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まとめて読む

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 世界は欠陥品だ。
 長い歴史の中のどこかで、どこかが壊れてしまったんだ。
 元々人間には、動物と同じように必要最低限生きるため、繁殖するための行動……行為だけが許されていたはずだった。
 だが、木の遠くなるような長い年月を経て、人はいつしかその範疇を超えてしまった。
 狩って、食べて、寝る。これらだけでは、人類は飽きたらなかったんだ。
 そしていつの間にか世界は、一部の人間が他の人間と比べて遥かに得をする世界となってしまった。
 人と人との間に、順位というものができてしまったのだ。
 そして、その順位をわかり易く分ける物。
 それは金だ。
 単純に、金を持っている者が偉いのだ。
 分かりやすい話だ。
 それゆえに人は金を重視する。時には、人の命よりも、だ。
 そりゃあ、確かに金という制度は必要だ。
 なにせ、人は増えすぎた。金で物をやりとりしない世界など、もはや想像もつかない。むしろ、そちらの方が恐ろしいくらいだ。
 だが。
 それでも、金のせいで得をする人間、損をする人間が生まれるのは当たり前だ。
 そして俺は、金のせいで人生がやばくなりつつある人間だ。
 いや、もしかしたら既に、完全に崩壊しているのかもしれない。
 「やばい……。やばいぞこれは……」
 人気のない裏路地。
 逃げるように飛び込んだその場所は、余計に自分の身を危険に晒していた。
 追われている時は、なるべく人が多い所に行った方がいい。
 次からはそうしようと、俺は心に深く刻み込んだ。
 最も、次という機会があれば、だが。
 ともかく、俺が助かるにはここからでないと駄目だ。まず話にならない。
 ここなら、あいつらは多少派手な事をしようと、たいした問題にはならない。
 「はぁ……っはっ……! くっそやろう……!」
 息をぜいぜいと切らしながら、俺は後ろを一瞬だけ振り返る。
 誰も追ってくるものはいない。
 これは、ラッキーとかそういう話ではない。
 もはや、追う必要がないのだ。
 俺は、もう完全に袋小路に追い詰められているのだ。
 その証拠に。
 「――! こ、ここもかよ!!」
 裏路地からの脱出を図り、ビルとビルの間にある横道へ入ろうとする。
 しかし、その道に足を一歩踏み入れる事もなく、俺は再び元の裏路地へと舞い戻る。
 僅かな時間を置いて、横道から二人の男が走り出してきた。
 身長は二人とも180センチ程度。片方の男はサングラスをしている。そして二人とも、同じ黒いスーツ。
 どこの悪の組織からやってきたのか、と聞いてしまいたいくらいだ。
 そして気付けば、その二人の男の後ろにも、また何人かの黒服の男がこちらへ向かって走ってくるのが見える。
 「いいっ加減にしろぉぉお!!」
 俺はとにかく走った。
 体力などとうに限界を超えていた。
 それでも、ただ走るしかなかった。
 道中には、ビール瓶が詰まったコンテナや、典型的な汚らしい青いゴミ箱などがあったが、それのほとんどを薙ぎ倒すように走ってきた。
 そのせいか、下半身は傷だらけで、ズボンは所々が破れ、そして出血もしていた。 
 一応、なるべく黒服が走ってくるのを邪魔できるように、という意図はあったのだが、おそらくまるで意味がなかったのだろう。
 「……ダメ、だ……もう、どうでもいい……」
 精も根も尽き果てた。
 もうどうにでもしてくれ、といわんばかりに俺は不意に立ち止まり、両膝をコンクリートの地面に付いた。
 冷たい感触が、破れたズボンの上から見えている両膝に伝わってくる。
 しばらくして、黒服は俺の周りを囲った。
 その間、大して時間はかからなかった。
 俺が四方を5,6人の黒服に囲まれるのは、一瞬だった。
 「ったくよ……。たかだが5000万程度の債務者相手に、ここまでするか普通?」 
 冗談気味に俺はつぶやくが、黒服達は返事一つ返さなかった。  
 「なんで俺なんだよ……! 元はと言えば俺のせいじゃねえ! 借金残して消えた親が悪いんだろうが!! 俺の親を探して追い詰めろよ! お前らならできるだろうが!!」
 ありったけの声を振り絞って、嗄れた声で俺は叫んだ。
 だが、それでも黒服は何も言わなかった。
 「なんで……俺なんだよ……」
 そこまで言ったのは覚えている。
 そこから先は、何が起こったのか全く分からない。
 ただ、意識がいきなり薄くなり始めて、その事を理解する間もなく、ただ深い闇が俺を襲ったのだった。
 ……そこまでは覚えていた。
 目をさますきっかけになったのは、聞き覚えのない不快な電子音だった。
 連続して鳴り響くそれは、まるで安物の目覚まし時計のようだ。
 数回なった後、それはぴたりと止んでしまった。
 意識が覚醒してからというもの、俺は目を開ける事ができなかった。
 直前まで自分が何をされていたか、自分の身に何が起こったかということを、鮮明に覚えていたからだ。
 こういうのは、下手に動くべきではない。
 例えば映画やドラマなんかでは、目が覚めて動いた瞬間に仕掛けが作動したり、目覚めたばかりでまどろみの中の尋問が始まったりとろくな事がない。
 落ちついて目を瞑ったまま状況を探るんだ。 
 まずは周りから聞こえてくる音。これは何もない。俺の耳が潰されたわけでなければ、周りからは何の音も聞こえない。
 同時に、人の気配もしないが油断はできない。
 次に、自分の状態だ。
 おそらく、俺は今仰向けで寝かされている。少しだけ手足を動かしてみるが、拘束はされていないようだ。
 健康状態に関しては、少し頭が痛い。それと、腹もキリキリと痛む。
 長く寝過ぎた時の延長線上、と言ったところか。多分、かなり長い時間。それこそ丸一日以上眠っていたのだろう。
 しばらくして、喉が異常に渇いている事に気づく。休日の朝など、寝過ぎたせいで頭が痛い時は大抵喉が渇いているものだ。
 大体、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。どうして俺がこんな目にあっているのだろうか。
 いったん、思考がそちらへ行くと他の事が考えられなくなる。
 分かっていてはいても、思考を止められない。
 ただ気分が悪くなってくるだけだ、と分かっていても、だ。
 俺は、借金のせいであんないかにも怪しい黒服共に追われる事になってしまった。
 その額は約5000万。
 普通の人間、そして普通の方法では到底返せる額ではないだろう。
 何故だ。
 俺はただ、予備自とバイトをやりながら、ただ普通に大学生をやっていたかっただけなのに。
 どうして俺に何の相談も話もせず、借金があった事実さえも俺に教えず姿をくらましたんだ?
