Neetel Inside ニートノベル
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彼はヒーローですか?
第3話:彼はヒーローだと思います。

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 あれから三日たった。この間、あの二人には会っていない。昼休みは教室でいつも通りご飯を食べて、放課後は遊ばずにさっさと家に帰った。やることも無いのでふとんの上に横になる。するとヒロミのあの泣き顔が浮かぶ。僕は何か間違ったことを言っただろうか。何度も何度もあの時の事を思い出すが、思い当たる節は一つもない。
 一日でも会わないと気まずい。それが出会い始めでよくあることだと思う。それが会おうと思えばすぐ会えるほどの近い間柄ならば尚更。それが続けばもう他人。僕は心の中で二人の事を思いながらも、元の日常に戻りつつあったのだ。あの件がなければ。


「ねえ、小浦。生徒会長さんと友達なんでしょ?」
「えっ?」
 そう、それは二日目の昼休みの事。僕は唐突にクラスの女子に声をかけられた。彼女はイギリス人と日本人のハーフで、可愛くて、学年男子の憧れの的。この前とは逆だが今度は男子から、熱く嫉妬の目線を浴びるはめになった。
「どうなの?」
「ま、まあ友達ってほどじゃないけど」
「そっ。でも話とかするんでしょ? ならちょっと付いてききてくれない?」
 僕は彼女に導かれるままに階段の影になった人目のつかない場所へとたどり着いた。最初に会長の事を聞かれたから僕のことではないの分かっている。といっても、このシュチュエーションは……と一人変に興奮した。でも漫画とかでこういう場面になれば、僕の立場は――
「単刀直入に言うけど、私生徒会長さんのこと好きなの」
 みじめな噛ませ犬である。僕は会長に嫉妬した。でも、その相手が憧れの対象でもあることに気づき、複雑な気持ちになった。
「でね、小浦に私の告白手伝って欲しいの。おねがい!」
 感情に任せて『いいえ』と言えれば僕はどれだけ楽だろうか。でもその後を考えると、実は『はい』の方が楽だということはしばしばある。僕は生まれてから十七年で楽を覚えてしまった。それが例え嫌なことだとしても、自動的に楽をしてしまう思考が僕にはできていた。
「ありがとー!!」
 気づいたときには、目の前に泣き入りそうなくらい嬉しそうな学年のマドンナが立っていた。

     

「放課後に校舎裏に呼んで! 古浦って本当にイイヤツだね! ありがとう!」
 三日目の昼休みにそう言われて僕は屋上へと押しやられた。先日のことがあって気まずいし、さらにその状況下でのお呼び出しのお願いとか。今すぐここから逃げ出したい。でも、学年のマドンナとの約束を破ったりしたら、もう学校に来れなくなるかもしれない。いやそれならそれで気苦労が無くなる……。ああもう知らん。どうにでもなれ。
 空は曇っていた。会長は入り口に背を向けてその空を見ながら一人でパンをかじっていた。第一関門、どうやって声をかけるか。でもその悩みは一気に解消された。
「やあ、こうらん。三日ぶりくらいかな」
「っ!?」
 彼は相変わらず僕に背を向けている。なのに先に声をかけてきたのは向こうだった。
「なんで気づいたんですか……?」
「んー、足音? いや、匂い……かな?」
「す、すごいですね……」
「伊達にヒーローやってないからね!」
 それってヒーローと関係あるんですか? と僕は笑いながら彼の隣りに座った。ごく自然な形で。毒気を抜かれたというか、これが元生徒会長の実力といったとこだろうか。
 でも、すぐに沈黙。僕はただ呼び出しの為に来たのに、頭の中にあるのは別のことばかりだった。ヒロミはあの後またここに来たのか、僕が泣かせてしまったことはもう知れているのか……。
「会長って、もてますよね?」
 とりあえず目下の目的だけでも終わらせてしまおう。
「なんだよ急にー? まあ、うん」
 パンをかじりながら会長は照れたように言った。
「そこ謙遜するところじゃないですか?」
「いやあ、事実だしなあ」
「じゃ、じゃあ彼女さんとか居るんですか?」
 パンを食べる手が止まった。
「……いないよ」
 おお、学年のマドンナさん、よかったですね!
「まあ、好きな人はいるけどねえ」
 おお……。そりゃあ居るでしょう。もてるのに彼女を作らないのはそれも理由にあるでしょう。……このことは黙っておこう。 

     

