Neetel Inside ニートノベル
表紙

Fool in the Hole
リャノン・バーン

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 奈落の底から温もりを求めながら
 絶望を抱く人々と共に
 ただ
 羨望と嫉妬の眼差しで
 俺達は楽園を見下ろしていた


 寒い。それもとてつもなく、だ。
 いつものように凍える体を抱きしめながら、俺は仕事を始めた。スタン警棒を下げるためのベルトを巻き、俺はやる気のない表情で詰所を後にする。
 俺は勉強のできる妹と違い、頭も要領も悪かった。かろうじて職には就けたものの、お世辞にも待遇のいい仕事とは言えない。
 地下都市における大型移動設備の警備と管理。しかし、俺には設備そのものを整備する技術は持ち合わせていない。だが、腕っ節だけは人一倍強いという自負はある。まあ、そのおかげで警備要員としてここに配属されはしたものの、俺の腕っ節が必要な場面などそうそうあるわけじゃない。基本は設備使用者のチェックと雑用だ。平和で安全なのはいいことだが、やりがいなど微塵もないこの仕事に、少々うんざりしている今日この頃だ。
 見上げるような大きな扉の前で、俺は電子端末で施設の使用目的、使用人数、使用時間を再確認した。
 中央大型エレベーター2号機。このエレベーターに関わる人間は、整備技師や俺みたいな警備員以外だと、かなり限られる。そういう上層階に行く連中は、基本的に2つの人種に分けることができるだろう。
 そのひとつは借金をしてどうにもならなくなった連中。
 過酷な環境下での労働によって、多額の借金の返済の代わりにすることは150年前でもよくある話だったらしい。彼らは主に下働きの労働力として扱われるが、あまりの過酷な環境に命を落とす者も多いと聞く。
 そんなにも過酷な環境で人手が欲しいのならいっそ犯罪者を使おう、という話もあったらしいが、地下都市における最重要施設である原子力発電所に、そんな人間を入れることを危惧する人間は多く、結局お流れになったらしい。
 もうひとつは送電技士だ。
 石油燃料が使えないこの地下都市では、電気が無ければ何もできない。てゆーか死ぬ。
 だが、かといって地下都市の供給電力のほとんどを占める原子力発電を、地下都市内部で行うような真似はできない。だから地下都市とは別に、少し地上に近い位置で完全に隔離された場所に原子力発電所が設置されている、らしい。
 そんな重要な施設で働く彼らはものすごく優秀な人間なのだろうが、少なくともここから上層階に上がる人間で、明るい表情を見せる者など誰ひとりとしていない。
 送電技士は”誰にも必要とされ、誰もやりたくない仕事”と揶揄される仕事だ。それにもかかわらず、難しい勉強をし、凄まじい苦労を幾度となく乗り越えてまで、この職業に就こうとする人間が居るのには理由がある。
 実は管理者が俺達民間人に電力供給するための発電所とは別に、自分達用の発電施設を持っているらしく、そこへごく稀に送電技士が配備されることがあるんだそうだ。
 完全に他とは隔離され、地熱により一般人が住む階層とは比べ物にならないほど暖かい”楽園”。誰もが望み、そこへ辿り着くためならば努力を惜しまない。
 だが運か、実力か、何かが足りなかったからこそ彼らは此処に居るわけだ。
 諦め、疲れきった足取りで、彼らは列に並ぶ。
 これからのことを考えれば無理もないのだろうが、こんな奴らがライフラインの最重要施設を担っているのだと思うとゾッとする。
 まあ、そんな境遇の連中だからこそ自殺者も多い。原子力発電所に配備された連中からは此処のエレベーターは”奈落”と呼ばれており、自殺の名所として知られている。
 投身自殺なら苦しみが少ないと考えたからなのか、少しでも暖かい場所へ行きたかったのかは知らないが、エレベーターを管理する側からしてみれば迷惑この上ない。死体の片づけが面倒なのももちろんだが、人間が落下する衝撃でエレベーターが破損することだってある。最近ではその対策に、使われない時はエレベーター上部にある緊急用隔壁を常に閉じるまでになっている始末だ。
 一番自殺が多かった時期などでは、落下の衝撃で隔壁が歪み、上手く開閉できない状態になってしまったこともあった。自殺者達の絶望、怨念がなした破壊に、その時の俺はビビりまくっていた覚えがある。
 今ではあまりの自殺者の多さに、管理者たちが人口増加を懸念してわざと死なせているのではないか、と思うくらいだ。
 そして今日も原子力発電施設へ配備される人間が、このエレベーターで運ばれる。俺はいつも通り搭乗者をリストで確認し、誘導していたが、リストに入っていない人間を見つけて顔をしかめた。
 仕方なく俺は、黒っぽい服で目つきの悪い、というか気持ち悪い男に近づいて話しかける。
「あのすいません、あなたは…」
 男は無言でエレベーター搭乗許可証を見せる。政府より認められた賞金稼ぎにしか配布されない特別な許可証を見て、俺は目を見開かずには居られなかった。
 男が黙ったまま俺の顔を見ているのに気付き、表情をなんとか戻して許可を出すと、俺の心に不安がじんわりと滲んでくる。
 揉め事があるところに率先して行くことを仕事の一部としているような奴と、一時とはいえ同じ場所にいなければならないのはあまり言い心地じゃない。

 動物が徹底管理されている地下都市ではそんな機会はないのだが、その時俺は、まさに黒猫に眼の前を横切られた気分だった。それは、人間が地下世界に潜る前から存在する迷信。
「おい。リャノン、早くしろ!」 
 同僚の声で我に返り、くだらない妄想より生まれた不安を頭から振り払って、俺は仕事を続行した。
 しかし、俺は結局最期まで知ることはできなかった。この男は俺にとって黒猫などというかわいらしいものではなく、恐ろしい死神だったということを…。


 かつて楽園は人々と共に在った
 しかし
 今楽園は奈落よりさらに下に在る

 死神は昇る
 希望を抱けぬ人々と共に
 奈落より遥か上に存在する地獄へと

       

表紙

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