 何か言ってくれれば、もしかしたら何か解決策もあったかもしれない。
 そして仮にも家族だ。深刻な顔して、こんな借金ができてしまったんだ、などと言われれば息子として放って置けるわけがない。
 少し悩むかもしれないが、マグロ漁船にだって乗ってやったかもしれない。
 ともかく、こんな拉致のような事をされるよりは自分の意思でやる分遥かにマシな結末にはなったはずだ。
 特に、精神的には。
 なあ、母さん、父さんよ……。
 自分の苦境を呪えるだけ呪った後、再び思考は現状の把握のためにと戻ってくる。
 気持ちが悪すぎて吐きそうなのは変わらないが。
 さて、どうしたものか……。
 周りから人の気配はしない。
 少しずつ、本当にゆっくりと、俺は瞼を開いた。
 薄く開いた目には、何も写らなかった。
 もう少し大きく開いてみる。
 そして徐々に大きくしていくにつれて、俺は普通に目を開ききってしまった。
 何も、見えない。
 視界は闇に包まれていた。
 「誰か、いるか?」
 俺はつぶやくように言った。
 闇の中からは、返事一つ帰って来ない。
 本当に誰もいないのだろうか。
 そんな疑問は、徐々に恐怖へと変わってくる。
 ともかく、こう真っ暗では何も分からない。
 俺は体を起こそうと力を入れる。
 頭が持ち上がる。
 どうやら、ベッドの上にでも寝かされていた、というので間違いないようだ。
 右手を横に伸ばしてみる。そこには、何もない。
 左手を横に伸ばしてみる。そこには、ざらざらとした壁があった。
 右側が降りるところだな、と納得すると、俺は足をベッドから下ろした。
 床はちゃんとあるようだ。
 そこで気づくが、どうやら俺は靴下を履いている。服も感触からして、多分あの日のままだ。
 まあいい、とにかく今必要なのは、電気だ。
 俺は足元に注意しながら少しずつ歩きだす。するとすぐに、降りた方向から見て左側の壁へとたどり着いた。
 壁をまさぐりながら歩を進めていくと、1本の溝、それから素材が違う壁の存在を確認した。
 「ドアか……?」
 もうこれはドアだ。ドアしかないと判断し、その壁を探っていると、ドアノブらしきもの大きな塊に触れる。丁度手元のあたりにあるし、ドアノブ以外に有り得ないだろう。だが、左に回そうとも右に回そうともダメだった。
 回らない。
 鍵でもかかっているかのようだ。まあ、そう簡単に出られるとも思っていない。この分だと、この部屋はおそらく密室なのだろう。
 とりあえず、このドアは後回しだ。
 俺は再び闇の中の模索を始める。
 そろそろ目が慣れてきてもいい頃のはずだが、未だ部屋は完全に真っ暗だ。
 おかしい。もしかすると、光など一切差し込まない地下深くだという事もありえる。
 そんな所に連れてきて、一体何をするつもりだ? 怪しい事件のモルモットにでもされるのだろうか。
 恐ろしい。
 考えれば考えるほど、自分にとって都合のいい未来はかき消されていく。
 駄目だ。
 今はそんな事を考えるのはやめよう。というよりも、やめたい。
 「……これか?」
 ドアのすぐ横の壁。
 そこに、何か突起のような物があった。
 部屋の電気のスイッチ。
 直感的にそう思った。
 迷うことなく俺は、それを押す。
 瞬間、目を襲ってくる眩しい光。
 やはり、電気だったのか。
 ひとまず、これで第一歩が進んだ。
 この部屋は一体なんなんだ?
 俺は一体どこにいるんだ? 
 おそらくは、それが少しでも分かるんじゃないかという期待があったのだが。
 目の中に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
 「な、何だ、ここは……?」
 そこは、見知らぬ部屋。
 ではなかった。
 誰よりも自分が知っている部屋。
 俺が、10年以上も前から使っている、紛れもない、俺自身の部屋だった。
 白い壁に、一人用のベッド。
 それから大きな本棚に、テレビとテレビゲーム。
 机の上にあるパソコン。
 家具の配置からしても間違いなく、俺の部屋だった。
 「何だ……、これは」
 もはや逆に何が何だか分からない。
 もしかすると、全てが夢だったのか。借金も、黒服も、両親の失踪も、夢だったんじゃないか。
 いや、そんなのはただの願望にすぎない。
 まだだ。何か、見落としがある。
 まず、何故俺が俺の部屋にいるのかを考えよう。
 夢、というのは一つの希望として残しておく。
 黒服に捕まって、意識を失った所までは覚えている。
 そこが、最後だ。
 その後どうなった。
 誰かが駆けつけて、俺を助けてくれた……というのも考え辛い。
 しかし、他に何も思いつかない。
 ぼーっとした頭をフル回転させ、思考を張り巡らせながら部屋をぐるぐるしていると、ある事に気づく。いや、気づいてしまった、というべきか。
 本棚に入っていた俺の本。漫画ばかりなのだが、それがおかしかった。
 中身が、無い。
 手にとってみると、本だと思っていたそれは、ただのコピーされたカバーケースみたいな物だった。重量感の無いそれが、俺の恐怖心を再び掘り起こす。
 俺はすぐに窓に向かった。
 カーテンでさえぎられた外の世界を確認すれば、間違いなく分かる。
 これが異常か、それとも……。
 カーテンを一気に開けると、一瞬で俺の心は絶望に支配された。
 「何……だ、これ……」
 カーテンの先には、ガラス張りの窓。そしてその向こうには、灰色の”壁”が広がっていた。
 次に俺が向かったのは、机だ。その上のパソコンに用がある。恐らくは電源などつかない、とは分かっていたが。
 しかし、スイッチを押すと、低い音を響かせながらそれは起動した。
 一瞬俺は喜んでしまった。
 だが、それはすぐに疑問へと変わる。
 ディスプレイには文字が表示されていた。真っ黒な画面に、白い小さな文字が綴られている。
 そこには、こう書かれてあった。
 『沢渡一真様へ。
  あなたには5024万6030円の債務が架せられております。
