砂礫ばかりが視界を占める大地に、1人の少年が足を践み入れた。
ざり、ざりと、歩みを重ねる毎に足元の砂が削れ、微風によって空に舞い上がる。
少年以外に、動く物は何も無し。
ただただ、無機物ばかりの場所だった。
「死の大地・・・なのかな、ここは?」
暫く歩き続けた少年は、ふとその言葉をマスクに覆われた口から小さく発する。
死、と少年は言ったのだが、生が存在していないという事は無論死であって、しかし死は生が存在していないと成り立たない言葉である。
故に、少年の言葉には語弊が生じてくる。
だが、普段から生に囲まれて生きてきていれば、生の存在しない場所はつまり死の場所である、とも言える。
生か、死か・・・それとも無か。
否、その世界は確かに死の世界だった。
やがて少年の視界に、ある物が見えてきた。
それは、元々何かの形を保っていたであろう物体の残骸とも言える代物。筒型であったり、板状であったり、複雑な形状をしていたり、だがそれは紛れも無く残骸だった。
金属が、木材が、石材が、崩壊し風化し腐敗し破壊され侵食され、年月を経た結果とも言える光景が少年の視界には収まっていた。
「・・・」
無言でそれらの間を通り過ぎる少年。
次に視界に入ってきた物が、既に少年の中を占めていたのだから。
そこに落ちていたのは、白く風化した棒状の・・・、それでいてどこか複雑で、形容のし難い何かが落ちていた。
そればかりでは無い。
L字型の、今は大地に転がり落ちてはいるが、多くの白く細かい固形物体で構成されていたであろう物から繋がり、太い棒状のそれを中継した先に例え様の無い・・・無理矢理に言うのであれば、皿状の物体に到達する。
そこから中央の太い棒から多くのそれが、それはまるで何かを囲うかのかのように空間を形成した先に、これまた形容のし難い形状の物体が鎮座する。
そこからは3方向に道が分かたれているのだが、その内2本は同じような形を辿り、シンメトリーを形成していた。
同じ長さの棒が2本、同じように繋がれ、到達点には細かく白い物体が繋がれていたのだろうが、それもL字型の物体と同じように大地に転がり落ちて、決まった形を成していない。
さて・・・、残る1つの道に繋がっていたそれは、今までの物体の中でも特に奇妙な形状をしていた。
外見だけみてみれば球体と言えなくも無いのだろうが、それは球体にしてはあまりにも複雑過ぎ、また奇妙過ぎた。
小さな穴が2つ空いた突起だとか、規則性を持って並んでいる細かい物体だとか、まるでそこには球体でも鎮座していたかのような大きな孔だとかが、そこにはあった。
・・・難しく形容する必要も無いだろう、それを見てしまえば、実際に見た事が無くても自然と分かってしまう物なのだから、それは。
「・・・人骨、だ」
そう、それは人体を構成すべき重要な物体。カルシウムを基本の成分とするそれは、人体にとって大変重要な臓物や器官を衝撃から保護したり、肉や血の管や皮膚の基礎となる存在のはずだった。
だがしかし、少年の目の前にあるそれはどちらの役割も果たす事無く、ただただ風に吹かれ鎮座・・・否、放置されているだけであった。
よくよく辺りを見回せば、それと同じような光景がいくつもあった。構成する骨の大きさや細かい部位に差はあれど、大まかに見てしまえばどれも同じであった。
少年は人骨の側に片膝をつけ、最初に見た人骨の腕に当たる骨の1本をおもむろに手に取る。
しっかりした作りのはずのそれは、
「あ・・・」
だが少年が持った事により、ぼろぼろと崩れ落ちてしまった。
少年の足元に散らばり落ちる、骨の破片と髄の欠片。
本来頑丈であるはずのそれが、風化した事により硬さと堅さを失って脆くなっているのだ。
「・・・ごめんなさい」
皮膚を、肉を、血管をつけ、内臓を収めていたであろう本来の持ち主に謝ったのであろう少年は、元あった場所にそっと置き直した。
そうしてから、少年は再度辺りを見回す。
死の光景しか見出す事の出来ないこの大地に、何か存在していないのか。少年は立ち上がり、またゆっくりと歩き出す。
今度はさらにゆっくりと・・・、何かを見落とす事が無いように。
すると、少年の目が1つの物体を捉える。
それは、何の変哲も無い人家だった。一戸建ての、一階層の、どこにでもあるような住宅。
だがそれが逆に、少年の意識を引き留める結果となった。
それは何故か?
