私とユウキが入ったのは比較的シンプルなラブホテルだった。
そこは普通のビジネスホテルとなんら変わりない佇まい。入り口からフロントまでの道のりが少し暗かったけれど、それは利用客を目立たせないための配慮なのだろう。ところどころ内装にも品が感じられ、いわゆるあからさまな雰囲気を漂わせるラブホテルとは一線を画していた。数あるホテル群の中から選んでいられるような余裕はなかったが、一応、当たりを引いたようだった。
私たちは部屋を決め、エレベーターに乗り込んだ。どれもボタンを選んで押すだけの作業だったけれど、意味もなく迷ってしまうのが情けなかった。ここにきて今さら緊張することはない。これからすることはユウキに自信をつけさせるための、彼を思ってのこと。それに決して不倫のような類ではなく、これは今回限りなのだ。そう強く思い込むことで、私は平常心を保った。
「シャワー、先に浴びてくるね」
部屋に入り、最初に口にした言葉がそれだった。夫以外の男にそんなことを言ったのはもう何年前になるだろうか。夫と知り合う前の何人かのボーイフレンドを思い出す。ほとんど記憶には残っていないけれど、私がこれまでセックスをしたのは、そのときちゃんと付き合っている男性だけだった。
私はこれから、付き合ってもいない男性とセックスをする。今さら自分の不貞を咎めたところでどうしようもなかった。シャワールームで鏡を前にして、裸の自分と向きあう。私は覚悟を決めるしかなかった。
タオルをきつく巻いてシャワールームを出る。ユウキはすでに上着を脱ぎ、上半身だけ裸になってベッドに腰掛けていた。部屋は薄暗く、遠くからでは表情は読み取れないものの、彼が落ち着かない様子であることは見て取れた。
「ユウキくんはシャワーいいの?」
「僕、汗かかない体質なんで。いや、でも、頭冷やしてきた方がいいかな。さっきから緊張してなにも考えられない」
彼の声は期待と緊張から震えていた。そんな彼が可笑しく、そして愛しく思えた私は、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻していた。自分より緊張している人が近くにいると妙に冷静になれる感覚と似ている。我ながら、単純な女だ。
「じゃあ、すぐしよっか。時間もないしね」
私は彼と肩を並べて座った。彼はバスタオルで巻いた胸元が気になるのか、目だけでそれを追った。
「ユウキくん、会ったときからずっと私の胸を見てたでしょう。そんなに気になるの?」
私はわざといたずらっぽく言った。図星を突かれたのか「あ、いや」と口ごもる彼がかわいい。
「遠慮しないで。触ってもいいよ」
私は彼の震える手を優しく握った。気分はまるでドラマや小説に出てくるような、年下の男を誘惑する女。そうすることで、この状況を楽しもうとしているのかもしれない。私はすっかり私ではない女の役になりきっていた。
彼は恐る恐る、割れ物を扱うかのように私に触れた。その手は真っ先にふたつの膨らみへと向かい、バスタオルの上からその柔らかさを確かめるようにして撫でている。指に全ての神経を集中させているようで、邪魔なそれを引き剥がすということに頭がまわっていないようだ。
私は自分からバスタオルをほどいた。自由になった乳房がこぼれ、彼の目の前に晒される。驚きと感動が入り交じる顔になった彼は、ほんの小さな躊躇いのあと、理性を捨てたように私の胸に飛び込んだ。
胸を揉みしだく彼は、不器用で情熱的だった。なにかに取り憑かれたように夢中になってまさぐるユウキ。私の膨らみは彼の指によって形を変え、少しずつ芯からほぐされていく。胸の先端はいつの間にか硬く尖っていた。
「おっぱい……舐めてもいいですか」
彼の上目使いは私にとって効果覿面だった。子犬のような瞳という表現は、こういう目に使うのだと思った。それはきっと意図してのものではないだろう。彼はただ純粋に、私を求めていた。
「ユウキくんの好きにしていいんだよ。おっぱい、好きなんでしょう?」
「好きです。ショウコさんの胸、大きくて柔らかくていつまでも触っていたいくらい」
彼は乳房を下から持ち上げ、ゆっくりと先端に吸いついた。どの動きにも、私に傷をつけまいとする繊細さがあった。
「ん……」
思わず声が漏れた。彼はそのまま舌を動かし、乳首を愛撫する。甘くて切ない感覚に私は身をくねらせた。彼の舌の動きは私の敏感な部分とそうでない部分を不規則に刺激する。優しくて不器用な舌使いは、私の身体との相性がよかった。
十分に胸を愛してもらったあとは、私が彼を愛してあげる番だ。彼のトランクスパンツはすでに大きく帆を張っていた。
