セックス†ヴァルキリー
ぼくの女給さん
ぼくのおやじが生きていた頃はよく「女は家にいて仕事するもんだ。パートに出て家がほったらかしちゃ、誰がこの家を守るんだ?」と言っては、散らかった洗濯物やたまった洗い流しをせっせとこなしていた。ぼくはそんなおやじが、分からず屋で頑固者だと思った。
でも、いま思うとぼくはおやじがほんのちょっぴり正しかったことを知っているので、複雑だ。
完璧なジェンダーレスが実施され、あらゆる資格と権利と義務において男性と女性の差はなくなった。力があれば工事現場で働くこともできるし、スポーツは男性と女性で分けられなくなった。女性は家庭に入ることなく、ちょうど数年前に発見された太平洋沖の新大陸開拓事業にも参加して、ガンガン社会に参入していった。
その結果なにが起こったかは三年前の新聞記事を参照して欲しい。そう、その記事だ。
全人類、全男子インポ現象。
○
ことの始まりは、パーフェクト・ジェンダーレス実現から半年後のことだった。その日、あらゆる男性たちが朝立ちしなかった。まァあまり人に言うことでもないので、新妻や同棲している彼女から一部の男性が、軽くからかわれただけで済んだ。一週間経って、離婚や別離が増えた。一ヶ月経って、どうも周りのみんなが立たないようになったことが明らかになってきた。屈指のAV保有率を誇っていたレンタルビデオショップが赤字経営に落ち込んだとき、この国の男性たちのチンポコもめっきり元気をなくしていたわけである。
これは、男性が女性に女性性を感じられなくなったため、という見解がテレビで科学者の人たちから発表された。
ぼくは物書きをしているけれど、科学系の話はどうも苦手で、そのメカニズムはあまりよくわからない。でも、チンコが立たないのはすごく困ったし、みんな戸惑っていた。高校の同窓のFは認めたがらなかったけど、街で泣いている女性を見かけると、どうも充実していた性生活がみじめなものになり、復旧の目処が立っていないから泣いているくさいのが何人かいたのは事実だ。だいたい、トイレから出てくるときに泣いていた。まさかアンモニア刺激臭に涙腺を刺激されたわけじゃないだろう。
そして、なにより賢かったのは事業家たちだった。彼らはチンコが立たないこともカネにしようとした。天晴れである。五、六年経てば彼らの映画が出来上がるだろう。タイトルは、『レディ、ゴーホーム!』なんてのはどうだろう。フィクション形式ならぼくが書いてもいいな。
彼らは無職の女性たちを募集して呼びかけた。
女給さんになりませんか、と。
家庭建築型住み込み式女給供給会社が誕生した。いま、あらゆる未婚男性の家庭に女給さんのいないところはないし、夫婦共働きのところにさえ女給さんはいるのだ。
全人類インポ現象は、女の人の「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」で解決したのだ。
○
いま、ぼくの六畳一間のボロアパートにも女給さんはいる。台所から今晩の夕食のにおいがしてくる。ようやくぼくのところにも女給さんがきて、最近は数年ぶりのリビドーに満ち満ちている。
問題は、ぼくが作家であり、家を滅多に出ることなく、他の外働きの男性たちみたいに『外で処理する』ことができないことだった。女給さんへの性的暴力は強制去勢である。唯一の救いは新大陸での新種生物の脳を解析するスキャナーを改良調整した記憶掘削機(メモリードリル)によって、女給さんのひとり美人局を喰らうことがないことだけだったが、それでぼくのリビドーが慰められることはない。ぼくはアマゾンで買ったポメラに向かい仕事に集中しようとした。しようとしている。しようとしたかった。
せんべい座布団にあぐらをかいたぼくの足が描く円のど真ん中に、パジャマに包まれた塔がそびえ立っていた。
ぼくはこれをなんとかしなければならないのだ。最近は、もうぼくが勃起してても光江さん――ぼくの女給さん――は無視してくれる。でも、夢精したパンツを洗濯籠に入れてそのまま誤魔化そうとしたときは正座させられてしこたま怒られた。光江さんはず――――っと無表情だった。死にたかった。自分で洗濯しようにも、ぼくは家のことなんてまるでできないのだった。カップラーメンさえ満足に作れない。お湯を沸かすのがこわいのだ。
