがいる。
 これはきっと、あたしの性分なのだろう。
 あたしはあたしが既に変態であるという事を知っているというのに、未だに知らないフリをしている。
 最低だ。潔くない。
 男勝りを装いながら、誰よりも女々しく、いつも誰かに助けられる事を想像している。
 昨日、あいつに「面倒くさい」と言われた。だけど言われる前から分かっていた。あたしが面倒くさい事。
 だからって、ちょっとこの仕打ちはひどくないか?
「おや、あまり驚かないみたいだね?」
 いつの間にか部屋の中にいた男がそう尋ねてくる。着崩した黒スーツの胸ポケットに、バラの花なんて刺しているキザな男。子持ちの癖に若々しく、やや感情の欠落した表情からは、その内に秘めた異常性は読み取れない。崇拝者、と呼ばれるこの男の再来を、待ち望んでいる被害者が世界中にいる事は昨日聞いた。
「……知っていたから」
 短く答えると、崇拝者は少し首を傾げる。
「自分が選ばれない事を知っていて、逃げださないという事は、ひょっとして君は俺に抱かれたいのかな?」
 明らかな挑発に、あたしは告げる。
「あいつを信じているだけだ」
 崇拝者はあたしの瞳をじっと見つめて、嘲っているような感心しているような微妙な表情を浮かべた。しかしそう見えたのもあたしの思い込みで、本当は少しもその仏頂面は変わっていなかったのかもしれない。
 やっぱり実の父親だけあって、あいつに似ている。
「つまり君は、元樹が三枝瑞樹の方を選ぶのを知ってて、それに納得した上でここに来たにも関わらず、俺に処女を捧げるつもりは無いという事になる。さて、そろそろ真意を聞かせてもらおうか」
 私はベッドの上に立ち上がり、スカートをたくし上げる。今日は例のお気に入りのパンツは履いていない。というかパンツを履いていない。今日履いているのは、昨日あいつが買ってきた「貞操帯」だ。もちろん錠はしてあって、鍵はあいつが持っている。あいつに下半身の自由を委ねるのは酷い屈辱だけど、確かにこれは単純かつ有効な手かもしれない。
「どうだ、これで手出しは出来ないだろう」
「なるほど、それが君の心の拠り所か」
 崇拝者がマジマジとあたしの股間を見つめる。普通に恥ずかしい。
「じゃあ、これは何だか分かるかな?」
 顔色1つ変えずに崇拝者が取り出したのは、この貞操帯の鍵だった。


「安心したまえ。元樹が裏切った訳ではない」
 崇拝者は言う。疑ってすらいなかったあたしは、ただ次の言葉を待つ。
「その貞操帯、自らの手で1から作ったのではない限り、誰かから買った事になる。そして世の中には、処女童貞よりも圧倒的に非処女非童貞の数の方が多い。つまり、君達のした買い物の内容など俺には筒抜けという事だ。それさえ事前に分かれば、こうしてスペアキーを用意しておく事は容易い。分かるかい?」
「ああ……じゃあ、その鍵で開けてみろよ」
 あたしが少しの動揺も見せない事を不思議に思っているのか、崇拝者はやや訝しげに、それでもあくまで迷いはなく、あたしの腰を抱き寄せた。
「そうしてみよう」
 鍵がハマる。スペアキーだから形は同じ。当たり前。
 だけど、あたしの扉は開かない。
「……おや? これは奇妙だ」
「あいつは昨日、あたしにこう言った」
『自分はどちらか1人を選ぶ事はしません。求められれば答えますが、束縛はされませんし、去る者は追いません。しかし、いずれにせよ全力で2人を守ります。これだけは約束させてください』
 浮気もここまで堂々と宣言されれば最早本気だ。
「我が息子ながら天晴れなクズっぷりだ」
 どこか誇らしげでもある崇拝者。お前が言うなと言ってやりたいが、きっと承知の上だろう。
「『W.C.ロック』というらしい。あいつのHVDO能力だ。意識するだけで近くにある『トイレの鍵』を閉める事が出来るそうだ」
 トイレの鍵。
 あたしの説明を聞いて、崇拝者は笑い出した。まあ無理はないと思う。どんどん大きくなっていく笑い声に、神経が逆撫でされる。やがて一通り笑った後、今1番されたくない質問が飛んできた。
「くくく……かけられたのかい? それとも飲んだのかい?」
 あいつが能力を使って貞操帯の鍵をかけ続けるには、あたしの事を「トイレ」だと認識しておく必要がある。そしてその為には、いずれかの行為が必要になる事を理解した上での質問だった。あたしは答える。
「……かけられた」
 どちらかを選べと言われたので、そっちを選んだ。もうこれ以上は思い出したくない。かけるのも嫌だしかけられるのも嫌だ。そもそもおしっこはかけたりかけられたりする物ではない。
「災難だったな。だが、悪いけど無駄だった」
 崇拝者はそう言うと、あたしの貞操帯に両手をかけた。
 あいつが用意したこの貞操帯は、決しておもちゃではなく、革にステンレスが貼り付けてある本格的な物だ。正確な耐久力なんて知らないけれど、おそらく工業機械の類がないと破壊出来ない代物だ。
 崇拝者は、それを素手で引きちぎった。
 処女にかける情熱は本物だと思った。
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 千切った貞操帯を、ベッドの上に放り捨てると、崇拝者はあたしの股間を見てこんな事を言い始めた。
「触らなくても分かるくらいに滑らかな肌が、太ももの付け根に向かってしなやかに曲線を描いている。1つの染みもなく、1つの黒ずみもなく、かといって真っ白ではない、穏やかで優しい薄桃色だ」
「ちょ、何で実況してるんだ」
 あたしの突っ込みも聞かずに、崇拝者は続ける。隠そうとした手はすぐに握られて、性器を露出したまま、へっぴり腰になる。
「腰から続くこのラインは、普段人の目に触れる事はなく、君だけの秘密だ。それをこうして丸出しにしている気分はどうだ? いや、答えなくていい。顔を見れば分かる」
 平静を取り繕おうとする努力すら出来ない。きっと真っ赤になった顔は、しばらくそのままだ。
「次に見えるのはその毛だ。恥ずかしそうに生える申し訳程度の背の低い草。色は黒か。随分短いようだが、処理してる訳じゃない。そうは見えない。全体を満遍なく覆うでもなく隠すでもなく、ただそこにちょこんと生えかけた陰毛が、君の人柄を良くあらわしている。尻の方はどうなんだ? ここからは見えないが」
「いちいち言葉にするなぁ……!」
「まあいい。今はその恥丘についてのみ集中しよう。となれば、何と言ってもその毛の下に見える割れ目について言わなければならない。ぷっくりと盛り上がった部分で出来た細い1本すじ。これを見て指でなぞってみたくならない男がいない訳がない。ほら、そんなに前かがみになったらよく見えないぞ」
