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第13話『義と偽』

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 腰にぶら下がっていた革のガンベルトから、キャシーは二丁のリボルバーを取り出し、くるくると人差し指で回す。ずいぶん手馴れているらしく、淀みなく風ぐるまの様に回っている。
「跪いて、靴を舐めてもらおうかしら」
「は! 俺はそんな情けねえことしてやらねええ!!」
 プラスドライバーだけを左手に持ち、構える。先ほどミーシャの額を殴ったことで砕かれた右手はもう使えない。だからこその構えだ。
「ハンデがあるのはいただけないけど、まあいいわ。お金もらってこそ、仕事なんだし――ッ!!」
 その瞬間、キャシーは銃口をクーガに向けて、発砲。雷鳴が轟き、クーガはそれを剣で弾き、キャシーに突貫。近寄られまいと拒絶の弾丸を雨の様に放つが、それでもクーガは止まらない。
 剣の間合いに入り、キャシーの首を狙うが、それをリボルバーの銃身で受ける。鉄と鉄がぶつかり合う、高く鋭い音が辺りに響いた。クーガは一本の剣だけだが、キャシーはその剣を押さえる銃と、空いたもう一丁でクーガの胸を突く。
「――ッ!!」
 一瞬で自分が貫かれるイメージを思い描いたのか、クーガは表情を引きつらせ、バックステップ。構わずキャシーは撃つが、バックステップと同時にクーガは半身となったため、胸にかするだけとなってしまった。一筋の赤い糸が、クーガの胸に落ちる。
「――シビれるねえ」
 呟いたクーガは、お返しとばかりに剣を突き出す。
 彼のしなやかな筋肉からの突きは速く正確に、キャシーの胸へと迫る。
 しかし彼女とて、歴戦の賞金稼ぎ。ブーツで思い切り蹴り上げ、その剣を躱し、足を上げたままの体勢でリボルバーを連射。たまらずクーガは、剣で弾を切り伏せながら、「パンツ見えてるぜカシーナ・ガンレッグ!」と叫び、弾が切れた一瞬の隙をついて、その上げられた足をブーツごと叩き切った。
「はっはーッ!!」
 キャシーの足が、くるくると宙を待って床に落ちる。
「とどめだッ!!」
 まっぷたつに両断してやろうと、剣を頭の上に振りあげたが、キャシーは足を両断されたばかりだというのに、バランスを崩さず正確に銃でクーガの剣を撃ちぬいた。
「はっ?」
 そして、強靭な脚力でジャンプすると、クーガを飛び越え、後ろに立つと、背中に銃口を当てた。
「処女いただき」ボソリと、クーガの耳に息を吹きかけるようにして呟くと、クーガの腹を雷が貫いた。
「――っ、かあ……!!」
 膝から崩れ落ち、倒れるクーガを横目に、片足跳びで、飛んだ足の元に行くと、地面に座ってその足を、ブーツでも履くみたいにしてふたたびくっつけ立ち上がる。
「て、めえ……その足……!」
「私の足は、もともと義足なのよねえ。切られたって、すぐくっつくし」
 そう言いながら、今度はクーガに近寄って、彼の背を踏んだ。表情は冷たく、格下を憐れむような微笑み。
「……どう? 中に出されて、熱かったかしら?」
 くすくすと笑い、思い切り体重をかける。しかしそれでも、クーガはキャシーに対して殺意を向けることをやめない。敵意を燃やし続け、睨んでいる。
「まだ、だ。俺様はまだ、負けてねえッ……!!」
「あ、っそ。――ところで、私のファミリーネーム、ガンレッグっていうんだけど。なんでか知ってるかしら」
「……なに?」
「こういうことよ」
 キャシーは、クーガに乗せていた足を浮かせ、靴の裏をクーガに見せる。そこには銃口のような、薄暗い穴が空いていた。ガンレッグという名の意味を悟ったクーガは、それと同時に自分の運命も知る。
「バイバイ坊や。次に会うときはきっと地獄ね」
 その瞬間、まるで大砲を撃った様な音が響いた。ぴくぴくと痙攣し、クーガの目が濁り出す。足をどかすと、クーガの背には大きな穴が空いていて、下の階が見えた。


