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第六話『コピーとマネ』

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「おいゼン。起きろよ」
 ゼンの頬を軽く叩いて、ボルトはその隣に眠るミーシャの頬も叩いた。
「……あれ、じいちゃん」
 上半身を起こしたゼンは、隣に眠るミーシャを見る。腹出してよく寝れるな、と思っていたら、ミーシャも目を覚ました。
「んーッ……。――あれ、ここ訓練所じゃん。なんであたし、ここで寝てんの?」
 寝ぼけ眼をこすり、あくびを噛み締める。ミーシャの跳ねた髪を見ながら、ゼンは「ほら、昨日遅くまで――」
「なんだ。お前ら悔いのないよう、ついにヤったのか」
「「違う!」」声を揃える二人。
「っていうか、ついにってなんですかついにって! 不謹慎ですよボルトさん!?」
「ああ、なんだ違うのか」
 立ち上がって、がっかりした風にため息を吐くボルト。それを追い、「なにがっかりしてんですか! このエロ親父!!」と、怒鳴るミーシャ。
「ボルトさん、ゼンくん、ミーシャちゃん! 準備できたぞー!」
 訓練所の中心から、アズマの声が響いた。ゼンは巨大レンチを持って立ち上がる。視線の先には、物資運搬用の軽トラックがあった。
「なんですかそれ?」
 トラックの隣に立ったアズマは、ゼンの質問に対し「これでディライツのアジトまで行くんだ。古いトラックを借りてきた」
「あ、そういえば。あたし昨日勢いで助けに行く、なんて言っちゃったけど。ディライツのアジト知らない……」
 ミーシャはトラックを見て、額を押さえる。だが、アズマは笑顔を見せ「大丈夫。旅してた時に、ディライツが潜伏してる空域を聞いたことがある」と胸を叩いた。
「おぉ! さすが元旅人!」ゼンは喜び勇んで、トラックの荷台に飛び乗った。
「……あの、ということはアズマ隊長も行くんですよね?」
 怪訝そうに眉をひそめるミーシャ。
「ああ。行くよ?」
「あのね隊長……。ダスロットの時もアンの時も見てるだけだった隊長で、大丈夫なんですか?」
「……一応ミーシャちゃんの上司なんだから。信頼して欲しいなぁ」
 しかし、今までの行動を見ている所為か、信頼はわかないらしく、ミーシャは黙ってトラックの荷台に飛び乗った。
「じゃ、行きましょうボルトさん」
 助手席を開け、そこへボルトを載せると、自身も運転席へ座り、エンジンを始動させた。その揺れを全身で感じ、ゼンは自分の中でエンジンがかかったようになる。これから空賊のアジトへ行くというのが、今更になって不安を呼んだのだろうか。 アズマがアクセルを踏み込み、トラックは空へ向けて走り出し、ゼンは離れていくエボラを見ていた。
「ねえゼン」
「ん?」
 風が吹き荒ぶその隙間から、ミーシャの声が聞こえ、ゼンはミーシャの顔を見る。まるで子守歌でも聞くような安らかな顔で、進行方向を見ている。
「あたし今、不謹慎だけど、ワクワクしてる」
「ワクワク?」
「空賊相手に戦えるなんて、武者震いが止まらないのよ。――あたしの楽しみは、お客様の笑顔と戦いだから」
「そりゃそうかもしれないけど、そんな場合じゃ……」
「わかってる。けど、ゼンにもわかってほしいの」
 真剣な顔で、ゼンへと視線を向けた。自然、ゼンの表情も固くなる。
「もし、私が先走ったら、ゼンが止めてね」
 笑って見せ、ミーシャは仰向けに寝転がった。また眠るつもりなのか、すぐに呼吸が静かになり、眠りへ落ちた。
 ゼンはそんなミーシャを起こさない様に、ゆっくりと座席に繋がる長方形の窓を開いて、中に座る二人を見る。
「なあアズマさん。だいたいどれくらいで着くんだ?」
「だいたい十分くらいかな。マインフォレストって空域、知ってるかい?」