私は彼のふとももの付け根に手を置いた。若い男の身体から伝わる熱の激しさに驚く。私はそのままゆっくりと指を這わせ、トランクスの上から彼のペニスを愛撫した。彼がしてくれたのと同じように、優しく繊細に。
「ショウコさん……あっ……」
彼は女の子のような声で喘ぎ、きゅっと目をつむった。
「気持ちいいかな。痛くない?」
「いいです……すごい気持ちいい……」
彼の反応が嬉しくなり、私はぐにぐにと彼のペニスを揉み続ける。熱く硬い茎が苦しそうに大きく跳ねた。指の動きに敏感に反応するそれは、今にも暴発してしまいそうなほどだった。
いよいよ彼は下着を脱ぎさった。ぴくん、ぴくんと震える剥き出しのペニスは痛いほどに勃起している。
「これ以上はもう出ちゃいそうで……そろそろ、ショウコさんとしたいです」
彼はまっすぐ私を見て言った。心の準備はしていたはずなのに、顔がカッと熱くなった。
私はそのままベッドに仰向けで倒れこんだ。少しして、コンドームとの格闘を終えた彼が上になる。お互い顔を見合うと、恥ずかしさから私は顔を逸らした。
「いいよ……いれて」
唇が震えるのを悟られないように言った。弱い耳鳴りのようなものが私を襲い、強く脈動する心臓の音だけが聞こえる。大丈夫、大丈夫、と頭の中で唱える私はまるで初めてを迎えた少女のよう。昔を思い出すような不思議な感覚に私は戸惑っていた。
彼は私の局部を指で探り、入り口を見つけた。蜜はそれほど溢れてはいなかったが、彼を迎え入れるには十分に湿っている。
「ショウコさん、いきますね」
彼は入り口に硬いそれを突き立てると、滑りこませるように一気に挿入した。膣内の肉をかきわけて彼が入ってくる。全身の毛が逆立つようなこの感覚は、紛れもないセックスだ。
ああ、とうとうしてしまった。
明るいうちからセックスをしている私。出会い系を使って若い男を誘っている私。夫に内緒でこんなことをして、なんていけない女なのだろうか。そう自分を責める言葉ばかりが頭を駆け巡る。今まで味わったことのない、ぞくぞくするような感覚に酔いそうになる。
一方のユウキは必死になって腰を振っていた。荒い息をあげ、快楽の声を漏らしながら、その熱くたぎったペニスを膣肉に擦り続けていた。
その一生懸命な様子が、かろうじて私を現実に引き戻す。この子の初体験を成功させてあげなければという使命感が私をそうさせたのだろうか。私は彼の背中に両腕を回し、包み込むように抱きしめた。突かれるたびに声が出そうになるのを我慢して、しっかりと彼を受け止める。
「ショウコさんっ、あっ、ああっ」
彼は悲鳴のような声をあげると、瞬く間にコンドームの中に長々と射精をした。痙攣するように小刻みに震える彼のそれと、私のなかで膨らむコンドームの感触が生々しく伝わってくる。私たちが繋がっていたのは時間にして一分か二分くらいだっただろうか。短いひとときだったけれど、身体中にじんわりとした満足感が広がっていた。
ぐったりとして、私に覆いかぶさるようにして倒れ込んだユウキ。私は彼の頭を撫でながら「がんばったね」とつぶやいた。
ことを終えた私たちは、ベッドに座ったまま会話を楽しんだ。
とくに饒舌だったのはユウキの方だ。彼は噛み締めるように、初体験の味を私に話して聞かせた。彼の声は心なしか弾んでいて、出会ったときに比べて自信を含んだものに変わっていた。単純なことだけれど、セックスには男をそうさせる魔力のようなものがあるのかもしれない。
「それじゃあ、シャワー、また先に使うね」
私はバスタオルを抱えて立ち上がった。
「待って、ショウコさん」
呼び止める彼。その瞳は真剣だった。
「もう一度、ショウコさんの裸を見せてもらえませんか」
「えっ、でも……」
「お願いします」
彼は頑なだった。セックスのあとに裸が見たいだなんて、今まで一度も言われたことはない。困惑する私を彼のまっすぐな眼差しが突き刺す。そんな目で見つめられたら、断れるはずもなかった。
私は観念し、足元にバスタオルを落とした。乳房と局部が露わになる。
「後ろを向いて。お尻も見せてください」
私は言われるままに、その場でゆっくり回った。私の血はふたたび沸き立ち、肌の表面にのぼって熱となる。なにも身にしていないのに、身体中が汗をかきそうなほどに熱い。正面を向き直った私は、もう彼の目を見ることができなくなっていた。
「もういいよね」
タオルを拾い、シャワールームに駆け込んだ。冷たいシャワーで汗と熱を落としていく。しかし彼のあの眼差しが頭に浮かぶ限り、私の身体から火照りが失われることはなかった。