 両腕を片手で押さえつけられてるせいで、空いた右手で腰を前に引き寄せられた。わざわざ部分を強調するような格好にさせられて、顔が燃やされたように熱くなる。
「ふむ、なるほど。すじには例の恥毛が生えているが、性器の周りはどうやら相当薄いらしい。まるでその部分だけしっかり見て欲しいと言っているような物だな。違うのか?」
「……違う」
「そうか。なら随分といやらしい身体に生まれてきてしまったらしいな」
 あからさまな侮辱と挑発。怒りを覚えたけど、これ以上耳を貸してはダメだとも思う。
「それじゃあ、割れ目の中も覗いてみようか」
 その言葉に、びくん、とあたしの身体が跳ねる。
「おや? その反応。もしかして……」
 すっ、と崇拝者の右手が伸びる。あたしは咄嗟に腰を引っ込めて逃げようとするが、無駄な抵抗だった。
 あたしが意図せず作ってしまった三角形の中に、もぞもぞと手が入ってくる。引っかかないようにという気遣いがまたムカつくが、それとは別に、認めたくない厄介な真実を崇拝者は白日の下に晒した。
「これは何かな?」
 認めよう。確かにあたしは濡れていた。
「これは何かな?」
 手を差し入れ、取り出し、質問。入れ、出し、問い。繰り返す事約10回。その度に崇拝者の指の湿度は上がっていく。入、出、問。あたしが答えるまでこれは続いた。
「これは何かな?」
「愛液だよ!!!」
 いよいよ観念してそう叫ぶと、あたしの身体はベッドに叩きつけられた。


「ただ見られて、言葉を聴いているだけでこの有様。こんなにいやらしい娘には、お仕置きが必要かもしれない」
 崇拝者の手がベルトにかかった。あたしは必死に震えを押さえ、言葉を搾り出す。
「貞操帯が破られる事は、あいつも予想していたんだ」
 これは咄嗟の思いつきや悔し紛れの嘘ではなかった。前日、「何せ世界中を犯して回る男ですから、貞操帯の1つや2つ、突破してくる可能性があります」と、確かに言っていた。
「ほう。なら、やはり君は犯されるつもりだったのかな?」
 ベルトを解除する動きは止まった。まだ、策はある。
「違う。ただ、破られたら崇拝者にこう訊けと言われている」
 あたしは真剣に、まっすぐと崇拝者を見つめて尋ねる。
『処女のおしっこは飲んだ事があるか?』
 瞬間、ほんの少しではあるが、崇拝者の顔から余裕が消えた。
「言われてみれば、無かったかもしれないな。怯えた処女におしっこをひっかけられた事はかつてあったが、飲んでみようとは思わなかった」
 ここまでは、あいつの予想通りだった。崇拝者の性癖はあくまでも「処女」であり、それを奪う事までが崇拝者の求める行為だ。対しておしっこをかけたりかけられたり飲んだり飲ませたりなんてのはいわば邪道なやり方であり、これまでいかなるキャリアがあろうと、見過ごしてきた可能性が高い。
「それで、何が言いたい?」
「処女のおしっこには特別な力がある」
 言っているのはあたしだが、決してあたしがそう思っている訳ではない。あくまでもあいつの見解だ。
「ほう。興味深い。セックスを経験した女としていない女で、おしっこにも差があるのか」
 馬鹿にした口調に、あたしも心の中では同意する。だが、あいつの中では、あいつの持つ常識の中では、処女のおしっこが特別なのは確定事項なのだそうだ。
「分からない。飲んでみるか?」
 と、あたしは誘う。
「いや、やめておこう。第一、俺は処女じゃないおしっこも飲んだ事がないから違いが分からない」
「そうじゃない。重要なのは、あたしの、処女のおしっこを飲んで、お前が『特別な力』を感じるかどうかだ」
 崇拝者は少し考え、含み笑いをした。
「なるほど、考えたな。次にこう持ちかけるつもりだろう。『処女のおしっこを飲んで何かを感じたのなら、その正体を教えるまであたしの処女はとっておけ』と」
 見透かされた。けど、それでいい。
「面白いじゃないか。だが、俺が君のおしっこを飲んで、何も『感じなければ』その時点で君は犯される事になる。ましてや必要以上に待たされるのだから、いつもよりも荒っぽくなるかもしれない。それでもいいのか?」
「……構わない」
 あたしは胸を張って答える。根拠はないが信頼がある。あいつが言うのだから、今は信じるしかない。


 アメニティのマグカップを用意して、その上で私は股を開いた。しかもそれを見られている。死ぬ程恥ずかしいけど、今出来る事はこれしかない。性器に両手を添えて、出来るだけ狙いをつけて、男がする立ちションみたいなポーズで、その時を待った。
「ここまでしなくとも、大人しく犯されれば気持ちよくしてやるのに」
 崇拝者は呆れ気味にあたしの恥態を眺めている。
「貞操帯はフェイクで、こっちが本当の策だったのか? 我が息子だと思って過大評価しすぎていたかな」
「黙れ、気が散る」
 あたしはじっとマグカップを見つめ、放出を開始する。やっぱり自前のホースを持たないと難しいようで、少しこぼれた。
「おいおい、汚いな。しかもそれを俺に飲ませようというのか。どこまで変態なんだ君達は」
 お前が言うなと言う事すら最早億劫だ。あたしは放尿を続け、マグカップが並々黄色い液体で満たされた。ティッシュで軽くふき取り、マグカップを持って崇拝者の下へ。1番屈辱的な瞬間だった。
「あたしのおしっこだ」
「見てたから分かる」
「……飲め!」
 崇拝者がマグカップを受け取る。その表情からドン引きしている事が分かるが、今は耐えるしかない。
「どんな罠かは知らないが、あえてかかろうじゃないか」
 崇拝者はそう言って、マグカップを軽く掲げ、乾杯のような仕草を取った。そして、口に含んだ。
 1口目はほんの少し。中で味わっているようだったが、表情は変わらない。
 2口目はもう少し多く含み、顎を上げて喉で味わっている。ここで少し顔が険しくなる。
 3口目で全てを飲みきった。ごくごくと勢い良く、ビールのCMみたいに一気飲みした。
 そして一言。
「これは……何だ?」
「尿だ。あたしの」と答えると、崇拝者は首を横に振る。
「いや、そういう意味ではない。想像していたのとまるで違う。一体何なんだ……」
 ちなみに、これはあいつのHVDO能力でもなければあたしのでもない。ただただ純粋に、あたしはおしっこをしただけの事だ。
 不思議そうな顔をして、飲み干したマグカップを見つめる崇拝者。重い沈黙と今更ながら酷くなっていく羞恥心。
 何だこれ?
