Neetel Inside ニートノベル
表紙

彼はヒーローですか?
第8話:俺がヒーローである理由です。

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「小浦、お前どうしたんだ? いつもにまして最近ぼーっとしてるぞ!」
 数学の授業中、余りの上の空ぶりに危機感を感じたらしく、山下先生は僕を放課後呼び出した。放課後と言っても夏休み前で午前授業のためお昼なのだが。まあそれは置いておいて、上の空の原因は先日の会長さんの件なのは十分察しがつくと思う。あれから会長さんには会っていない。学校にも来ていないらしい。まあ無理もない。ヒーローの力が無くなってしまったのだから。
「おい、また上の空になってるぞ」
「はっ……すいません」
「小浦、来年はお前も受験生だ。そろそろ地盤固めをする時期だぞ? そんなふにゃふにゃな地盤じゃあ建つものも建たないだろ」
「すいません」
「何か悩みがあるのか? 先生は何も出来ないが、これだけは言っておく。他人に頼れ。第三者のことで悩んでいるなら自分に頼らせろ。人生持ちつ持たれつだ」
 じゃあ先生、あなたに頼らせてくれよ。と軽く突っ込みを心の中で入れる。声に出さなかったのは早くこの話を切り上げて屋上に行きたいから。多分、いつも通り彼女は居るだろうから。
 しかし、他人に頼らせろ……か。確かに会長さんは僕らに弱みを見せた試しがない。いつも笑顔で、周りを不安にさせることはほとんど無かった。逆に僕らは頼りっぱなし。ヒロミはそれがかなり不満だったらしいし。頼らせるか。でも彼の力を取り戻すために僕らは何が出来る?
「……重症だな」
「はっ……ごめんなさい」
「はあ……。夏休みは色々と勝負の時だ。しっかり気を引き締めておけよ」
「はーい。ありがとうございました」
 先生は行って良しと右手をひらひらさせた。僕は軽く一礼して職員室を出ようとする。「小浦、何事も諦めちゃだめだぞ」と後ろから声が聞こえたので、振り返って笑顔ではいと返事をした。

     

 学校の授業も一学期の分は全て終了し、後は大掃除と終業式を待つだけとなった。そのため学校は午前中で終わることが多くなり、四時間目が終わると部活動をする人以外はほとんど姿を消す。そんな中ヒロミは毎日屋上にいた。連日今年の最高気温を更新する中じっと座って居るのだ。見かねた僕は購買で冷たい緑茶を買って先日一度彼女の所へ持っていった。
「……ありがと」
 普段とは変わって蚊の飛ぶ音のようなか細い声で言った。理由はこの間の会長さんのことであるのは言うまでもないだろう。
 僕は彼女の横に座る。しばし沈黙が続く。前とは違い、もう苦痛には感じなかった。
「もう……終わりなんだな。全部」
 彼女のその言語に、僕は何も答えることはできなかった。


 そして今日、僕はまた彼女を訪ねた。今日も俯いたまま座ってじっとしている。
「まだ居たんですね」
 ヒロミの横に立ち、彼女を見下す形で言った。
「……小浦か」
 俯いたまま言う。
「いい加減にしたらどうですか? もう先輩は来ませんよ」
「……うっさい。黙れ」
 僕は続ける。これは一種の賭けだ。彼女の負けず嫌いさがどの程度であるかが鍵。
「ヒロミも分かってるでしょ、もう。ここに居たってしょうが無いって」
「それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ……!」
 急に立ち上がり彼女は僕の胸ぐらを掴んで睨みつけた。でもその目には以前の光は無く、目が合うとすぐに力を抜いて僕を軽く手で押して外方を向いた。
「……分かってんだよ、それくらい。でも、アイツがこんな事で全部終わりにする奴じゃない事も分かってんだよ! もうどうしたら良いか分からないんだよ……」
 小さな雫が乾いた屋上に落ちた。小刻みに震える両腕を僕はぎゅっと掴んだ。一瞬彼女は体を強ばらせる。
「ヒロミはここでただ待ってるんですか? 何もせずに。会長さんが全部を諦めそうなのに座って泣いてるだけなんですか?」
「だって……、何が出来るかわからないんだよ……」
 彼女の腕の震えは止まらなかった。僕は握った手を離す。彼女も葛藤しているんだろう。これ以上は彼女をさらに苦しめるかもしれない。賭けは負けか。でも、一人でも僕はやる。
「僕は諦めませんよ。少なくともここでじっと待ってたりはしない。僕は僕の出来ることをします。じゃあ、行きますね」
 そう言って僕は屋上を後にしようとした。だが背後からの「待てよ」という涙声が足を止めた。振り返るとヒロミが真っ直ぐ僕を見つめていた。赤く腫れた目。しかし以前の鋭い眼光がそこにはあった。
「お前にそこまで言われたら……私も動かない訳にはいかない……そういうことだろ?」
「お見通しでしたか」
 そう言って頭を掻く。最後の最後で大逆転。こんなこともあるものなんだな。
「お前の魂胆なんか見え見えなんだよ」
 でも結果としては僕の策に落ちた事になってるよ? まあ何はともあれいつものヒロミが復活したことに僕は嬉しさを隠せない。やはり、こうでなければ。

     

