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第二部 第三話「幼い世界を大いに笑おう 二」

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 矛盾。
 完璧な世界など、存在しない事は知っている。だが、それに耐える気はない。現実は、ただそこにあるだけで僕に負荷を与える。壊したくて、時にたまらなくなる。何度射精したって、果てる事無くむなしさが続く。憂鬱に染まる空。消失するバランス感覚。いかにも病的だ。
 だからいっそ、笑ってやろうじゃないか。
 僕が以前思っていたよりも世界は幼稚なのだから、笑って済ます事が出来るはずだ。僕にはその力がある。この力を使えば必ず可能だ。HVDOさえも支配下に置いて、世界を幼女で埋め尽くす事。障害の目的。
 僕こと春木虎は、幼い世界を大いに笑う。


 ほの暗い、体育館倉庫。
 後ろ手をガムテープできつく縛られ、目隠しをされた1人の少女がマットの上に転がっている。汗のたっぷり染みこんだ体操着の胸の部分には「5年2組 木下くり」と書かれてある。腹筋の量が少なく、身体の重心が下に落ちてしまう典型的な幼児体型。5年生、にしては成長不足だ。
 錆を鳴らして両開きのドアを開けると、くりちゃんは身体をじたばたとさせて、少しでも離れようと、少しでも純潔を守ろうと、健気で儚い抵抗を見せた。
「くりちゃん」
 僕はそんなくりちゃんに、猫なで声で話しかける。
「寂しかったかい?」
 くりちゃんは奥歯をがちがちと鳴らし、まるで助けでも求めるように跳び箱に頬をこする。ブルマの中心部に小さな膨らみを確かめ、僕は本格的に愉悦を始める。
 くりちゃんの肩を掴んで引き寄せると、「いやぁ……やめて!」と声をあげたが酷くむなしい。助けは来ない。希望はまだ見えない。
「このおもちゃ、気に入ったかい?」
 股間にそっと、手を忍ばせる。厚手の生地の上からでもはっきりと分かる震動。1時間ほど放置したが、どうやらまだ電池は切れる様子がない。無機質で正確な、等間隔の刺激。身をよじって僕から逃げようとするくりちゃんを、力でもって押さえつける。
「ひっ」息を飲む感触に、青い呼吸を混ぜた音。「ひどい事……しないで」
 僕は悟られないよう微笑んで、諭すように言う。
「しないよ」
「……ホントに?」
「ああ、ホントさ」
 くりちゃんのパンツの中で暴れる小さなおもちゃを手の平でぐっと押し付けると、逃げ場を無くした暴力がつぼみを刺激する。途切れ途切れに続く悲鳴に、僕は真剣に耳を傾ける。
「しないって……言ったぁ……!」
 すがるような声。僕は答える。
「ひどい事、ではなくて、気持ち良い事、にすれば良いのさ」
 言い切ると同時に、ブルマと、その下にある湿り気を帯びたパンツを同時に脱がす。膝の下まで落ちたそれは、頼りなくぶらさがる。震えたままのピンク色のカプセルと、そこに繋がったコードとスイッチがマットの上に放られる。
 華奢な身体に秘められた全ての力を使って、くりちゃんは僕の手を退けようとする。だが、それは無駄なあがきと言える。抱き寄せた膝を左右に開いていくと、まだ幼い欲望装置が露になった。


 くりちゃんはやがて泣き始めた。その駄々をこねるような仕草が更に僕を興奮させるとは知らずに、身体をよじらせて逃げようとする。腰を押さえつけ、僕は顔をくりちゃんの神核に寄せる。わざと荒げた鼻息が、ぴったり閉じたビーナスの丘に当たる。くりちゃんはひときわ大きな悲鳴をあげて、僕の事を蹴飛ばそうと頑張り、それがまたかわいらしい。
 軽すぎて、少し強めの風で吹き飛んでしまわないのだろうかと不安になるくりちゃんの四肢を、僕は強引に手繰り寄せて、股間に顔を埋める。
 這わせる舌は盲目の蛇のように、未熟な割れ目に沿って歩く。
「ひやぁぁぁぁっ! や、やだ! やえて……!」
 一心不乱に目の前の少女を貪る僕は、まるで滅びを求める旅人だ。小便くさい味に混じった、それとは確かに違う透明な味。今、それが愛であると気づいてるのは、果たして僕だけなのだろうか。どうしても気になって、口を局部から離して尋ねる。
「どうして濡れてるんだろうね?」
 くりちゃんはふー、ふー、と噛んだ唇の隙間から呼吸をするのみで、真面目に答えようとはしてくれない。くりちゃんがそうだから僕は、もっと「ひどい事」をしたくなる。
「ここに聞いてみた方が早いかもしれない」
 再び、楽園へと堕ちる。今度はくりちゃんの尻を抱えて浮かせて、両手を外側からふとももの付け根に回りこませ、親指の柔らかい部分でこじ開けて、舌を細く尖らせてを強引に突っ込む。敏感な舌先が、触感と味覚の2つで脳へと訴える。ここをほじれ、と。
「あぁぁ……! はぁ……ふあっ……」
 言葉の形すら失ったくりちゃんの甘美な訴えに、僕は調子に乗って舌を動かし続ける。
 時間にすれば、マッチに点けた火が燃え尽きるほどの間くらい、僕は舐め続けただろう。唾液と、汗と、愛液でぐちゃぐちゃになったくりちゃんの未完成の性器を、目を細めて眺める。体育館倉庫のほこりっぽい臭いの中、確かに生きた匂いがする。
「くりちゃん、どうして欲しいんだい?」
 身体を捻り、マットに顔を押し付けて泣くくりちゃんに僕は尋ねる。
「えぐっ……えぐっ……」
 くりちゃんは嗚咽するばかりで答えない。僕はすっと飴を取り出す。
「正直に答えたら、ここから出してあげるよ」
「えぐっ……正直にって……わかんないよ……」
 分からない。確かにそれも1つの、正しい答えなはずだ。だけどそれじゃ納得がいかない。僕の怒張が収まらない。
「僕に舐められていた時、くりちゃんはどう感じていた? 正直に答えてくれないか」
「どうって……」
 くりちゃんは今にも火がつきそうな顔を僕に見せないように隠しながら、頭の中で、他愛の無い自問自答をしているらしい。質問は1つしかないのに、答えも1つしかないのに。
 やがて意を決したように二酸化炭素を多く含んだ言葉が漏れ出す。
「ひどい事、されてるって……ただ、それだけで……」
 僕は多少のイラつきを含めて再度同じ質問を聞き返す。
「ひどい事はしない、って言ったはずだろ? くりちゃんはこれが分からないほど馬鹿じゃない」
 くりちゃんの上半身にも僕は興味がある。セックスアピールの欠片もない胸じゃない。その小刻みに震える、唇が本命だ。身体を転がして、顔をこちらに向けさせる。目隠しの向こう側に、潤んだ瞳を見る。僕はまるで満月をロープで引っ張るように、それを手繰り寄せる。
 呼吸が止まる。死に至らない程度の幸福。僕はこれが性的代償行為である事を知っている。恋愛が性欲の詩的表現である事も知っている。しかしこれは時に、とてつもなく「人間的」で、そして「究極的」だ。
「ひぐっ……ふっう……んはぁ……」
 糸をひきながら垂れる、混ざり合った唾液が、僕には心を繋ぐ橋に見えた。