 まだまだ、あたしは変態の領域に達していないらしい。
「……よし、分かった。元樹の心意気を汲んで、君の処女を奪うのは後にしよう」
「後に、だと?」
「もう気づいているんだろ? 俺の本命は君じゃない。元樹が選んだ方だ。君はその後でもいい」
 ここからがあいつの、三枝さんの、そしてあたしにとっての本当の戦いだった。
「今、始まったようだ」 
 崇拝者はそう言って、目を瞑った。
「何がだ?」
「セックスだよ。三枝瑞樹と五十妻元樹の性交だ」
「どうして分かる?」
「俺の能力にアカシック中古レコードという物がある。非処女と非童貞の思考は簡単に読み取れる。たった今、三枝瑞樹の感情をキャッチした。という事はつまり、彼女が処女を失ったという事だ」
 分かってはいた事だったけど、あいつが三枝さんと裸で重なっている絵を想像すると、今更ながら変な気分になる。
「嫉妬かな?」
 崇拝者はあたしの表情を見て更に追い討ちをかけた。
「三枝瑞樹は初体験の癖にもう感じ始めているぞ。やはりとんでもない淫乱娘だ。行為を楽しむ余裕すらある。同時に覚悟も決めたようだ。目の前の男を一生愛そうとする気高い覚悟。エロスとピュアの融合はまさに彼女らしいの一言に尽きるな。素晴らしい感情風景だ。こうして眺めているだけでも十分に楽しい。
 ……おや、我が息子の方は頭が真っ白のようだな。まあ、無理もない事だろう。気持ち良すぎて自我を失っているぞ。何せ三枝瑞樹は名器中の名器だからな」
 あたしは尋ねる。
「良いのか? 三枝さんが処女を失ったら、お前の分はもうないぞ」
「心配はいらない。そうだな、おしっこの礼に、これから俺がどうするか教えてやろうか」
 私は黙ったまま頷きもせず、首を横に振りもしない。
「この後、俺は元樹に性癖バトルを挑む。元樹はそれを受けざるを得ない。逃がしはしない。そして当然俺が勝つ。勝った瞬間に俺にとって最後のHVDO能力が発動する」
「最後の……能力?」
「そうだ。名づけて『フーリー』」
「それが発動するとどうなるんだ?」
「俺は若返り、人生をやり直す事になる。学生の地点から。そうだな、三枝家の執事として。そして三枝瑞樹の処女を奪う。運命は書き換わる」
 昔、SF小説で読んだ事があった単語を思い出した。
「平行世界……だったっけ。こことは違う未来の世界がもう1つ生まれるのか? お前が若返って行く世界が」
 崇拝者は邪悪に微笑む。
「いや、そうじゃない。そこまで生ぬるい物ではない」
「……どういう事だ?」
 真剣に尋ねるあたしを嘲笑うように、崇拝者は言った。
「ところで、もう1杯飲みたいんだがおかわりは頼めるか?」


 しばらくして、あたしは崇拝者の後について部屋を出た。崇拝者の「そろそろ頃合だ」という言葉は、十分に楽しませたという意味か、それともあたしと喋ってるのに飽きたのか。いずれにしてもその顔はこれから何かを賭けて戦おうという者の表情じゃなく、午後の狩りを楽しもうといった余裕に満ちていた。
「平行世界、というよりは、無限ループに近い概念かもしれない」
 歩きながら、崇拝者はあたしの最後の問いに答えた。
「HVDO能力によって俺は若返り、三枝瑞樹の処女を頂く。それはもちろん、現時点で俺にとって世界最高の処女が彼女だからだ。しかし過去に戻ってそれを取った時点で、最高の処女の概念は変わる。というより、また時間をかけて変わっていくと言った方が正しいかな。新しい人生の中で何かを得て、何かを失い、また同じようなタイミングで、新しい究極の処女を見つけるはずだ」
「そこでまた戻るのか?」
「そうだ」
 いまいち言っている事は飲み込めてないあたしだったが、誰が聞いたって同じだ。この男の言っている事は狂言であり、絵空事だ。実現しうるという事に目を瞑れば。
「だけど、お前は1人じゃないか。時間を戻して三枝瑞樹の執事になったら、今のお前はいなくなる。というより、元樹の存在も消えるのか?」
「いや、そうはならない。崇拝者としての俺の存在はそのまま残り、そいつは元樹の父親でもある」
 全く訳が分からない。混乱してきた。
「残滓、と言っていいだろう。繰り返すたびに俺の残滓が世界に残る。そして少しずつ、世界の形を変えてそれらは相互に影響しあう」
 いよいよ頭が痛くなってきたので、単刀直入に問う。
「お前が元樹に勝って、今ここからいなくなったら、これからあたし達はどうなるんだ?」
「さあね。そんなの分からないし興味がない。俺のアカシック中古レコードは、今日で終わっていて、明日からは未知で真っ白だ。まあ、世界が滅びるんじゃないか?」
「世界が滅びる!?」
 あっさり言ってのけた崇拝者に、あたしは思わず素っ頓狂な声をあげた。
「それはそうだろう。能力によって時間を歪め、同じ時間を繰り返し、俺の存在が無限に増えていくとなれば、次元が崩壊するのは明らかだ。時間の概念がどこかに飛んでいって、この宇宙その物が消滅する可能性は大いにある。何か問題があるか?」
「……大アリだ」
「俺はそうは思わんね。この宇宙なぞ、処女に比べれば無価値に等しい」
 事ここに至って、この男が「崇拝者」と呼ばれている理由があたしにも分かった。確かに、そう呼ぶしかない。
「さあ、着いた」
 この扉の向こうで、最後の戦いが始まる。


 ベッドの上に、2人は寝ていた。三枝さんは仰向けに、元樹はうつぶせに。毛布もかけずに素っ裸で、横に並んでいた。
 三枝さんは重力にも負けないそのおっぱいをまだ荒い呼吸で上下に揺らしていた。下は見て分かるくらいぐちゅぐちゅで、行為の後なのは明らかだった。対して元樹はぴくりとも動かず、死んでるのかというくらい何の反応も示さなかった。
「お疲れ様」
 崇拝者がそう声をかける。あたしは俯いてそのいやらしすぎる光景から目を逸らした。
「何か用かしら?」
 三枝さんは全裸の癖に堂々と、いや、全裸だからこそなのか胸を張って、崇拝者に尋ねた。
「いや、今用があるのは君じゃない」
 隣で無反応の元樹に2人の視線が集中する。あたしも視線だけを上げて見る。汚い心の割りに綺麗なお尻。
「奇妙だね。イッてもいないのに、寝てしまうとは」
 崇拝者の台詞に、三枝さんが一瞬驚いていた。
「確かに射精はしなかったけれど、激しく動いていたから。気持ちよさそうだったわ」
 三枝さんはあたしを見ていた。あたしは再び目を伏せる。
「中出しされる前に終わってくやしかったのか?」
 崇拝者の台詞に、三枝さんは少し呆れたように、
「初めてなのだし、そういう事もあるでしょう。私は何度もイッたし、問題ないわ」
 あたしと同い年なのに凄い事を言うなぁこの人は。と、関心する。
「それで、彼を起こすの?」と、三枝さん。
「その必要はない」と、崇拝者。
「ここに来たという事は性癖バトルをしに来たのでしょう? 起こさないと出来ないんじゃ?」
「いや、原因は分かっている」
 ただ2人の会話を聞いていただけのあたしの顎が、くいっと引っ張られて持ち上がる。崇拝者はまっすぐにあたしを見た。
「元樹を眠らせたのは君だろ?」
