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コスプレティック・クリスマス・ウーマン

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 私は彩姫。
 今年で三十歳になる。
 職業はアパレルブランドのOL。
 趣味は、コスプレだ。

「すいませーん、一枚いいですか?」
「あ、はーい」
 ここは某巨大コスプレイベントの会場。
 広いホール内を全て貸切り、今日と言う日の為にせっせと準備を行ってきた多くのレイヤー達が自分のお気に入りのキャラクターを演じる、夢の空間。
 私はそこに、相方であるあけみんと参加をしていた。
「彩姫ぇ、今日もご健在でしたか」 
 一通りの撮影を終えて一息ついていると、バンダナと巨大なリュックを背負いネルシャツを着た古風な秋葉系ピザ野郎が話しかけてきた。
「あ、ドムドム、今日も来てたんだ。お疲れぇ。皆勤賞だねぇ」
「勿論ですよ。いやぁ、彩姫もあけみんも、相変わらず美しゅうございますね。今年は『アイドルライブ!』ですかな」
「さすが! 二期始まったし、面白いし、可愛いし、折角だからやろうってね」
「良いですなぁ。どれ、一枚頂いてもよろしいですかな」
「いいよー」
 私とあけみんは高そうな一眼レフに向かって笑顔でポーズをとる。しっかりと、スカートの内側はギリギリ見せないよう気をつけて。
 このハンドルネーム『ドムドム』と名乗る男はイベントの常連で、毎度こうして知り合いへの挨拶を欠かさない。それだけなら無害なオタクなのだが、この男はレイヤーであれば誰もが知っているピーピング(盗撮)野郎だ。私の見せパンも何枚かネットの海に放出された事がある。そんな変態野郎、潰してしまいたいのは山々だが、この男はSNS『ツイッター』のフォロワーが多くネット内でも発言力があるので皆下手に手を出す事が出来ずにいるのだった。
 ドムドムだけじゃない。オフ会でセックスを狙う『オフパコのシゲト』や手首の傷が隠しきれない『メンヘラのキワコ』など、この界隈には有象無象のクズ共が数え切れないほど参加している。
 私達のいる世界は、そういう世界だ。

「お疲れ。いやぁ、やっと終わったねぇ。楽しかったぁ」
 私が言うとあけみんも頷いた。
「うん、楽しかった。準備した甲斐があったよ」
「でもまたドムドム来てたね。あいついつかボコボコにしたい」
「やめときなよ。関わったってろくな目に遭わないんだから。あれはもう上手く回避するしかないよ」
 イベントを終え、着替えを済ませてあけみんとそんな感想を述べ合っていると、不意に「彩姫さぁん、あけみぃん」と声を掛けられた。
 振り向くと世にも美しいロリータフェイスの女の子が一人、こちらに手を振っていた。朗らかな笑みを浮かべた彼女は、私達の元へ小走りで近寄ってくる。まるで3DCGが動いているのかと見間違うくらい、現実離れした二次元的な美しさ。
 彼女の名前はヨッペ。
 私とあけみんの妹分であり、この辺りのレイヤー界の中心的な人物だ。その美しい清楚な顔立ちと、サラサラの髪の毛に魅了されるのは、男子だけに留まらない。自撮り画像をツイッターで流せば一万リツイートはされると言う、正に超有名売れっ子レイヤーだ。私はチェックしていないが、ロリータ系ファッション誌のモデルなんかもしているらしい。
「お二人、来てらっしゃったんですね。ごめんなさい、挨拶出来てなくて」
 申し訳なさそうなヨッペに、私は苦笑した。
「いいよ。ヨッペ大人気だもんね。ずっと囲まれてたじゃん」
 約五時間、360度全てカメラマンに囲まれ続けたレイヤーなど彼女くらいのものだ。
「そんな事ないですよぉ。……もう帰っちゃうんですか? 打ち上げは」
 私は一応あけみんに目線で確認する。案の定、答えはノーだ。
「ごめん、私達今日はもう疲れたから帰ろうかなって」
「そうなんですか、残念……」
 シュンと遊んでもらえない犬の様にうな垂れるヨッペの顔を見ると心が痛む。本当はこの後、私達二人だけで飲み会をする予定なのだ。
 年々参加者が若年層化していく飲み会に参加しなくなったのは、いつからだろう。
 オール(徹夜)でカラオケに行ったり、ちょっと格好いい男のレイヤーとホテルに行ったり、誰と誰がくっついたとかで一々炎上するSNS、飛び火して日常生活にまで及ぶ被害、そんな激戦区に参加することに、私達はいつしか疲れるようになっていた。
 ヨッペもそこらへんは察しているらしく、しつこく誘ってくるようなことはしてこない。こう言う配慮をちゃんとしてくれるところも、彼女が人気レイヤーである由縁だ。人付き合いも心得ている。だからこそ私達も可愛がってしまう。
 そろそろ行こうか、そうあけみんと無言のやり取りをしていると、ヨッペがパッと表情を変えて「あ、そうだっ」と手を叩いた。
「お二人、今度私が主催するクリスマスパーティーに来ません?」
「クリスマスパーティー?」
 私達は目を見合わせた。「そうなんです!」とヨッペは頷く。
「二十四日のクリスマスイブに皆でコスプレして、アニメとか見ながら飲もうって。男女混合だけど、多分お二人も知ってる子ばっかですし、是非、どうですか?」
「会場は?」
「私の家です!」
「へぇ……」
 ヨッペが主催のイベントか。彼女の企画は外れがない。クリスマスは残念ながら予定もないし、行っても良いかも知れない。
「じゃあ行こうかな」
「やったぁ! 彩姫参加ですねっ! あけみんは来てくれます?」
 するとあけみんは申し訳なさそうに首を振った。
「私、その日はちょっと用事があってさ。行けないや、ゴメン」
「えっ」私は思わず声を漏らす。相棒であるあけみんなら当然参加すると思っていた。
 するとあけみんは「ごめん」と私にも頭を下げた。
 どういう意味の「ごめん」なんだろうか。