 いよいよ僕は僕を現す。
 諦めたのか、抵抗しなくなったくりちゃんが、恐怖と好奇心に突き動かされて僕を求めているのが分かる。
「さあ、正直に答えるんだ。君は僕にあそこを舐められて、気持ちよかったのかい? それとも、気持ちよくなかったのかい?」
 本人は気づく由もない、答えに悩むくりちゃんの目の前には、男の象徴が待ち構えている。
 それでも僕は、くりちゃんが正直に答えてくれたのなら、本当の本当に解放してあげようと思っているのだ。くりちゃんは清純な乙女のまま、この体育館倉庫を出る事も可能だ。それが良い事かどうかまでは僕にも良く分からないが、少なくともくりちゃんは助かりたいと思っているはずだ。
「気持ちよくなんか……」
 くりちゃんは言葉に詰まる。僕は自らのいきりたった肉棒をくりちゃんの股間へと近づけていく。触れないように、気づかれないように、慎重に、あくまでも楽しみながら。
「気持ち……よくなんか……」
 僕の知る限り、くりちゃんはとても素直な子だ。しつけが良かったのか、それとも反面教師なのか、小学校5年生にして、確かな責任感を持っている。「正直に」と命令されたなら、自分に嘘はつかない。芯のしっかりしたとても良い子だ。
「僕は信じているよ。君を犯さずに済む、と」
 犯す、という言葉の意味を、くりちゃんは果たして理解しただろうか。
 数秒後、聞こえた答えは、僕にとってとても残念な物だった。
「……気持ちよくなんか……ない!」
 鞭のように腰をしならせ、突き出した僕のペニスが、愛撫でほぐれたとはいえまだ未発達の、小さな壷へと入っていく。それは決してスムーズな物でもなければ、美しい物でもなかったが、断罪に魅力を感じる人ならばまた別に見えるだろう。
「ああああっ! い、痛い……! 助けて! 誰か……!」
 目隠しの下で大きく開いた洞穴から、報われる事の無い、救いを求める声が聞こえる。僕はそれに耳を傾けながら、膜を破る。接触した面からは、まだ血が流れ出さない。くりちゃんが小さく、あまりにもぴったりすぎて、どうやら隙間が無いらしい。僕はふいに人の温度を見つける。
 まだ、全体の3分の1ほどしか中に入っていない事を伝えるのはあまりにも酷だ。僕は少し引き抜いて、少し挿し込んで、そしてまた引っ込めて、ゆっくりと動かしていく。くりちゃんは更に大きく声をあげて、自分が今感じている物を誤魔化そうとするから、僕は左手でくりちゃんの口を抑え、右手で目隠しをとった。
「何が見える?」
「……んぐ……ぐ……」
 その目には、暗すぎて眩しい光が灯っていた。
 ……まずい、耐えられそうにない。
「何が見えると聞いているんだ!」
 怒りに任せて、無理やり深くへと陰茎を差し込んだ。処女を奪うだけではまるで物足りない。心に一生消えない痛みを刻み付けて、僕のこの醜い顔を、忘れられないようにしてやる。狂っている事は、言われなくても分かっている。
 そのまま加速していき、何十回目かの揺らぎの後、僕は果てた。
 まだ怒張したままのそれを引き抜くと、くりちゃんの中からは、白と赤の液体が流れ出た。
 それを見届けて僕は、少しだけ満足し、くりちゃんの首元に手を回した。
 少しずつ力を込める。
 首が絞まる。
 くっきりと僕の手の跡が。
 くりちゃんは真昼の月のような瞳で、僕のことを見つめていた。
第三話 「幼い世界を大いに笑おう」


 波乱万丈極まる冬休みが終わりました。
 いよいよ受験戦線も本格化し、栄養ドリンクをガトリング弾のように乱れ撃って自らの身体に鞭をいれる者もいれば、早々に妥協という名の死を選び、消化授業の最中に惰眠を貪る者もそこそこ見受けられます。
 自分、五十妻元樹はというと、言ってみればそのちょうど中間といった所でしょうか。このまま順調に行けば問題なく清陽高校に合格し、入学後すぐに翠郷高校との合併が市から電撃的に発表され、その後半年間の編成期間を経て、果たしてどうなるのか皆目見当もつかない新しい学校の生徒に自分はなる予定です。
 何も知らずに翠郷高校への進学を決めているクラスメイトには、何ともはやどう伝えたら良いのか分からないのですが、合併話はあくまでも機密事項なのだそうですし、合併が必ずしも悪い結果を生むとも限りませんので、自分はただ口をつぐんで、最後の仕上げに精を出します。
 ふとした瞬間、きっとまた3年後、今度は大学受験という形で感じるはずの、クラスに漂うこの特別な空気感に気づいて、これも生徒時代にだけ得る事の出来る1つの経験なのだろう、とさりげなく哀愁を漂わせました。
 さて、模試の結果も問題ありませんし、担任も太鼓判を押しています。つまり時間的な余裕は十分にあり、勃起力もきちんと復活しましたので、いつもの性的日課、いわゆる自慰行為に多少なりとも没頭する事に対していささかの障害も無い訳ですが、いかんせんどうもその気になれないのです。
 放課後になり、学校から帰宅すれば、1人椅子に座って考えるのは、徒労に近い事ばかり。やるせなくなって1番近くにある教科書を開いて、あらかた落書きし終えた歴史上の人物の肖像に軽い会釈をしてから勉強を始め、空腹を境に1度手を止め飯を頬張り、風呂に入り、それが終わると今度は寝るまで机に向かうというごくごく近い未来予想図が視界をよぎりました。ああ、なんという糞真面目か。二宮金次郎でも心配してくれるレベルの勉強家、とは言いすぎかもしれませんが、自分のこれまでの人生の中で今が最も勉強している時期である事は間違いありません。もしかして、いっその事翠郷高校を受ければ、何かの拍子に受かってしまうのではないか、とさえ思われる学力の上昇に、血管がやおら太くなるのを感じました。
 一切の娯楽もなく、あれだけ持て余していた煩悩もどこかに消えうせ、そのような優等生行為に興じるのにはちょっとした訳があります。
 ジャブ程度の考想から一旦授業に舞い戻った自分は、斜め前方に座る淫乱雌奴隷こと三枝委員長に視線を向けました。
 中学校生活最後の席替えを終えて、前より微妙に遠くなった2つの席の距離は、今の自分と彼女の位置関係を如実に表しているとも言えます。
 三枝委員長は、自分の視線に気づいたのか、こちらをちらりと見て、すぐに視線を黒板へと戻しました。自分はたったそれだけの行動に込められた意味を深読みし、また平均台を踏み外して、自分で下にひいたマットにうつぶせに寝転がるのです。
 そろそろ比ゆはやめ、単刀直入に申し上げましょう。
 柚之原知恵様に拷問を受けつつも、なんとかそれを凌ぎきり、脱出を果たしたあの日以来、自分はどうやら、女性が怖くなってしまったようです。それは理性でどうこう出来る代物ではなく、心のより深い所、深層心理の段階において、その性質を現しているようなのです。


 女性が怖くなった。といっても、決してあっちの趣味に目覚めたという訳ではありません。尻穴の処女をどこぞの屈強な男子に捧げるくらいならば、自分は名誉ある死を選ぶ。その点は以前と何ら変わりはありません。
 が、どんなに魅力的な女性も、今の自分にはティンダロスの猟犬のように見えてしまうというのもまた、1つの事実です。鋭角にこだわらず突然現れるそれは、自分の心臓を大雑把に掴んで、例の悪魔的とも言える微笑の下できりきりと締め付けていき、やがては破裂させて血をすする。強烈な原始的恐怖。女性を目の前にすると、額からは汗が滝のように流れ落ち、手が震えて投げるさじさえ持てなくなります。こんな悲惨な状態において、一体自分は女性の何処に性的な魅力を感じろというのでしょうか。
 原因は、既に特定されています。というより、これ以外にはまずありえないとも言えるでしょう。問答無用で自分を異空間の拷問部屋に拘束し、数々の非人道的処置を施した挙句、結局最後まで一言も侘びる事のなかった、あの謎多き女性。気づいたら「知恵様」と呼んでいた真性のサディスティックチェイサー柚之原知恵。拷問で受けた傷は、脱出を果たした段階で消えていましたが、やはり当初の予想通り、精神的外傷は非常に深く、こちらの方は能力の解除によって治癒される事はないようでした。
 今回の件で自分は、つくづく女性は恐ろしい物だと確信するに至りました。知恵様が類稀なるレアケースである事はもちろん、理性に則って重々承知の上ですが、過去、くりちゃんや、音羽君や、三枝委員長でさえも、その本性を自分は毛ほども知らずに、ただエロという男の本能に突き動かされて、関わりを持っているだけであったと今更ながらに気づかされたのです。彼女達に、もしもその必要性が生まれれば、自分の事など平気でフードプロセッサーにぶち込んでおいしくいただかれるような気がして、不安で不安で仕方なくなるのです。
 女性不信。
 自分の負った症状はつまり、このたった一言に尽きるのですが、治療は非常に困難であるように思われました。
 不毛な事を考えてばかりの授業が終わり、さっさと鞄に勉強道具をまとめ、帰路につこうとした時、脈絡もなく(といっても、人に声をかけるのに脈絡が必要な事の方が珍しいですが)三枝委員長に話しかけられました。
「五十妻君」
 その瞬間、全身の筋肉が硬直したような感覚に襲われ、まともに目すら見られません。「お前のようなド変態が女性不信に陥る訳などない」と思っていた方も、自分のこの様子を一目ご覧になればすこぶる納得なされるはずです。
「な、何でしょうか……?」
 息も絶え絶え呼び止めた理由を聞き返すと、三枝委員長はまっすぐに自分を見て(女性の視線に対しても、以前より遥かに敏感になってしまったので、わざわざこちらが目で確認せずとも見られているかどうかは察せるようになりました)、こう言いました。
「今日、五十妻君の班は掃除当番よ。帰るのはそれからにしてくれるかしら?」
「あ。ああ、本当に、申し訳ありませんでした……」
 かつては全裸に首輪をつけて夜の露出散歩に連れ出していた性奴隷に対しても、このような緊張気味の、遠慮気味の、訳の分からぬ態度をとらねばならないのですから、これはやはり大事です。


