男はどこにでもいる様な人間だった
特に志があるわけでも無く
やりたいことがあるわけでもない
男は有象無象だった
特徴が無く
誰からも覚えられない
男は孤独だった
落盤事故で両親を亡くし
孤児育成施設で育ち流されるまま生きてきた
男は空気のような人間だった
普段は誰からも意識されず
ただひたすら同じことを繰り返しながら生きていた
そんな男にもようやく特別な人ができた
美人でも不細工でもなく只優しいだけの女
どんな小さな命にもその優しさは注がれ
その優しさに男は癒された
男は孤独ではなくなった
空気でもなくなった
守るべきひとを得て男は”個”を手に入れた
男は女を愛した
男は女の愛するモノを愛した
女も今まで以上にあらゆるものに優しさを注いだ
しかし男は女を守れなかった
女の身に宿る新しい命を守ることができなかった
男は全てを失った
空気ですらなくなってしまった
それでも男には自身の命があった
女との思い出も
女から注がれた優しさも
男は忘れることができなかった
男は酒を飲んだ
全てを忘れようとした
全てを消し去ろうとした
男は友人から銃を貰った
それで何人もの命を奪った
それで得た金でまた酒を飲んだ
ふと男は思い出す
誰にも覚えてもらえなかった頃の孤独を
誰にも名前を呼んでもらえない孤独を
誰にも優しさを向けてもらえない寂しさを
男は女が愛していたモノを思い出した
今の男にはその全てを愛する資格はなかった
それでも男は――