 行けなくて「ごめん」。
 言ってなくて「ごめん」。
 置いてけぼりにして「ごめん」。

「ひょっとして彼氏さんとかですか?」
 何気ないヨッペの質問に、あけみんは笑顔で誤魔化した。
 その笑顔は、無言の肯定を意味していた。
 あけみんに彼氏?
 そんなの、初耳だ。

 パーティーの詳細は後でLINEしますね、と言うヨッペと別れ、私達は帰路についた。会場より少し離れた場所にある、行きつけの立ち飲みビールバーに入る。
 何か話したほうが良かったのだろうけれど、何を言えば良いのかわからなくて、道中ほとんど会話をしなかった。
なんだか空気が重い。
 カウンターでビールを買い、適当な場所に陣取る。足元にはコスプレ衣装の入った紙袋。
 あけみんの分も、私の分も、私が作ったものだ。
 実家が小さな個人経営の服屋で、メーカーから卸した商品の中に自家ブランドの服も混ぜて売っていた。私も手伝いはよくしていたので、段取りや生地のことは自然と把握していた。そんな家庭の環境からか、私は服を作るのが得意だった。
「じゃ、とりあえず、お疲れ……」
 弱々しく笑みを浮かべたあけみんと乾杯する。そのまま一気に半分くらいまで飲んだ。こんなおっさんみたいな酒の飲み方が出来るようになったのはいつごろからだろうか。
「彼氏がいるなんて全然気付かなかった」
「隠してたわけじゃないんだけど、わざわざ言うのもどうかなって思って」
「何年の付き合いなんだよ。遠慮なんて要らないよ、水臭いじゃん。それで、いつから付き合ってんの?」
「二月から」
「長いねぇ? ずいぶん長いねぇ?」
 隠す気満々じゃねぇかと首根っこつかみそうになるのを何とか抑える。友情とは一体。
「それで、今日は彩姫──花ちゃんに大事な話をしようと思ってね」
「その名で呼ばないで」
 私の本名は本間花子と言う。その名は実家を出ると共に捨てた。大切な一人娘にそのような名前をつける奴は人間ではない。あいつらは悪魔だ。
 私はそっと溜め息を吐き出す。
「それで、話って?」
「実は……レイヤーを引退しようかなって思ってるんだ」
 彼女の言葉に、私は飲んでいたビールをカウンターに置いた。
「なんで」
「もう露出する格好は年齢的にも厳しくなってくるし、私達の世代も随分すくなくなっちゃったから。若いレイヤーの子と仲良くなってもノリや勢いについていけなくなってきてさ。情報や話題の早さにも追いつけなくなってきてるし。この辺りが潮時かなって。花──彩ちゃんはずっと頑張ってて、まだまだ現役レイヤーって感じだけど、私は正直、ここまでだなって思ったんだ」
「そんな──」
 そんなことない。そう言いたかった。でも言えなかった。
 それだけ三十歳と言う歳は私達に重く圧し掛かってきていた。
 三十代でも現役で活動するレイヤーなんてまだまだいる。でも人口としては圧倒的に二十代が多い。年齢的なことを考えて引退する人もいるし、結婚したのを機に辞める人だっている。続けていてもコスプレの方向性を露出の少ない物に変える人が大半だ。
 私は、私達はまだまだやれると思っていた。二十代の子が相手でも見劣りしないくらいのクオリティで、コスプレをやれると思っていたのだ。
 でも、違った。コスプレを共に始めた、会社の同期であり、親友であり、相棒であるあけみんは、自分の限界を感じていた。
 彼氏が出来て、結婚も意識し始めて、年甲斐もなく露出するのもなって考えて、路線変更するくらいなら引退しようって思って、それで私に話している。多分、そんな感じ。
 私にはそれを否定する勇気はなかった。
「分かった。残念だけど、仕方ないよね」
 微笑むと、あけみんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん。本当に」
「謝る事ないじゃん。しょぼくれたババアが引退する。それだけだよ」
「無茶苦茶言う」
「歳を感じたら歳とるんだよ。女はね」
「歳に見合った魅力を作るのも一つの技だよ」
「あけみんはエロい団地妻って感じだもんね。営業部の加藤が言ってた」
「来期加藤君は左遷だな。人事部長に頼んどく」
「早く結婚してよ。それで子供の顔を私に見せてくれ」
「母親かあんたは」
 私達はすこし笑った後、もう一度乾杯した。
 チンッ、と言うグラスの音が、少しだけもの悲しげに聞こえた。
 クリスマスが近付く、十二月の初めの事だった。
 気を許すとあっという間に日々は過ぎ去っていく。
 大きなイベントを終え、残るイベントは年末のコミケと、それから……。
「クリスマスかぁ」
 今年のイブは土曜だ。仕事だったらそれを言い訳に出来たのだろうけれど、皮肉な事に、会社はちゃんと休みをくれる。
 椅子に座り、そっと溜め息をつくと電車から外を眺めた。
 時刻はまだ夕方頃のはずなのに、陽はすでに沈み始め、空には転々と星が輝いていた。
 ヨッペのLINEによるとクリスマスパーティーの会場は誰もが知るおしゃれ街だ。つまりそこが彼女の家になる。一度ツイッターで家の画像を見たことがあるが、随分良い部屋に住んでいた。ヨッペは確かまだ学生だったはず。一体どこにその様な財力が。
 私は膝に乗せた紙袋を確認する。無印良品で買った茶色の紙袋には、赤いサンタコスチュームが入っている。この日の為に私が作ったものだ。
 ミニスカサンタ、とまでは行かないまでも、一応スカート丈は膝の少し上くらい。
 あまり長くても野暮ったく見えてしまう。もっとも、あけみんならロングスカートが似合うのだろうが。
 本当はもっと短い丈にする予定だった。少し長くしたのは、あけみんとしたこの間の話が原因だ。
 三十歳、か……。
 三十代と言うと世間の見る目は少し変わる。特に私達女性はなおさらそうだ。でも正直、そんなに気にする事だろうか。三十歳になったからと言って、身体的にも精神的にも自分が老いたなんて急に思うわけがない。皆ちょっと敏感過ぎないだろうか。
「やめよやめよ、歳のことなんて。下らない」
 私は首を振ると思考を投げた。
 電車の中は心なしかカップルが多い。お高いレストランで食事でもするのか、はたまた豪華なパーティーにでも参加するのか、スーツやパーティードレスを着ている人が目立つ。今更カップルがどうとか、馬鹿みたいな嫉みは生まれないけれど、楽しそうな空間に一人で居る事は多少居心地の悪さを覚えてしまう。
 なんとなくスマホを取り出すと、私はツイッターを開いた。
 ちょっとした「呟き」を載せることの出来るこのSNSは、今や私達レイヤーの必需品だ。イベント前にツイッターでやり取りをして会場で実際に会う、なんて言うのは今や常套手段。自撮りしたコスプレ画像を貼り付ければ簡単にフォロワーを増やせるし、知名度も上げられる。
 ちなみに私のフォロワー数は五千人。
 ヨッペのフォロワーは五万。
 文字通り桁が違う。
 ツイッターではヨッペがツイートしていた。すでに何人か集っていて、部屋の飾り付けや準備なんかを進めているらしい。
 準備だけさせておいて何も持って行かないのもなんだか申し訳ないな。ケーキか、良いお酒か、どちらにせよ何かしら差し入れは持って行ったほうが良さそうだ。
 他に誰が来ているのか気になり、共通の知り合いのツイートを辿ってみる。みんなすぐツイートするから、割と誰が来るのかは特定しやすい。私みたいに差し入れを持っていく人も当然いるだろう。差し入れが被るのを防ぐ為にもこう言う事前調査は必要だ。
 色んな人のツイートを眺めながら、ある事に気がつく。
「誰だ、これ」
 @yokyanaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaanとか言うふざけたIDの人物と、今日の参加者であろうレイヤー達がリアルタイムでやたらとやり取りをしていた。直接的に名前は出していないが、どうも誰かの悪口を言っているようで『目障り』とか『マジで引く』などと言う単語が目に入る。
『あのおばさん』と言うツイートを見つけ、嫌な予感がして話し相手であろう@yokyanaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaanのツイートを見てしまった。
「あっ……」
 私はそこで、電車を降りた。