  我々としては、この額を返すのには並大抵の方法では不可能と思われます。
  そこで、我々は勝手ながら便宜を図らせていただきました。
  あなたには、ゲームをしてもらいます。
  ゲームのクリア条件は二つ。
  この施設からの脱出と、30日間の生存です。  
  尚ゲームの進行に当たって、あなたの借金は減っていきます。
  その条件に関しては、後々お知らせ致します。
  また、ベッドの下に我々から支給品を与えさせていただきました。
  これがあなたの役に立つ事を祈っております。
  それでは、ご健闘を心からお祈り申し上げます。』
 意味が分からない。
 理解するよりも先に体が動いていた。
 ベッドの下の支給品。
 俺のベッドの下のは手が入る隙間は無い。ベッドの下というと、とりあえずベッドを裏返す必要がある。
 こんなところを動かすのは年に一度の大掃除の時くらいだ。
 毎度毎度いつの間に落としたのか分からない小物や、ゴミがたまりにたまっている。
 力を込めてベッドを裏返すと、そこには両手で抱えるくらいの箱があった。他には塵一つない。あまりにも清潔感が漂い過ぎている空間だ。
 やはり、ここは俺の部屋ではないのか? 俺の部屋の外に壁を作った、というよりも俺の部屋を模した地下室を作った、という方が考えやすい。
 そんな事を思いながら、俺は箱を持ち上げ、中を大して警戒もせずに開けた。
 中に入っていたのは、ディスプレイのついた、何かよく分からない物。黒い腕時計。それから一枚のカード。そして銀色の小さな鍵。それと、恐らく目を覚ますきっかけになった目覚まし時計らしき物。まあ、時刻88:88と滅茶苦茶な表示である以上、時計としては使えそうにないが。
 最後に、コンビニで売っているようなおかか入りのオニギリと250ミリリットルのコーヒーだった。
 「朝飯にしては、あまりにも質素だな」
 一人でジョークを呟きながら、カードや鍵を手にとって色々な角度から見てみる。
 ともかく、これらは重要な物であるのは明白だとして、それよりも食い物だ。
 朝飯……いや、もはや昼だか夜だかは分からないが、俺はコンビニのオニギリを手に取った。
 おかかは嫌いではないが、どうせなら明太子にしてくれよ、とかどうでもいい事を思っていると、一瞬で食事は終わってしまった。
 明らかに足りない。
 債務者にはまともに飯も与えられない、という意図だろうか?
 まあ、そんな事はどうでもいい。
 さて、これらは一体何だ?
 まずはこの良く分からない電子機器からだ。
 まるで最近主流の携帯電話のようだ。
 そして次に腕時計。
 とりあえず腕にはめてみると、中々良いフィット感である。重さもほとんど気にならない。
 右横には少し大きめのボタンがついていた。
 多分、これが電源だろう。
 そしてそれを押すと、真っ暗な画面に光が灯り、起動画面が開かれた。
 表示された時間は、8時13分。
 丁度良い時間に目覚めたようだ。
 気分は相変わらず最悪だったが。
 今にも、さっき食べたオニギリを吐き出してしまいそうだ。
 何とかそれをこらえ、もう一度さっきの電子機器を手に取る。
 薄さは1cm程度。画面の大きさは縦8cm、横5cmといった所か。
 表面に携帯やパソコンのようなボタンはない。今流行のタッチパネルなのだろうか。画面に触れてみても何も起こらない。
 やがて、横についてある小さなボタンに俺は気づいた。
 それを押すと、画面はオレンジ色に包まれた。そこには一文字”Trance”と書かれてあった。
 トランス? 超越? それがこの電子機器の名前なのだろうか。意味が分からない。
 やがて画面は変わり、メニュー画面のような物が開かれる。
 メニュー画面には、”借金”、”ルール”、”ヒント”それから???と書かれた項目が3つ。
 まず俺は、借金の部分に触れてみる。
 一瞬で画面は切り替わり、そこに表示されたのは、太い白文字で描かれた50,246,030という数字だった。
 これが、今俺が持っている借金。
 そして、この”ゲーム”で返済しなければならない借金。
 一体何だというんだ?
 ゲームとは一体何なんだ?
 クリア条件はここからの脱出と30日間の生存。
 それをすれば借金が消えるのか?
 そもそも、生存、とは穏やかな話じゃない。
 死ぬ可能性があるという事を告げているじゃないか。
 狂っている。
 もしかすると、俺は今何かのショーにでも出されているんじゃないか?
 今のこの俺の様子を見て、楽しんでいる奴らがいるんじゃないか?
 まず、間違いない。今もこうして、戸惑う俺を見て喜んでいるんだ。
 俺は部屋中を見渡す。そして、睨みつける。僅かばかりの抵抗だ。
 そして再び手元に視線を戻す。
 次は、ルールだ。
 しかし、ルールを押して表示された画面はこうだ。『まだ、ルールが読み込まれていません』と。
 ふざけている。
 ルールを見るには、何か条件が必要なようだ。
 何を考えているんだ。
 ルールを最初に教えるのは常識だろう。
 まあいい、次だ。
 次の、ヒント。ヒントを押してみても、予想はしていたが『まだ、ヒントが読み込まれていません』だった。
 まるで役に立たない。 
 俺は一体どうすればいいんだ。
 ともかく、俺はカードを胸ポケットに、トランスを左のズボンのポケットに突っ込み、銀色の鍵を手に持った。
 恐らくは、これでドアが開く。内側に鍵穴があるのは不自然だとは思ったが、もはやそんな事は気にならなかった。
 鍵はすっぽりとはまり、右に回すと小さな金属音が響いてきた。
 ドアノブを手に取ると、今度はしっかりと回った。
 恐る恐る覗きこむようにしてドアの向こうを見る。
 そこには、一本の通路があった。3メートル程向こう側にはドアが見える。
 本当にただの通路だ。
 ゆっくりとその通路に足を踏み入れ、ゆっくりとドアに近づこうとした。
 「……何だ?」
 足が何かにぶつかった。
 見ると、それは俺の履いていた靴だった。
 何でこんな所に?
