新山さんは身長が173せんちあります。おんなのこですが、身長が173せんちあります。すでに高校の時点で、身長が170せんちを超えてしまいました。
いくら努力をしようにも身長は縮みませんでした。とっても好きな人ができたとき、新山さんは足をちょっとだけ切ってやろうと本気で考えていました。
「デカい女は好きじゃない」
新山さんの好きなおとこのこは言いました。
その夜、新山さんは足を少しだけ切ってやろうと思いました。泣きながら、それはもう涙を流して流して、足を切ってやろうと思っていましたが、気付いたら寝ていました。
新山さんはおんなのこです。いつだって、可愛いものがすきで、ふわふわするものを集めて、ちいさいものが素敵に見えました。将来の夢はかわいいお姫さまらしいです。
ですが、新山さんは身長が173せんちもあったのです。
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小学校のクラス写真、一番右上にいたのは荒木さんっておんなのこでした。
新山さんは真ん中、髪はみじかく、前歯が抜けています。それでも笑っている新山さんはなんだかおとこのこみたいだと近所でうわさでした。
荒木さんはすらりと背が高く、とてもスタイルが良い格好の良いおんなのこでした。新山さんは荒木さんのことをすきでしたが、クラスのみんなも荒木さんがすきでした。おとこのこも荒木さんが好きで、だいたいみんな、荒木さんがすきだったと思います。
小学四年生からはじまるクラブ活動。新山さんは走ることがだいすきだったので陸上部に入りました。なかでも、ハードル競争が得意だったので、毎日毎日ハードルを飛び越えながら走り回っていました。
一方、荒木さんはバレーボール部に入部しました。バレーボール部は陸上部が練習している場所のすぐ隣、小さなコートで練習をして、雨の日は体育館で練習をしました。陸上部は雨が降るとお休みになりました。
荒木さんは新山さんに言いました。「バレーはとっても楽しいのよ」と。新山さんは荒木さんのことがだいすきでしたので、「私もバレーボールやりたいかも」と思いながらハードルを飛び越えていました。
六年生になって、新山さんは荒木さんにバレーボールを習いました。ハードルをたくさん飛び越えたあと、バレーボールをしました。
「新山さんは中学入ったら、陸上部に入るの?」荒木さんは言いました。
「どうしよっかなぁ」と新山さんは言いましたが、すでに心は決まっていたのでした。
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新山さんのスパイクは強烈なものだったといわれています。
荒木さんのスパイクはそれよりも強烈だったといわれていました。中学二年生の時に地区大会で準優勝まで勝ち上がり、青春の美しい汗を流しました。
新山さんは「バレーボールがあればもう一生満足だ」と思っていましたが、残念ながらバレーボールよりも大切なものができてしまったのがその年の秋でした。
遠足は奈良でした。特に新山さんは大仏にも鹿にも興味はなかったのですが、その日だけはいつも結い上げている髪をおろし、少しだけ化粧もしておしゃれをしました。
「足立いるじゃん、あいつ、ニイちゃんのこと好きっしょ」一週間前のお昼休み、荒木さんたち仲良し三人組が新山さんにそう言いました。
「そんなことないでしょまたまたご冗談を」新山さんはまんざらでもない顔をして手をぱたぱたと振ります。
「いやいや足立さ、絶対ニイちゃんのこと好きだって。ニイちゃんにだけ話しかけてこないしさ、そのくせニイちゃんのことばっか話してくるしさ」
「あたし嫌われてんじゃないの」
「その逆。意識してんだって。どうすんのさー、遠足一緒の班じゃん、コクられるかもよ」
「キャー」と仲良し三人組は手を取り合って、小さな歓声をあげました。
新山さんは急に恥ずかしくなってフルーツ牛乳のストローを思いっきり吸いました。もうほとんど残っていませんでしたが、底にあった残りわずかなフルーツ牛乳が勢いよく喉の奥に入ってムセました。顔が真っ赤でした。
それから新山さんは、足立さんのことが気になって気になって仕方のない一週間を過ごしました。
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奈良公園の隅っこの日陰で新山さんの班はお弁当を食べました。
足立さんは新山さんの対角に座っていましたが、他のおとこのこと話す一方で新山さんのことを一度も見てくれません。新山さんは寂しい気持ちで黙々とお弁当を食べました。話す内容も上の空でした。