 三枝委員長に言われた通り掃除を終え、ようやく自宅へと帰還しました。
 この場所には、自分の事を癒してくれる唯一の存在がいます。
 それこそが、五十妻家に舞い降りた大天使、世界一かわいい幼女、癒し大明神ことくりちゃんその人です。つい先ほど自分は、家に帰ったら真面目に勉強しているというような事を口走りましたが、実際半分ほどは嘘で、くりちゃんと戯れている時間の方がちょっとだけ長かったりもします。
「おかえり~」
 語尾に音符マークをつけたくりちゃんは、身体には少し大きめのエプロンをかけて、三角頭巾を被って、帰宅した自分の所へと駆け寄ってきました。その様子と、全体から漂わすほのかな甘い香りから察するに、何かクッキー的な物を焼いていたのだと推測されます。
 自分は、今こんな事をすれば、高橋留美子御代の漫画でも最近はとんと見かけないような、とてつもなく「ベタな事」になってしまうとわかっていつつも、そうせざるを得なかったのです。
「くりちゃぁん……!」
 情けない声を出しながら、膝を折ってがくりと崩れ落ちる自分。こんな姿、誰より自分自身が見たくないのですが、そうならざるを得ないのです。道を歩けばすれ違い、買い物をすれば後ろに並ばれ、外の環境には今の自分が最も苦手とする「女性」がいくらでもいるのですから、1日で受けるストレスは甚大です。今の自分にとってくりちゃんは、「女性」ではなく「女の子」です。
「怖かったね~よしよし」
 くりちゃんは、その小さな手で自分の頭を撫でてくれました。母のような無尽蔵の愛で自分の全てを受け入れてくれるくりちゃんは、自分にとって小さな神様です。以前に比べて、自分はより真の意味においてロリコンに覚醒したのかもしれません。自分がブッダ(目覚めた人)ならば、春木氏はブラフマン(宇宙の根本原理)であり、くりちゃんを幼女の姿に変えて自分の手元に残してくれた事は、感謝してもしたり無い事です。
 女性に対して何の期待も持てなくなった自分には、最早この純真無垢の権化たるくりちゃんにしか救いはありません。背中に腕を回してぎゅっと抱きしめると、くりちゃんも同じく自分の背中に腕を回して、「もとくんは良い子だから、ね、一緒に頑張ろうね」と慰めてくれるので、何時間でも何日でもそうしていたいと、自分は心からそう思うのです。
 やがて、キッチンの方から香ばしい焦げ臭い匂いが漂ってきて、「あ! クッキー焼いてたんだった! ごめんね、もとくん!」とくりちゃんがとてとて去っていく背中を見て、今の自分は、史上最高に気持ち悪い事になっているなぁ、と我ながら思いました。
 もしも、これはもしもの話です。
 このくりちゃんを泣かせる男がいたら、自分はぶん殴ってやります。考えたくはありませんが、レイプでもしようものなら、今まで何度試しても出た事の無かった必殺技を全生命エネルギーかけて放ち、死に至らしめるでしょう。
 そんな事を考えていた矢先、何の前触れも無く、いつか聞いたあの声がしました。
「やあ五十妻君、トムだよーん。今夜の0時、面白い物を見せてあげるから、近くの公園のベンチに来てごらんなさいな。あ、1人で来てね。あと目隠しを用意してきてね」
51, 50

  

 自分はなぜ、トムなどとふざけた名を名乗るような、声だけの人間の出した指示に大人しく従ったのでしょうか、公園のベンチに座って、腕を組んで上着を引き寄せ、夜に目隠しという2重の暗黒の中で自分は考えました。
 1つに、「HVDO」という団体について、もっと知識を得るべきだと判断したのがあります。三枝委員長によれば(面と向かって長時間話す事は出来ないので、この情報も手紙という古風な手段を使って知った事ですが)、自分が知恵様の拷問地獄からの脱出に成功した日以来、柚之原姉妹両名とも、HVDOについて何度問い詰めても決して答えなかったそうで、それはクビや私刑という強硬手段をちらつかせても変わりなく、自白剤の利用も考慮したそうですが、やはり人道的理由から断念して、「来るべき時が来たら話す」という2人の言葉を信じる事にしたです。
 結果的に自分に騙され、間一髪身を助けてくれたトムという謎の存在も、今さっき自分の目の前に(と表現するのも語弊があるかもしれませんが)現れるまでは何の音沙汰も無く、結局、「柚之原姉妹及びトムは、我々に性的超能力を与えたHVDOという謎の組織に所属している」というたったこれだけの情報しか得られなかった訳です。
 徹底された秘密主義と行き渡った管理は、その組織の錬度の高さを示していると同時に、遊びで集まっている変態の集団ではないという事を意味しています。HVDOは、本気を出して変態で組織された、実に手に負えない、ある種「最強」の団体であると予測されます。
 中でもトムという人物は、あの時の会話から察するに柚之原姉妹より少なくとも1段階は立場が上の人物であるようです。おそらくは、神出鬼没も良い所、出歯亀根性丸出しのその能力の便利さによるものでしょう。つまりトムの方からの接近は、よりHVDOの情報を得る為にはこの上ないチャンスともいえるのです。
 ここで少し、トムの能力について推察してみても良いかもしれません。
 トムは、腐女子である事を既に自分の前でカミングアウトしています。前後関係から見ても、自分がおもらし好きである事も既に告白済み、であるにも関わらず、興奮率の表示がされなかった。という事から、トムの本体はあそこにいた訳ではなく、どこか別の場所からあそこを見て、そして口を出していたと考えるべきです。この事から、能力の本質は透明人間ではなく千里眼に近いという事が分かります。
 重要なのは、その発動条件ですが、これを判断するにはいまいち材料が足りないようです。流石に「どんな場所でも何時間でも何回でも見れる」というのは、今までの「バランス説」を基にすれば考え辛い所ですが、その能力の性質上、こちらから探りを入れるのは非常に難しい所でしょう。
 そもそも、「能力」と「腐女子」の関係性が自分にとっては未知です。この辺も見極め、早々に対策を立て、なおかつHVDOについての情報も探る。それを実現するには、例えそこに何らかの悪意ある罠が仕掛けてあったとしても、いっそ乗ってしまうのが1つの有効な手です。攻撃は最大の防御、とはありきたりな慣用句かもしれませんが、時に真理でもある訳です。
 しかしそれも、ある種のいい訳なのかもしれません。
 自分は今、やや自暴自棄になっているように思われます。チンコは勃った。能力は戻った。にも関わらず、それを使って鬼畜的所業を行う気にはなれず、ただくりちゃんに甘えている。そんな先の見えない生活に、嫌気がさしている。それに気づくと、図星をスコップでがしがし抉られたような気がして、心が痛みます。


「おーまたせ!」
 例の異様に軽いノリで待ち人は来ました。自分の背中に両手が乗ったので、咄嗟に振り返ろうとすると、「あ、ダメダメこっちを向かないで。一応、スタンガンもあるからねー」とさらっとやけに鋭い釘をさされましたので、自分はすごすごと正面を向き直りました。目隠しをきちんとしているというのにこの警戒。何かが引っかかります。
「いやはや、まさか本当に来るとは思わなかったよ。殺されるとも知らずにねー」
 いつもなら英国紳士ばりの余裕でHAHAHA、冗談きついですね。とでも返すのですが、先にも申し上げた通り、現在の自分には女性に対する寛容さが著しく低下しているので、ただただ実験用モルモットのようにぷるぷると震えるのみでした。
「はは、本気にしちゃった? 冗談冗談。まあホモって嘘ついたのは絶対に許せないから、いつか超絶に酷い復讐するとは思うけど、今日は別件だから」
「……と、言いますと?」
 自分のシリアスな言葉をひらりとかわして、トムはこう続けました。
「まあまあそう焦りなさるな。ちょっと世間話でもしようじゃん」
 緊張からじっとりとした汗が流れ出し、上着を脱ぎたくなりましたが、両手が肩に乗ったままですし、「殺す」は冗談にしても、スタンガン程度ならあるいはという思いもあり、自分は耐え忍びながらトムの話に耳を傾けます。
「『拷問人』……といっても伝わらないか、柚之原知恵さんの事ね。あんたに負けちゃってさ、今再起不能なのよねえ。あんたは知らなかったと思うけど、あの能力、1度発動さえすれば滅茶苦茶有利になるから、その分脱出された時には自動で負けが確定するっていう厄介な条件がついてるのよね~。だから、あんたが脱出したのはほぼ奇跡に近いんじゃないかな。褒めてあげる。すごいね!」
 これだけずたぼろにされて褒められた所で、何の足しにもならない事は言うまでもありません。
「知恵さんの能力は凄くレアだし、あれで抑制していた能力者達も何人かいるから、図らずもあんたはHVDOの敵になってしまった。知恵さんよりもっと恐ろしい能力者が四六時中あんたを狙うなんて事もありえるかもよ。怖くね? ねえねえ怖くね?」
 むしろ人の不幸を楽しげに語るその精神性こそ恐怖に値しますし、「そもそも知恵様が自分に負けたのはあなたの失敗が大きかったのではないでしょうか」と言いかけてやめました。
「と脅しつつも、正式に何か命令があった訳じゃないから、今回は別件だけどね」
「別件別件、とそろそろ本題に入っていただきたいのですが」
 ここまで来てようやく自分は反論をしたのですが、それは実にかわいらしく、虚勢を張っている事が丸見えの、捉え方によっては間抜けななんとも言えない代物でした。当然、トムというこの手練に通じるはずもなく、客1人演者1人正真正銘単独公演のトムタイムはなおも続行するのです。
「まあまあ落ち着きなさいっての。まだ本番が始まるまで時間がある訳よ。それまでちょっと相手をしなさいな」
 どうやら、自分の周りには何やら理不尽極まりない人間が集まるようだ、と再確認しました。