「お客さん、お客さん」
「はい?」
「もう閉店なんですけど……」
 小さな飲み屋のカウンターに座る私を、店主が困惑した顔で見つめる。時計は午前一時を指していた。店の客は私だけだった。
「帰りますよ、そりゃね、一時ですから」
「タクシー呼びましょうか? 随分飲んでたから」
「自分で呼びますから、行けますよそりゃね」
「本当に、大丈夫ですか?」
「三十路だからって舐めないでくださいよ……?」
「いや、知りませんが」
 私は立ち上がると、ゆっくりと店の出口へ進む。
「ちょっと、お勘定!」
「メリークリスマス!」
「クリスマスじゃねぇよ! 払えよ!」

 誰もいない、どこなのかも分からない夜道を私は一人で歩く。冷たい澄んだ空気が肌を刺し、吐く息を白く染めた。

 笑われていた。
 いろんな人に、私は。

 @yokyanaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaanはヨッペだった。
 彼女の、いわゆる裏アカウントだった。
 ヨッペは人の悪口を言うためだけのアカウントをツイッター上に作り、そこで面白おかしく色んな人を馬鹿にしていたのだ。そして驚くべき事に裏アカウントのフォロワーですら一万人を超えていた。全体公開されたその呟きの軌跡には、私の事も書かれていた。
『彩姫さん、三十路突入おめでとざっすwwwwwwwwwwwwww』
『今日のクリパ、彩姫さんの黄金ミニスカサンタラストチャンスおっすおっす^^』
『今日は晴天ですが三十路濃厚白塗りアタックでホワイトクリスマスざっすざっすふぅううううううううううううううう!』
 ヨッペはその様な呟きをアカウントで漏らしていた。