 確かに、当たっていた。あたしは能力「眠姦」で、元樹を攻撃したのだ。これも指示の内だったが、仮にあいつの指示が無くても、無意識にそうしていただろう。あたしは、2人に嫉妬している。
「という訳だ。君はどう思う? ライバルにセックスを邪魔されて、ムカついているか?」
 崇拝者の質問に、三枝さんは冷静に答えた。
「別に気にしていないわ。彼はもう、私の物だし」
「そうか。じゃあ、息子を物にした君をもらおう」
 その瞬間、今まで立っていた床が、ボロボロと崩壊していった。壁も崩れ、天井も吹き飛ぶ。もう世界が崩壊し始めているのか? いや違う。
 これは崇拝者のシチュエーション能力。向かう先は、天国だった。
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第五部 最終話「変態」


 あんまりベタな事をするのもどうかと思ったのですが、なるほど確かにこれは1番簡単に実行出来る方法であり、主義主張に反しているとしても、やっておいて別段損はなかったので、自分は今目の前にある物が夢かどうかという判定に、頬をつねるという愚行をあえて犯しました。
 見るに、それは学校の教室でした。と言っても自分の通っている高校ではなく、記憶にある景色でもなく、両隣の席の男子生徒の顔も見覚えはありませんでした。唯一、右前3つ先の席に座る女子生徒の後姿は長年見慣れた物であり、少しばかりの安心感を覚えましたが、今はどうやらホームルームの最中のようなので、声はかけられませんでした。ホームルームの議題は、「校内に露出狂が出没している件」についてで、黒板に出た目撃情報によると「黒髪ロングの女」「ナイスバディー」「仮面を被っている」との事で、教卓にてホームルームを取り仕切る三枝委員長が犯人を知っている事は明らかでした。
 さて、頬をつねった結果ですが、確かに痛みはありました。ですが、それでもなおこれが確固たる現在進行形不可逆性現実と称するにはいささかの迷いがあり、断言は出来ません。三枝委員長とホテルでセックスをしていて、気づいたらここにいた。事前の作戦通りに事が進んでいるとしたら、これは崇拝者が用意したステージである事は疑いようがありません。
 犯人を名乗り出る者がなく、三枝委員長も自白せず、行き詰まるホームルームに、ちょっとした変化が現れました。3つ先の席、金髪チビ女の肩が小刻みに震えているようです。
 自分も歴戦のHVDO戦士ですし、何より極東最高峰のピスマニアを自負するだけあって、すぐにその様子の原因に気づきました。この状況の意図は相変わらず不明ですが、女の子、ましてやベストオモラシスト4年連続受賞のくりちゃんがおもらしをするというのであれば、それを止める理由は全く有りえず、自分は腕を組んでその様子を眺めました。
「委員長すみません。木下さんが体調悪そうなので、保健室に連れて行っていいですか?」
 と、名乗りをあげたのはもちろん自分ではありません。ですが、自分にちょっと似た男でした。それが若かりし頃の崇拝者であると気づいたのは、本人の顔からではなくむしろくりちゃんの表情からでした。
「そうなの? 木下さん」
 三枝委員長が尋ね、くりちゃんが頷こうとする刹那、自分が席を立ち上がりました。
「その前に、木下さんは言いたい事があるみたいです。露出狂の正体を知っているとさっき言ってました」
 もちろんでっちあげでしたが、こうする他ありません。
「本当に? 立って」
 犯人が詰め寄ると、くりちゃんは怯えきった表情で立ち上がりました。
「し、知らない。あたしは何も知らないから、保健室に行かせて」
 この期に及んでトイレと言わないあたりに往生際の悪さが凝縮されています。
「木下さんは怪しいです。前に出て言いたい事をはっきりと言うべきだと思います」
 自分の鬼畜提案に、三枝委員長は同意しました。くりちゃんの手を引き、教壇に連行する道中、クラス全員の注目が集まる真っ最中、くりちゃんはついに決壊し、しぱぱぱとパンツを濡らし、床に水溜りを作ってしまいました。


 また、場面が暗転しました。今度は電車内。それも中央線錦糸町から両国くらいの満員加減で、1歩の余裕すら無い酷い有様でした。自分の目の前には2人の女子。例のごとくくりちゃんと三枝委員長で、ドア際に陣取り、自分はそれを覆うような形で配置されていました。
「つ、強く押すな……!」
 と、顎下のくりちゃんから苦情が来ましたが、自分が反論する前に、
「この満員では無理な話でしょう」
 と、隣の三枝委員長が弁護してくれました。その豊満な胸がガラスに押し付けられている分、くりちゃんのような持たざる者よりも厳しい状況であるというのに、なんたる優しさかと軽く感動さえ覚えました。
 そして自己中のくりちゃんには当然天罰が下ります。
「で、でも……」
 上から覗きこむと、股間を押さえてもじもじとする様がよく見えました。第一回チキチキおしっこ我慢選手権を1人で勝手に行っているようです。
 この電車がどこに向かっているのかは分かりませんが、漏らすには十分な時間があるはずで、その様をこのアリーナ席で見られるのですから、自分は満足です。
 一方、三枝委員長の方にも変化が現れました。
「んっ……」
 息を漏らして我慢する仕草。選手権に2人目のエントリーかな? とも思ったのですが、どうやら違うようで、僅かに開いた隙間から見るに、痴漢の被害に合っているようでした。
 くれぐれも誤解しないで欲しいのは、自分は変態ではあるが痴漢ではないという事であり、現在三枝委員長におさわり行為をしているのも、決して自分ではないという事です。痴漢は憎むべき犯罪です。女性の権利を無視する、最低最悪の行為です。
 自分は気高い決意を胸に、三枝委員長のケツをさわさわしている手首を素早くぎゅっと掴みました。すぐに引っ込めようとしたその手を力で抑え込み、そのままくりちゃんの方の尻に誘導しました。ケツからケツへバトンを渡すように、痴漢の手はくりちゃんを触り始めました。
「ひゃぁっ……」
 くりちゃんの短い悲鳴に配慮する者は誰もおらず、見ず知らずの痴漢はそのジェントリータッチでくりちゃんの臀部を堪能していました。手が上下する度にくりちゃんの限界は確実に近づき、やがて崩れ落ちます。
 車両内おもらしには流石の痴漢もドン引きのようで、あっという間に手は引っ込み、周囲も異変に気づきました。一体今までどこにそんな余裕があったのかというくらいに、くりちゃんの周りがさっと開きました。必然的に注目されるくりちゃんは、次の駅で泣きながら降りていき、三枝委員長がその後を追っていました。
 2人分開いた車両内で、崇拝者の存在に気づき、痴漢の正体に合点がいくと、自分はくりちゃんの作った水溜りを眺めながら、電車に揺られました。


 大怪獣スリングショットは、怪獣と呼ぶにはあまりにも人間然とした見た目をしており、その名に冠されたいやらしいコスチュームも相まって、街に出現するとナイターを中止してテレビ中継がされ、お茶の間のお父さん達はそれでも文句を言わないほどの、目に優しいエロかわヴィランであるそうです。
