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事件発生3649日目 ←NEW

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 菊池源吾のアパートに集まっていたメンバーはその場で逮捕され、
この時不在だった高村まりあ(HNみゆき)は翌日自首し、
犯人グループの主要メンバーはすべて逮捕され
事件は幕を閉じた。
 主犯桜田安政は当時未成年であったため実名で報道されることはなかったが、
ネットでは実名がさらされ、ただのひきこもりの子供が犯人だと知れると、
今まで持ち上げていた連中もしだいに冷めていった。
初めて未成年者に極刑が下されるかも知れないとあって、
各報道機関は面白おかしく取り上げたが
最高裁で無期懲役の判決が下されるととたんに報道を控えていった。

 それから十年の月日が流れた。
九年間の刑期を終えてひとりの女性が人知れずひっそりと拘置所の門から歩き出した。
その足取りはまるで地球に帰還したばかりの宇宙飛行士のようにふらふらしている。
わずかな段差につまずいてその場にへたりこむ。
涙は出ない。
外に出れても、自分を待っているものは何もない。
そう思っていたのに、その人はいた。
「内藤さん。」
「少し話がしたい。歩きながら話そうか。」
内藤はそう言いながらマメだらけのいかつい手を差し出した。

「約束覚えててくれたんですね。」
「えっ?」
「覚えてないんですか。次会うときにデートするって約束。」
「あぁ。そんなこともあったな。でも十年前前だぞ。」
「約束は約束です。」
 内藤は行きつけの定食屋で少し遅い朝食をおごることにした。
ここならゆっくり話ができそうだ。
これで約束をチャラにできるとは思えないが。
「安政くん、最近また小説を書き始めたんですよ。
 自分のすべきこと、見つけたみたいで。
 内藤さんが何度も面会してくれたおかげです。」
桜田安政は獄中で今でも高村まりあや意識不明から復調した玉木と
手紙のやりとりをしている。
おそらく、それで内藤が毎月桜田安政に面会していることを知っているのだろう。
「小谷が協力を申し出たときの交換条件だったからな。」
「それだけじゃないんでしょ。」
「おれ自身もこの事件、風化させてはいけないと思っている。
 それで聞きたかったんだが、以前君のキャバクラに言ったとき
 犯人の携帯から手がかりを探すヒントをくれたね。
 なぜあんな敵に塩を送るようなマネを。」
「なんでだろうね。
 本当は止めて欲しかったのかも。
 私も。
 安政くんも。」

 桜田安政は小学四年生のときから家にひきこもりがちだった。
その時ネットで高村まりあに出会い、
高村の紹介で塾講師だった玉木と引き合わされた。
歳も立場もバラバラだった三人はやがて強い絆で結びついていく。
三人の連帯感の根源にあるもの、それは不満だった。
桜田安政は親に不満を持ち、高村まりあは仕事に不満を持ち、
玉木猛士は社会に不満を持った。
どこにもリンクしていない秘密の掲示板を作り、
三人で話しているうちに、三人の合作の小説を作ることになった。
安政と高村がアイディアを出し合い、玉木が書き起こしていく。
痛快だった。
人質を使って
無理難題を吹っかけて
クーデターする話。
あとちょっとだった。
あとちょっとで完結するってときに。
 12月に入り、総理になって以来忙しくって会う機会がなかった桜田の祖父が
家にやってくるという。
「首相の孫がひきこもりだなんて我が家の恥だ。」
安政の両親はプライドが高く、息子のひきこもりをひた隠しにしていた。
安政に祖父の前ではひきこもりとばれないように演技するように約束させ、
約束を破った場合パソコンを取り上げるとまで言った。

「それが最後の引き金になったんだな。」
「私もあのとき仕事をクビになって、相当まいっていたから。
 もっと私が相談に乗っていれば……。」
「これからやればいいさ。
 君はもう自由なんだ。
 毎日だって面会にいける。」
まだ希望は残っているのだから。
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