僕はポンコツ
1-3『隣の転校生』
ある朝、登校すると教室がやけに騒がしかった。クラスの主要グループはあいかわらずバカみたいに大声を出してして(これは普段通り)、教室の隅でゲームやアニメの話をしている、いわゆる日陰のグループも心なしかそわそわしているように見えた。
イヤホンを外し、耳を傾けてみる。転校生、女の子、このクラス。そんな単語が入ってくる。ああなるほど、と彼は思った。単純に推測すると、どうやら転校生(女子)がこのクラスにやってくるらしい。
「何があったの?」
「転校生が来るんだってさ。女の子らしいよ」
念のため友人に訊くと推測が正しいことを確認できた。満足。転校生には興味はなかったが、彼はだいぶ満足した。
担任が来た。ホームルームが始まる。いよいよ転校生のお披露目の時間。まだかまだかとクラスの雰囲気がざわつく。「バカらしい」と彼は心の中でつぶやき、1時間目の数学の教科書を開いた。
転校生が入ってきた。興味はなかったし「バカらしい」と思った彼も、やっぱり気になって前を見た。
真新しい制服を着た少女。クセッ毛なのか、ところどころハネた肩まで伸びるやや茶色の髪。小柄で童顔で愛嬌がありそうな印象(彼の主観では)、キレイというよりはかわいいといった感じの女子。
それとなく周囲を見る。男子はもちろん、女子にも良い印象を与えているようだった。
「――――です、よろしくお願いしますっ」
元気の良い挨拶と共に頭を下げる。さらりと揺れる髪がやけに胸に焼きついた。不覚にも彼はずっと見とれていて、名前を聞きそびれてしまった。
少なくとも、外見は彼の理想のタイプだったのだ。明るそうな外見で、物静かな性格。真逆のキャラクター性が彼の好みだった。その点、転校生は片方をクリアしている。
……いけないいけないそんなことを考えたらイケナイのに。彼は気持ちを落ち着かせる。
ふと、目があった……気がした。気のせい。きっと気のせいに違いない。
そして、まさか。と、彼は気づいた。今、このクラスにある、唯一の空席の位置のことを。
教室の端、窓側。考えうる限りの特等席。
そこは、彼の隣。
案の定、転校生がやってくる。隣に座った。
「よろしくねっ」
その笑顔が眩しかった。彼は直視できず、すぐに目を背けてしまった。
どうやら、性格は理想のタイプではなさそうだった。
一時間目が始まった。数学は比較的得意(すべての教科がトップクラスなので嫌味にしか感じない)な教科だったが、彼は少しも気を緩めない。同時に将来何一つ役に立たないと思いつつも数式を頭に詰め込んでいく。
そのとき。
パサリ。
四角に折られた紙が飛んできた。そこに書かれているのは『隣のアナタへ』。
彼の隣は転校生。つまり転校生の隣とは彼のこと。これは、僕のことだろうか。ふと、隣の転校生を見る。ニコリと笑っている。
ああ、僕のことか。
彼は生まれて初めて、このような手紙を受け取った。中継したことはあったが、終点が自分だったことは今までになかった。
開く。少しドキドキしていた。
『はじめまして、よろしくお願いします。
アナタのお名前はなんですか?』
どう返事すればいいかわからなかった。新しい紙に書いたほうがいいのか、続きに書いたほうがいいのか。
少し考え、メールの返信の要領で続きに書くことにした。
『はじめまして、よろしくお願いします
アナタのお名前はなんですか?
浅田浩二』
そっと返す。これで問題ないだろうか? ひょっとしたら暗黙のルールのようなものがあるかもしれない。
不安
不安だ。
授業の内容がまったく頭に入って来なかった。
返事はすぐにやってきた。
『はじめまして、よろしくお願いします
アナタのお名前はなんですか?
浅田浩二
アサダくんですか、ステキなお名前です
兄弟とかいますか? ちなみに私はお兄ちゃんがいます』
なぜ家族構成を聞かれているんだろうか。
妹が1人いる。そのことを答えていいものだろうか。何か悪用されたりするかもしれない。具体的な悪用方法は見当もつかなかったが。
何だか不安になり、彼はやりとりをそこで止めた。
一時間目も終わりかかったころ、また、転校生から手紙が来た。
そこにはたった一言。いや、たった一つの感情が描かれていた。
『(´・ω・`)』
そんな顔されても勉強優先だった。
彼はそれを無視した。
その日の転校生とのやりとりは、これが最後だった。クラスメイトが大勢で転校生を取り囲み、あまりに騒がしくて彼はずっと不機嫌だった。