Neetel Inside ニートノベル
表紙

Fool in the Hole
Fool end

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 少女は歩く 歩く 歩く
 凍える体を 震える体を 軋む体を ただ抱きしめながら

「すいません、どなたかいらっしゃいますか?」
「んあ?珍しいな。こんな上層階に、あんたみたいな女の子が一人で来るなんぞ」
「少しだけ家の中で休ませてはもらえませんか?」
「ああ。たいしたもんはないが、ゆっくり温まっていきなさい」
 
 老人は少女を家の中へ招く
 その少女が何者かも知らぬまま
 老人の善意は少女に届いたのだろうか

「ほれ、コーヒーじゃ。熱いから気をつけなさい」
「ありがとうございます」
「で、お前さんはなんでこんな上層階まで一人で来た?」
「実は、私は送電技士の研修生なのですが、発電施設の視察中に教官達とはぐれてしまって…」
「それでうろついとったのか?それはまた随分な方向音痴じゃなぁ」
「すいません。でもお爺さんこそ、こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」
「あー、まあ、なんじゃ。友人との約束でのぅ。ここで見張りをしとるんじゃ」
「見張り、ですか?」
「うむ。そいつは中々の腕前の賞金稼ぎでのぅ。儲けた金でここにハーレムを作る予定なんじゃ」
「ハーレム?」
「そのためにこの場所を誰にも取られんように見張っとるんじゃよ」
「その、なんていうか…、お元気、なんですね」
「うむ。いまだ現役じゃよ」

 老人は笑う 笑う 笑う
 無駄に大きいその声に
 無駄に元気なその笑い方に
 少女は首をかしげる

「どうかなされたんですか?」
「あ?あー、うむ。流石にわざとらしかったか」
「はい、流石に」
「こんな嬢ちゃんに見透かされるとはのぉ」
「何か、あったんですか?」
「その友人が死んだんじゃよ。職業柄いつかこうなるとは思っておったが、いざそうなると悲しいもんじゃ」
「…では、おじいさんがここに居る理由は」
「無いな。他に行く所もない。気力も体力も無い。しかし、思い入れはある。じゃからここを動く気はない」
「…」
「そんな顔をしなさんな。ここも寒い以外はそんなに悪いところでは無いよ」
「でも、やっぱりこんな上層階では不便じゃないですか?」
「なに、中央の大型エレベータの施設点検のために2週間に1回は人が来るからの。その時に買い物なんかは何とかなるでな」

 少女の顔が曇る
 その目に宿るは悲しみか憐れみか
 老人にはわからない 
 
「私は送電技士になれば、皆さんの暮らしが少しでも良くなると信じてやってきました…」
「実際上層階を一人で歩くと、教えられてきたことと違うかね?」
「…はい」
「人類が地下に潜って早150年。下層階の連中は利権と地熱、そして電力を求めることしか知らん」
「そのために上層階の人たちは、ないがしろにされているんですか?」
「正確には仕方なく、じゃな」
「?」
「この地下都市は他のそれよりも随分治安は安定しておる。その分、出生率も高くなり、人口増加が設計上の仕様を超えとるんじゃろ」
「他の地下都市のこと、ご存じなんですか?」
「まあ、な。今でこそただの老いぼれじゃが、昔は高温超電導体関係の技術者として、そこそこ有名だったんじゃよ」
「それって、もしかして唐沢式高温超電導体ですか?」
「うむ、研究チームの一人じゃった」
「すごいじゃないですか!あの技術が無ければ、地下都市の増設計画も成り立たなかったって話ですよね!」
「ああ、その技術はこの地下都市から最も近い地下都市で確立された技術。…今はもうその地下都市も、無くなってしまっとるがの」
「事故か、何かで?」
「いや…。市民の暴動が原因でな。それに乗じて反政府組織が酸素供給システムをさダウンせた、と聞いておる」
「なんで、そんなことを…」
「さてな。詳しいことまでは知らん。わしはその時、地表近くの廃棄された原子力発電施設に、偶然送り込まれていたおかげで難を逃れただけじゃ」
「じゃあ、家族とかは…」

 老人の老いた瞳は虚空を見つめる
 何も映らないその瞳には 
 怒りも悲しみも
 影すらも


 動く 開く 回り始める
 それはゆっくりと ひっそりと

「もう、随分と昔のことじゃからの…」
「おじいさんのような境遇の方が、なぜ賞金稼ぎなんて人種と友人に?」
「あいつは賞金稼ぎになる前からの付き合いでな。正確にはこの地下都市に来る前から、じゃがの」
「その人が賞金稼ぎになろうとした時、止め無かったんですか?」
「ああ、止めなかった。わしは、あいつが死ぬために賞金稼ぎをやろうとしているように見えたからのぅ」
「そのために、他の人間が傷つくとしてもですか?」
「他の人間…か。特に考えておらんかったよ。あの時はワシも奴もただ欲しかったんじゃ」
「何を、ですか?」
「酒。酒を買う金、じゃな」

 その水は全てを忘れるために
 想いを洗い流すために
 ただ消し去るために

「軽蔑するかね?しかし、わしらには必要だったんじゃ」
「だから、止めなかったんですか?」
「ああ、そしてわしも加担した。奴に銃を与えたことで、人殺しの手助けをしたことになるのじゃろう」
「…やはり、あなたがこのコイルガンを作ったんですね?」

 向けられる銃口
 向けられる冷たい視線
 向けられる少女の殺意

「…そうか、おぬしがロイを」
「ええ、殺しました。あなたが、あいつに与えたこの銃で」
「なあ、奴は最期に何と言っておった?」

 ――覚えていてくれ――

「…何も。血反吐を吐いて絶命しただけです」
「…そうかい。なら覚えておくといい。奴の死に様を、今日ここであったこと、そしてこれから…」

 少女は引き金を引く
 消える命 消える目的 消える…
 少女は自身を抱きしめた

「は、はは」

 乾いた笑い
 歓喜と悲愴が混ざって淀む


 少女は歩く
 老人の守っていたもの
 男の夢を確かめるために


 開く扉
 眩しい光
 その先で少女は自らのこめかみに銃口を突き付け


 その引き金を引いた――

       

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