「……ああ。知ってるよ。上質な雲が取れるって有名な場所だ」
 この世界の機械類――都市船からトラックまでの全ては、ネオエンジンと呼ばれる玉が蒸気を取り入れた際に発生するエネルギーで動いている。その蒸気には、主に雲が使われ、この世界の雲はエネルギー源としての役割を持っているのだ。
 胸の内ポケットからタバコを取り出し、それを咥えたアズマは、シガーライターで火を点ける。
「ボルトさんもいかがです?」アズマがタバコの箱を差し出すと、ボルトはそれを受けとり、咥える。
「悪いな」
「――それで、ゼンくん。マインフォレストは、たしかに上質な雲が取れることでも有名だが、裏では違う利点があることで有名なんだ」
「なんですか? それ」
「上質な雲っていうのはつまり、大きな雲ってことだ。……都市船を隠すのにはもってこい、ってことだよ」
 まるで誰かに突き飛ばされたような衝撃がゼンの頭に走る。上質な雲イコール、上質な隠れ家という訳だ。
「なるほど。そんな場所なら、空賊もいると」
 そうだね。と、アズマは備え付けの灰皿に灰を落とした。落ち着かないゼンは、その後霞んでよく見えない地上を見ようと心見たり、ミーシャの寝顔を観察したりしていると、前方の大きな雲から、巨大な軍艦が飛び出してきた。
「……あれだ。ディラィツの軍艦、『スナッチ号』」
 アズマの呟きを受け、ゼンはミーシャの肩を掴んで揺する。目を覚ましたミーシャは立ち上がると、その軍艦を睨む。
「それで、どうやって侵入するんですか?」窓からアズマの顔を覗き込むミーシャだが、そのアズマはボルトの顔を見て、「どうしましょう」と意見を仰いでいた。
「……このトラックで思い切り突っ込む」
「本気ですか?」
「だがそれくらいじゃ、あの装甲はぶち破れないだろう。だからゼン。お前のレンチで、ぶち破れ」
 ゼンは黙ってレンチを持ち上げると、トラックの屋根に登って、スナッチ号を見据えた。
「アズマ。思い切りアクセルを踏み込め」
「……了解しました」
 その瞬間、トラックのスピードが最高速まで上がる。吹き飛ばされそうになるゼンだが、なんとか踏ん張り、髪を押し上げていたゴーグルを目元に下げる。
 徐々に近づいてくる軍艦。ゼンはレンチを構え、軍艦とトラックがぶつかる瞬間、レンチを振り下ろし思い切りインパクトした。
「うるぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 思ったよりもあっさりと装甲が破れ、トラックはスナッチ号の中へ飛び込んだ。衝撃がトラックに走り、ミーシャの悲鳴が聞こえ、急ブレーキがかかり、ゼンが慣性に乗って吹き飛ばされた。
「うわっ、と」
 しかし、なんとか着地したゼン。それに続き、残った三人もトラックから降りてくる。
 場所はどうやら廊下らしく、二方向に通路が伸びている。
「さて。どっちかな」首をあっちこっち動かし、迷うゼン。
「二手に別れよう」と、アズマが言った。「俺とボルトさんは右。ゼンくんとミーシャちゃんは左だ」
「了解。ゼン! 行こう!」
「はいよ」
 レンチを背中に背負うと、ゼンは先に走り出したミーシャを追う。まっすぐ伸びる薄暗い廊下は、白熱灯が上にぶら下げられているだけの無機質で飾り気のないものだ。しばらく走っていると、曲がり角で甲冑を着た小さな生き物――ちょいん兵と鉢合わせになった。槍を持ったそれは、二人を発見すると、「ちょいん!!」と叫ぶ。悲鳴か雄叫びかもわからないので、ミーシャはそのちょいん兵の頭を掴んで、曲がり角の向こうに投げた。「ちょいー……ん」と切なげな声が廊下に響く。
「……なんだ今の?」
「さぁ? 雑魚じゃないの」
 そりゃそうだろうなぁ、と思いながら、ミーシャが投げる瞬間を思い出すゼン。
 そして、角を曲がると、どこからかやってきた通路を埋め尽くすほど大量のちょいん兵達が、「ちょいんちょいん!!」と叫びながら二人に向かってきた。