 疑問を抱きながらも俺はそれを履き、ドアへと向かった。
 ノブを回し、開いた先には、俺の部屋と同じくらいの大きさの部屋があった。
 部屋の中には机が二つ。二つの机は大きな本棚で阻まれており、その上には電気スタンドとノートが全く同じ配置で置かれてあった。
 かなり不気味だ。
 まずは向かって右側の机へと向かう。
 机の上には、閉じられたノートが一冊と、赤いペン。それからシャープペンシルだ。ノートをぱらぱらとめくってみるが、まるで新品のようだ。何も書かれていない。
 引き出しを開けてみるが、何も入ってはいない。
 次に左側の机を見るが、赤ペンが青ペンに変わっていただけで、それ以外は全く同じだった。
 続いて、二つの机を正面に見据えて左側。
 そこには金属的な扉があった。その横には、電卓のような物が。
 「パスワード式のロックか……?」
 適当に数字を入れてみるが、6個入れたところで、クイズの不正解のような音が鳴り、扉は開かなかった。
 6けたのパスを探せ、ということか?
 しかし、それは一体どこに?
 この部屋にあるのだろうか。
 だとすると、この二つの机と本棚が怪しい。といよりも、それしかないわけだが。
 机は固定されており、どんなに力をこめようとも動かない。本棚は少し押すと大きく揺れたので、慌てて元に戻した。
 机の上には、相変わらずノートとペンがあるだけ。まずはノートをまんべんなく1ページずつ見る事から始めた。
 すると、丁度真ん中の当たりに何か文字が書かれてあった。適当に開いただけじゃダメだったようだ。あやうく見落とす所だった。
 そこに書かれてあった内容は、こうだった。
 『固い発想が一番の敵』
 ただそう書かれていただけだった。
 何かのヒントだろうか。
 その後、もう一冊のノートも調べて見たが同じく真ん中の当たりに同じ文字が同じように書かれているだけだった。
 次に本棚を調べてみるが、なかには何も入っていない。しかし変な形の本棚だ。両側に本を入れるスペースがあるせいか、かなり分厚い。一つで二人分の本棚など、初めて見た。
 「……さて、どうするか……」
 見当もつかない。
 一体何をすればいいのだろうか。
 考えても考えてもよく分からない。
 たまに、発狂しそうな感覚に包まれるが、どうにかこうにかそれを堪える。
 気分が悪い。もうマジで吐きそうだ。
 そういえば、トイレもシャワーもないが、大丈夫なのか?
 ここはそんなに長くいるべき場所ではないということか?
 こんな所を一瞬で突破できないような奴にはトイレも与えられないという意図か?
 思考はいつしか、ドアを開けるという事から少しずつ離れていった。
 しばらく顔を机に伏せって、俺は沈黙した。
 そして、ある事に気づいた。
 今この部屋は天井につけられた蛍光灯で照らされている。結構な明るさだ。
 なら何故、電気スタンドの電気がついている?
 「まてまて待て、これはかなりのヒントだ。まて、落ち着け、ともかくここから考えるんだ」
 電気スタンドをよく見ると、何かの模様だと思っていたそれは内側に浅く付いた傷のようだった。傷というより、カバーが少し薄くなっている、といった感じか。
 もしかすると、と思いもう片方の電気スタンドも見てみる。
 その模様のようなものは少し形が違っていた。
 そして、二つの電気スタンドには、電気を消したりつけたりするスイッチらしきものは見当たらなかった。
 「そうか、そういう事か!」
 俺は上着を脱いだ。そして机の上にあったペンを三本束ね、手の中にぎゅっと握り締める。最後に、脱いだ上着をおもむろに腕に巻いた。
 「こんなもんで大丈夫か?」
 そして机に上に乗り、天井の蛍光灯を見据える。
 「どこにもスイッチが見当たらない……こうするしか、ないよな?」
 しかし、いいのだろうか。
 この蛍光灯から発せられている光を消せば、この電気スタンドの意味も分かるはずだ。
 だが、スイッチがどこにもない以上これは壊すか取り外すしかないだろう。
 取り外そうにも、蛍光灯は壁のなかに埋め込まれている形で、指一本入る隙間がない。何か特殊な器材が必要のようだ。そんな物何も思いつかないが
 こいつを消すには、壊すしかないんだ。
 だが、本当にいいのか?
 これを壊す事によって、この先に進行するのが不可になる……。そしてやり直し、なんてのは脱出ゲームでよくあるパターンだ。
 そう考えると、壊していい物とは思えなくなる。
 そもそも、こんな強引なやり方でいいのだろうか。
 ……だが、何もしなければ、ここから出られない。
 他に何も思いつかないんだ、やるしかない。
 俺は右腕を大きく後ろに振りかぶり、そして。
 思い切り蛍光灯に叩きつけた。
 凄まじい音が部屋中に響き、結果には粉のようなものとガラスがまき散らされた。
 「っと、かなり危ないなこれは。まあいい、それよりも……」
 俺は部屋中を見渡した。すると、電気スタンドから発せられた光がなにか線のような物を壁に映し出している。
 ……だから、どうした?