 ボンッと張ったおっぱいに、くびれ、へそ、くびれ、ぷりんと丸いお尻を露にしながら森ビルを破壊する大怪獣スリングショットの正体はやはり三枝委員長であり、自分はその様を一般人として見上げ、傍観していました。
「行かなくちゃ」
 と、隣のくりちゃんが言いました。自分は「その前に喉が渇いてませんか? これをどうぞ」とペットボトルを手渡すと、何の疑いもなく利尿剤の入ったお茶を一気に飲み干して、くりちゃんが出動しました。
 やがて自衛隊もお手上げの所に、図ったように登場するくりトラマン。
 顔は大怪獣スリングショットと同じくマスクで隠していますが、その哀れな程のバストの無さは、ヒーロー側であるにも関わらずブーイングが飛んでくるレベルでした。
「今日も出てるな」
 と、崇拝者が自分に声をかけてきました。2人の戦いを見つつ、「そうですね」と自分は答えます。
「何にせよ、2人は戦う運命らしい」
「かもしれません。ところで、そろそろこれが一体何なのか教えて欲しいのですが」
 自分の頼みに、崇拝者は答えました。
「これはお前の欲望の具現化だ。もちろん、あの2人にも意識はあるが、この世界ではお前が絶対のルール。お前の作った流れには逆らえないし、俺も同じだ」
「……それをして、あなたに一体何の得が?」
「得などないさ。ただ単に、今はお前のターンという事だ。時間はまだたっぷりある。存分に全てをプレゼンテーションしてくれ」
 自分は崇拝者の股間をちらりと見ました。少しも勃起しておらず、戦況は絶望的です。
 一方で、大怪獣vsヒーローの戦いはとても好ましい状況でした。取っ組み合って街を巻き込みながら戦い、くりちゃんの膀胱は限界に近づいています。
「新しい湖でも出来るんじゃないか?」
「かもしれません」
 いよいよくりちゃんの膝がガクンと曲がりました。中腰の姿勢で、それでもファイティングポーズだけはかろうじて保ち、ぶるる、と身体を揺らしました。
「まだまだ自分の欲望はあります。ご覚悟を」
「それは楽しみだ。だが、全てが終わった時、ターンはこちらに回ってくる事を忘れるなよ」
 街を彩るイエローシャワー。巨大くりちゃんの股間が漏れ出した尿は、スクランブル交差点に局地的洪水をもたらし、その情けない姿は空撮ヘリによって全国へと生中継されていました。
 このまま自分のターンが無限に続けばいいのにと思いながら、終わりは着実に近づいていました。
 990.サーカスの団員になったくりちゃんが、空中ブランコの1番の見せ場であるキャッチの瞬間におもらしをしてしまい、テントの中に盛大に黄色い雨が降り、それを見た観客は全員がスタンディングオベーションした一撃。
 991.プールで泳いでいたくりちゃんがどうしても我慢出来なくなり、バレないという判断でもらしたおしっこが予想以上に黄色く、たまたま側で見ていた監視員に指摘され、周囲の人間からドン引きされながら連行される一撃。
 992.銀行のATMに並んでいたくりちゃんの膀胱がいよいよ限界に達し、順番を後ろに譲ってトイレに飛び込もうとするも満員。親切な行員に「尿での振り込みも可能ですよ」と案内され仕方なくATMに乗ってしゃがみ、尿入れ口にしてしまう一撃。
 993.謎の宗教団体に1000年に1度誕生される聖女として祭り上げられ良い気になるも、教典に従って聖水を配布してくださいと拝み倒され、全教団員に配り終わるまで返してもらえない地獄の放尿ループに突入してしまう一撃。
 994、くりちゃんがマックでバイトをしていると悪質なクレーマー客に絡まれ、最初は店長が冷静に対応するも途中から両者エキサイトしていき、本部の人間も巻き込んだ混乱の中、最終的に辿りついた答えが注文したドリンクをくりピスのLサイズにするという一撃。
 995、トップアイドルの名を欲しいままにしたくりちゃんが所属するアイドルグループの解散の日、武道館満員の客前にて泣きながら「普通の女の子に戻りたいです」と名言を残すも、直後にやっぱりおもらししてしまったので別の意味に解釈される一撃。
 996、盛り上がりがピークに達した合コンでラブダイスゲームをさせられるくりちゃんが出したのは「MAKE」「PEE」という存在しない目。空気に逆らえず仕方なくしてしまい、1周回ってまたダイスを転がすも結果は同じでそろそろグラ賽を疑い出す一撃。
 997、インターネットにおもらし画像が流出してしまい、世界を滅ぼす決意でテロ組織に入隊したくりちゃんだったものの、日々の厳しい訓練でおもらしを連続し、その姿も全て写真に収められ、アノニマスによって更に流出されていた一撃。
 998、おもらしをしていたくりちゃんがおもらしをしてしまい、おもらしをして誤魔化してみるもののやはりおもらしをおもらしで隠す事は出来ず、結局おもらしをしていた事をおもらされ、おもらしはおもらしとして諦めるしかないかとおもらししている一撃。
 999、おねしょで濡れた布団を乾かしている所を隣の奥さんに目撃され、咄嗟に我が子に罪を着せるもきっちり証拠写真を押さえられており、翌日から5歳児とは思えない喧伝活動によって近所に知れ渡ってしまい、泣きながら罪を償う一撃。
 1000、学校帰りに間に合わず、家の近くでおもらししてしまい、それを同級生に見られる一撃。
「10000まで続けるか?」
 崇拝者の無慈悲な質問に、自分は無言でぶっ倒れました。気づくと現実世界に戻ってきており、くりちゃんや三枝委員長も同じように死んだように突っ伏しています。1000回おもらししたくりちゃん。また、それに付き合った三枝委員長と自分の精神的疲労はやはり半端ではなく、今この部屋で立っているのは崇拝者だけでした。
「おい、まだ寝るなよ。こちらの一撃が残っている」
 自分にとって人生渾身の連打を耐えられ、最早策など残っていませんでした。しかしながら、希望を捨てる訳にはいきません。自分は拳を握り締め、なんとか崇拝者を睨みつけました。


 気づくと、自分は放課後の教室にいました。夕焼けが窓から差し込み、遠くから吹奏楽部の不安定な音色が聞こえています。季節は夏、休みの前でしょうか。半そでから伸びた腕は汗ばみ、黒板には誰かがした流行のバンド名の落書きが置き去りにされていました。
「まだいたの?」
 そう声をかけてきたのは、三枝委員長でした。事務的に黒板の落書きを消して、散らばったチョークをチョーク入れにまとめています。
「なんだか眠いのです」
 そう自分が答えると三枝委員長は、ふふ、と笑って、「帰って寝た方がいいんじゃない?」と提案しました。
「それもそうですね」
 椅子から立ち上がり、鞄を持って教室から出ようとすると、「待って」三枝委員長の声。
「ほら、ネクタイが曲がってる」
 極々自然に触れられ、正される自分のネクタイと、すぐ顔の下まで迫った三枝委員長のこの世の物とは思えぬ美しい顔に見とれる事ほんの数秒、それだけで決着はつきました。
「五十妻君」
「何ですか?」
「好きよ」
