時刻は夕暮れ。太陽もまだもう少し頑張ってくれそうだが、それもせいぜいあと一時間というところだろう。低い角度から照らすオレンジ色の夕日が古都の街を照らしていた。
京都。かつては首都として栄え、現在でもその風格は色褪せない。日本を象徴するような多くの観光資源が一点に集中していることから、今日もこの街は外国人観光客であふれていた。
そんな古都の外れに位置するとある仏閣を目指して、四人の少女は坂道を駆け上がっていた。
京都の寺の営業時間はせいぜい午後5時くらいまでだ。少女たちが今いる位置を考えると、坂の上にあるそのお寺の閉門時間に間に合うかどうかは、かなり微妙なところだった。
「あー! 真奈がんばれあとちょっとだからー!」
先頭を駆けていた一番背の高い少女、きょうこは最後尾で一人だけ遅れをとっている少女に発破をかける。
「……そんなこと、言ったって、……しんどいもんはしんどいぞ……。別に無理して銀閣寺に行かなくてもいいじゃないか……帰りの電車に間に合わなくなるぞ……」
最後尾の小柄な少女、真奈は息も絶え絶えといった様子であえぐ。
「でも銀閣寺だけ行かないって気持ち悪いじゃん。金閣寺は行ったのにさ。この2つはセットだろー」
「確かにそんなイメージがあるわよねぇ。でも銀閣寺は金閣寺と違ってあんまり派手さはないイメージがあるわね」
4人のうち、二番目と三番目に走っている少女が言った。
髪をサイドで2つに結んだ鈴と、少しパーマがかった髪を揺らして走るサヤの二人の顔にも疲れの色が見えていた。
「えっ! 銀閣寺って銀色じゃないのか!?」
「銀箔を貼られる予定があったけど、財政難で貼られなかったらしいわよ。もとから貼らない予定だったっていう説もあるみたいだけどね♪」
先頭のきょうこから後続集団に向かって投げかけられた疑問に、サヤが当意即妙に応えた。
彼女たちが目指しているのは慈照寺、通称銀閣寺だった。京都の北東に位置している、室町時代に建立された寺院である。
京都の神社仏閣の多くがそうであるように、銀閣寺もまた京都を取り巻く山の中腹に立っている。そのためたどり着くには多少の山登りをしなくてはならない。
一昨日京都駅に到着した彼女たちは、自転車を駅の駐輪所に預けて三日間の観光を楽しんで、その締めとして銀閣寺を選んだようだ。
「……なんでもいいけど、間に合うのか……電車乗るなら、自転車分解しなきゃいけないんだろ……?」
「まあまあそうブーブー言うなよ真奈。ほら、看板見えてきたぞ?」
今すぐにでも坂道を下ってしまいたい真奈が、前方の鈴にあやされている。
鈴の言葉通り、ようやく銀閣寺の入り口にたどり着くことができたようだ。長い年月を感じさせる木造りの門が彼女たちを出迎えた。
時刻は4時50分。閉門ぎりぎりだったが、まだ入場はできるようだった。
四人は息を切らせながらも、足を緩めてゆっくりと中へと入っていった。入って右手にはいわゆる銀閣、観音殿が鎮座している。
「ホントだ……銀じゃない! なんか趣あっていいやねー……!」
早々に息の整ったきょうこが目を細めてしみじみとつぶやいた。池をバックに夕日に照らされて輝くそれは、銀箔など貼っていなくても彼女たちの目には十分に美しく映った。
「……た、たしかに、綺麗だ……。……ん、庭園の中を歩けるんだな。せっかくだから歩いてみよう……」
先ほどまでの狼狽した様子とは打って変わって、にわかに元気を取り戻した真奈が先頭にたって順路をたどる。
庭園を散歩した先は、ちょっとした高台になっていた。
「うわお……また登りか。うん、もうひと頑張りしますかね」
「でもほら、石の彫刻とか、滝とかあるみたいよ。見てて飽きないわねぇ、ああいうのって」
「サヤ……結構渋いの趣味だな」
鈴とサヤはそんなことを語りながら、真奈の後に続いた。
すでに閉門時間を過ぎているため、彼女たちの後には職員らしき人がついてきており、閉門の前の見回りをしていた。要は急かしてさっさと追いだそうという魂胆だ。
「……う、わぁ……」
先頭を歩いていた真奈が、高台について真っ先に声を上げた。
「すごい景色だな……京都の街、一望じゃん」
真奈に追いついて高台からの景色を眺めた鈴も、同じように簡単の声を上げる。
「ちょうど夕日が沈む時間帯で良かったわね。綺麗……」
眼鏡の奥でうっとりと目を細めるサヤ。その背後にはようやく追いついたきょうこが姿を見せた。
「おお! なにこれすごい! めっちゃ綺麗じゃん!」
「……趣のないやつめ……」
思わず黄色い声を上げたきょうこを、真奈がぼそっと呟いてたしなめる。
「でもあたし、この景色が京都で見た中で一番綺麗だと思うよー!」
「確かに。清水寺からも一望できたけど、こっちの方がなんか景色が近く感じるかも」
「そうねぇ。今日でもう帰っちゃうと思うと、少し寂しいわね」
「……そうだな……寂しい。……でも、ここに来てよかったよ……」
きょうこ、鈴、サヤ、真奈の順で横一列に並んだ四人は、橙色に光る古都を見下ろしながら順番につぶやいた。
旅行はこれでおしまい。何かが終わる時というのは、いつだって少し悲しいものだ。
「うん! 楽しかったよな!」
「そうだなー。自転車はしんどかったけど、いっぱい美味しいものも食べられたし……」
「また、みんなで来たいわね」
「……うん。来よう。もう一回。みんなで」
彼女たち四人の高校二年、夏の旅が今にも終わろうとしていた。
この時した約束、「もう一回、みんなで」。
それが果たされるかどうかはわからない。
それでも、高校二年の夏休みにみんなでした旅が確かにあったのは、絶対に変わらない。
同じように、高校からの帰り道みんなで一緒にマックでだべったのも、絶対になくならない楽しい思い出になるのだろう。
「さて、東京行きの電車まで少し時間あるし、なんか食べていこうぜ! マックで!」
「「「おー!」」」
<完>