前述している通り、新都社で行われる“入れ替え戦”は年に3回である。
『新進気鋭』の春、『盛果』の夏、『集大成』の秋。では、何故冬には行われないのかと言うと――。
“文豪会”。
年に一度、12月にWEB小説界の“五大サイト”が選りすぐりの作品を持ち寄ってその良し悪しを競う。作品出展者25名に対し読者数はその何百倍とも何千倍とも言われ、プロの編集者や作家までもが熱い視線を送る、WEB小説界最大のイベントが冬に待ち受けているからなのである。
五大サイトとは【作家でごはん!】【ライトノベル作法研究所】【小説家になろう】【QBOOKS】、そして【新都社】という現在のWEB小説界を引っ張っている5つのサイトの総称であり、それぞれに新都社のようなベストファイブ制度がある。もちろん、ベストファイブの座につくことそれ自体に大きな価値と達成感があるが、プロを志している作者の多くは、ベストファイブ受賞の先の文豪会参加を見据えている。
『泥沼:ところが、今年は青山氏の不手際によって猫瀬という無名作家がベストファイブに入ってしまった』
『落花生:う~ん……正直、ちょっと物足りない感じはするかな』
『猫:猫瀬なんてぇドサンピン、新都社の恥晒しだわさあ』
『立花:やめなよ。犬腹さんもいるんだぞ』
『犬腹:………………』
『泥沼:くだらん気を回している場合か。これは一大事なのである』
『猫:せ~っかく、ニコ先生のおかげで去年は文豪会で優勝してるのにさあ~。顔に泥塗るつもりなワケぇ~??』
『編集長:――相変わらず、下の者には手厳しいことだ』
『立花:編集長! ……編集長は、今回の事についてどうお考えで?』
『編集長:特例は作らん。今年の文豪会は、ベストファイブ作家として猫瀬君に参加してもらう』
『犬腹:!! ありがとうございます!』
『猫:あぁ~あっ。連覇したかったなあ~。ったく、ありがとうございますじゃないよアンタもさぁ。なんだかんだ理由つけて辞退しろっつーの』
『犬腹:…………』
『泥沼:左様。中途半端な能力は新都社の格を落とすのみ』
『編集長:何と言われようが、今年は猫瀬君がベストファイブの第5位だ。もし力が足りないと思うなら、他の者がカバーしてやれば良い。そもそも、これは私の一存でどうこうできる問題ではないからな』
『猫:は~あぁ。そんじゃまあ、出来るだけ足引っ張らないように頼むッスよ』
猫が退室しました
『泥沼:…………』
泥沼が退室しました
『立花:あの二人、ちょっと口は悪いけど気にすることはないからね。一緒に力を合わせて頑張ろう。それじゃ、僕は橘先生との打ち合わせに行ってきます』
立花が退室しました
(でも……正直、ハスカ先生と比べてパワーに欠けるのは確かだ。辞退もあり得ないが、批難されるのは覚悟の上か……)
犬腹が退室しました
〒青谷ハスカ、青山
『青山:ハスカ先生……。勝手に連絡を絶たれては困る』
『ハスカ:あんたもしつっこいね~。担当替えてもらうって言ったじゃん』
『青山:何故だ!? 僕は精一杯やった! どんなわがままも、僕に出来る限り叶えてきたはずだ!! 作品に対するアドバイスも十二分にやれたつもりだ!!』
『ハスカ:キモッ。なんか必死なんですけど(笑)』
『青山:それでもベストファイブから落ちたというのなら、僕が悪いのではなく、……ハスカ先生の力が足りなかったのだと判断する』
『ハスカ:! はぁ!? この私に力が足りないだと!! もう一回言ってみろ!!!』
青山は、デスクトップ越しにも伝わってきそうな怒声と迫力にたじろいだ。
『青山:編集にできるのはあくまでもサポートだけだ。――君を、後藤ニコにすることはできない』
まるで、漫画のように。額の血管はブチッと音を立てて引き裂けた。まるで。
『ハスカ:いい加減にしやがれ!!! てめえの無能を棚に上げてほざいてんじゃねえぞ!! もういい、担当替えは私から編集長に伝えておく!!!』
『青山:待ってくれ!! ……さっき僕は君の力が足りなかったと言ったが、君は、数年に一度の逸材だと僕は考えている』
『ハスカ:…………?』
『青山:君が初めて新都社に作品を投稿した時、僕は衝撃を受けた。君を担当できることを素直に幸せだとも思った』
『ハスカ:そりゃあ、私が天才なのは分かってんのさ。私の担当することであんたの手柄が増えるってだけでしょ』
『青山:違う! いや……それもあるが、それより、君はまだ若い! ベストファイブの中じゃ第5位安定だとか他の四人とは差が開いているだの言われているが、そんなことは年齢を考えれば当然だ。カツラ先生やニコ先生はもう何年も小説を書き続けているんだ。しかし、君はまだ未成年だという。僕の磨き方次第でどうとでも化ける原石を担当できることが、本当に幸せだと思ったんだ』
『ハスカ:熱血ほざいてんなあ~。サムサムッ』
『青山:頼む。君にまだ未練があるのなら、もう一度真剣に書いてみてくれ。僕が必ず、ベストファイブ作家にしてみせる』
「………………」
チャットルームの文面を真っすぐ見つめるハスカの両目には、微かな野心が宿っているように、見えた。