 「待て待て待て、まだ何かが足りないのか?」
 俺はひとまず床に降りた。
 割れたガラスがまるで砂利道のように絨毯の床を変貌させてしまっている。
 靴がなかったら大変だったろう。
 足元に気をつけながら、とりあえず金属のドアのところによる。
 壁に映し出された模様は、横線がいくつか、だった。
 続いて右側のスタンドから映し出された模様を見ると、そちらは縦線のみだった。
 そして俺はピンときた。
 「そうか、こいつのせいか」
 俺は、本棚を掴み、引っ張ってみた。
 少し力は必要だったが、何とか動いた。
 「よし、とりあえずこれは外だな……」
 俺が入ってきたドアを開け、本棚を通路へと引っ張って行った。
 さて、邪魔物はこれでなくなった。
 俺は再び壁に映し出された模様を見る。
 左のスタンドから映し出された横線と、右のスタンドから映し出された縦線が、パスワードでも映し出すのではないか、と思っていたのだ。
 だが、甘かった。
 そこに映し出されていたのは、意味不明の落書きのようなものだった。
 お世辞にも文字として読めるものではない。
 おそらく、固い発想を破るというのはこういう事じゃないか? と思って行動した俺がバカみたいだ。
 「待てよ、固い発想?」
 俺は今度は机の上の電気スタンドに注目した。固定されて動かない、と思っていたがもしかすると。
 ちょっと力を入れただけでは確かに動かない。俺は少しずつ力を加えていき、無理やりそれを動かそうとしてみた。
 すると、思っていたよりも少ない力で、それは机から離れた。接着剤か何かで固定されていたかのようだ。
 「そうか……じゃあ、とりあえずは反対にしてみるか……」
 まずは、スタンドを反対の向きに回してに置いてみた。
 横線がずれているのが分かる。
 「やっぱりこれか……!?」
 もう片方も動かした所、壁に映し出された模様が、少しは見れたものになってきた。
 ニ、三、十、五、ニ。
 少し無理やりだったが、そう読めた。恐らくはスタンドの位置をもう少しずらせばいいんだろうが、もう十分だ。
 俺はすぐに、231052、と6桁のパスを打ち込んでみた。
 打ち終えた瞬間、扉は上へとスライドし、あっさりと開かれた。
 「やった……!」
 俺は素直に喜んでしまった。
 一瞬でも嬉しくなるのは仕方がない。
 その感覚は、謎解きゲームで先に進んだ時に似ていた。
 「しかし……固い発想、か」
 これは、何かの警告なのでないか。
 この先、一筋縄ではいかないような展開が待っているのかもしれない。
 しかし、こんな意地悪クイズのようなモノがどんどん出てくるのだろうか。
 そう考えると、嫌で嫌で仕方なくなってくる。
 脱出ゲームのような物をやり直しのきかない現実でやらせるなんて狂っている。
 そんな事を思いながら、開かれた扉の向こうへと俺は足を踏み入れた。
 さっきと同じような、無機質な通路だ。
 その向こうには、また金属的な扉があった。
 その横には、こんどはカードリーダーのようなものがある。
 「これは……こいつの出番か?」
 胸ポケットから、俺はさっき手に入れたカードを取り出す。
 それを勢い良く、まるで怒りをぶつけるかのようにリーダーに読ませた。
 扉はいともあっさりと開いた。外からの光が差し込んでくる。
 そして、俺が外に足を踏み入れようとした瞬間。
 「おい、お前!! そこを動くな!」
 誰かが、遠くで叫んだような声が響き渡ったのだった。
2, 1

  

 そこは開けた空間だった。
 今までの閉鎖的な感じとは訳が違った。
 首を真上にしてようやく見える天井。高さは、映画館の中くらいはあるんではないか。
 そして横にも広い。東京ドームとはまでは行かないだろうが、下手すれば野球場くらいはあるんじゃないいか。
 そんなだだっ広い四角形の空間……ホールのようなものが、そこには広がっていた。
 「おおい! そっち、最初の部屋から出てきた扉は閉まってるか!?」
 俺が出てくるやいなや静止を呼びかけた声の主とは違う、もう一人の誰かが続いてそんな事を聞いてきた。
 最初の部屋から出てきた扉?
 とすると、あの面倒なパスワードを解いて突破した、あの扉か。
 俺は後ろを振り返る。
 そこには、見事に閉じられた扉が、通路の先にあるのが見えただけだった。
 「いや、閉まっているぞ!」
 ホールの中心辺りには、数人の人達が集まっていた。
 そのうちの誰に返せばいいか分からないが、俺はとりあえずそう叫んだ。
 「そっか! とりあえずこっちに来てくれ!」
 集まりの中の、丁度真ん中らへんにる中年の男が、腕を振り上げながらそう言った。
 一体、誰なんだあいつらは……?
 見たところ、知っている顔はいない。
 人数は全員で……10人?
 俺に呼びかけた中年の男や、がたいのいい男、俺と同い年くらいの青年、それから女性……。
 誰一人知らない奴らだ。まあ、当たり前か。
 一体何だというんだ。
 ……もしかすると、この謎のゲームの、俺以外の他の参加者か?
 まあ、そう考えるのが妥当か。
 だが、いいのか? あいつらをそう簡単に信用して……。 
 これは、命を失う可能性もあるゲーム。
 ここで、不用意に近づいていいものだろうか。
 しかし……ここで逃げ出す、というのもまた不自然な選択肢だ。
 ここは僅かな危険はあるかもしれないが、合流した方がいいだろう。
 というよりも、俺自身心細くて仕方がない。
 協力できるなら、そうするべきだ。
 「分かった! 今行く」
 俺は、周囲を見渡しながらその集団へと向かって歩きだした。
 にしても……本当に広いホールだ。
 しかし、貴族の館みたいな豪華な絨毯や装飾品に彩られている……なんて事はない。
 真っ白で、色のない無機質なホールだ。
 向かって右側には、無駄に大きな階段。このホールはどうやら二階まであるらしい。
 左手側を見ると……これは一体何だ?
 壁一面に広がった、巨大な銀色の壁……。いや、扉か?
 もしかすると、これがこの施設の出口という奴か? それとも、次のステージみたいなものへの入口?
 どの道、そう簡単に開きそうではないが。
 「……あの、これは一体何が……?」
 あと数メートルで合流する、という所で俺はふと聞いてみた。
 「いや、私たちも一体何が何だか……。まったく、本当に分からない事だらけだよ」
 中年の男が返事を返してくれた。
 やはり、俺と同じゲームの参加者……というわけか?