「うぎゃあ! 団体さん!!」
「あぁ、さっきのって仲間を読んでたんだなぁ」
「感心してる場合じゃない! ゼン、ぶち抜くわよ!」
「了解!」
 腰からレンチを引き抜き構えて、ちょいん兵達に走り出した。後ろから着いてくるミーシャも、ストラトスとキャスターを引き抜く。ゼンがレンチを振り回して道を切り拓き、取りこぼしをミーシャが切る。水しぶきのようにあちこちへ飛んでいくちょいん兵達の波を抜けると、二人はエレベーターを発見する。階数表示の為なのか、天井間近の壁に貼られた紙には『3』と書かれていた。
「……どうするミーシャ?」
「一番下から順に探して行きますか。捕らわれ人は、下にいるって決まってるんだから」
 ゼンが今まで読んできた小説でも、確かにそうだった。勇者がお姫様を助けに旅に出るファンタジー。その時、捕まっている姫は、大概の場合地下牢に捕らわれている。クアの場合もそうかはわからないが、ゼンはとりあえず下ボタンを押して、エレベーターを呼ぶ。
 箱の中に入り、落ちていく感覚に身を任せていると、最下層の一階に着いた。ちん、とベルが鳴りドアがゆっくり開く。
「どうも。侵入者のお二人さん」
 そこに立っていたのは、金髪で目元を隠した少年だった。黒の革ジャン。その下に赤いパーカーと、ダメージジーンズを穿いている。
 その少年を見た瞬間、ミーシャはキャスターを引き抜き、首元を叩き斬ろうとする。が、少年はポケットから針金を取り出すと、それを素早くナイフの形に形成。キャスターを受け止めた。
「……その形、キャスターじゃない」
「ひひひひっ。単純な形で作りやすかったよ」
 その言葉を聞いたミーシャは、どこかが逆鱗に触れたのか、「うぉぉぉぉッ!!」と少年をナイフで押す。少年は黙ってその力に従い、廊下に出る。
 廊下の中ほどまで行くと、二人は切り合いを始める。ミーシャが攻めている様に見えるが、少年も嵐の様なミーシャの攻めを顔色一つ変えずにいなしている。
「……何者だよ、あのガキ」
「僕はカリン・ウォーカー。空賊団ディライツ所属、五真柱(ファイブス)の一人。可変装甲(イレギュラーウェポン)って呼ばれてるよ」
 受け流しながら、悠々とゼンの独り言に答える少年――カリン。
「あんたの相手はあたしでしょうが!!」
「あぁ、そうだったね。でも、もっと頑張らないと、僕が無口になるくらいね」
「だったら、その口切り裂いて、喋れなくしてやるわ!」
 そう言って、ミーシャはストラトスも引き抜き、スピードを上げた。だが、カリンはまたポケットから針金を取り出し、片手で素早くストラトスを作ってミーシャに対抗する。
「また猿真似!!」
「やめてよ。コピーって言ってくれないと」
 ミーシャが苛立っているのを察して、ゼンはレンチを構える。
「ゼン!! アンタは先に行きなさい! このガキの相手はあたしがする!!」
「二人でやった方が早いって!」
「早さじゃ満たせないモンがあんのよ!!」
 しかたない。ゼンは頭を掻き、戦う二人の横を通り抜け、先に走って行った。
「いいのお姉さん。この先にも敵はいるよ?」
「はん。ゼンなら大丈夫よ。あいつは、あたしが認めた男なんだから。それよりあんたはあたしと戦うことだけ考えなさい」
 カリンはミーシャから離れて、何かを考える様に俯く。「よし」と呟いて、針金をナイフの形から作り替えていく。さらに大きな武装を作っているらしく、足りない針金はポケットから継ぎ足す。そうして出来たのは、ゼンが持っていたようなレンチだった。
「あん、た……!!」
「どう? 凄いでしょ」
「バカにすんのも、大概にしなさいよ!!」
 そう言って、ミーシャは一歩さらに踏み込んで、ナイフを振りかぶった。
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