 大事な妹分だと思ってたのに。
 ショックだった。

 笑ってしまった自分が。

 こいつディスのセンスもあんのかよ。完敗だよわたしゃ。
 そう自覚した時、私は電車を降り、さまよい歩いた先にあった名も知らぬ飲み屋へと突入したのだ。開店同時に飛び込み、閉店時間までがっつり一人酒を果たした。
 ここでつけたカロリーは今後数年、いや、もしかしたら数十年にわたって私を苦しめるだろう。
 傷ついたと言うよりも、何と言うか「やっぱり」と言った感じだった。
 やっぱり、みんなそういう風に見てたんだな、私のこと。
 負けてないって思ってたのは私だけだったか。

 現実を突きつけられたようで、それはある種意識を夢から呼び覚ますクリスマスプレゼントと呼べるのかもしれないけれど。
「そんなプレゼントいらないよ。こうなりゃサンタをマウントでボッコボコじゃ」
 呟きながら道を曲がると、足に何か引っかかった。またいで越そうとしたが、酔った体と頭では判断力と反応力が追いつかず、私はキレイに転んだ。
「痛ったぁ。何よ、もう」
 頭をさすりながら自分が躓いた物を振り返る。そこで私は言葉を失った。
 サンタクロースが、倒れていた。

「サンタ、クロース?」
 んな訳ない。現代日本に本物のサンタなどいるはずないだろう。どうも酔っていて思考がおめでたい事になっているようだ。ちょびちょびとは言え随分飲んだからな。
しかし確かにサンタはそこにいた。
 白いモジャ髭にモジャ髪、丸いメガネにメタボリックな体つき。随分クオリティが高い。顔立ちは日本人のそれとは異なるから外国の人だろうか。
 このサンタの格好をした人は恐らく何かのイベントに参加をしていたのだ。そして何故かここで倒れている。
 飲みすぎたのだろうか。
「あのぉ、こんな所で寝てたら死にますよって」
 よもや本当に死んでるのではあるまいか。恐る恐る肩を揺さぶると「うぅん」と苦しそうなうめき声が漏れ、ホッと安堵の息をついた。
 とりあえずこの人をこのまま置いていく事は出来ない。酩酊した頭でもそれくらいの事は分かった。病気かもしれないし、救急車を呼ばねば。
「呼ぶ前にちょっとだけ……」
 私はサンタの髭に手を突っ込んだ。驚くほど柔らかく、暖かい。どうやら防寒機能も備わっているらしい。
 男の髭なんて固くてごわごわで、世界中の不愉快を凝縮させているものだと思っていたので、何だか意外だ。まるで羊の毛に手を突っ込んだような、そんな気分。付け髭だろうかと引っ張ってみたが、どうやら自前らしく、目の前の老人は「うーんうーん」と苦しげなうめき声を上げた。
「すごい。まるで本物のサンタだ」
「本物のサンタだよ、そいつ」
「はーん、そうなの?」
「うん」
「へぇ、凄い話だな」
 私は引き続き髭の中で手をもさもささせていて、思った。
 誰だ?
 我に返って振り返ると、世にも威圧的な馬鹿でかい生き物がそこにいた。
 頭部から生えた禍々しい角。
 程よくもさもさの体毛。
 つぶらな目。
 長い顔。
 間違いない。
 トナカイだ。
 そんなアホな。とは思わなかったのは、多分酔っていたからだ。クリスマスにトナカイくらい居るでしょ、サンタのトナカイは普通喋るでしょ、何故か私はそう納得した。
 トナカイはゆっくりとこちらに歩んでくると、私を素通りしてサンタに鼻を近づけた。鼻先でサンタをつついている。角でつつかないのは優しさなのか。愛とか、そう言うのか。私の体重はどうなった。色々考えた。
「消えたと思ったらこんなとこで落ちてんだもんなぁ。だからやめとけって言ったのに」
 爺さん起きろよ、トナカイが執拗に老人をつつくと、汚いうめき声を上げて老人が目を開けた。
「無事かよ、爺さん」
「うう、コメットか……。わしはもうダメじゃ。孫のナンシーに、愛していると、そう伝えておくれ」勝手に死のうとしている。
「ちょっとぉ、こんな所で死なないでくださいよぉ、近所迷惑ですから」
 私が声を掛けるとサンタは初めて私の存在に気付いたのか少し驚いた顔をする。
「コメット、その、鬼みたいな事を言うお嬢さんは一体……?」
「ただの通りすがりのOLです」
「LOですか。わしも若い頃はお世話になったものです」
「それロリコン向けのエロ本じゃねーか!」
 こんな祖父を持ったナンシーを気の毒に思った。
 コメットと呼ばれたトナカイは私達のやり取りを見て、そっと溜め息をつく。
「帰るぞ、爺さん。ソリに乗れよ」
 コメットはクイと鼻先で背後を指す。そこには彼の身体に結び付けられたソリがあった。二、三人くらい乗れそうな割と大きなやつで、後ろには荷台もある。ボディには凝った木彫りのデザインが施され、小さな鈴がいくつもくくりつけられている。荷台にはいかにもサンタが背負っていそうな大きな麻袋が中身をパンパンにして積まれていた。
 一匹でこの重そうな爺さんとソリを引いてきたのか。このトナカイ、なかなかやる。
「無理じゃ。腰が痛くて立てん」
「ああもう、このクソジジイが。姉ちゃん、ちょっと悪いけど肩かしてやってくれねぇか」
「構いませんがね」
 ロリコンが発覚した爺さんに触られるのはなんだか抵抗があったが仕方なく肩を貸す。「すまんの」とサンタは言いながらよろよろと立ちあがった。そのよろめきに私も引っ張られそうになる。体重差も理由の一つだが、私も酔っ払っているのだ。
 酔っ払い女と腰痛ジジイは非常に危ういバランスの元成り立っていた。
「まるで表面張力だな」コメットが漏らす。言っている意味が分からなかったので無視しておく。
 生まれたての小鹿の様によろめきながら私達はなんとかソリにたどり着いた。そのまま倒れこむサンタの尻を押し、無理やり乗り込ませる。ずるずると這いずりながらようやく背もたれにたどり着いたサンタはぐったりと身体を預け、椅子に座った。
「あんがとよ、姉ちゃん」コメットはぶっきらぼうに礼を投げてくる。こいつのキャラはどうやらこれが通常運行らしい。
「これじゃあ今年のクリスマスは中止だな」
「うう、無念……」
「クリスマスが中止?」大事だ。
「中止って言ったってささやかなもんだよ。何せ昔と違って今はどの家庭も自分達でプレゼントを用意してるし、俺達はあまり必要とされてないからな。主役が居なくても今やクリスマスは自動運行されるのさ」
「はぁ、そうなの」なんだか夢のない話だ。
「それなのにこの爺さんはもう歳にも関わらず家族の言う事を無視して、今年もクリスマスをしようとしてこの様だよ」
 コメットはそう言うと再び呆れたように溜め息をついた。
「クリスマスに子供を喜ばせるのは、わしの夢なんじゃあ」
「夢かどうかなんて知らないけど、歳は考えてくれよな」
 なんだかその言葉は、私に向けられたみたいで、胸の辺りが締め付けられる気がした。
「歳取ったら、夢は持っちゃダメなの?」
 気がついたら、そう言っていた。
「歳取っても、夢くらい持ったって良いじゃない。サンタは子供達にプレゼントって形で夢を与えるんでしょ? そのサンタが夢を抱いてなくて、誰が夢を見るのよ」
「でもその結果がこの様だぜ? 今年はもう無理だよ」「無理じゃない」
 驚いた顔のコメットの目をまっすぐ見て、私は言った。
「私がやる。私が、サンタさんの代わりに、今年のサンタをする」
「はぁ? そのなりでか?」
「服はある」私は地面に置いていた紙袋を手に取り、掲げた。
「私がやる。無理なら、サポート役でもいい」
「ほ、本当か、お嬢さん」
 サンタの弱々しい確認に私は頷いた。コメットがそれを見て「いやいや」と口を挟む。
「そりゃ居てくれるとありがたいけどさ、やめとけよ。所詮は老人の酔狂だって」
「酔狂だろうがなんだろうがいい。やるよ、私」
「何でそこまで?」
「それは……」
 何もしないで見過ごしたくなかった。
 今の私の姿と、サンタが、重なりすぎて。
 ここでクリスマスを中止すると、認めてしまうことになるから。
 私は、夢を持ってはいけない年齢なのだと。
「それは?」
 私は尋ねるコメットをまっすぐ見つめた。
「クリスマスは、終わってないから」