 「ところで、何でさっき俺を止めた理由は?」
 「あの謎解きの部屋から出てきただろう? あの部屋から出てきたら、皆戻れなくなったんだよ。だから、もし開けっ放しにできておけたら、何かの役に立つんじゃないかなと思ってね」
 なるほど……。戻れないように主催者が仕組んでいるんだとしたら、もし戻れるようにしておけたらこちらにとって何か大幅なメリットがある可能性が高い……という事か。
 「さて……これから私達はどうすればいいんだろうね?」
 「……さあ。分からない事だらけですね……」
 「だが、オレ達にははっきりとした共通点がある。そうだろう?」
 右側にいる、身長が高い青年がそう言う。俺が出てきた瞬間、一番最初に俺を止めた男だ。
 顔や雰囲気からすると、俺より1つか2つは年下のようだが……。
 「共通点……とは?」
 共通点。
 おそらくそれが何だか分かってはいたが、俺はとりあえず聞き返してみる。
 青年は一瞬の間を置いて、再び口を開いた。
 「借金、だよ。ここにいる奴らは全員債務者だ。借金のせいで、こんな所に連れてこられたんだ」
 そうだ。
 俺は借金のせいでこんなどことも分からない場所に連れてこられたんだ。
 そして……”ゲーム”の参加者にされてしまった。
 「借金を返すために、オレ達はここにいる……。そして、どうすればその借金が減るのか、というルールさえも誰にも教えられていない。一体どうすりゃいいんだ?」
 男の言う事はもっともだ。俺と全く同じ考え。恐らくは、ここにいる全員が感じている事だろう。
 そう……まず俺達は、ルールを把握する必要がある。
 そしてできうるならば、協力すべきなはずだ。……何かひっかかる所もあるが。
 「少しいいかい? 私達は多分、あれが出口だと思っているんだが……君はどう思う?」
 中年の男が、階段とは逆の方向を指さす。そこには巨大な鉄の扉があった。
 確かに……出口な気がしないでもない。
 「それで、すぐそこにあるそれ……どうやら、カードキーを読み込ませるものみたいなんだ。ほら、そこにある黒い奴だよ」
 俺達が今いる場所。そこから数メートル扉に向かった場所には、黒い突起物があった。
 その上川には、確かにカードキーを読み込ませるような縦筋がある。
 なるほど……これは映画かなんかで見た事があるな。
 「カードキー……って事は……?」
 そう思って、俺は胸ポケットにしまっていたカードを出す。
 「それは、ここにいる全員がそれをもらったんだが……一応試してみたけど、ダメだったよ」 
 そうか……。
 という事は、これが万が一にも鍵である可能性は無いと思ったほうがいいだろう。
 「いや……待てよ?」
 そうだ。
 固い発想は敵、だ。
 俺は、気づいた時にはその黒いカードリーダーに向かって駆け出していた。
 「おい、どうするつもりだ?」
 青年は、そう俺に聞いてくる。
 「一応試してみるのさ」
 カードキーを手に取り、まずは一番近いリーダーに読み込ませてみる。
 そしてまた、クイズ番組のハズレみたいな音が鳴るのだった。 
 もちろん、4つとも試してはみたが、当然のように全てハズレ。
 「……まあ、何となくは分かっていたが」
 「さて、これからオレ達はどうすればいいのか……」
 「ともかく、さっき私が言ったように、皆で手分けしてここがどういう所か探るべきだ」
 小太りの男が低い声でそう言う。見た感じでは、中年の男と同年代に見える。
 「まあ少し落ち着こうじゃないか。ここで皆別れて行動しちゃあ危険じゃないか?」
 「危険? まさかいきなり殺されたりするわけでもあるまい。それに、この男が来た事によって丁度4人ずつ3方向に分けられるじゃないか」
 小太りの男は、俺をあごで差しながらそう言う。どことなく気に障る男だ。
 「あの、3方向、っていうのは?」
 俺は聞いてみた。
 ここにいる全員より、俺は明らかに情報が足りない。
 皆がどういう話をしていたのかもまるで分からん。
 「あの階段の上に、3つ扉があるんだよ」
 「なるほど」
 「オレ達はまだ何も分からない。ルールさえも、だ。とにかく行動を起こさなければならないはずだ」
 まあ、確かにその通りだ。
 今俺達がしなければならないこと。
 それはルールの把握。ルールの中には、俺たちが借金を返す手だてが記載されているはずだ。まずはそれを知らなくてはならない。そして、この出口を開けるためのカードキーも探さなくては。
 更に、このトランスに書かれているハテナの項目も気になる。
 そして更に、この施設は一体どのくらいの規模なんだ? という疑問もある。
 おまけに、食料の問題も……
 もう本当に、分からない事だらけだ。
 「よし、それじゃあ3つのグループに分けようじゃないか」
 小太りの男が、勝手に話をすすめようとしている。
 俺はすかさず反対の声をあげた。
 「いや、ここでそんな簡単にバラバラになっては駄目だ。危険すぎる」
 確かに、序盤から死の危険に晒されるとは考えにくい。
 だが、トランスには30日間の生存、と書かれてあった。
 死ぬ危険は間違いなくどこかにある。
 ここでばらけていいのか……?