周囲の物体が全て風化し、崩壊し、元の形を留めていない中で、その家屋だけはありのままの姿を残しているのだから。
全てが時を刻んだ中で、ただ1つその時を留めた物体。
誰だってそれを異常に思い、また注意を惹かれ、そして気にするであろう。
そして少年もまた、その例外では無かったのだ。
少年は進行方向を、多くの人骨や獣骨が地に伏せている道からその家屋へと向けた。
徐々に歩みを進める少年。発見当初10メートル程であっただろう少年と人家の距離は、既に1メートルも無かった。
住居前に来た少年は、その扉をゆっくりと押し開ける。
通常であれば不法侵入もいいところなのだが、今は普通ではなく、少年の行為を咎める者は誰1人としてその場に存在していなかった。
最も・・・、本来咎めるべき人達は、少年が来た時には既に屋外で物言わぬ屍となっていた訳なのだが・・・。
住居に難なく入った少年は、部屋の中をしっかりと見渡す。
特別におかしい所は無い。果物の置かれた篭や、電源を入れると映像を映し出すテレビ、部屋を区切り仕切る扉等、普通の家屋となんら変わりは無い。
ただし、生物の気配だけは全く存在せず、ただただ無音の空間を展開していた。
何かを物色するでも無く、少年は部屋を後にして別の部屋へと向かう。恐らく少年が最初に入った部屋は、居間にあたる部屋だろう。
次に少年が足を踏み入れたのは、刃物や皿が戸棚に収められ、どこか小綺麗な様相を保った場所・・・キッチン、だろう。そこも居間と同じように、生物の気配は存在していないながらも、まるでそのまま時を止められたかのような光景を少年に見せていた。
この後も少年は次々と部屋を確認していったが、どこも全て同じような感じだった。
「・・・ここが、最後かな」
誰かに言うでも無く小さく発した少年の前には、最後に閉じられた部屋があった。
今まで少年が見てきた部屋の中で、唯一見ていなかった部屋・・・寝室。
恐らくここに何かがあるのだろう、と少年は踏んでいた。これで何も無かったのだとしたら、後は隠し部屋か地下室か。
「そうだったら、面倒臭いよなぁ」
また一人言を発した少年は、一息ついてから扉を開ける。
そこに広がっていたのは、それこそ普通の寝室だった。ベッドが3台にテレビが1つ、本当に装飾の無いただの寝室。
・・・否。そこには、少年が望んでいた物・・・いや、者があった。
「あ・・・」
ベッドの1つに乗っていた、1つの身体。
人骨の姿ではなく、内臓を、器官を収め、骨に肉をつけて血管を張り巡らせ、皮膚で覆わせた身体。髪の毛は長く、黒く艶があり、胸にあたる部分はゆるやかな弧を描いていた。
恐らく、女性だろう。
その身体はゆっくりと上下に胸部を動かし、そして瞳を収めているであろう瞼は閉じられたまま。
寝ている、誰が見ても分かる状況だ。
瞳は閉じられたままだが、顔の形は整っており10人が見て少なくとも過半数以上は美人だと答えるであろう。
「外じゃ大変な事になってるって言うのに、暢気な眠り姫だこと」
くすり、と少年は苦笑する。この地に訪れて、初めて少年が見せた笑みだった。
ふと、少年の眼が女性の胸の上へと注がれた。
この女性を起こそうか、と思っていた少年だったのだが、その部分に異質かつ奇妙な物を見つけたのだった。
「ネック、レス?」
丸く柔らかい緑の輝きを湛え、白銀の鎖によって女性の細い首周りを1周しているアクセサリー。
長い髪を縛る物も、指にも腕にも何もつけていない女性の、身体を覆う衣装以外の装飾品。それが、僅かながら発光しているのが少年には見てとれた。
「・・・」
女性のベッドから離れ、黙り込む少年。
少年の脳内では、外で起きた異様な異変と、この部屋で眠る唯一無事な女性の見につけているアクセサリーの関連性について様々な憶測が巡り巡っていた。
だが、数分後には少年は顔を上げると、ため息をついてから首を振る。
「ただの人間な僕の想像だけじゃどうしようもないか・・・、何とか女性を起こして、話を聞かないと」
小声で言った少年は、マスクを口元から外して再度女性の眠るベッドへと近付いた。
念の為に、と屋内でもマスクをつけていた少年だったが、マスクをしていると声が曇ってしまう事と恐らく大丈夫だろう、と何の根拠もなしの若干楽観視を含んでの行動だった。
呼吸をし、特別問題が無い事を確認した少年は女性を起こしにかかった。
「もしもし、起きて下さい」
普通一般の方法、声をかけて女性を起こす少年。まずは身体を揺さぶろうかと少年は考えていたのだが、声をかける事で事足りるのならそれで良いと考えたのだ。
しかし、熟睡しているのか少年の言葉に全く反応を見せない女性。
「・・・起きないな」
少し待って判断した少年は、次いで女性の肩に手をかける。
手から伝わってくる生命の温かさに安堵しつつ、少年はそのまま女性を優しく揺らしながら声をかける。
「起きて下さいよ」