 月明かりがまぶしい夜だった。
 私は、空を飛んでいた。
 トナカイのコメットが空を駆け、ソリが物理法則を無視した動きで宙に浮かんでいる。コメットが走るたびにソリが軽く揺れ、鈴がシャンシャンと澄んだ音で鳴り響いた。
 私の隣では、痛んだ腰に苦しそうな表情を浮かべぐったりと椅子の背もたれに倒れこむサンタクロース。もしゃもしゃの髭からフッフッと浅い呼吸音が聞こえる。しんどそうだ。
 先ほどの公園でサンタコスを着た私は、サンタの隣で手綱を握り、いつもよりも少しだけ真新しい世界を眺めていた。頭にはサンタ帽。下はタイツをはいているから大丈夫だけど、肩はノースリーブで冷えるのでさすがにコートを上から羽織っている。サンタ服に合う紺色をチョイスしておいてよかった。
 刺す様な夜風が何だか心地よくて、酔いもだいぶさめてきた。
「すごい、サンタって本当に空を飛ぶんだ」
「驚いたろ。この時期クソ丁寧に道なんて走ってらんないからな。空でも飛ばないとやってらんねーよ」
「これはコメットの力なの?」
「まぁな」
 ソリを引くコメットの声は得意げだ。
「でもこんなに目立つと街中の人に見られちゃうね」
「そこらへんは大丈夫じゃよ。見えないようになっとるからの、イタタタ」サンタが補足する。
「へぇ、そうなんだ」どうも都合よく不思議な力が働いてるらしい。
「まぁ以前変な男がソリにしがみついて来たことがあったけどな」
「あの時は焦ったのう」
「素養があると時々見られちまうんだよな」
「じゃあ私も素養があるってこと?」
「まぁ、そうなるのう」
「ふーん」悪い気はしない。
 あんな場所でこんな目立つ老人が放置されていたのも、たまたま気付いたのが私だったのも、全て偶然、と言うわけではなかったようだ。
「それにしてもお嬢さんや、本当に良かったのかい? 今日は折角のクリスマスなのにこんな仕事を手伝ったりなんかして」
「爺さん、それ言っちゃダメだろ」
 サンタの質問にすかさずコメットが口を挟む。
「良い歳した女がクリスマスの真夜中に酔っ払って真夜中の街を一人でさまよってるんだ。察してやれよ」
「ねぇコメット」
「なんだよ」
「トナカイの肉って、美味しいのかしら」
 私が言うとコメットは黙った。
 だけどこいつの言っている事は図星だ。私はフッと笑う。
「でもまぁ、その通りよ。ろくでもない一日だったから、私はこうしてあなた達と出会ってる」
「なんかその言い方は嫌だな……」
「でもそれでよかったなって。三十代最初のクリスマスに、サンタやトナカイと過ごしてるんだから」
「あんた三十路だったのか、二十五歳くらいかと思ってたぜ」
「もっと言え」若いと言われて喜ぶようになったあたりに歳を感じる。
「そう言えばあんた、名前は?」
「彩姫」
「はっ?」
「彩姫よ。そう呼んで頂戴」
「それ本名? エグくない?」
 私が「足のステーキとか、美味しそうよね」と言うとコメットは黙った。