 「そうだ、ここはとりあえず一方向に全員で行くべきだ。なあ?」
 俺のすぐ隣にいた男は、俺に賛同する形でそう言ってくれた。
 いかにも好青年、といった感じで、憎めない奴の雰囲気を出している。
 「いいや、オレも別れるのには賛成だ。危険危険言うが、本当に危険ならそれで、12人まとめて一気にやられる……なんて状況も有り得るだろう? どっちにしろ、死ぬ時は死ぬさ」
 背の高い男はそう言う。
 まあ確かに、その男の言う事も合っているような気がしないでもない。
 さて……どうすべきなのか。
 「なら、多数決をしようじゃないか。別れて行動すべきか、皆まとめて行くべきか……でね」
 まあ、バラバラになった意見をまとめるにはそれが一番だろう。 
 それに反対する者はなく、多数決で決まる事になった。
 「じゃあ、まず……別れるべきだ、と思う者は?」
 俺は手をあげなかった。
 だが、結果的にそこで挙手した者は7人。
 よって、俺達12人は、別れる事となった。
 それに当たっての決め事はこうだ。
 まず、4人1グループで3方向の探索をする事。ここで、6人に分けるという考えもあったが、あまりにも中途半端すぎるだろう、という事で却下となった。
 そして、時計の時間が現時点で9時を回ったところ。
 とりあえずは、昼の12時にホールに戻ってくる事。そこで1時間は仲間の帰りを待つ。
 もし何かが起こって、戻れなくなった場合の事を考えて、その時は6時に戻ってくるようにする。
 以上だった。
 俺のグループは階段から登って丁度真正面の扉。質素で、色のない扉だ。
 そして、俺と同じグループになった3人は、中年の男と、さっき俺に賛同してくれた男と、それからさっきから一言も喋っている姿を見ていない高校生くらいの少女、だ。
 「よし、それじゃあ行くよ?」
 中年の男がそう言って、扉の横にあるリーダーにカードを読み込ませる。
 扉は、あっさりと開いた。まさか、ここで開かないというような意地悪はないらしい。
 扉の向こうには、もうお約束か、また通路が広がっていた。
 俺達は一人ずつその通路に向かって進入していく。
 「よ、そういやまだ名前言ってなかったよな? 俺は光一。大学二年生だ」
 「大学二年? じゃあ俺と同年代か。俺も大学二年だよ」
 「本当か? 良かったぁ、俺と同い年の奴、あそこにはいなかったんだよね。皆年上か年下。ま、仲良くやろうぜ」
 こいつは少し呑気だなあ、と思いつつも俺は僅かながら安心な気持ちが芽生えていた。
 「そういや、私の名前も言ってなかったね。私は村山幸一郎。よろしく」
 中年のおっさんも、振り返ってそう言った。
 そういえば、あそこにいた連中の名前、誰一人聞いている余裕はなかったな。
 実際、こんな状況になってみるとあまり自己紹介などしている余裕はないもんだな。
 さて……あとは。
 「……君の名前は?」
 俺は、一番後ろからついてきている少女にそう聞いた。
 同じグループなのにまだ会話もしていない。
 少女は、一瞬驚いたような顔をしてこっちの顔を見る。
 「……飯島」
 ぼそりと一言だけ呟いた。
 しかも、苗字だけときたもんだ。
 もしかすると嫌われているか、俺は。それとも、こういう娘、なのだろうか。
 ……まあいい。いきなりこんな分けの分からない所に連れてこられて、普通に振舞える奴の方が珍しい。もしかすると、本当は明るい娘なのかもしれない。
 俺は、そう自分に言い聞かせた。
 今は、皆協力すべきだ。
 なるべく、勝手に嫌ったり疑ったりするべきではない。
 「さて……開けるよ?」
 村山さんは、カードをリーダーにセットしながら、そう言う。あとは下にスライドさせればそれは開く。
 「……行きましょう」
 この先には一体何があるのか。
 ……いきなりレーザーでも飛んできたりしてな。
 その可能性も十分あるとして、俺は少し身構えていた。
 そして、扉は開かれたのだった。
 ドアを開けた先。
 俺は拍子抜けすると同時に、一瞬戦慄を覚えた。
 開けた先に、何か罠のようなものがあるかと身構えていたが、どうやらそんな事はないらしい。
 だがその先の光景は……ただ異様としか言いようがなかった。
 そこには通路が伸びているわけでもなく、部屋があるわけでもなかった。
 目の前にあったのは……大きな建物、だった。
 幅は50メートル程あるだろうか。
 その建物は決して外にあるというわけではなく、まるで部屋の中に建てられている、といった感じで、それのすぐ横には更に大きな壁に囲まれていた。
 そして……この建物は……。
 「おい……何だこれは……」
 光一が、静寂を打ち破るようにそう呟いた。
 「……さあな……」
 「これは……学校?」
 村山さんは、あっけにとられながら言った。
 そう……目の前にある建物は、正に学校だった。いや……学校を模して造られた建物、と言った方がいいか。最も、どの学校がモデルかは知らないが。
 入り口は俺たちの真正面。
 横には真っ白な床と、壁が広がっているだけ。
 庭やグラウンドとかまでは用意できなかったのだろうか。
 「……どうする? 引き返すか?」
 「いや……行こう」
 どの道、中に入らなければ何も分からない。
 行くしかない。
 行って、何かを探すしかない。
 俺達4人は、こうしてこの、”学校”の中に足を踏み入れたのだった。

          ◆

 ガラス張りの扉は、いともたやすく開いた。
 中には、ずらりと並んだ大量の下駄箱。そして奥には、真っ黒な画面を映し出した巨大な電光掲示板が宙にぶら下がっていた。
 脇には二本の通路があり、正面には階段があった。
 さて……どうしたものか。
 「とりあえず、こっちから行ってみようぜ」
 光一は左側の通路を指差し、そして、こう言葉を繋げた。
 「左手の法則って言うだろ?」
 ただの余計な言葉だった。
 まあ……ここがどんな所か分からない以上、どこに行こうとも同じか。
 「いやあ……これ、本当の教室だろ。どんだけ金をかけているんだよ」
 光一は、すぐ近くにあった部屋を、扉についたガラスから覗き見ていた。後に続いて、俺も見てみるが、そこには均等に並べられた椅子と机……それから部屋の正面には見慣れた黒板があった。黒板には何も書かれていない。
 「入ってみるかい?」
 村山さんは、不意にそんな事を聞いてくる。
 「……大丈夫かな?」
 「まあ、いきなり殺されたりはしないだろ」
 光一は少し頷いて、扉に手をかけた。
 そして、横にゆっくりと引いて、扉を開けた。
 「何か、薄暗いな……」
 部屋の中は、電灯に照らされてはいたが、どうにも薄暗いという印象を受けた。
 「これは……ここから外に出る事はできないみたいだね」
 「最初の部屋と同じだ……」
 窓の外には、”壁”があった。
 このゲームの開始地点……自分の部屋を模した、あの空間と同じように。
 「別に何もないなあ」
 光一は、教室の後ろにあるロッカーや、机の中を物色していた。だが、ゲームの役に立つようなものは何も見つからなかったようだ。……それも、鉛筆1本さえも。
 「ここは特に関係ないのか?」
 何か違和感を感じる。
 これだけ学校を再現しているなんて、正直有り得ないとしか言いようがない。
 一体いくらかかっているんだ?
 それでいて、こんな意味のない部屋まで作って一体何になる?