「ばかやろう、おとこのならはっきりしなさいよ、私のことがすきなんでしょうがよ」てな感じで、新山さんは自意識過剰の気があったり、周りから良くも悪くも話が早いタイプだと言われていましたが、とにかく新山さんは足立さんの答えが早く欲しかったのです。
友達から伝聞した「好きかもしれない」を、新山さんは鵜呑みにして、気付いた時には新山さんが足立さんを好きになっていたのでした。
大仏を見て、鹿にせんべいをやって、電車に乗って、遠足は終わりました。
新山さんが足立さんと交わした会話は「んじゃ、いこっか」「うん」のたったそれだけ。いや、これは足立さんが新山さんに言った言葉でもない。新山さんが勝手に「うん」と返事をしただけで、実際は会話なく遠足を終えていたのでした。
新山さんは半分ブチギレそうになっていました。
「こいつどんだけヘタレなんだ」と怒り心頭でした。
電車からはバスでした。学校前で降りて、そのまま解散になりました。
新山さんは足立さんの後ろをついて、少し離れて帰りました。
途中、河原にかかる橋へと差し掛かったところで足立さんは振り返りました。
「なんですかね」
「あ、いや、あたしもこっちなんだけど帰り道」
「ああ、そっか」
足立さんはまた歩き出しました。少し遅れて新山さんも歩きました。新山さんの家はとっくに通り過ぎています。いったいどこまで付いていくのでしょうか。それはもちろん、足立さんが新山さんに「好きだ」と愛の告白をするまでです。新山さんは優しい女の子でもあったので、シャイボーイな足立さんに少しでもチャンスを与えてあげるのでした。新山さんに告白できるチャンスを。
けれども、足立さんは動こうとしません。これだけ新山さんがシャイボーイの足立さんのために一生懸命なのに、足立さんは知らん顔です。
まさか、足立さんは今日という日をあきらめるつもりなのでしょうか。恋は忍ぶものとはよく言ったものですが、こんなにも新山さんがチャンスを与えているのに、足立さんは今日をあきらめるのでしょうか。条件は整いすぎているくらいでした。
そんなことを考えていると、新山さんの怒りはどんどんと熱を増していき、堪忍袋はもうぱんぱんに膨れ上がって大爆発寸前でした。
足立さんがカバンからCDプレーヤーを取り出した時、新山さんの我慢はいよいよ限界に達しました。
「足立! いい加減にしろ!」と新山さんは叫びました。
「あんたどんだけ意気地がないの!? はっきりしたらどうなのよ! ええ!?」と新山さんは顔を真っ赤にして叫びました。
「は?」と足立さんは応えました。「何の話?」と。
「だーかーらー! あんた、あたしのことがすきなんでしょう!? はやく言いなさいよ! 付き合ってやるから! 早く言えっつの!」
新山さんの声にはますます力が入っていました。怒っているし、なんかもう自分から催促しているしで、ほとんどめちゃくちゃでしたが、何を隠そう新山さんも足立さんのことがすきだったので良しとしましょう。
冷えた風が吹いてきました。秋になり、夕冷えしてくるころです。遠くの電灯がちかちかとなり始め、足立さんの驚いた顔を照らしていました。
「いや、別に付き合ってほしくないんだけど」
「え?」
「別に俺、お前のこと好きじゃねえし」
「え?」
「つか俺、デカい女好きじゃない」
紫色の空が広がっていました。さっきまであんなに眩しい夕焼け空が、いつのまにか色を変えていたのでした。
新山さんは何が何やらわからずに、そのままの勢いで彼に歩み寄り「足立のアホー!!!!」と吐き捨てて逃げ去りました。
次の日、新山さんは学校を休んだそうです。その次の日、なぜか足立さんが荒木さんたちと謝りにきたそうです。
新山さんはとても身長が高い女の子でした。だって、バレー部のエースですから。
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「いやしかし、新山さんはスタイルいいですねぇ。モデルさんみたいです」
大学の研究室で、顔面を溶かしたような笑みを浮かべながら後輩が言う。
「そうか」と私は吐き捨てるように言い、一応愛想笑いを浮かべた後に落ち込んだ。いつもの流れである。
トーテムポールと裏で呼ばれていたことなんて、お前には一抹もわからんだろう。とその柔らかそうな頬を引っ張ってやりたかったが、これもいつも通り。悶々と一人ひねくれるのだ。恐らくあとで壁くらいは殴ると思う。
後輩の身長は155cmだと聞いた。まぁ可愛い、それでこそ女の子ですわ。食べちゃいたい。
私が後輩を見下ろすようにして、不気味な笑みを浮かべてやると、後輩は少し驚いて後ずさりをした。顔面は笑ったままであるが、明らかに怖がってもいる。
ほんの気まぐれのつもりであったが、私は「ありがとね」と笑って、頭を撫でてやった。すると、後輩はホッとしたような表情になり、とても可愛い笑みに戻った。
だから少しだけ、優しくなれるのかもしれない。