 最初に降り立ったのは、小さな一軒家だ。古い木製の民家で、いかにも経済的に苦しそうな家。
「この家は、クリスマスプレゼントを用意してないんだ」
 コメットの言葉に私は首を傾げた。
「何で知ってるの?」
「臭うんだよ。プレゼントのないガキは。ものすごい異臭がするんだ。硫黄臭い」散々だ。
「それで私達がプレゼントをあげるのね」
「そういう事。ガキはプレゼントをもらえて喜ぶ。親は金を出さずにご機嫌を取れる。俺はガキの異臭に悩まされずにすむ。ウィンウィンだ」何故かあまり嬉しくない。
 私は荷台に乗せてある真っ白などでかい麻袋を担ぐと、二階のバルコニーに降り立った。
「鍵開いてるか?」
 ゆっくり窓を引く。開かない。
「無理。閉まってる。こうなったら強行手段よ」
 私が袋を振りかぶるとコメットが慌てたように「ストップ! ストーップ!」と声を張り上げた。
「何よ」
「どこの世界のサンタが窓破ってプレゼント渡しに来んだよ!」
「だってじゃあどうすればいいのよ」
「ちょっと待て。爺さん、頼む」
「ああ、分かった分かった」
 サンタがなにやら念じると、窓が一瞬揺れた。
「おい、彩。窓開けてみろ」
 言われたとおりに窓を引くと、いとも簡単に窓が開いた。
「えっ、嘘」
「これが爺さんの──サンタの能力の一つだ。振動させて窓の鍵を緩める。後はこの家のガキの枕元にプレゼントを置いて、家族にばれないように家を出るんだ。最悪、ばれてもソリに乗ったら逃げ切れるから」もはや泥棒と何が違うのか分からない。
「了解したわ。んじゃ失礼して」
 特に躊躇する事もなく中に踏み込む。と、部屋の奥に布団が敷かれていた。そこに、小学生くらいの女の子が眠っている。子供部屋みたいで、両親らしき人の姿はない。
 まるで不審者だなと考えて、いつだったか「サンタの存在は冷静に考えると不審者だ」とか言う下らない話題で盛り上がった事を思い出す。学生時代の頃だったろうか。記憶には新しいのに、すっかり懐かしく思えてしまって、何だか切ない。
 ゆっくりと少女に近付き、私は手に持った大きな袋を漁る。そう言えば何をあげればいいか聞いていなかった。
「おい、何やってんだよ。早くしろよ」窓の外からコメットが声を掛けてくる。
「何あげたらいいか分かんないのよ」
「はぁ? 何だって?」
「プレゼントどれよ」
「聞こえねーよ」
 距離があるからか、小声で言っても伝わらない。
「プレゼント何あげるか教えろって言ってんのよ!」
 イラついて私が声をあげると、少女が「ううん……」と小さく声を出して目を覚ました。まずい。
 目が合う。
 一瞬、時が止まった。
 事態を把握した少女が目を見開き、叫ぼうと息を吸い込んだ瞬間、私は彼女の口を手で塞いだ。
「騒ぐな。騒ぐと殺す」
 息を荒げながら少女を脅すと彼女は目に涙を浮かべながら何度も頷いた。もはやこうなったら止められない。私は少女の口を押さえたまま、片手で袋を探り、適当なプレゼントを枕元に置く。
 震える少女は事態が飲み込めないらしくかなり困惑した顔をしていた。それもそうだろう。部屋に見知らぬサンタ服の女がいて、脅された挙句にプレゼントをくれるのだ。
「驚かせてごめんなさい」
 私が少女の口から手を離し、そっと頭を撫でると、敵意がない事は伝わったのか少女はコクリと頷いてくれた。
 少女に笑みを向けて、私は身をひるがえすと素早くベランダに出てソリに飛び乗る。
「サンタさん! 早くキメ台詞言って!」
「ふぇ?」
「あんたが言わないと締まんないでしょうが!」
「そ、そうじゃな。ふぉっふぉー! メリークリスマース!」
 シャンシャンシャン、と小気味良い鈴の音を鳴り響かせながらコメットがソリを空へと走らせる。振り返ると、先ほどの少女がベランダに出てきた。何かを探すようにあたりをキョロキョロと見回している。
「大丈夫かしら」
「大丈夫ではないけど、姿消してるからもう見えないはずだぜ。ほぼ強盗だったな」
「最初はまぁこんなもんじゃろ」
 フォローにならないフォローをサンタがする。私は肩を落とした。
「手順とか、全然わかんなかったわ」
「んなもん適当だよ。やってたら慣れる。休んでる暇はねぇ。次行くぞ、次」
 その後も私達は何件もの家を巡り、プレゼントをあげた。五人の子供に姿を見られ、内三人は「このことを口外したらお前の命はない」と言って黙らせた。
 なにやら色々目的を見失ってる気もしたが、何とか一通りこなす事が出来た。
「んで、どうだった、サンタ代行は」
「そうね……」
 私は隣で腰痛のあまりぐったりとしている老人を見て、溜め息を着いた。
「老人には厳しい仕事かもね」
「だろ?」
 ソリは鈴の音と共に空を駆けていく。