 そういえば、他の2つの扉の先は、どうなっていたのだろうか。
 ……こんな感じの施設が3方向にあるのだとしたら、一体どれだけの費用がかかるんだ……?
 ここまで大掛かりな仕掛けを打つ必要がどこにある……?
 そもそも、このゲームの意図は何だ?
 まだ始まったばかりでこれじゃ、ただただ先が思いやられるばかりだ。
 「……行こう。とにかく、あちこち見て回ろう」
 どこかにあるはずだ。
 ゲームの進行に当たって重要な、決定的な何かが。
 「ここは音楽室か?」
 次に入った部屋には、ずらりと並んだ机。机の前面には、おそらく譜面を置くのであろう台のようなものがついている。
 そして、教室の前の方には黒いピアノ。
 「何か仕掛けがありそうだけど……どうする?」
 光一はそう聞いてきた。
 確かに、何かありそうな部屋ではある。
 だが……。
 「いや、とりあえず学校の全体を見て回ろう。探さないと見つからないような物は後回しにした方がいいと思う」
 今は全体の把握の方を優先すべきだ。
 そう思いながら、俺は音楽室を後にしようとしたが……。
 「……ん?」
 ふと後ろを振り返ると、ずっとだんまりだった飯島が、ピアノの前で俯いている。
 その雰囲気は、どこか異様だった。
 しかし、一体何をしているんだ?
 「どうかした?」
 俺は歩み寄ってそう聞いてみた。
 「……いえ、別に……。行きましょう」
 そう言って、飯島は出口へ向かって歩いていく。
 その反応に、つい少し驚いてしまった。
 てっきり、俺の中での彼女の印象からして、何も言わずにピアノを見つめっぱなしか、それとも何も言わずに部屋から出ていくかのニ択だと思っていたからだ。
 まあ、この人だって人間だからな。勝手に第一印象で決め込んではいけないな。
 「なあ、さっきのピアノ、どうかしたのか?」
 そして俺は調子にのってそんな事を聞いてしまった。
 「……」
 反応は無かった。
 ……難しい人だ。
 「お、おい……何かここ、違くないか?」
 光一が指差した扉。
 そう、それは何かが違った。
 機械的だ。
 学校、というイメージが一気に払われるような、機械的な扉だった。
 例えるなら、エレベータの入口みたいなものか。
 そしてその横には、カードリーダーのようなものがついている。
 カードを読み込ませる部分の上には緑色のランプが光っていた。
 「これで開くかな?」
 光一は、ポケットからカードを取り出した。
 それは、俺達が最初に手に入れたカードだった。
 「……やってみてくれ」
 「オッケー」
 一気にカードをスライドさせると、上部のランプが、唐突に青く点滅し始めた。
 そして……扉は難なく開かれた。
 「おお、開いたぞ……な、何だここは!?」
 光一はそう叫ぶと、中に意気揚々と入っていった。
 「どうかしたかい?」
 村山さんがそれに続き、その後に俺と飯島も続いていった。
 そしてその先にあったのは……。
 「ここは……」
 今までの光景とは、また一風変わった場所。
 それこそ、まるでどこかのホテルの一室にでも迷い込んだかのようだった。
 モダン風な内装。
 いかにも、くつろげそうな……癒しの間のようだった。
 「見ろよこれ、ベッドがあるぜ?」
 部屋の中には真っ白で大きなベッドが三つ。ベッドの横には、パソコンのような物が。そして……。
 「皆、こっちに食べ物があるよ」
 村山さんがそう言いながら手招きする。
 側には、冷蔵庫のような白い物があった。
 「本当だ! 助かったぁ、最初に渡されたあれだけじゃ全然足りなかったからなあ」
 光一は真っ先にそれに飛びついて行った。
 飯島はベッドの上でうずくまるようにして座っている。
 そして俺は……。
 「まあ待てよ。そんなものより、まずはこれだろ」
 俺は、パソコンを指差した。
 パソコンは、いわゆるデスクトップ型で、ディスプレイが小さな机の上に乗っており、その真下に本体が無造作に置かれてあった。
 「何だよそれ、パソコンか?」
 「さあな……。電源を入れるぞ?」
 本体を確認し、電源らしきボタンを押した。電源ボタンの横についてあるランプが緑色に光り出し、低い音を響かせながらそれは起動した。
 しばらくして画面には、2つの項目が映し出された。
 「トランス……。カメラ……?」
 「トランスって、この機械の名前じゃないか?」
 そう言って、光一はポケットからあの電子機器を取り出した。
 あのハテナの項目が多すぎて使い物にならなかった奴だ。
 まったく使っていなかったから、正直存在を忘れるところだった。
 「多分、な……」
 とりあえず俺は、トランスの部分をクリックしてみた。
 すると画面には、『トランスを接続してください』という警告文が出てき、数秒すると最初の画面に戻ってしまった。
 「このケーブルでつなぐのか?」 
 ディスプレイの横には、一本の黒いケーブルがあった。
 多分、これでこのトランスと呼ばれる電子機器を繋ぐということじゃないか?
 「ちょっと待ってくれ。とりあえず、このカメラって奴が何なのか確認したい」
 トランスに関しては、少し面倒そうだ。
 それよりも、俺はこのカメラが気になって仕方がなかった。
 多分、予想通りなのだろうが、もしそれだとしたら、余計に不安が強まる事になるだろう。
 俺は、不安を抱えつつもカメラの項目をクリックした。
 画面は一瞬暗転し、何かの映像が映し出された。画面は三つに別れており、それぞれ違う景色を映し出している。
 そこに映っていた場所は、見覚えのある所だった。
 「これ……この部屋の外か?」
 「多分な……」
 どうやら、部屋の外を監視するシステムらしい。
 予想は当たったが、一体何のために……?
 監視しなければならない何かがあるというのか……?
 「……お、おい! 見ろ!」
 光一が唐突に叫び、画面を指差した。
 再びディスプレイに目を向けると、画面の左側の映像に、変化があった。
 「何だ……? 一体どうしたんだ!?」
 画面には、一人の少女の姿があった。
 少女は腕を押さえ、足を引きずっている。
 別ルートを行った人だ……。
 ……何かがあったんだ……?
 一体……何が……?
4, 3

村夫 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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