「言うまでもなく、私は腐女子なんだけども。どうしてこういう能力を持っているのか分かる?」
 正直に「分かりません」と答えましたが、「え、ホントに~?」と糞イラつく聞き返しをされたので黙っていれば良かったと瞬時に後悔しました。
「これは私の自説なんだけどさ、腐女子ってのは変態行為の中に『自分』を存在させないという特殊な性癖な訳。分かる? おもらし好きは漏らす所を見たり、漏らさせたり、飲んだり、かけられたりする行為の中に『自分』を存在させるでしょ? 露出は自分が、拷問は相手が能力の対象になる。だけどホモ好きの女ってのはさ、そこに自分はいないんだわ。あくまでも男同士がいちゃいちゃしている所を見たい、という性欲であって、混ざりたいとは思わない。ってなもんで、こういう能力になった訳」
 分かるような、分からないような、おそらく腐女子を趣味趣向の領域から変態行為の領域まで引き上げた方になら、かろうじて理解出来るような、自分にとっては果てしなくどうでもいいような危うい領域なのでしょう。
「でもさ、良く考えてみて。HVDO能力ってのは基本的に、性癖を相手に理解してもらう為にある。性癖バトル、という形で呼んでいるけど、それは戦いというより自慢合戦に近い。……知恵さんみたいな特殊なケースを除いてね」
 知恵、という単語が出るだけで、脳細胞のいくつかがぷちぷちと自殺していく感覚があります。そんな自分の身体の緊張に気づいたのか、この悪魔のような人物はそっちに話を持って行きます。
「あ、知恵の話する?」
「いえ、しなくて結構です」
「信じてもらえないかもしれないけど、あの子はね、元々変態じゃないの」周りに誰もいないのは分かりきっているのに、わざとらしく声をひそめて続けます。「ここだけの話、あの子は自主的になろうとしてなったタイプの変態なの」
 もう始まってしまった話を止める手段はあいにくと自分にはないので、大人しく聞きます。
「知恵さんは三枝瑞樹の従順なメイドで、ご主人様に対して好意を持っている。だからある日、気づいちゃったんでしょうね。三枝瑞樹が露出狂のド変態だって事に。それだけならまだしも、生き別れの双子の妹である柚之原命も、同じく獣姦好きのド変態だった。もしも自分にとって、この世で1番大切な人間が2人共変態だったら、あなたも変態になりたいと思うでしょ?」
 丸々同意はしかねますが、気持ちは分からないでもありません。仲間はずれは嫌な物かもしれませんが、この場合は、何よりそういう「普通」の人間の気持ちを知恵様が所持している事の方が驚きです。
「で、知恵さんはどうしたら自分が変態になれるかを調べ始めた。その過程で私と、HVDOとの運命の出会いを果たしてしまった訳よ。それから変態になれるように私が訓練したら、ああなっちゃった」
 なっちゃった、で済むレベルじゃ……。もう怒りを通り越して呆れを通り越して一周して怒りしか生まれません。
「ほんで知恵さんが能力に目覚めてからも色々あってさ。まあそれは、今はいっか。話すのも面倒くさくなってきちゃった」
 勝手に話しといて!?
「えーとそれで、なんだっけ? ああそうそう、HVDO能力は、性癖の自慢の為にあるって話。そこで私の覗き能力は、どうやって相手にホモの良さを分かってもらうのか」
 自分の肩を掴むトムの手に、ぐっと力が入り、
「まあ腐女子とは関係無いんだけどさ、それを今から見せてあげるのが今回の本件ね」


 言い終わった瞬間、天地がひっくり返りました。自分の身体を常に支えていた重力が急激に自分を見失い、目隠しをしていた事もあって、その不思議な感覚は余計に強調されました。地面を失い、上下左右も失い、転がるようになりながらも、どこにもぶつからず、姿勢も保ち続けられる状態。思わず悲鳴をあげたくなるような違和感であるにも関わらず、そこに恐ろしさはありませんでした。何故ならそれは、以前、春木氏の小学校や、知恵様の拷問部屋に連行された時の感覚に良く似ていたからです。
「さあ、目を開けて」
 先ほどよりももっと近い、耳元、あるいは脳内で、トムの声がしました。自分は言われるがまま、ゆっくりとその目を開きます。目隠しをしているはずなのに、瞼を開けると、明かりが差し込みました。
 すると目の前に広がったのは体育館倉庫でした。明かりは窓から入ってくるわずかな光だけの、酷く薄暗く陰鬱な空間。扉の閉まった体育館倉庫を中から見た事など1度も来た事はないのですが、ほのかに見える跳び箱や、得点ボードや、畳まれたマットや、バスケットボールの詰まったカゴを見ると、懐かしさを感じざるを得ません。
 やがて扉が開き、1人の男が入ってきました。
「くりちゃん、寂しかったかい?」
 窓の光に照らされた男の顔を見て、自分は思わず唾を飲み込みました。
 それは紛れも無く、自分を倒し、EDに追いやった最強のロリコン、春木氏です。
 春木氏は緩慢な動作で、マットの上に転がる「何か」に近づいていき、それに触れました。薄暗すぎて、俯瞰のアングルからでは良く見えませんが、何やら春木氏はその「何か」を抱き寄せ、「何か」は「やめて!」と聞いた事のある声で拒否したので、春木氏は耳元でこう囁いていました。
「このおもちゃ、気に入ったかい?」
 続けて、「ひっ」という声が聞こえて、全身の血が下に向かって落下いくような強烈な虚脱感と、脳内から憤怒の信号が溢れ出す感覚が、瞬く間に自分を支配しました。
「ひどい事、しないで」
 その声は、紛れも無く幼女バージョンのくりちゃんの物でした。自分は必死になって目を凝らし、闇に慣れて来た事もあって、おぼろげながらくりちゃんの顔を確認します。目隠しをされていますが、確かにそれは、あの大天使くりちゃんの物でした。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 その瞬間、考える余裕など無く自分は咆哮しました。地面を蹴って、春木氏にタックルを仕掛けようとするも、身体は動きません。というより、身体が「無い」のです。今の自分は「感覚」だけの存在と化しているようで、ただ目の前で行われている事を観覧する事しかできないのです。それはちょうど、春木氏の第8能力を喰らって、過去の自分の記憶の中へと引きずり込まれた時と同じです。
「やめろおおお! やめてくれええええ!」
 自分は発狂したように声が枯れるまで叫びましたが、春木氏には一切届かず、春木氏はくりちゃんを犯し終えると、首を絞めて、殺してしまいました。それは実時間にすればわずか十数分の出来事でしたが、自分は一生を狂気の中で終えたような、生きながら全身をバラバラにされたような生命の枯渇を感じました。そして廃人になった自分の耳元で、トムは嬉しそうに囁きます。
「まあまあ安心しなさいな。あれは木下くりの偽物だから」
 性癖バトルに負けた代償としてEDにされ、一緒に生活を始めた時。それから、極悪非道の拷問によって心が壊れてしまった時、幼女になったくりちゃんは、まるで魔法みたいに自分の事を癒してくれました。あの生意気で、冷酷で、その癖おもらしばっかりして他人に迷惑をかけるあのくりちゃんが、ただ幼女になる、それだけの事で、自分を取り巻く環境は瞬く間に形を変えて、自分を受け入れてくれたのです。
 奇跡。
 まさしくそう形容するに相応しい、慈愛に満ちた存在。
 ここまで来て、今更隠す事もないので正直に申し上げると、自分は今のくりちゃんに支えられていると感じる一方で、性的な行為に及びたいとも真剣に考えているのです。
 世間一般に、そのような人間をどう呼ぶか、その答えはいかにも単純で、退屈すぎて欠伸が出ますし、あえて今更言うまでもない事ですが、あえて今こそ改めてここに記しておきましょう。世間は、自分や春木氏の事を、差別と蔑称と自戒を込めて、こう呼ぶのです。
『ロリコン』
 耳元から、後頭部数cm内側に向けて、トムの声が刺さりました。
「まったく、男2人が揃いも揃ってロリコンってのは一体どういう事よ? あんたら日本を発展させる気全くないでしょ。まあ私も人の事言えた義理じゃないけど」
 冗談に笑っていられる余裕も、面倒くさいやりとりをしている暇も、今の自分には、これっぽっちの欠片もないのです。すがるように祈るように、自分は姿の見えないトムに聞き返しました。
「偽物とはどういう事ですか!? あのくりちゃんは、自分の知っているくりちゃんではないという事ですよね!? そうですよね!?」
 冷静に振舞おうと努力した所で、到底無理な事は元々分かりきっていたので、自分はただ溢れ出した感情に任せて言葉の槌を振るい回しました。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいっての。ええ、その通り。あれはあんたが知ってる『くりちゃん』じゃない」
 自分はじっと目を凝らして、春木氏の腕に抱かれたくりちゃんの死体を見ました。網膜に触れる事さえ痛々しいその光景に身を焦しつつも、真偽を確かめようと自然に前のめりになりましたが、やはりそれは、どう見てもくりちゃんでした。
「本当に……本当にあれはくりちゃんの偽物なんですか?」
 ふと、様々な考えがめちゃくちゃに散らばった頭の中に隙間が出来て、その場所に「これほどまでに自分が肯定を求めるのは一体何故なのか」という疑問が浮かび、それは命題であり、答えあぐねる、奇題であるとも気づきました。しかしあえて、今見えている中から最も簡単な答えを選べと言うならば、「くりちゃんが他人の手によって汚れて欲しくなかった」というのはそこそこ的確なはずです。絶対的不可侵領域への盲信と崇拝。処女への固執。倒錯的エゴイズム。
 切羽詰った自分の、確かめるような質問に、わざわざトムが答えるまでもなく、答えは春木氏の手によって、いえ、より正確に言えば春木氏の「生み出した物」によって与えられました。