高校の同窓のKは、女給さんが来て一ヶ月で結婚した。理由はできちゃった結婚。男も女も、リビドーに溢れている時代だった。
「先生」と光江さんが肩を叩いてきた。
ぼくは眠たげな、デキる小説家を気取って振り向いた。無論、股間は爆裂しそうになったままだ。光江さんもわかっていないはずはない。それでも張りたい意地と見栄が男にはある。
「夕飯できましたよ。いま食べますか? それとも、もう少しお仕事なさいます?」
ぼくは食べると答えた。食欲を満たすと性欲も鎮まってくれることが多いのだ。光江さんは嬉しそうに手のひらを合わせて、眼を糸みたいにして笑った。ぼくは口には出さなかったけれど、その目元に疲れから来るたるみができているのがわかった。
ぼくは二十二歳の、学生崩れの小説家。光江さんの年齢は、まだ聞いたことがなかった。遊びにきたFは二十三だと言う。Kは二十八という。ぼくは間をとって二十五くらいだと勝手に思っていた。
「どうかしました?」
つい胸をガン見していたぼくに光江さんがあどけなく聞いてくる。けれどぼくは知っている。彼女はぼくがそのふくよかな乳房があわらになるのを妄想していたのをわかって聞いているのだ。そのしたたかさは、二十三には思えない。
○
六畳一間なので寝るときは当然、平行線になって寝ることになる。しかしぼくは夜になると俄然インスピレーションがエクスプロージョンで、ナウなヤングにバカウケ小説を書く身だったので、寝つくのは二時や三時がざらだった。
ぼくがカタカタ打っているとき、光江さんはぼくのうしろですやすや眠っている。歯軋りとか寝返りとかしないでくれるのでとても助かる。
ぼくは順調に進んでいるフリをして書いていた駄文を打つのをやめた。そうっと背後の様子を窺う。
かけ布団のなかに、髪をほどいた光江さんの横顔がのぞいていた。今晩も気持ちよさそうだ。光江さんは髪をほどくと少しだけ子どもっぽくなる。
ぼくは深呼吸をして、布団のないコタツの下にあるティッシュを引き寄せた。三枚ほど素早く引き抜く。うしろを窺う。眠る光江さんの眉根にはしわひとつない。
トイレでやるのがもっとも安全だということはわかっている。だがそれは間違っている。トイレにはネットで拾ったぼくの最上級おかずを持ち込めないからだ。以前、ケータイで転送したのをおかずにしてみたがだめだった。画質が悪くて気が散って仕方ない。やはりPCの液晶でないとイマジネーションがビッグバンしないのだ。それに、罪悪感ほとばしる思いだが……うしろに光江さんがいるという状況が、たまらない。
ぼくはパジャマのズボンと下着をケツまでずりおろし、ティッシュで赤くなった陰茎を包み込んだ。自慢じゃないが固さには自信がある。握ると輪郭をなぞりたくなるほどギンギラギンのギンギンギンだった。トイレで粗末なおかずではこうはいかない。それではだめ。贅沢の仕方がへたっぴ。小出しじゃダメだってカイジの班長が言ってた。
ぼくは、パソコンの液晶だけが世界の入り口のように白い光を放つ暗い部屋で、最高のおかずをセレクトしてフルカラーエロ漫画をぼくの好きなコマだけ抽出した画像がぼくの好みとおりに流れていくようにチャートし、ディスプレイに流した。ゆっくりとこすり始める。
これは愛撫だ。ぼくはいま、時間を愛でているのだ。
女子高生に逆に犯されるという漫画が展開していく。この漫画を描いた人は天才だと思う。売れることなく同人作家として活動していたが、不謹慎厨の魔の手にかかって干されてしまった。風の噂によると断筆してしまったらしい。無念でならない。こんなにも逆レイプの素晴らしさをわかっている人の未来が閉ざされてしまうなんて、世も末だ。
スクリーンの映像が切り替わる。とうとう挿入だ。蛇みたいな目つきをした女の子がブラウスの前をはだけて、パンツをおろしている。その口元からはよだれが滴り、三白眼はぬらぬらと照り光っている。
突然、画面が消えた。
違う。ディスプレイが倒されたのだ。
誰に?
