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第一話

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○第一話「今日は休日」
 娘の茜が、休日だと言うのに珍しく俺より早く起きたらしく、ふと目を覚ますと台所の方から物音と共に茜の小声が聞こえてきた。誰に話しかけているというわけでもないので、本当に小声で何を言ってるのかまでは聞き取れないのだが……なんとなく、何か料理のようなものをしているらしい事は分かった。
 俺はそれをこっそり覗きたくなり、音を立てないようにして寝室を出る。茜が料理をしているところなんて一度も見た事はない。茜ももう14歳だ、料理の一つくらいできると思うのだが、いつもは出来合いのものやレトルトの食事ばかりで、お互い特に料理らしいものをする必要が無かったのだ。
「っとと……うあ、黄身が割れた……」
 どうやら、目玉焼きを作っているところらしい。その傍らには、サラダらしきものも見える。茜は目玉焼きをフライパンから皿に移す際に少し失敗したらしく、半熟の黄身が皿の上に垂れてしまい、慌てている。
「あ~……まあいいか、こっちは上手くできたし……」
 皿は二つある。それぞれに目玉焼きが乗っているが……これはもしかして、俺の分も作ったという事なのか? 一人で食べるつもりなら、皿を分ける必要がないしな。ううむ、これは知らなかったフリをした方がいいのか? こんなところでニヤニヤしつつ覗いていた事がバレたら、へそを曲げてしまうかもしれない。

 というワケで、俺は一旦寝室に戻った。そして休日いつも起きるくらいの時間に再び、寝室を出る。今度は特にこっそりする事もなく、普段どおりに。その頃にはすっかり料理は終えたらしく、茜はリビングでテレビを見ていた。表情は見えないが、なんとなくそわそわしているように見える。
「おはよう……茜、珍しく早いな」
「え、うん。目が覚めちゃってさ」
「……ん? 朝食作ってくれたのか?」
「自分の分作ったら、余っちゃっただけだよ」
「ふうん」
 まあそういう事にしておこう。余っただけという割には、俺の皿に乗っている目玉焼きの黄身は割れていない。サラダはよく見るとあまり格好のいい切れ方していないし、パンは少し焦げ過ぎている気がするが、茜が一生懸命やってくれたのだと思うと……こみ上げるものがある。

 俺と茜は二人で暮らしている。妻、沙耶香は茜を産んですぐに心臓の持病が悪化して、死んでしまった。その時、俺は茜を育てる事に自分の人生を捧げると誓った。だからこうしてぶっきらぼうでも、俺の為に何かしてくれるようになった茜を見ると……感無量だな。

「食べた?」
「え? うん」
 ゆっくり、味わいながら茜の作った朝食を食べ終えると、それを待っていたかのように茜が声をかけてきた。う~む、なんだろう、嫌な予感がするんだが……
「そっか。じゃあ、今日買い物付き合って」
「へ? まあいいけど、何買うんだ」
「服!」
「……もしかして、俺が金出すの?」
「ご飯作ってあげたじゃん」
「……はあ」
 やっぱりそういう事だったのか。まあ少々ズルイ所もあるが、父親に対して反抗的でないだけマシと思うことにしよう。甘やかしてしまっているのは自覚しているが、どうにも強く出れないんだよな……