 余りにもストレートで、一切の脚色を放棄したその台詞に、自分はただならぬ潮騒を感じました。
 崇拝者の用意したこのステージにおいて、自分は千手の連打を繰り出し、これまで培った全てを尽くしてぶつけたつもりでしたが、たったの一撃。それも3文字の言葉にて自分は崇拝者に致命的な反撃を叩き込まれたという訳です。
 ごくごく普通の、ありふれた青春に対して、自分は免疫が無さ過ぎた。
 あえて敗因を挙げるとすれば、それくらいでしょうか。
「ちょっと待ったぁ!!」
 そんな叫びと共に教室に乱入してきたのはくりちゃんでした。ずかずかと我々に近づき、自分を無視して三枝委員長に突っかかります。
「これ、あたしの男だから!」
 くりちゃんがくりちゃんらしからぬ事を言っている。
「往生際が悪いわね。彼は私を選んだのよ」
 三枝委員長も三枝委員長らしからぬ事を言っている。
 そんな景色を見ながら自分は思いました。
 無念。
 どうやら自分は、ここまでのようです。


 ダブルヒロイン直接対決を眺めつつ、ああ、自分はなんという幸せ者なのかと今更ながらに認識しました。これまで繰り返してきた数多の戦いと恥の探求は今この時の為にあったのではないかと。自分という存在の絶頂点は今ここではないのかと。
 どうやら今回ばかりは実力差という他に無さそうです。自分のおもらしに対する修練はまだ未熟であり、崇拝者の狂気を伴う処女信仰に敵う物ではなく、この戦いは、やはり自分の負けです。負け惜しみ、と取られても仕方ありませんが、どうしたって人間も動物であり、生殖行為に勝つエロはないという今更ながらに当たり前の結論が、自分の前に高く壁として立ちはだかっています。
「くりちゃん」
 2人の口論を遮り、自分は懐から瓶を取り出し、くりちゃんに渡しました。
「プランBに移行します」
 それは事実上、自分の敗北宣言であり、くりちゃんにはあらかじめその概要を伝えてあります。
「……諦めんのか?」
 くりちゃんの問いに、自分は力無く答えました。
「はい」
「らしくないぞ」
 その優しさが今は辛く、決断に変更はありません。
「それでも2人を守りたい」
 意識するよりも先に、自分はそんな台詞を口走っていました。
「三枝委員長。いや、瑞樹さん」
 これが最後になる可能性が頭をよぎると、そう呼ばずにはいられません。
「自分があなたを選んだ事は、決して嘘ではありません。これから起きる事にあなたは不満を持つかもしれませんが、それだけは信じていただけるとありがたいです」
「どういう事かしら?」
 三枝委員長の顔に、明らかに怪訝の色が見て取れました。自分は視線を逸らさずに続けます。
「この罪に関して、自分は一生をかけて償う覚悟があります」
 どうやらそろそろ限界のようです。
 2度目の敗北。かつて春木氏に敗れた時のあの感触が蘇り、冷や汗が背筋を伝いました。
「さようなら。また会う日まで」
 崩れ落ちるバベル。
 股間から聞こえる爆発音に、膝が折れました。
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「思えば、長い道のりだった」
 ホテルの部屋に戻ってきた崇拝者が感慨深げに三枝委員長を見ました。ですが、その言葉はこの場にいる全員に向けられているようで、自分も股間を押さえてうずくまりながら、顔は崇拝者の方に向けます。
「この16年。処女だけを追いかけてきた。国籍や宗教を超え、日々を破瓜で彩った」
 変態演説でしょうか。傾聴に値するとは言いがたいですが、今は伏せる他ありません。
「処女と共にある俺は無敵で、警察も、他のあらゆる変態も敵ではなかった。邪魔するものなど何も無かった。相手にしてきた処女達は誰も素晴らしく、俺に等しく快感と生きる力を与えてくれたが、最高傑作は見つからなかった」
 崇拝者の表情が上を向いたまま曇り、遠くを見るような目つきになりました。そして、「元樹」と自分の名を呼び、
「お前の母、つまり俺の妻を超える事はなかった」
 なかなか感動的な雰囲気で言ってくれましたが、正直ただ単にセックスの話なので、親のそういうのは聞きたくねえなあという純粋な感情もあって、複雑な気分になります。
「こんな事があり得るのか、俺自身も不思議だった。何千人という処女とヤッてきて、1番良かったのが最初の1人だったなんて。確率的にあり得ないと思わないか?」
 同意を求められても困りますが、言っている事は分からなくはありません。
「だが、それは当たり前の事だった。処女を求める時、それが最も純粋な感情であるのは、自分も童貞である時なのだ。1分の1だからこそ価値がある。2人目は2分の1。3人目は3分の1と、処女側の純粋さは変わらなくても、俺が変わっていってしまう。それは成長と言い換える事が出来るかもしれないが、処女厨にとってみればこの上なく厄介な現象だ」
 この空間を流れる崇拝者の狂気の理屈に、自分は大きな混乱と僅かな同意を覚えました。確かに、この崇拝者という男が持つ処女に対する想いは、その辺のモテないオタクが持つ屈折した所有欲などとは一線を画す、崇高なる物のような気がしたのです。
「1分の1をもう1度手に入れるにはどうしたら良いか? ……奪うしかない。俺はそう判断した」
 今になって、自分はひしひしと敗因を認識しました。自分は2人の処女を守る為、そしておもらしの魅力を崇拝者に伝える為に戦いました。しかし崇拝者は、純然たる己の欲望の為だけに、つまり勝つ為だけに戦った。その覚悟は人生全てを捧げ、他のあらゆる物を捨てて燃やしてきた命その物です。勝負に対する認識の違いは、歴然とした火力の違いとして現れました。
 1000のおもらしをもって1の処女を制せず、
 1の処女をもって1000のおもらしを制する。
 崇拝者はやはり尊敬に値する変態のようです。
「だがな、元樹。お前のおもらしに対する情熱はしかと受け取ったぞ。木下くりのおしっこの秘密は分かった。おしっこの味が特殊なのではない。木下くりの恥じらいが特殊なのだろう。目の前で自分のおしっこを味わって飲まれているその状況が、彼女の表情や仕草に現われ、視覚から味覚を上書きする。それは彼女が処女であるからこその心理状態であり、彼女が成長すればその味は永遠に失われる。なるほど、盲点だった」
 もう、思い残す事は無いようです。
「木下くりの処女を奪う事はやめておこう。あの味が世界から失われる事は確かに惜しい。だが、」
 崇拝者が再び三枝委員長をまっすぐと見ました。
「三枝瑞樹。君は駄目だ」


 崇拝者が両手を広げて天を仰ぎ、
 三枝委員長は覚悟したような表情で目を瞑り、
 くりちゃんは自分に助けを求めるような表情を向け、
 そして自分は哀れみを込めて崇拝者を見ました。
「変態はここに完成する。『フーリー』五十妻元樹の奪った処女を、我が手に!」
 しかし何も起こらない!
 崇拝者は恍惚とした表情のまま、その時を待ちます。
 だが何も起こらない!
 自分にとっては当たり前の事でしたが、他の3人は異変に気づきました。
 何も起こらない!
