Neetel Inside ニートノベル
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僕はポンコツ
1-5『放課後問答』

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 その日の放課後も彼は勉強をしていた。いつものように大音量の音楽を聞きながら教科書を目で追い、手は問題を解いていく。
 次第に意識は教科書、ノート、問題に向き、音楽はどこかに流れ消えていく。この不思議な集中が彼の学力を高めていく(これ以上どれだけ上がるかは不明だが)。
 ここ最近、授業に集中できていない。
 それもこれも、隣の転校生が原因だった。
 まず手紙がやたらやってくる。昨日の晩ご飯やら好きなテレビ番組、野球チームなどなど。どれもこれも無視するうちに来なくなったが、いつやってくるものかと考えると、それだけで気が散ってしまう。
 そして恥ずかしい話だけれど……授業中、堂々と居眠りをする転校生の寝顔が気になってしまうのだ。無防備であどけない、可愛らしい、兎にも角にも幼い顔。
 可愛い。
 ああ、可愛いのさ!
 油断すると頭に過ぎってしまう。すぐに振り払うがちらちら残る。
 
 ゆえに、放課後にしっかりしないといけない、そんな焦燥感すらあった。なにぶん、勉強こそが存在意義なのだから。
 さて、続き続き、やるぞやるぞと活き込んだ瞬間。
 
 肩を叩かれた。
 
 振り返る。そこには転校生がいた。思わずため息をついてしまった。
「――――――」
 笑いながら何かを言っている。顔はにこにこ、口はパクパク。雰囲気から察するに、暴言は吐かれていないようだった。
「なに?」
 彼はイヤホンを外し、訊いた。
「なに聞いてるの?」
「……」
 さて、彼は困ってしまった。決して良い趣味はしていない、という自覚はあった。耳から入る音楽はおそらく一般受けしない、そう思っていた。
 音楽のことで手紙が回ってきたこともあったっけ。ちゃんと無視したけど。
「……まあいろいろ」
 うまく話しを逸らしたつもりだった。が、客観的にも主観的にも逸らせていないのは明白だった。
「いろいろってなぁに?」
 変に好奇心を刺激してしまったようだった。これ以上は相手をしない、彼は無視して勉強に戻る。
「洋楽? 私、英語は苦手だからよくわからないんだよね」
 無視。
「アニソン? ドラゴンボールとか聖闘士星矢?」
 はずれ。
「もしかして、ボーカロイドっ?」
 なんだそれ?
「ねー、教えてよー」
 がたがたと机が揺れる。転校生は机を掴んで左右に激しく揺らしている。
 ……つくづく思う、中身以外は好みなのに。
「勉強の邪魔なんだけど?」
「え……あ、ごめん」
 彼女は引いた。そして、自分の机を横に動かし、彼の机とくっつけた。
「……何をしている?」
「私も勉強すんね……するの。いっしょにしたほうが効率いいでしょ?」
 効率うんぬんはさておき、くっつける必要はあったのか。しかし、これで邪魔されないのならいいかもしれない。音楽は聞けないかもしれないけど、あれこれ言われるよりはよっぽどマシだ。
「で、何聞いてるの?」
「何がしたいんだよ……」
 頭を抱えてしまった。
 もう、観念することにした。
「サントラ」
「……サウンド・トラック?」
「そう。ドラマとか、映画とか。それのサントラ」
 さて、どんな反応をするだろうか。
「ということは、フツーの曲でも、オフ・ボーカルで聞いたりするとか?」
「え、ああ、うん」
 意外な反応だった。
「うわー、そうなんだ!」
 転校生はアイポッドを取り出した。
「私もサントラとか聞くの好きなんだけど、オフ・ボーカルっていいよね。人の声って、たまにすごく疲れることがあるんだよね」
「ほんとに? それ、同じ」
「わー、だよね、そうだよね! 普段なら聞きづらいコーラスや楽器の音、そんな音を聞くのがすごく好きっ」
 彼は血が沸騰するような感覚を覚えた。が、それも一瞬のこと。すぐに落ち着く。
 こんな、お互いはしゃぐような距離感ではない。
「えっと、もういい? 勉強に戻りたいんだけど」
「あ、ごめんね」
 と言うと、転校生は隣(つまり転校生の自席)に座り、教科書を開いた。
「どうぞどうぞ、勉強の続きをどうぞ」
 おそらく向こうも勉強をするつもりなのだろう。
 なんとなく意識をしてしまい、音楽を聞けない。
「あのさー」
 またかよ。
「アサダくんってさ、成績いいんだよね?」
「まあ、そこそこには」
「ふーん」
 沈黙。
「あのさぁ」
 無視。
「勉強、教えてほしいなぁ」
 勝手すぎるだろう、それ。授業中は手紙回してくるわ、放課後はちょっかいかけてくるわ。
 
 しかし、しかしだ。
 
 ごくごく一般的な男子高校生(もちろん童貞)が、好みの外見をしている転校生に「勉強、教えてほしいなぁ」なんて言われる。答えなんてそりゃあもう決まっている。
 
「ごめん、そんな余裕ない」
 
 ここで断ってしまうのが彼だった。
 
「なんでぇ、別にええやんっ」
「え……え?」
「え、あ、い、いいじゃん、教えてくれたって!」
 
 それからずっと押し問答。結局彼は勉強できず、しかも転校生に勉強を教えることになってしまった。
 
 
 
 ……家での勉強をがんばろう。
 
 そして。
 
 転校生の名前、まだ知らない。
 

       

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