 今更ながら、HVDOに与えられた変態能力は、完全に人智を超えて、神の領域へと到達しているという事を確認すると同時、やはりその中でも、並居る変態達を何人も倒し、その度に新たな能力を得てきた春木氏は別格な変態であると知りました。
 おそらくは春木氏が自分を倒して得たのであろう第9能力、それは人の膀胱におしっこを貯めるだとか、一瞬だけ全裸になるだとか、おっぱいを膨らませるだとか、ちんこが生えるだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてなく、「性の対象」その物、つまりこの場合は、「幼女」を召喚し、従わせる能力でした。
「マスター、もうよろしいのですか?」
 春木氏の両手できつく絞められた跡の残る、死体にしか見えないその首の中ほどから発せられたその声は、かすれて絞られているにも関わらず、苦しみや痛みを主張する気が一切無く、またその声は確かにくりちゃんの声紋とほぼ一致していましたが、抑揚はまるで違っていました。
「……ああ、もう……いい」
 春木氏は、心底うんざりした様子でそう答えると、目の前にいたくりちゃんの形をした身体は、体操服とブルマごと煙のように消えてしまいました。「マスター」という呼称や、春木氏のロリコンという性質から考えても、それが「人を殺して消す能力」というよりは、「幼女を出したり消したり出来る能力」と解釈するのが妥当なように思われます。
 いわゆる賢者タイムという物なのでしょうか、童貞の自分には、セックスの後にも訪れるとは存じませんでしたが、これがもしも本当に春木氏の賢者タイムだとすると、日々のオナニーはよほど苦痛で仕方ないだろうと、敵ながら同情しました。
 それはまるで12R目のボクサーのような、炎天下のホッキョクグマのような、ぜんまいの切れたくるみ割り人形のような、凄まじいまでの元気の無さで、何と声をかけてよいのやら、かけられなくて逆に幸いのような、複雑な気持ちになるほどに気の毒でした。
 自分がそんな心情で見ている事にも気づかず、春木氏は立ち上がり、服を着ると、どうやらこの体育館倉庫も春木氏のシチュエーション能力(という事は、春木小学校には体育館や運動場、もしかしたらプールまで付いているのかもしれません)の一部だったようで、それを解除し、現実世界へと戻ってきました。霊体のようになって眺めるだけの自分と、姿は見えませんが同じような状態で見ているであろうトムも、同じく現実世界に戻ってきましたが、状態はそのまま継続していました。春木氏の幼女召喚と空間生成というまるで陵辱に特化したような能力もさる事ながら、人が能力で発生させた空間まで覗けてしまうというこのトムの能力もやはり相当な物です。
 ふと、つい先ほどまではなかった心の安らぎに気づきました。
 敬愛し、信頼し、欲情さえしている相手が目の前で犯されていく様子をまざまざと見せつけるという鬼畜的所業も、それが偽物であり能力による作り物であると分かり、ほっとした今なら不思議と許せてしまうのです。おそらくジャイアンが優しいとやたら良い人に見えるのと同じ理屈でしょう。
 胸をなでおろす自分に、トムはこう語りかけました。
「さあ、ここからが本当にあんたに見せなくちゃならない物なのよ」


 春木氏がシチュエーション能力を解除して戻ってきたのは、廃墟でした。いえ、今のは失言だったかもしれません。そこは廃墟といっても、どうやら人が住んでいるようなのです。天井にはカバーが割れて剥き出しの蛍光灯、部屋の隅には旧式の冷蔵庫、羽の飛び出たぼろぼろのベッド、ガスコンロには鍋のようなフライパンのような中途半端な調理器具が乗っています。壁は崩れかけ、打ちっぱなしのコンクリートが丸見えで、かろうじて密室を保っているようでしたが、いつ倒壊してもおかしくない部屋でした。そしてこのボロ部屋の主こそが、誰であろう春木氏でした。
 以前、三枝委員長から、春木氏は引きこもりで不登校だと聞いていましたが、その言葉から想像する部屋のイメージと、今まさに自分が覗いている春木氏の部屋のイメージは、まるでかけ離れた物です。春木氏は、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して一口飲むと、ベッドに座り、じっと目を瞑って、何かを考え始めたようです。幼女とのセックスを覗くよりも、もっと見てはいけない物を見てしまったような気がして、自分はいたたまれなくなって、トムに尋ねました。
「春木氏の私生活を見せたかったのですか?」
「うーん……半分正解、かな。より正確に言えば、これから起こる事をあんたに見せたい」
 どうやらまだしばらくの間、自分を能力の支配下から解放する気はないようです。自分は春木氏から視線を外し、今一度部屋を見渡しました。
 「室内でサバイバルしている」と表現すべきか、それとも「屋外でひきこもっている」と表現すべきか、非常に悩むべき所です。元は病院か、あるいは学校でしょうか、人の見捨てたこの場所で生活する春木氏は、一体何を思い何を企んでいるのか。いやはや変態の考える事は理解に苦しみますが、それは自分も同じような物であり、「お前の考えている事は分からない」とつっぱねられるほど悲しい事はありませんので、今1度、自分は考えます。
 ロリコン。
 春木氏は間違いなく、自分の性癖に大きく影響を与えた人物の1人です。先ほどから申し上げている通り、幼女になったくりちゃんは完全に天使で、この世に実在する唯一といっても良い救済です。春木氏がくりちゃんの代わりを召喚して、汚してしまいたかった理由は分かります。しかし、その後の行動が、まだ自分には分かりかねるのです。何故、殺す必要があったのか。見た所、あの偽くりちゃんは自分が見間違えるほどに精巧に出来ていましたし、その恥じらい、性的な感度、衣装や場所、行為までの流れ、その細部に至るまで完璧だったはずです。それでも自分とは次元の違う存在。マエストロリである春木氏には何か納得のいかない、不満な点があったのでしょうか。
 今まで仮死していた論理的思考が、徐々に復活しつつある事に自分は気づきました。絶望の底の底の底の裏の底に突き落とされ、そこから引き戻された事によって、一皮剥けて成長したのか、あるいは何かが吹っ切れたのかもしれません。今の自分なら、少しくらいの時間なら女子と面と向かって談笑する事も出来る気がします。
 精神的に、ほんの僅かな希望が見えると同時に、自分が見下ろす春木氏の部屋にも光が差し込みました。窓の無い部屋に、たった1つのドアが開いて、やがてゆっくりと入ってきた人物は、自分の良く知る人物でした。
「やあ、三枝さん。遅かったじゃないか」
 春木氏に名前を呼ばれた三枝委員長は、その長い髪を軽く整えて、
「家を抜け出すのに少し手間取ってしまったの。お待たせして悪かったわね」
 と微笑みました。