「何故何も起こらない……?」
 崇拝者は広げた両手を仕舞って、その手のひらを見つめました。HVDO能力が失われた訳ではありません。
「何故だ……?」
 自分に答えを求めてきました。自分はここでようやく口を開きます。
「条件を満たしてないからでは?」
 素早く近づいてきた崇拝者に首根っこを掴まれ、立たされました。
「俺はお前に性癖バトルで勝った。その時点で条件は満たしたはずだ」
「いえ、その前段階です」
「前段階だと?」
「処女を奪った相手を、性癖バトルで制する事によってその処女を奪い返せる時間まで跳ぶ。そういう能力なのですよね?」
「その通りだ。お前は三枝瑞樹の処女を奪った。だからお前に勝利する事によって……」
「そこが違うんです」
 崇拝者の表情はおそろしく必死でした。事実に気づきつつあるようです。
「自分は三枝委員長の処女を奪ってなどいません」
「……何だと?」
「そろそろ気がつきませんか? 思考が読めない事に」
 自分は今、アカシック中古レコードの対象外です。
「……貴様、何故まだ童貞なんだ!?」
「三枝委員長の処女は誰の物にもならずに消滅しました。同時に、自分の童貞もです」
 崇拝者が自分の股間を凝視しました。
「まさか……」
「昨日、自分でちんこを切り落としました」
 覚悟ならば、自分も負けてはいません。守る事と勝つ事の違いこそあれど、自分は誓ったのです。何を犠牲にしても、どんな手を使っても、と。
「ならば今ついてるそれは何だ!?」
「知り合いにふたなりの能力者がいまして」
 自分の台詞を聞いた崇拝者は、時が完全に止まったように、瞬きもせず呼吸もせず、動かない眼球でじっと自分の事を見つめていました。
 死んでんのか? と一瞬だけ心配になりましたが、その数秒後、どこがという訳ではなく身体全体が、ぷるぷると小刻みに震え始め、やがて堰を切ったように崩壊しました。
「ウオオオオアアアアッッッ!!!」
 一見紳士風であるスーツを着たナイスミドルな崇拝者が、髪の毛を両手でかき乱しながら、口から涎を噴出させて猛り狂った訳ですから、その光景はなかなかの恐怖と言えました。あと少し、ほんのあと少しで成功した長年の計画が、最後の最後で阻止されたその胸中は自分ごときには計り知れぬ物だとは思いましたが、とはいえ自分も同じくらい計り知れぬ物を犠牲にしたという点において、おあいことさせていただたきたい所です。
 しかしながら、自分が真に恐怖を感じたのは発狂するマイダディーの姿ではありませんでした。
 三枝委員長。
 自分は嘘をついたのです。あなたを選ぶと言っておきながら、偽物のちんぽを用意し、大切な物を奪ってしまった。
 彼女はもう、処女ではありません。事実、先ほどの崇拝者の発言から、アカシック中古レコードは三枝委員長の思考を読み取っていたのは明らかであり、もしも自分がこの作戦を取っていなければ、別の未来が見えていたはずなのです。自分という童貞が運命を変えてしまった。三枝委員長はその生贄になってしまった。
 この事に関して、自分は謝罪の言葉すら見つからず、殺されても文句を言えない立場でしょう。そんな覚悟をしつつベッドの方をちらりと見ると、三枝委員長は気を失って倒れていました。ひとまず今すぐに追求される事はないようですが、彼女の目が覚めた時の恐怖は更に増しました。
「息子よ」
 膝を床につけて座り、深く俯いた崇拝者が自分を呼びました。
「俺の計画をぶち壊しにし、お預けを喰らわせたこの代償、高くつくぞ」
 崇拝者の黒檀に染まった眼差しは自分を貫き、強く脅迫してきました。
「今日はしてやられたようだ。認めよう。だがな、あと何年かかってもお前を同じ状況まで追い詰めてやる。いや、同じではなく、更に極限の状況までだ。逃がしはしない」
 逃がしはしない。それはこちらの台詞です。
「お父さん。そうはさせません」
 自分は父と向かい合います。
「あなたには処女崇拝以外の切り札がありますか?」
「何だと?」
「自分の切り札は、くりちゃんです」
 その瞬間、くりちゃんが崇拝者の背後から肩を叩きました。崇拝者は振り返り、くりちゃんはぐっと顔を引き寄せて、その唇を重ねました。崇拝者の肩越しに自分と目が合ったくりちゃんは、少し泣いているようでした。


 今、この部屋で意識があるのは自分ただ1人です。状態としては特に下半身が決して無事ではありませんが、気を失ってしまった三枝委員長や、夢の世界に行ってしまったくりちゃんに比べれば、少しばかりの余裕があります。
 自分はもつれるように眠った崇拝者とくりちゃんの2人をひとまず剥がして横にし、次にベッドでうつ伏せになった三枝委員長の身体を起こし、仰向けに寝かせて、おっぱいをちょっと揉んで、その上から優しく毛布をかけました。そして起きている時の妖艶な彼女とは違い、天使のような魅力を持つ寝顔を眺めつつ、戦いの終わりを待ちました。
 どこから説明して良いのか困りますが、まずは自分が隠していたHVDO能力についてでしょう。
 この能力に名前はありません。今までの能力と違い、特殊な物であるからですが、その内容の前に何故このような能力が発現したかについてという所から、自分なりに考えをまとめてみたいと思います。
 ここまで繰り返し、何万回というレベルで言ってきた事ですが、自分はおもらしが好きです。崇拝者に敗北した今もその想いは変わらず、女の子のおもらしする姿に劣情を抱くというこの性癖はおそらく未来永劫の普遍概念です。
 では、おもらしに必要な要素とは一体何でしょうか? 自分の考えでは、この答えは3つあります。1つは女の子です。おもらしをする人物がいなければ、この性癖はありえません。1つはおしっこです。漏らされる物が無ければ、おもらしは成立しません。そして最後の1つは、観測者です。直接か間接かに関わらず、「おもらしをした」という事が誰かによって観測されなければ、おもらしは無かった事にされます。例えばくりちゃんのような見栄っ張りは、例えおしっこを我慢できずにトイレ以外で放出しても、その事実を隠蔽し、完全犯罪をしたモリアーティ教授の如くすまし顔で他人を騙すでしょう。無論、名探偵五十妻ホームズ元樹がそうはさせませんが。
 女の子、おしっこ、観測者。この3つの関係は、挙げた順番で行使される事によっておもらしとなります。つまり、「女の子」が「おしっこ」をして、それを「観測者」が捉える。このプロセスこそがおもらしであり、自分のHVDO能力の基礎となる物です。
 今回、自分が使ったHVDO能力はその根底を全く逆の順番で行使する物と言い換える事が出来るでしょう。つまる所、「観測者」が「おしっこ」をして、「女の子」に渡す。これはある意味禁忌に触れる行為です。正式な順序がHVDO能力を発現させるに至ったのであれば、その逆は一体どうなるのか。是即ち、
 能力の譲渡。
 この戦いに自分が持ち込んだ1つの小瓶を、覚えていただけているでしょうか。家を出る時に持ってきて、先ほどくりちゃんに渡したアレです。アレの中身は、ちょっと言うのも恥ずかしいのですが、朝1番に自分がした黄色い液体が入っていました。