 街の喧騒の中を俺はふらふらとさまよい歩く。自分の守っていた街を見たかった。カツアゲ、万引き、ひったくり、ゆすり、喧嘩。どれも俺が活動をやめた後も一向に減らない。俺が守っていた物はこんなもんだったのか。笑いが出る。それらの犯罪を目の当たりにしても、何も出来ない自分にも。
 ふらふらしているうちに、とある公園にたどり着いた。前に俺がリンチされている学生を助けた公園だ。昼過ぎということもあって人は多かった。
 不意に尿意を感じたので俺はトイレに行くことにした。この公園は意外と広いのでトイレの影とかは死角になり易い。偶然にもその死角で俺はカツアゲ現場を見つけてしまった。とっさに近くの茂みに入り込んむ。何んで隠れてるんだ俺は……。無視してしまえば良かったじゃないか。
と思っていても気になってしまうので、少し位ならと傍観することにした。
 どうやら学校にも行ってないような兄ちゃん三人対学生一人のカツアゲらしく、学生には何発か殴られている跡もあった。そして傍観している間にもさらに一発、腹部に強烈なブローが入った。嗚咽してしゃがみ込む学生。しかし俺はそれを見ていることしか出来ない。力が無い俺は彼を助けることは出来ない……。
「お、おい! やめろよ!!!!」
 間の抜けた裏返った声が響いた。見ると携帯電話を握りしめた学生が立っていた。その彼が以前助けた学生だと気づくのにはそれ程時間はかからなかった。
「んだよお前?」
「しばかれてえのかあ?」
 高圧的な態度で兄ちゃんたちは罵声を浴びせる。一瞬以前の学生はたじろいだがすぐに携帯電話を前に突き出し「け、警察がもうすぐ来る!! お前ら逮捕されんぞ!!!」と消え入りそうな震えた声で叫んだ。
 リンチ犯三人は学生が通報したかは半信半疑の様子だが、最善策を取ることにしたらしく舌打ちをして走っていった。
「び、ビビったあ…‥」
 その場にしゃがみ込む以前の学生。
「あ、ありがとう……でも何で助けてくれたんですか?」
 それをそっとのぞきながらいじめられていた学生は言った。
「ああ、いやまあ。俺も前に助けられてさ……。でも悪口言っちまった。お前が助けても惨めなだけだって。でもさ、正直嬉しかったんだよね。誰かに助けてもらえるって。だからさ、俺も何か出来ないかなって思ってな……」


 そうだ。最初俺は何かを守っていたのでは無かった。ただ、笑顔が見たかった。それで幸せな気持ちになりたかっただけだった。その感情が全てを証明してくれると信じていたから。それがいつの間にか俺の中で義務になっていた。
 ヒロミと出会い、小浦と出会い、俺はだんだんと初心を思い出して来たのかもしれない。その変化が今までの状態に慣れていた俺には戸惑いに感じたのではないか? きっとそうだ。

 はは。今まで悩んでいたのが馬鹿らしい。あんな力が無くても、人を幸せにすることは出来る。それが俺の喜びであり、ヒーローをする理由だった。

 俺は誰かの為にヒーローをしているのではない。他でもない自分の為にやっているのだ。

 何かがすっと俺の中から消えていき、身も心も軽くなった気がした。

 もう迷う必要は無い。俺は静かにその場を後にした。

     

 翌日、終業日――


 明日からの長期休暇に胸を踊らせる人、またはこの後くる受験と言う名の戦いに決意を新たにする人などが下校していく中、僕とヒロミは屋上へと足を運んでいた。
「今日は来ますよね?」
「さっきメールはした。後はあいつ次第だ」
 ただ、返信は無かったとのこと。果たして来るかどうか運次第。いや会長さんの気分次第か。
 僕らが屋上に終業式が終わった後わざわざ来た理由。それは彼にあるものをあげようと思ったためだ。まあ隠す意味も無いので言うが、夏休みだ。
 夏休みと言っても当然学校のではなく、ヒーロー活動の夏休みだ。正直彼は頑張りすぎ、ならいっそ休ませてしまえ、ということだ。しかしただ休むだけでは何も得られない。なので宿題を設けることにした。

『ヒーローの力を取り戻す』

 これだ。デリケートな部分だし、取り戻せる根拠もない。でもその場でうずくまっているよりは数倍マシだ。それに足掻いた分だけ成長もあるだろう。
 これに僕とヒロミは協力を惜しまないつもりだ。そしてまた三人でヒーロー活動をしたいと切に思っている。
 山下先生の言った「他人を頼らせろ」これを実行した形になる。正直僕は会長さんからもっと頼られたい。沢山。そりゃあ向こうの方が何をするにも僕より数段上手なのは分かっている。でも、せめてどこか一点くらいはいいじゃないか。それが仲間というものだろう? いやまあ僕の妄想ですが。
「早く来いよ。まったく……」
 ヒロミの言葉は心なしか明るく聞こえるようになった。あの後自分の中で色々考えて決心したらしい。そろそろ、自分の気持ちに正直になると言っていた。この夏休みは熱くなりそうだ。
「なににやついてんだよ。キモイな」
「キモイはひどいんじゃないんですか?」
「だって本当の――」

 ズガアアアアアアアアンッ!!!!

 不意に鳴り響くけたたましい音と地響きが校舎を襲う。一瞬のことで僕らはあっけに取られた。そして音と振動の来た方向を向く。それほど遠くない所で火の手が上がっているのが見えた。
 

       

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