 2人は当然、食い入るように様子を見ている自分の存在には気づいていません。トムの能力はやはり情報戦においては恐ろしく強力なようです。自分のみならず、人にも能力を使って見る映像を見せる事が出来る。これならば、腐女子的重要シーンを他人に見せて、性癖の伝承を可能としています。先ほどの「関係ない」という言葉はつまり「ホモ関係ではない」という意味だったのでしょう。
 春木氏は三枝委員長に、ガラスのテーブルを挟んで置いてあるパイプ椅子に座るように促しましたが、三枝委員長は「長居をするつもりはないから」とやんわり拒否すると、春木氏は皮肉を込めた様子でもなくただ、「その方がいいだろうね」と言いました。
「まずはこの場所を見つけた事に驚いたよ。どうやって調べたんだい?」
 春木氏の問いに、三枝委員長は答えず、「それより、今日は頼み事があって来たの」と切り出します。
「君が人に何かを頼むなんて珍しい。学校に来てくれ、というのならお断りだよ」
 三枝委員長は委員長としての職務的責任感から、入学式以来1度も学校に来ていない春木氏を登校させようと色々しているらしい、と以前聞きました。これは想像に過ぎませんがその学校への啓蒙活動も、万事がこの調子で受け流されていたのでしょう。
「卒業も近いし、あなたの不登校問題はもうどうでもいいわ」と、三枝委員長は率直に断りをいれて、「今日は、別の事よ」
「へぇ……」
 何やらぴりぴりとした、というよりも、ひりひりとした空気が2人の間にありました。当事者ではなく、ただ傍観者として唐突に連れてこられた自分には、2人が何を考えているのかがいまいち汲み取れませんが、いやらしい事ではない事は分かります。どうポジティブに捉えても、これは決してエロに転がる空気ではありません。
 ニコニコしながら言葉を待つ春木氏に、三枝委員長はまっすぐな眼差しを向け、1つ1つ言葉を確かめるようにゆっくりと頼みました。
「木下くりの幼女化を、解除してもらいたいの」
 春木氏はその張り付いたような笑顔を崩さず、三枝委員長の表情には確固たる意思が見え、トムに至ってはおそらく最初から知っていたらしく、結局、今ここにいる2人+2人の内、きちんと驚いているのは自分だけでした。
「理由を聞かせてもらおうかな?」
 春木氏がそう尋ねると、三枝委員長はこう答えました。
「理由は教えられない。とにかく、解除してもらいたい」
 その不遜とも傲慢ともいえる巨大な態度に、春木氏は思わず笑いが堪えきれないといった様子で声を漏らし、人を馬鹿にしたような例の視線で、三枝委員長を優しく睨みました。
「理由も聞かせてもらえないんじゃ、到底無理な話だと思わないかい? 第一、僕には何の得もない」
 両手を広げ、ひらひらとさせる春木氏。
「取引よ」と、三枝委員長。「私が代わりに小学生の身体になるから、木下さんを解放してあげて」
 この提案に驚かされたのは、今度は2人+2人の内2人、つまり自分と、春木氏でした。
「ほお……」
 息を飲み込み、喉を鳴らし、しばらく春木氏は三枝委員長を、正確に言えば身体と顔を、美術品のように眺めていました。そしてまた不気味な爽やか笑いをして、からかうように、こう言いました。
「君が言いたくないなら、僕が理由を当ててあげよう」
 口角を吊り上げた春木氏は心底楽しそうに、
「君は、五十妻元樹の事が好きになったんだろ?」
53, 52

  

 春木氏の言葉が、いかにも正鵠を射ているように感じた理由の中に、果たして自分の欲望がどれだけ含まれていたのかを計算してみると、不自然に胸が苦しくなっていくのが感ぜられ、居心地が悪くなりました。もしかして、これが恋……? 自分は三枝委員長をどうしたいのでしょうか、三枝委員長とどうなりたいのでしょうか。全ての答えは藪の中にあって、下手に突つくととんでもない物が飛び出してきそうな気がして仕方ありません。
 あくまでも客観的に見て、三枝委員長は、人生の一時を共有する恋人、あるいは一生を共にする伴侶として、全くもって申し分ないように思われます。何せあの美貌の上に、学年の男子全員が最低でも1度はオカズに使ったであろう中学生にあるまじきけしからんBODYを揃えて、桁違いのお金持ちでありながら要領も良く、人望もあるのに決してそれを鼻にかけないという、まさに完全なる完璧と評してもいい、この時空に存在する事自体がまず疑わしい奇跡的存在でありながら、その夜の顔は「見られるのが大好き」というとんでもないド変態で、更に奴隷志向も完備しており、ご主人様に対しては滅多な事では逆らわない底知れぬ淫乱ときていますので、女性に対してこれ以上の条件を求めるのは最早大罪に値します。
 そんな人が、どこでボタンをかけ間違ったのか自分に好意を抱いてくれた。となれば、それに答えるに何の障害も躊躇も無いではないか。そう考えるのは、ごく自然な事です。
 ですが、それは違うのです。
 恋愛の相手に、容姿だとか、家柄だとか、能力だとかを求めている人は、今1度、胸に手を当てて良く考えてみてください。他の誰でもありません、あなたの事です。質問、あなたは相手の事を、自分を高める為の都合の良い存在として見てはいませんか?
 確かに、美しく清潔な人間を連れて歩けば、あなたも他人から同じように見られるでしょう。確かに、沢山の知識を持った人間と共にに過ごせば、あなたも自ずと賢くなっていくでしょう。確かに、高収入の配偶者を持てば、生活レベルは飛躍的に向上するでしょう。しかし、それらは全てあなたの努力でどうとでもなる物であり、不相応な人生は呪いでしかありません。
 ずばり申し上げて、あなたが欲しているのは、その相手自身ではなく、「相手に付加した価値」なのです。「では五十妻。お前はそうではないのか? お前は世に言うあるかどうかも分からない真実の愛とやらの存在を頑なに信じ、それに一生付き従うというのだな?」という厳しい追求も聞こえてきますが、自分は断固としてこう宣言しましょう。
 自分が相手に求める物。それは「おしっこを漏らした時の恥じらい」です。
 ……皆さん落ち着いてください。これ以上、壇上の僕に向かって温泉卵を投げつけるのはやめてください。
 散々偉そうな事を抜かしておいて、お前は結局それか? という皆さんの気持ちは、重々承知の上です。が、むしろ逆に、自分からはこう質問させてもらいたい。これ以外の何が必要なのだ? と。
 だってそうではないですか。女子たるもの、恥じらいがあってなんぼの物でしょう。羞恥心を無くした瞬間、乙女はその羽をもがれ、薄暗い沼地に撃墜され、ハゼとかダボとかそういう類のどうしようもない生物へと変貌するのです。はい、これは紛れも無い事実なのです。
 そう、恥じらいです。自分は拷問による後遺症で、女子を恐れるあまり、大切な物を見落としていました。「恥」という耽美の極地こそ、自分が真に優先させるべき事だったのです。


「好き、というと語弊があるかもしれないわね」
 春木氏の質問にそう答えた三枝委員長の表情はやけに涼やかで、一見して心が落ち着いているように見えましたが、むしろ何か重大な事を覚悟して、腹をくくっているようにも見えて、やや不安を煽りました。
「五十妻君には、ご主人様としての才能がある。だから私は、五十妻君の奴隷になった」
「妬けるね」
 春木氏が心にも思って無い事を平然と言っているのは分かりました。三枝委員長も当然それには気づいたようでしたが、大して気にもしていません。しかし少しは会話が成り立つ空気が出来たらしく、今度は三枝委員長の方が春木氏にこう尋ねました。
「奴隷に必要なのは、何だと思う?」
「難しい質問だね」と、春木氏は顎をぽりぽりかいて、あたかも最初から分かっていた答えをもったいぶるように、「『必要とされる事』かな?」
 三枝委員長は、俯き加減に微笑を浮かべて、
「ええ、その通りよ」
 と答えました。
 2人の間でのみ成立している会話がハイレベル過ぎるので、ここで自分の方から、拙いながらも補足の方を付けさせてもらいたいと思います。
 人にしろ獣にしろ、「調教をする」という事はつまり、「調教する側の人間にとって理想の形になるように相手を成長させる」という事です。真剣な調教は往々にして、「やらされているだけの教育」を遥かに越え、時には恋人や夫婦といった関係も越えて心と心を繋ぐ物なのではないでしょうか。
 三枝委員長が自分の中に見出した「ご主人様の才能」とやらが、具体的にどのような資質を指しているのかは自分自身にも分かりかねますが、三枝委員長ほどの変態が言うのですから、そう外れている訳でもないのでしょう。おそらくは、最低でも同じ学年には2人としていない程度の素質を自分の中に見出しているからこそ、三枝委員長は自らの首輪を自分に渡したはずなのです。
「話には聞いてる」と、春木氏。「五十妻君、HVDOの拷問人の手にかかって女性恐怖症になったんだろ? 深手を負ったとはいえ、能力を発動させた拷問人に勝てたというのは凄い事だ。彼、やっぱりセンスあるよ」
 遥か上空、成層圏のあたりから褒められてもまるで良い気はしません。
「そのせいで、彼にとっての安らぎは今、くりちゃんにしかないって訳だ。女性恐怖症から来るロリコンはこじらせると厄介だからね。三枝さん、君がご主人様に対してしてあげられる方法も、そう多くはない。でも、くりちゃんを中学生に戻して自分が小学生になるなんて、選択肢の中でも最悪な方法なんじゃないかな?」
 くりちゃんが元の売女になって、三枝委員長が幼女になったとしたら……今の自分は果たしてどちらを選ぶのでしょうか。