 そんなわけで、茜と一緒にデパートへ。休日の街はどこも賑わっている。茜の目的の服屋はデパートの一角にあるが、どうにもおっさんの俺が入るには抵抗がある装いだ。人が多いから尚更居心地が悪い。なので、店の中にまでは入らずに済まそうと思っていたのに……茜はそんなのお構いなしという具合に俺に手招きをする。
「さて、これとこれ、どっちがいいかな?」
「お、俺に聞かれてもなぁ」
「お父さんがお金出すんだから、お父さんの意見も聞いてあげようと思ってさ。優しいっしょ?」
「優しいとは言わないと思うけどね……う~ん、っていうか、どっちもこう……露出が多すぎるんじゃないか?」
 茜が指差していた服は、片方はスカートだがちょっと動いたら下着が見えてしまいそうな短さ。もう片方はいわゆるホットパンツみたいなデザインで、実に扇情的だ……。一応ここはティーン向けの店のようだが、並んでいる服のどれもがこんな感じで、日本の未来が不安になってくる。
「今時こんなの普通だよ。ほら、周り見てよ」
「まあそうなんだろうけど……お父さんとしては、もう少し大人しい服にしてほしいな」
「別に普段からこういう服着るわけじゃないよ。たま~に着るからいいんじゃない。いつもは制服ばっかりなんだからさ」
「う~む……」
「ねえねえ、可愛い娘がお洒落したいって言ってるんだから、叶えてあげようよ~」
「……じゃあ、これとセットで着るんならいいよ」
「レギンス? う~む、まあいいか、そっちもお金出してくれるんだよね?」
「しょうがないな」
「やった! あ、で~結局どっちがいいの?」
「……スカートの方が安いからこっちで」
「え~そんな理由~?」
 一応不満そうな言い方をするが、服を買ってもらえることには変わりないので、顔は笑っている。あ~くそ、可愛いなぁもう……自分の娘だからって事で贔屓目に見ているところもあるんだろうけど、少なくとも今この店にいる女の子達の中では一番可愛いと思う。この点については親ばかと言われても構わない!

 服を買い終えた後、折角デパートに来たのだからという事で、他の物も見て回る事にした。消耗品や食材など……普段は俺一人で買い物しているので面倒くさいだけだったのだが、茜と一緒だと結構楽しい。こうしていると昔、妻の沙耶香とデートしていた時のことを思い出すな。大切な人と過ごす時間というのは、何をしていても楽しいものなのだ……

「あ! 茜ちゃん!」
「ん……? あ、美鈴だ」
 食品売り場からカートを押して出てくると、不意に誰かに呼び止められた。声を掛けてきたのは、茜の幼馴染の今井美鈴ちゃんだった。どうやら、美鈴ちゃんは一人で買い物に来ていたらしい。その手には、デパート内にある書店の名前が書かれた袋を持っていた。
「あ、おじさんこんにちは」
「こんにちは」
「やっぱり茜ちゃんだったんだ。珍しいね、二人でお買い物なんて」
「まぁね、家族サービスって奴?」
 それは俺が使うべき言葉なんじゃないだろうか?
「美鈴はなに? また本?」
「うん。新刊が出たから」
「ふうん……あ、そだ」
 と、そこで茜は何か思いついたらしく、俺から離れて美鈴ちゃんと二人、ひそひそと話し始めた。う~む、まあ女の子同士、何か話があるのだろう。俺は二人の話が終わるまで、買い物袋を乗せたカートを見張りつつ休む事にした。
 しかし、何の話をしているのかしらんが……時折美鈴ちゃんが俺の方を見ながら笑っているような気がする。いや、バカにされてるみたいな笑い声ではないのだが、ううむ……気になる。

 それから数分して、茜は美鈴ちゃんに手を振って戻ってきた。美鈴ちゃんは茜に手を振り、俺に対しても軽く会釈をして去っていった。実に礼儀正しい子だな。
「じゃ、帰ろうお父さん」
「ん……にしても、美鈴ちゃんはしっかりしてるな。茜も見習えよ?」
「んあ? 私だってちゃんとやってるよ。相手がお父さんじゃなければね!」
「なんだよそれ……」
「だって、自分の親にまで大げさな挨拶する方が変じゃない?」
「そうかもしれないけどさ」
「なによ~、お父さんは単に、ああいう大人しい女の子がいいってだけなんじゃないの?」
「まあ、父親としては無闇にオープンな子よりも、大人しいくらいの子の方が安心だなぁ」
「むっ……そんなに美鈴がいいなら、美鈴のお父さんになっちゃいなさい!」
「なんだよそれ……」
 茜が少しむくれた様な顔で、俺のわき腹を軽く小突く。勿論痛くはない。
「あ! ところでお父さんって、嫌いな食べ物ってあんの?」
「え? あ~……セロリかな」
「それだけ?」
「うんまあ……なんで?」
「ううん。なんでもないよ~」
 何にせよ、今日は久しぶりに楽しい休日だった。家でゆっくりするのもいいが、たまには茜と出かけるのも悪くないものだな。少々財布には優しくないが……已むを得まい。
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