「爺さんの代わりになるやつはいくらでもいる」
 ソリを走らせながら、コメットは静かに口を開いた。
「俺と爺さんは随分長い間クリスマスに色んな世界を飛び回ったよ。この世界だけじゃない。いわゆる異世界ってやつか。とにかく次元や空間を越えて色々な場所を走った」
 シャンシャンと、眠った街に静かに鈴の音が鳴り響く。
「世界は年々裕福になる。俺達に頼りきりだったクリスマスは、いつしか勝手に運行されるようになった。企業や自治体は経済を回す為にクリスマスをファッション化し、各家庭でプレゼントを用意するのも当たり前。今の俺達はただの道化みたいなもんだ」
 コメットはそこで言葉を止めると、沈んだ声で続けた。
「だから俺は、こんなによぼよぼになっても必死で苦労してプレゼントを配る爺さんをこれ以上、見たくないんだよ」
「コメット……」
「ここ最近じゃあプレゼント配ったって、感謝もされない事がある。中身がどうのと文句も言われる。俺達のやってることなんて、意味ないんじゃいかって、そう思っちまう」
「そうかもしれんのう」
 コメットの言葉に、サンタはがっくりと俯いた。
「寄る年波には勝てん。力も年々弱くなってきた。子供達をクリスマスで笑顔にするのが夢じゃったが、それも出来なくなって来とる。後任に任せて、そろそろ引退かのう」
「後任がいるの?」
 するとコメットはフンと鼻を鳴らした。
「当たり前だろ。こんなクソ広い世界を一人でさばききれるかよ。サンタって仕事をしてるやつはたくさんいるんだよ。もっとも、この国は俺達が担当だけどな」
「二人は一体どこから来たの?」
「サンタの国だよ。じゃないとこんなしょぼくれた爺さんがあんな魔法使えるかよ」
「しょぼくれたは余計じゃ」
「じゃあ老いぼれだ」
 軽口を投げ合う二人を見ながら、私は思う。
 本当に、出来る事はないのだろうか。
 たとえ、本当に年齢が厳しくなったとしても、ただすごすごと引き下がるしかないのだろうか。私達は、私達のしてきたことは、そんなに意味がないものなのだろうか。
 私は、ゆっくりと頬杖を着くと、そっと遥か下の街を見下ろした。
 そこで気付く。
「ねぇ、ちょっと」
「あん?」
「なんじゃ?」
「下、見て御覧なさいよ」
「下?」
 サンタとコメットが声を重ねて街を眺める。
 そこで、二人は言葉を失った。
 
 街中の人達が、外に出て空を見上げていた。

「私達の姿って見えてないのよね?」
「そのはずだけど」
「鈴の音くらいは、聞こえているかもしれんの」
「じゃあ皆、サンタを探してるのね」
 鈴の音が、街の人達の耳に届いたのだ。
「無駄じゃないって思わない?」
「何が?」
「あんた達のしてきたこと」
 多分、今空を見上げている人達は忘れないと思う。
 サンタクロースの存在を。
「自分達がいなくても変わらないとか、もういらないとか、そんな事言わないで。こうして、サンタを信じる人がこんなにいるんだから。クリスマスはやっぱり、あんた達がいないと始まらないのよ」
 二人は、黙って街の光景を眺めていた。