「もちろん、私が木下さんの代わりになる事によって、五十妻君の調教を受けたいという欲望があるのは認めるわ。彼なら小学生になった私に対して全く遠慮をしないでしょうし、きっと欲情もするでしょう」
 まあ、否定はしません。
「だけど、木下さんを元に戻して欲しいのはそれだけの理由じゃないの。あなたはすっかり忘れているかもしれないけれど、今年、私達は高校受験を迎える受験生なのよ。木下さんは清陽高校に受験する事が決まっているけれど、小学生のままじゃ確実に落ちてしまう。私なら、小学生になっても翠郷高校に合格する事が出来るし、同級生から高校浪人が出てしまうのは、委員長として許されざる失点と言えるでしょう?」
 一緒に住んでいる自分でさえ、もうすっかり忘れていたくりちゃんの受験問題も、しっかり気にしてくれていた三枝委員長に感謝すると共に、「小学生になったとしても高偏差値の進学校に受かる」というその言葉にも確かな信憑性があり、こうしてただ見ているだけで参戦すら出来ていない自分がこんな事を言うのも難ですが、なんと頼りになるお人なのか、と感動で涙ちょちょぎれました。
 ですが、そんな鉄壁のような三枝委員長(胸的な意味では鉄というよりむしろマシュマロですが、精神的な意味において)に、春木氏は容赦なく鋭い矢を放ちました。
「それじゃあ聞くけど、そこにくりちゃんに対する嫉妬はないのかい?」
 普通の女性であれば、ここはキレてもいい所です。パンストに重りを入れてブンブン振り回して暴れてもギリギリ許される場面です。が、三枝委員長はあくまでも冷静でした。
「あるかもしれない。いえ、きっとあるわね」
「なら、最初から潔く認めてしまいなよ」
 春木氏はにっこりと笑って、まるでそうする事によって永遠の利が手に入るかのように続けます。
「三枝瑞樹、君は、五十妻元樹の事が……」
「好きよ」
「ふふ、それでいい」
 あれ? 思いました。ん? 何か変だぞ? 当然、思いました。面と向かって直接言われた訳ではありませんので、これは告白と呼べるような代物ではないのかもしれませんし、以前、自分は三枝委員長から要約すると「奴隷にしてください」という意味の長文の手紙も頂いていて、なおかつ実際に初体験の寸前までは行っている訳ですから、今更好きだの恋だのでどうのこうのなるなんてちゃんちゃらおかしいと見せかけて、何故か心臓がV8エンジンのように動くのです。自分はこう思いました。これラブコメじゃね? と。
 三枝委員長はじっと睨みながら春木氏の答えを待ちました。
 春木氏の能力の発動条件は、「昔に戻りたいか?」「子供になりたいか?」といった趣旨の質問をして、相手がそれに同意するという物であり、一旦能力が発動すれば、その後数時間をかけてゆっくりと身体が小さくなっていくという恐ろしい物です。小学生まで退行すれば、別の能力を使ってその人物から記憶も奪う事が可能で、それをもって完全なる幼女化とします。


「よし、いいだろう。木下くりを開放して、三枝さんを小学生まで戻す」
 春木氏が余りにあっさりと言い放ちましたので、裏があると瞬時に予想しましたが、次の言葉でそれが確定されました。
「だけどその前に、相談に乗ってもらいたいんだ」
 春木氏の相談。内容は想像つきませんが、まともな事でない事はまず確かですし、レクター博士の隣の檻に投獄されてしまうが如く、精神に並々ならぬ外傷を負ってしまう懸念もあり、酷い凶兆を孕んでいるように見えましたがやはり、三枝委員長は揺るぎません。
「もちろんいいわ。クラスメイトの悩み事を解決するのも、私の役目よ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
 春木氏の至って柔らかい表情からは、セグウェイで地上500mを綱渡りするような危険さを感じました。
「五十妻君を倒して得た新しい能力が、今の僕の悩みの種なんだ。だから原因は、間接的には五十妻君にあると言えるかもしれない」
 断固として言えません。とんだ逆恨みという物です。
「僕が得た新しい能力は……いや、口で説明するより見せた方が早いかな」
 春木氏はそう言うと、事もなげに手をすっとかざしました。
 すると、手の指したその場所に、例のくりちゃんの偽物とやら、見た目は寸分たがわぬ、能力によって召喚されたという生命であるかどうかも分からない幼女が何の前触れも無く現れました。
 当然、突然現れたくりちゃんに、一瞬三枝委員長は驚いた表情を見せましたが、見た目は同じでもその毅然とした態度には似た所が1つもなく、それが能力による産物である事に気づくと、軽蔑に満ちた眼差しで春木氏を見ていました。
 春木氏は、まるでそれに言い訳するように答えました。
「幼女なら何でも召喚出来るって訳じゃないんだよ。これが非常に難しい問題でね。この召喚能力は、『僕にとって理想の幼女』を自動で作って召喚してしまうものなんだ。つまり、僕が直接的に条件を指定して召喚する事は出来ない」
 理想の幼女。という単語自体の犯罪臭さにたじろぎつつも、その真意を自分は見極めます。
「なのに、何度やってもくりちゃんしか召喚出来ないんだ。だから困っているんだよ。僕は小学生なら、色黒ビッチでもそばかす眼鏡でも活発アホの子でも、もちろん君やくりちゃんみたいな委員長タイプでもいけると自負していたんだけどね。残念ながらこの能力では、彼女としか出来ないんだよ」
 先ほどの春木氏の狂気に満ちた姿が脳裏によぎりました。首を絞めて殺したのは、くりちゃんの出来に納得していなかったのではなく、くりちゃん自体に納得していなかったという事だったようです。
「それなら、答えは分かりきっているわね」
 三枝委員長の微笑が、春木氏のそれと重なって見えました。
「あなたは木下さんの事が好きなのよ。それしかないでしょう?」
 攻守が逆転し、四角関係が成立し、耳元で今回一切出番の無かったトムが「ほら、面白くなってきた」と無責任な事を呟いたので、自分は変態同士というのは惹かれ合う運命なのかもしれないなぁなどと漠然と感じました。
 三枝委員長の、中学生離れした、いえ、人間離れした、まるでラノベのヒロインのようなとんでもないスペックを、自分は重々承知しているつもりでしたし、これまでに幾度となくその片鱗は述べてきたつもりでしが、それでもなお「侮っていた」と言わざるを得ないようなのです。
 春木氏にされた質問を、そっくりそのまま突き返した三枝委員長は、こう畳み掛けました。
「あなたは木下くりに恋をしている。ただその感情が、きちんとロリコンという性癖から来る物なのかが不安で仕方ないのよ」
 自分がおもらしに誇りを持っているのと同じく、春木氏も、自らのロリコンには並々ならぬ自信があるはずで、実際カミングアウトの際には、堂々と胸を張って、一点の曇りもない眼を輝かせていたのを覚えています。自分がそうであるように、春木氏も、もしかしたらHVDO能力者は全て、自らの性癖を金科玉条として大切に守っている。だからこそ、他の性癖に浮気を抱いて、自らが私法を侵してしまった時には、性器が爆発して不能に陥り、HVDO能力も失うという強烈なリスクを背負っているのかもしれません。
 よって、三枝委員長の攻めは、春木氏が持ち込んできた相談とやらの持つ本懐、いわゆる図星という物を的確に、抉るように鋭く突いた物でしたが、果たしてそれが春木氏にダメージを与えたかどうかは、それでもなお疑問でした。
「春木君、あなたが悩みから解放されるには、まずは自分の気持ちをはっきりさせないとダメなようね。幼女になった木下さんが好きなのか、それとも木下さんが幼女だから好きなのか。ねえ、答えられる?」
 春木氏は、黙ったまま目を瞑って、親指と人差し指で自身の顎をつまみました。考えている、という表現の動作には間違いありませんが、やはり春木氏がやると大味の演技をしているようにしか見えず、続けて出た言葉にこそ、春木氏の本心、つまりは「邪悪」がこもっていました。
「現状、それに答えるのは難しいね。だけど、君が協力してくれるなら、話は別かもしれない」
「……どういう意味かしら?」
 春木氏は人差し指をピンと立て、それを自らの唇に当てました。
「さっき君は、自分が小学生になってくりちゃんの代わりになると言ったね?」
 一瞬、春木氏の背後に、ちらと死神が見え、
「という事は、君の処女は僕がもらう事になるけれど、それでもいいかい?」
 まるで「どうして雨の後には虹がかかるの?」という幼くて純朴な質問をするかのように首を傾げた春木氏は、納得しかねる理屈の上に、危ういバランスで立った、もとい浮きあがっているその質問に、こう付け加えました。
「小学生になった君を犯せば、僕のくりちゃんへの恋心は消えてなくなってくれるかもしれない。言い換えれば、君を相手にしても同じように興奮出来たとしたなら、僕の不安は解消されるという事だ。つまり、真のロリコンとして成長出来て、全ての幼女を分け隔てなく愛せるようになる。そうは思わないかい?」
「……ええ、そうかもしれないわね」
 三枝委員長はすっと右手を差し出して、春木氏の唇の前にある人差し指に触れ、絡みつくようにして握った指を解き、そして優しく、手を握りました。春木氏は目を細めながらそれを見ると、2人の間にただならぬ雰囲気が流れ始めました。