  ■


 語り終えたアズマは、無心になっていた。語れば語るほどに、空虚になる自分の心を感じていたから。しかし、目前のグリードは口をひくつかせて笑いを堪えている。
「く、くはははははっははあ!! なに、人を愛する心を知ったから、もう罪は冒したくありませーん、ってかあ!」
「……違う。俺は、罪の裏には被害者がいること、人は分け合って生きていけるんだと知ったんだ。奪った分け前じゃなくて、誰かと汗水流して働いた方が、飯も美味い」
「似たようなことじゃねえか。罪がなんだって? 被害者がなんだって? んなもん関係あんのかよ。飯なんてのは、味なんて大差ねえ。多いか少ないかだ!! 奪えば多く、やらなきゃ食えねえ。それがこの世だ。この世は、欲望で回ってるんだよ!!」
 そう言うと、グリードはポケットからライターを取り出す。銀色に輝くガス式のライター。それを着火すると、まるで炎は剣の様な形を取る。
 ディライツ船長、グリード・ポッドが『大食いの炎神(フレイム・グリード)』と呼ばれる由来だ。
「もう一回、お前を育てなおす必要がありそうだな」
 アズマは腰を落とし、刀に手を添える。 全身の力を抜いて、意識だけを鋭く尖らせた。二度と使わないと決めた刀だが、使い時は必ずやってくる。
 今こそ、ミルアのような人間を出さないよう、クアとフィーを救う為に戦わなくてはならない。
 ミルア、俺に力を貸してくれ。
 きっと天国で野菜を育てているであろう彼女へと、アズマは祈った。彼女が見ていなくてもいいから、ただ知って欲しかったのだ。『今』の自分が、何を想って刀を握るのかを。
「……………」
「……………」
 炎の剣を無造作に構えるグリードと、居合いの構えに腰を落とすカズマ。
 二人の構えは酷く対照的だ。グリードは気だるそうに腕を落とし、全身を虚脱状態にしている。酔っぱらっていると言われても、信じてしまいそうだ。
 対するアズマは、全身をがちがちに緊張させて、目の前に立つグリードを殺意のこもった視線で射抜く。
「戦いをやめた、なんていう割には、変わらねえなあ。むしろ、目つきだけならあの時より鋭くなってやがんな」
「もしそうなったとしたら、それはあなたの所為だ」
 ミルアの冷たくなっていく体。流れ出る血の鮮やかな紅。それを思い出せば出すほど、彼の頭は、はっきりとグリードへの憎しみが輪郭を取っていく。
 どうやって殺すかだけを考えてしまう。そんな自分が嫌で、空賊をやめたというのに。アズマの心根には、まだ人を殺すかどうか、そんな選択ができる汚れがこびりついてしまっている。
「やっぱりてめえは、こっちに居た方がいいんだよ。面倒くせえだろ、その生き方」
「面倒な事が悪いだなんて、誰が決めたんだ」
 グリードはにやりと笑って、「そうだな」と呟いた。
「それは自分で決めることだ」
 その瞬間、グリードは一歩踏み込んだ。アズマの間合いに入ることなど、恐れてもいない、というような態度だ。
 常に余裕の態度を崩さない。それがグリードという男。
 一歩ずつ踏み出してくるグリードの足取りを確認しながら、アズマはグリードが間合いに入った瞬間、刀を抜いた。錆びついた刀では斬ることはできない為、剣の腹を叩きつけるように。
 しかしグリードはそれを避けるようなアクションは取らずに、あえて腕に受けた。大したダメージは喰らっていないらしく、つまらなさそうにアズマの剣を睨む。
「なんだこりゃ。……錆びてんじゃねえか、この剣。こんなんで、俺に勝つつもりだったのかァッ!?」
 炎の剣を振るい、アズマの胸を斬った。斬ったというよりは、焼き払ったという表現の方が近い。服の胸元が焼け落ち、穴が開いて、アズマの胸も焼けただれた。
「く……ッ!!」
 胸が痺れて、熱いや痛いなどが混じった複雑でカオスなダメージ。
 アズマは距離を取り、刀を逆手に持つ。切れ味が大幅に落ちた刀で致命傷を与えるには、とにかく相手に押し込むしかない。だからこそ、腕の力で直接押せるようにと逆手に持った。
 吹き荒れる熱風に耐え、炎の剣を避けて、なんとか接近する。そして、肘を刀の背に当ててグリードの胸を思い切り斬りつけた――つもりだった。
「――そ、んな」
 グリードの皮と骨だけしか残っていないような痩せた体に刃が立っておらず、一滴の血を流す事もままならない状態にあった。
「これが、お前の五年間だ」
 グリードの左拳が、アズマの顔面を素早く射抜く。熱さと痛みをしっかりと顔面に置いていかれたアズマは、床に背を叩きつけられ、痛みに耐えながら頭を起こし、グリードを睨む。
「なんて無駄な五年間だろうなあ。俺はお前がのうのうと、戦いは嫌だなんて言ってる間に、俺はいろんなところで戦ってきた。くだらねえ誓いなんて捨てちまえ」
「……まだ諦めることは、できないんですよ」
 ゆっくりと立ち上がったアズマは、疲れたように笑った。
「俺の中のミルアが、そう言うもんで」
「そうかい。――なら、お前の思い出ごと、奪ってやる」


  ■


 ゼンはミーシャを地面に降ろすと、「クアが牢獄にいなかった」と思い出したかのように言った。
「……そうなの? じゃ、一体どこに?」
 首を振り、歩きだしたゼン。それに着いていきながら、ミーシャは「まあ、後行くとこなんて、一つっきゃないか」と笑う。ゼンも釣られて笑う。
「そうだな。捕らわれのお姫様は、いつだって塔の頂上にいるんだ」
 いつの日か読んだ物語を思い出す。その中で、騎士はドラゴンを倒し、華麗にお姫様を救い出した。
「……俺も、あの騎士の様に、強く」
「ゼン」
 物語を思い返し、自分にその騎士の魂を注ぎ込もうとしたところに、ミーシャの声が耳に突き刺さる。
「余計な事は考えない。それがゼンって男でしょうが。騎士の様に、とか考えない。あんたはあんたなんだから」
「……はは」
 相変わらず、お見通しなんだな。
 苦笑したゼンは、騎士の事を、意識の外へと追いやった。今俺がすべきは、騎士になることではない。
 ゼン・プライマリーとして戦うこと。
「どうも、伝説の戦士サイ・プライマリーの息子さん」
 顔を上げると、廊下の先には腕に傘をかけ、拍手するアンが立っていた。
「……俺の親父を知ってるのか、お前も」
「もちろん。ダスロットさんほどじゃありませんが、僕も戦いは好きなのですよ。その歴史、というものがね。近代兵器の登場により、英雄が生まれにくくなった時代。そんな先の天界大戦にて、もっとも勝利の女神に愛された男として、サイはとても有名なのですよ。息子であるあなたは、一体どれほど、勝利の女神に愛されているのでしょうね?」
 傘を抜き、構えるアン。彼の体から発せられる殺気は、しとしとと降り注ぐ雨の様に、二人へと染み込んでいく。
「いけるか、ミーシャ」
「愚問!」
 得物を抜く二人。
 彼らの心は、アンを倒し、クアの居場所を吐かせるということで、シンクロしていた。
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