 ようやく家にたどりついた時には、午前四時を過ぎていた。
「悪かったな、こんな時間までつき合わせて」
「すまんの」
「いいわよ。貴重な経験出来たし」
 するとコメットはなにやら懐をゴソゴソと探り出し、小さな機械を取り出した。良く見るとそれはスマホだった。器用にヒヅメで操作している。どうもスマホ手袋を切り取って指先に貼っているらしい。
「彩、お前センスあるわ」
「どこがよ」
「物怖じせずに飛び込んでいけるとこだよ。そういう奴は伸びる。今後も連絡したいからLINEID教えて」
「別にいいけど」
 まさか喋るトナカイとLINEの連絡先を交換する事になるとは。人生どうなるか分からないものだ。
「んじゃな。また連絡するわ。奈良旅行で度々こっち来るし、そんときは顔出すわ」なぜ奈良。
 いよいよ出発と言う段階になって、私はサンタと握手をした。
「お嬢さん。本当にありがとう」
「大した事出来てないけどね」
「いいや、そんな事ありゃせん。こんな歳でも、まだやれる事があると教えてもらったよ」
「サンタさん、年齢だからって、周りの評価が気になるからって、自分の好きな事を諦めないでよ。私も諦めないから」
「フォッフォッ、おたがい頑張らんとの。それじゃあ行くぞ、コメットや」
「とりあえず行き先は地元の整骨院だな」
 二人はソリを走らせ、空へと消えていった。
 見送って空を眺めていると、不意に鼻先に白いものが当たる。
「雪だ……」
 さっきまで晴れてたのに。
 ホワイトクリスマスは、静かな街を彩っていく。

 年内最後の出勤日。昼休みに社食に行くと、珍しく一人でごはんを食べるあけみんが居た。
「お疲れ、あけみん」
 私はA定食が乗ったお盆を置き、あけみんの対面に座る。
「ああ、お疲れ。何か色々大変だったね」
「どうってことないよ、あれくらい」
 大変だったと言うのはヨッペのツイッター炎上騒動だろう。
 私がヨッペの裏アカウントのツイートに対して「メリークリスマス!」とコメントしたことをドムドムがネタとして拾い上げ、『コスプレイヤーのガチバトル!』として一時期ツイッター上の話題になった。
「まさかあの天使みたいなヨッペが悪口の為だけのアカウントを作ってるとは思わなかったよ」
「まぁアレだけ拡散したら当分は大人しくするでしょ。良い薬だ」
 それでも裏アカウントはまだ残しているのがヨッペらしい。まぁフォロワー一万人もいたら今更どれだけ炎上しようが変わらないか。
 ヨッペの裏アカウント炎上は狙ってやったものだ。いわゆる炎上商法。おかげで一気に私の名前は広まり、フォロワーは二万五千人を超え、今も尚増え続けている。ヨッペのファンがこちらにも流れてきているのだ。
「そう言えばさ、その紙何だい?」
 あけみんはお盆に乗った紙を見て不思議そうな顔をする。
「あぁ、企画の申込書だよ」
 うちの会社では毎年、年明けに全社員から企画を応募する『企画大会』を開いている。賞金は特に出ないが、企画が採用され、実績を出せたら昇格や人事の希望を通せるなど、割と良いメリットがある。
「企画?」
「新ブランド立ち上げようと思って。レイヤー向けの」
「コスプレ衣装を作るって事?」
「それもあるけど、レイヤーが着たくなるような服ってコンセプトでおしゃれな服を作ってみるのもありじゃないかと思ってね。年末のコミケで他のレイヤーから好みとか聞いて、仕事始めまでにデザインとサンプル作って提出する」
「へぇえ、面白そうだ。でも何で急に?」
 あけみんの言葉に私は頷いた。
「あれだけ自分のコスプレを馬鹿にされちゃったし、まだまだ現役を引退する気はないけれど、そろそろ次の身の振り方を考えておこうって思ってさ」
「それが新ブランドの立ち上げ?」
「私が作った服を、レイヤー達に着てもらうの。そして私を馬鹿にした奴らが私の服を着ているのを見て「あぁそれ私が作ったんだよねぇ」って言ってやるんだ」
「動機がちっちぇ」
 私達は笑った。
 その時、スマホが震えた。何気なく見ると、コメットからのLINEだった。奈良の鹿せんべいを食べにこちらへ来ているらしい。今夜辺りうちに寄るのだと言う。
 大丈夫か、それ。
「誰?」
 不思議そうな顔のあけみんに私は「最近出来た友達」と返しておいた。

 クリスマスの次の日、地方紙に、私達の事が小さく載っていた。
『サンタ服を来た不信な女、子供を脅しプレゼントを渡していく』
 我ながら本当に意味の分からない事件だと思う。

 あれから数日、帰国したサンタは現役の引退を表明した。とは言え他にもサンタはたくさんいるみたいだから、来年からこの国には後任のサンタがやってくる事になる。
 そこでサンタは、現場に同行して教育する『指導員』になることにしたらしい。
 現役を引退しても、まだまだ現場は引退しないと言うわけだ。
 それが、サンタの選んだ道。
 いつか私も、コスプレを引退する時が来るかもしれない。だけど、今までの経験が無駄だったなんて思いたくはない。
 やれる事はまだたくさんある。それを教えてもらったから。

「ねぇあけみん、今日飲みに行かない? 来年は結婚しちゃってるかもしれない訳だし」
「いいよ。じゃあプチ忘年会だねぇ。でも店空いてるかな?」
「大丈夫大丈夫、この前穴場の良い店見つけたんだ。そこ行こう。んでついでに私の友達も紹介するよ」
「へぇ、どんな人?」
「人じゃない」
「えっ」

 だからもう少しだけ頑張ってみようかな、なんて、今は思っている。

 ──了
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