 三枝委員長の処女が、春木氏の手に。
 あの時、柚之原ゴリラに邪魔されなければ、自分が手にしていたであろうその大秘宝が、あろう事か自分を倒した人間に渡ってしまう。人生にたったの1度しかない機会、まだ誰にも汚されていない純潔な身体。それが、春木氏の手に。
 しかもその間接的原因は、自分の女性恐怖症から来ているのです。ご主人様が情けないから、奴隷は精一杯やれる事をしなければならなかった。それは思う以上に、NTR属性の無い自分には耐え難い、なんとも言えない、胃液の逆流するようなストレスでした。
 後悔。
 自分がもっと明晰であれば、もっと強引であれば、もっと変態であれば、このような悲劇が訪れる事はなかったはずなのです。三枝委員長が、人生で1番最初に知る男の味は、自分ではなく春木氏。言葉にすればただそれだけの事実は、自分から冷静さを奪って、熱い涙を呼びました。ああ……実に、情けない。
「……本当に、良いんだね?」
 世にも珍しい、人を気遣う春木氏という構図にも、自分はいちいち驚いてなどいられず、ただ三枝委員長の表情を見つめ、その中に躊躇だとか、嫌悪だとか、自分にとって都合の良い感情がないかを探し、今ならばまだ間に合う、そう強く念じて、念じる事しか出来ない自分に憤怒しながら、瞬きを忘れて見守ります。
「三枝さん、君に質問する。『はい』か『いいえ』で答えてくれないか」そして魔弾は放たれました。「君は、子供に戻りたいか?」
 気のせいか、ほんの一瞬、三枝委員長が自分の方を見た気がしました。見えているはずがないのに、目が合ったように感ぜられ、全身の血流が凍って止まったかのようなイメージが湧きました。
 そして次の場面では、三枝委員長は春木氏を見つめ、こう答えていたのです。
「はい」
 途端に、全ての景色が暗くなるように思えました。これはつい先ほど味わった、くりちゃんがレイプされるシーン以来の衝撃で、かといってどちらの方が重く、痛みを伴ったかは、到底冷静に計測できませんでしたが、今度ばかりは、三枝委員長も偽物という可能性もありえないでしょうし、圧倒的現実を前に逃げ場はないように思えました。
「よし、これで能力は発動した。君はあと10時間後には、立派な小学生になっているはずだ」
 春木氏は嬉しそうに、極めて饒舌に語ります。
「そうだね、貫通式は明日の夜にでもしよう。実を言うと、召喚したくりちゃん以外でセックスをするのは君が初めてなんだよ。初体験同士、仲良くしようじゃないか。ああ、そうそう。この能力の対象者は常に1人だから、今頃くりちゃんは元に戻っているはずだ。もちろん、記憶もね。ここから帰ったら確認してみてくれ」
「その必要はないわ」
 三枝委員長は、凛として言い放ちました。
「あなたは今から、私に負けるから」


 やはり自分は、三枝委員長の事を侮っていたと言わざるを得ないのです。「いくら三枝委員長といえども」という限界を勝手に決め付けておいて、春木氏の誘いに乗った事に勝手に失望して、処女を手に入れられない事を勝手に嘆いていたのですから、救いようのない大阿呆です。
 三枝委員長は、おそらく最初から戦うつもりだったのです。自分ならずとも、春木氏まで完全に騙しきったその演技力は、感嘆の一言に尽きると同時、このように優秀な奴隷を持つ事が出来て、自分は世界で1番の幸せ者です。
「……どういう意味だい?」
 春木氏が三枝委員長にそう尋ねました。まだいつもの余裕は残していますが、質問の中に、遊んでいる気配はありません。
「簡単な話よ。私とあなたが性癖バトルをして、私が勝利を収める。そしてあなたはEDになる」
 自分が春木氏に倒されたあの日、春木氏と戦う前に、自分は三枝委員長を決定的に手中に収めるにいたる調教を彼女に施しました。その結果、三枝委員長は100%を大きく越える興奮を見せつつ、野外放尿という快感の前に平伏し、生理が止まったはずですが、おそらくは自分と同じタイミング、セックスの直前段階の時点で、自分と同じように能力も生理も復活していたのでしょう。三枝委員長の性癖は「露出」その能力は、「2秒間だけ全裸になる」という能力です。
「1つ、聞いてもいいかな?」春木氏は三枝委員長の許可を待たずに、「君のご主人様でも勝てなかったこの僕に、どうやって勝つつもりなんだい?」と意地悪に尋ねました。
 三枝委員長は、春木氏の手を強く握り、答えます。
「『カウンター能力』というのをご存知?」
 途端、それまでこれまで笑顔を崩さなかった春木氏の表情に、ごくごく僅かな綻び、良く観察していなければわからない程の、焦りとまでは言えない揺れを見つけました。
「うちのメイドに1人変態がいて、その妹さんも、姉と負けず劣らずの変態で……」柚之原姉妹の事でしょう「幸いにも私の事を好いてくれていて、勝負をしたら2秒で勝てたのよ。そうして手に入れた能力を春木君、今からあなたにお見せするわ」
「いや、けっこ……」
「遠慮しないで。あなたは私と同じ、変態じゃない」
 超攻撃的な笑顔に、三枝委員長に味方する立場の自分でさえ恐怖を感じずにはいられませんでした。三枝委員長は、死刑宣告文を読み上げるが如く、春木氏に告げます。
「私の第二能力『ザ・ショウ』が発動した時点で、私とあなたは半径5km以内にある、『最も人が密集している場所』に瞬間移動する。私は人に見られるのが好き。沢山の人ならなおさらね。それからあなたのHVDO能力は15分間封印されて、私の痴態を見る事しか出来なくなる。先に言っておくけれど、この攻撃を耐え切ったらあなたの勝ちよ。処女でも何でも持っていっていいわ」
 その余りにも淡々とした台詞につられるように、春木氏がくっくと声を漏らしました。


「『ザ・ショウ』の発動条件は、自分が誰かの能力の対象にとられた時。HVDO能力って、色々と種類があるのね。シチュエーション能力、召喚能力、そしてカウンター能力」三枝委員長は、自分が女の子怖いと震えている間に、HVDOと直接の関わりを持つ柚之原姉妹から、色々と聞き出す事に成功したのでしょう。「それから、既に移動先は決めてあるし、ステージも作ってあるから、期待してね」
「……それは実に楽しみだ」
「ええ、私もとっても楽しみ」
 今更ながら、三枝委員長の持つ変態力は本物です。
「それじゃ、行くわね」
 瞬間、ヒュン、という何か大きな物が風を切るような音が聞こえて、自分の目の前から三枝委員長、春木氏、偽くりちゃんの3人の姿が消えて無くなってしまいました。後に残されたのは空虚な部屋のみとなり、三枝委員長の言っていた瞬間移動の能力とやらがきちんと発動した事はまず間違いありませんが、トムの能力によってここを覗いている自分には、3人を追いかける事が出来ません。もどかしさを抑えられずに、自分はトムに尋ねました。
「3人はどこへ行ったのですか!? 見る事は出来ないのですか!?」
 ずっと沈黙を守っていたトムが答えます。
「心配しないでもすぐに見られるっての。ほれ」
 トムの能力が解除されました。またあのぐにゃっとした感覚がやってきて、数秒後、目の前が真っ暗になり、元々目隠しをしていた事に気づきましたが、先ほどより気温の下がったそこは、間違いなく先ほどの公園で、両肩にはトムの手が乗っていました。
「それじゃ、あとは自分の目で見てきなさいな」
 肩から手が離れ、背後でがさがさと音がして、自分は目隠しを外して振り向きましたが、そこには既にトムらしき姿はありませんでした。あとは自分で? 何という無責任。自分は一体どこへ向かえば、三枝委員長と春木氏の戦いを見る事が出来るのでしょうか。と、そんな疑問はすぐに解決しました。
 この公園の中心、平日は犬のフリスビー、休日は草野球やらが行われている、フェンスで囲まれた運動場に明かりが見えました。いくら市が管理している大きな公園といえども、ナイター設備まで完備している訳ではないので、その不自然な光は確かに目立っていました。
 自分は吸い寄せられるように、広場によろよろと歩いて近づいていき、近づくにつれて、それが異様な事態であるという認識を強めていきました。影、声、熱。ざっと50~70ほどの人数の、男ばかりの人だかりが出来ていて、その中心には、6、7mの横幅を持った1段高い仮設ステージがあり、光はそこから発せられていました。
「ま、まさか……」
 自分は思わずひとりごちて、人の波に合流しました。
 元々背が高かったのが幸いして、最後尾からでもすぐに様子は把握できました。ステージの上には三枝委員長と偽くりちゃんが立っていて、真夜中に集まったこのエロに飢えた観客達を見下ろし、こう宣言します。
「今から、私の恥ずかしい所を全てお見せします。お集まりいただいた皆さんには、隅々まで見ていただきたいと思います」
 男達から荒々しい歓声があがると同時、自分と目が合った三枝委員長は、にっこりと微笑んで、自らの制服のボタンに手をかけました。
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