 出来る事ならばこの作戦を取りたくはありませんでした。自分のHVDO能力で崇拝者を倒す。これが1番の理想であり、目指す所だったのです。であるというのに、自信はいまいちなく、守りたい物は多すぎた。くりちゃんもその気持ちは汲んでくれたようで、今、部屋には飲み干された小瓶が転がっています。この戦いが全て終わったら、無事に戻ってきたくりちゃんの肩を叩いて、「おつかれ、肉便器」と優しく声をかけてあげる事にします。
 自分の最後のHVDO能力による譲渡で、くりちゃんは今、10個目の能力までを覚醒し終えたようです。くりちゃんの眠姦能力は謎ですが、先ほどのキスはおそらく、能力のトリガーとなる行為である事は容易に推察されます。そして2人一緒に眠りについた事から、夢の中で崇拝者と決戦をしている事も同じくです。そこまで分かっていながら、ぶっちゃけて言うと自分はあまりその勝敗について心配はしていません。
 何故ならば、自分はこう信じているからです。
 くりちゃん以上のむっつりスケベはいない。
 くりちゃんこそが、開発された真の変態少女なのです。
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 先に目を覚ましたのはくりちゃんでした。
「おかえりなさい」
 自分がそう声をかけると、くりちゃんは寝ぼけ眼のままぼんやりと近づいてきて、一発、自分に張り手をかましました。
「痛い?」
 意味が分からないまま涙目で頬を擦りながらこくこくと頷くと、くりちゃんも同じく涙目になって、いきなり抱きついてきました。手を背中に回していいものか悩んでいる間にまたくりちゃんは離れて、今度は自分の顔面にヘッドバッドを繰り出してきました。鼻血が飛び出ます。
 起きてからの怒涛のムチ、アメ、ムチのコンボにたじろぎましたが、それはくりちゃんが崇拝者と壮絶な戦いをしてきた事の証明でもありました。
 本人の口からはいよいよその事についてまともな説明や弁明を受けられませんでしたが、おそらく、くりちゃんは崇拝者とヤッたりヤラれたりの関係を夢の世界でしてきたのでしょう。つまり、1回目のビンタはここが今現実世界である事の確認であり、2回目の抱擁はそれを確信出来た安心感の表れであり、3回目の頭突きはこんな事に巻き込んでおいて最後の最後戦いを任せた自分への怒りから来る物と解釈出来ます。
 自分はティッシュを鼻につめて血を止めながら、こう言いました。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
 思えば、自分はずっとくりちゃんに迷惑をかけてきました。
 おもらしを見たいという己の欲望の為に、くりちゃんを何度も辱めに合わせ、そして性の探求を目的に数々の変態達と戦う為の道具としてまるで物のように扱い、最終的には家庭問題に巻き込み、父の暴走を止める役目を丸投げしました。これらの行為を顧みると、謝罪と感謝の言葉しか自分には見つかりませんでした。ごめんなさい。ありがとう。それらは酷く単純でありふれている言葉ですが、今の自分にとっての少ない真実でした。
「……許してやる」
 一瞬、自分の耳を疑いました。くりちゃんはその言葉とは裏腹に怒った表情のまま続けます。
「というか、認めるよ。確かにあたしはむっつりスケベだ。あんたにおもらしさせられてる時も、実はちょっと気持ち良いとか感じてたし、ぶっちゃけた話、その日の夜に思い出してオナニーした事もある。他の変態達のせいで酷い目にあいながら、その裏には快感もあった。でもそれじゃ駄目だと思って、普通の人間になりたくて拒絶していたけど、でも、本当はあんたの事がちょっと好きだ。だからずるずると言いなりになって、気づいたらとんでもない変態になってた。あんたは変態だけどあたしも変態だ。こうなったらもう認めるしかない」
 ああ、と自分は思います。ああ、この人は。くりちゃんという人は、今更そんな事に気づいたのか、と。
 自分はどうしようもなくなって、くりちゃんの両肩を掴みました。逃げないように視線をまっすぐに刺します。まるで魔法を解くかのように、特にこれといった理由もなく口付けを交わそうとしました。
 爆発音が我々の行為を遮りました。もちろん自分のではありません。横になった崇拝者の股間からです。それは最後の邪魔のようでもあり、息子を祝福しているようでもありました。
 同時に、ホテルの窓ガラスが割れて、更にドアからも銃で武装した部隊が突撃してきました。自分とくりちゃんは大声で指示された通りに両手を上げます。部隊の最後に入ってきたのは、母でした。


「ご苦労様。あんた達の全てはカメラで監視させてもらっていた」
 母の発言にくりちゃんは狼狽して顔を真っ赤にしていましたが、自分は最初から気づいていました。もっと言うと崇拝者も三枝委員長も気づいていたので、くりちゃんだけが知らなかったという事になります。
 意識の戻った崇拝者は部隊によってすぐに取り押さえられ、その目は死んでいました。一体どんなおそろしい事が夢の中で起きたのかは気になる所です。きっと、くりちゃんというサキュバスに死ぬまで搾精されるとてつもなく淫らな夢だったのでしょう。
「さあ、ここから逃げる手段はあるか? 五十妻」
 2人同じ苗字なのにこの台詞はなんだかおかしい気もしますが、今はあくまでも刑事と容疑者の関係である事を強調したいのでしょう。そんな母に、父はこう返しました。
「いや、無い。そろそろ君の所に帰ろうと思っていたんだ。鈴音」
 ふ、と母は勝ち誇った表情をして、
「そうかい。だが浮気の罪は重いぞ」
「分かっている。死刑だろ」
 今、父はくりちゃんに負けた事によって崇拝者としての能力を失っていますが、いつかEDが治ったらおそらく能力は戻ってくるでしょう。となれば、今の内に死を与えるしか手はありません。自分もそう思いましたが、母は予想以上に強かった。
「いや、無期懲役だ」
「良いのか? 俺は逃げるぞ」
「お前は逃げられない。何故ならお前は、これから私しか愛せないように調教されるからだ」
 それを聞いて、崇拝者が笑い出しました。
「面白い。やってみろ」
「ああ。覚悟しろよ」
 そうして2人、高らかに笑いながら、部隊の方々と共に撤収していきました。
 どんな夫婦だ。
 そして窓ガラスの割れた部屋で、自分とくりちゃんは顔を合わせました。
「一応ハッピーエンド……なのか?」
 くりちゃんの問いに、自分は「さあ?」と答えます。
 しかし、まだ1つ、大きな大きな問題が残されていました。
「2人とも、おはよう」
 振り向くと、三枝委員長が起きていました。
 目を細め、うっすらと笑ったその表情は、この日最大の恐怖をあっさり自分に与えました。
「五十妻君」
「はい」
 名前を呼ばれた自分は背筋をピンと張ります。処女の事について謝罪しなければ、ともちろん思っているのですが、それすらさせない重圧感が三枝委員長から漂っています。
「改めて、あなたが私達のどちらかを選ぶその前に、木下さん。一つお願いがあります」
 突然に銃口を向けられたくりちゃんは、自分と同じく背筋を伸ばしていました。
「な、何ですか?」
「私と結婚しましょう」
 え?
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