「……こういうのがすきなんだ?」
視力がまだ暗闇に慣れてくれない。ぼくは、何者かにつかまれてせんべい布団の上に引き倒されていた。いや、ほんとは誰にやられたかなんてわかっている。
ぼくに覆いかぶさった誰かの髪の毛先が鼻をくすぐった。光江さんのにおいがした。
「光江さん……」
「いやですか……?」
光江さんの声は容赦がなかった。責められている気がした。はいとでも言えば首を絞められそうだった。ぼくは答えられなかった。すると、身体が震え始めた。怖かった。
「怖いですか……?」
答えも聞かずに、光江さんはぼくのむき出しになったペニスをくわえた。ざらりとした舌にべろりと陰茎をなめられる。顔が熱くなった。光江さんはぼくの股にひっかかっていたズボンとパンツを剥ぎ取り、上も無理やり脱がした。いくつかボタンが千切れとんだ。すごい力だった。そのまま、布団をかぶせられた。
なにも見えない闇に、光江さんの荒い息づかいだけが聞こえた。衣擦れの音がして、すぐにやんだ。きっと光江さんはいま、なにも着ていない。想像するとぼくの陰茎がまた少し伸びた。
抱きしめられた。ぼくの胸に、光江さんのふくよかな脂肪と固くなった先端が当たった。耐えられなかった。
ぼくは射精した。終わった、と思った。光江さんは布団を剥ぎ取った。
電気がつけられた。光江さんがつけたのだ。
光江さんはやっぱり裸だった。洋梨型のおっぱいのすぐ下に無駄のないおなかが続いて、黒い茂みにいたる。
へそのまわりに白い液体がこびりついていた。間違いなくぼくのだ。
光江さんは疲れたような顔をしていた。ぼくはただ無意識に正座して、勃起をやめないみじめなペニスを立ち上がった彼女の膣に向けていることしかできなかった。
光江さんは跪いて、ぼくの首に手を回してくれた。
「驚かせてごめんなさい。でも、もう、無理。無理なの」
「…………ぼくは」
光江さんはぼくから身体を離した。頬がほんのり上気して、お酒を呑んだ後みたいだった。でも、その眼は真剣だった。
「お願いします。あたしを抱いてください」
「む、無理です。ぼく、童貞です」
ぼくはそのとき、無様に思われることに喜びを見出し始めていた。どうせ恥ならすでにかきまくっている。楽しまなくては損、くらいに考えていた。
「女の人とエッチなんて……できないです。わかんないです」
「いいの。あたしがリードしてあげるから。そういうの、いや? いやじゃないよね」
敬語じゃなくなっていた。距離も近づいていた。ヒザ立ちになった光江さんがぼくの胸に額をくっつけた。
「お願い」
「でも……」
「あたし、今年で二十七なの」
突然の告白にぼくは絶句してしまった。そしてその沈黙が、彼女をひどく傷つけてしまうことになると、わかったときには遅かった。沈黙は沈黙として捉えられてしまっていた。
「ねえ、あたし、もうおばさんなの」
光江さんは切なそうに言う。
「そんなこと……ないです」
「ありがとう。でも、なりかけてるの。もう男の人に見向きされなくなっちゃう。もうすぐ……」
光江さんはしがみついてきた。悪い夢を見て飛び起きた子どもみたいに……。
ぼくは慣れないながらも、光江さんの白い背中に手を回して抱きしめた。光江さんのおなかがぼくのおなかとくっついて、精子で張り付いた。
「童貞の方がいい。童貞の人って、あたしのこと誰かと比べたりしないもの」
「童貞じゃなくなったって比べたりしません」
ぼくは咄嗟に口走っていた。
本音だった。ぼくは光江さんのことが好きだったからだ。
好きにならないわけがあるか? 彼女は小説を書きながら眠り込んでいたぼくに、カーディガンをかけてくれたのだ。それだけで彼女のために死ねるくらい覚悟だったら決められる。それが男というものだ。ぼくは半端者だが、男の端くれではある。
お互いの身体が火照ってきた。なにか言いたいのに、みだらなで正直な身体が接合を求めていた。
「……先生」
光江さんは恥らうようにぼくを呼んだ。
それが引き金になった。ぼくは光江さんを押し倒した。
光江さんの白い乳房が軽やかに弾む。もう止められない。
ぼくは彼女を犯す。
乳首に吸い付き、どこに入れるかもよくわからないまま彼女の股ぐらに隆起したペニスを上下させ、何回かのピストンの末にずるりと挿入した。彼女のなかは暖かく、奥に進むことはできても戻ることは難しかった。先端から先走った汁があふれ出す。
光江さんの顔にかすかに屈辱の色が走っていた。彼女はぼくが夜な夜なオナニーにふけっていたこともきっと知っている。夢精したパンツを洗ったこともある。きっとそのとき軽蔑と嘲笑の気持ちは、確かに彼女の胸のなかにあっただろう。それが普通だ。
しかしいま、彼女は、一日家にこもって小説を書くだけが能の男に犯されている。蹂躙され、乳房を吸われ、唇を奪われ、膣のなかをぼくの体液まみれにされている。
いままでに光江さんが何人の男性とセックスしてきたのかはわからない。でも光江さんのヴァギナは、舗装された道路のようにペニスに馴染んでいた。ずりゅっ、ずりゅっ、と淫らな音が下腹部から聞こえてくる。
ぼくは彼女の胸の谷間に顔を埋めた。軽く歯を立てると嬌声があがった。
乳房の海から顔をあげると、濡れた瞳と眼が合った。光江さんは笑って、言った。
「この、童貞……」
ぼくは我を忘れて彼女を犯した。力任せにペニスで膣を犯した。
彼女はそうしてもらいたかったのだろう。悲鳴をあげて、腰を自分から振ってきた。ぼくの睾丸が彼女の尻の肉とはげしくぶつかってパンパンと音を立てた。そしてそんな音も立たないくらいピストンが速まっていった。
先生、先生、と首にしがみついてくる女が言った。
ペニスを精子と快感が通り抜けていった。ぼくは力尽きて、へなへなになったペニスを膣のあたりに押しつけたまま、眠りに落ちた。
ぼくはいまだに、彼女しか女性を知らない。