僕はポンコツ
4-3『(`・ω・)』
彼は何もできないまま、彼女のいない日常を過ごしていた。
やるべきことはわかっていた。
立川はるかとの関係を戻すこと。
と、あと1つ。ずっと逃げていたことに向き合うこと。
ただ、彼には勇気がなかった。
1歩踏み出すだけの勇気が、なかった
この日も帰宅して、ずっと居間で録り溜めていたドラマ(裏番組になっていて見れなかったもの)をだらだらと見ていた。
何もできず、後悔と惰性に潰されてこの体たらく。勉強に集中できないどころか、勉強の時間すら減っていた。
悪循環。そうわかっていても何もできない。そんな自分がまるで昔のままのようで、歯がゆかった。
いくら柔らかなソファーとはいえ腰が痛くなってきた。そろそろ部屋に戻ろうかなと思った、そんなとき。
「お兄ちゃん、ただいまー」
タイミング悪くバカな妹が帰ってきた。すぐ隣にどかりと座り、脚を投げ出し(だからそんな短いスカートで脚を組むな。どんだけガードが甘いんだよ)、テレビの支配権を奪われた。
「さっさと見ないと容量なくなるんだよね~」
嵐のバラエティーはおもしろいし、結局はいっしょに見るのだけれど、どこか釈然としなかった。
「あのさぁ」
普段嵐を見ているときは黙っているのに、バカな妹はめずらしく話しかけてきた。
「なに?」
「何かあったの?」
……お前も表情読みの達人か何かか? それとも女性は何かしらの超能力でも備えているのか?
なんてインターネット上の小説やマンガみたいなことを訊けるわけがない。
「ほら、最近帰ってくるの早いじゃん」
「……いや、特に何もないけど」
「ふぅん」
沈黙。しかし、ぴりぴりと嫌な予感だけは伝わってきた。
きっとこのバカな妹は気づいている。彼は身内特有の、そんな気配を感じていた。
「あの人」
「……ん?」
「あの人。関西弁の人」
「友達だよ、友達」
案の定な流れ。だが彼も負けじとシラを切る。
「それは知ってる。その先のこと」
「その先?」
「何かあったの?」
「何もないよ」
「ウソ。ぜったい何かあった」
「何もないって。ただちょっと、最近しゃべってないだけ」
「……へえ」
また沈黙。焦りや不安からか、彼のノドはカラカラで、手はふるふると震えていた。
「お兄ちゃん」
「なんだよ」
もう耐えれない。逃げてしまおうと、彼は立った。
彼の妹は、言った。
「がんばったんだね」
「……え?」
「お兄ちゃん、がんばったんだね」
普段とは違う柔らかで、優しい声で、彼の妹はそう言った。
「がんばったから、ちょっと距離ができちゃってるんだね」
「何を……」
「あんまりバカにしないでよね。妹だからわかることだってあるの。
ちゃんと向き合えた。ようやく誰かに頼ることができた。
それは、すごいことだよ」
この妹の言葉が、不覚にも、じんわりと感動してしまっていた。
バカな妹なのに生意気な。なんて反発しつつも、溢れる喜びは否定できなかった。
がんばった、とか、すごい、とか。そんな一言がもっと昔にほしかった。ほしかった言葉だった。
「……ありがとう」
「いえいえ~」
もう普段のバカな妹の雰囲気に戻り、意識はテレビに向いていた。
彼は、決めた。
あと2回がんばろうと、決めた。
勇気が生まれた。
日付が変わるころ、彼は静かに居間に降りた。バカな妹の部屋からは話し声が聞こえる。きっと友達と電話でもしているんだろう。夜中の電話はやめてくれとあれほど言っているのに、と毒づく。
居間には洗濯物を畳んでいる母親がいた。半分寝ているのか、うつらうつらとしている。
「ちょっといい?」
「……あら、どうしたの?」
彼の言葉に母親は目を覚まし、答えた。
彼は母親の前で正座をした。そんな息子の雰囲気につられ、母親も正座をした。
「どうしたの、改まっちゃって」
「実は」
「どうしても、言っておきたいことがあるんだ」