 また沈黙が始まる。会長は相変わらずパンをかじっている。そのパンがちぎっては減り、ちぎっては減りしていくうちに、僕は何故かどんどん追い詰められた気分になっていく。
 会長が黙っているのは僕がヒロミを泣かせたせいなのか。それとも一緒に活動しろと言われたのにもうさぼったからか。もしや両方……!?。
「本当にすいませんでした!!」
 気づいたときには、僕は正座に座りなおし、頭を地面にこすりつけていた。会長はそれを少し眺めた後、「何のこと?」とまたパンを食べ始めた。ああ、この反応は両方、いやもしかしたら+αがあるかもしれない。
「僕が悪いんです! 会長のヒーロー活動がヒーローみたいじゃないなんて彼女に言ったから、彼女が泣き出して……」
「……そんなことがあったの?」
「えっ?」
 あれ、この反応はまさか本当に知らなかったのか……。これは僕としたことが墓穴を掘ってしまった。いやあ、まいったまいった。ははっ。
「詳しく聞かせて貰おうかな? 古浦君」
「はい。ごめんなさい」
 元生徒会長の目に、現役時代の眼光が戻った瞬間だった。




「そうか……そんなことがあの時ねえ」
「ごめんなさい」
 会長は僕の話を聞いている間、目を合わそうとはしなかった。そして僕はたんたんと語った。時折自分の正当性を交えながら。ほんの数分前のことだが、すぐにそれはとても恥ずかしいことだと思った。
「いや。まあこうらんは正しいよ。普通ならそう思うだろうねえ。うん。やっぱそうなんだよねえ。ヒーローぽくないんだよ俺。こう、なんていうか……、威厳? というか、雰囲気からヒーローって感じしないよねえ……」
 違う。確かに僕の中でのヒーローと彼はギャップがあった。むしろ、幻滅した。でもだから彼がヒーローらしくないという訳ではない。現に多少制限的ではあるがこの街の平和に貢献している。人気もある。それに街のみんなが彼をヒーローと認めていること。それがなにより彼がヒーローだという証拠ではないだろうか。
「僕は……、会長はヒーローだと思います」
「……そう言ってくれるのは君が二人目だよ」
 ありがとう、と彼は小さく呟いた。

     

 雲間からうっすらと日光が差し始め、屋上の温度は徐々に上がり始めた。先ほどから沈黙が続いているが、それとの相乗効果で僕はうとうとし始めた。何か大事なことを忘れているような気がするけど……。まあいいか。そうのうち思い出すだろう。
 ああ、まぶたが重い。このまま気持よさに身を任せて寝てしまおうか――
「そういえば、ヒロミとはその後話したの?」
 一瞬で目が覚めた。なに和やかにしているんだ。ここ数日屋上に来なかった最大の理由を忘れるなんて……。
「いや、あの全然」
「だーろうねえ」と会長は微笑んだ。
「まあ、謝まれば許してくれるよ。多分」
「多分……ですか」
 この場合の多分をどれだけマイナスな意味の多分で取るか。今の僕の心境から言えば、『思春期の青年が母親に対して言う、そのうちやる』くらいマイナス。溜息がでる。早く昼休み終了の鐘がなることを切に願った。

『願いって、本当に強く思えば叶うんですね!』――なんかのバラエティ番組に出てたアイドル。
『思いの強さが地球を変える!』――なんかの標語。
『私の思いをテレパシーであなたに送りますよ!』――どっかの超能力者。

 嘘つきめ……。 
「なんだよこの学校。昼休みに補講とか、どんだけだよー。先生方頑張りすぎだろ。なー、お前なんとかしろよー」
 聞き覚えのある、そして今一番聞きたくなかった声が背後から僕を襲う。僕の願いはお空に儚く散ったのさ。もう絶対信じない。
「なんとかっていても、俺元会長だしねえ」
「そこをなんとかする――古浦……」
 僕がヒロミの方を向くと、気まずそうに名前を呼んでから口をつぐんだ。先ほど事情を知った会長も苦笑いだ。
「ど、どう――」
「この前はごめんっ!」
 その言動に僕はかなり困惑した。まさか彼女の方から謝罪があるとは夢にも思わなかった。というか、今までの彼女の態度から、この行動は全く予想ができなかった。
「よく考えれば私が変にキレただけだったし。まあ、その、許してくれ。そんで忘れて」
 照れ笑いを浮かべて彼女が言う。
「ええ、別にいいですよ。僕全然気にしてませんでしから」
 と、僕は格好がつかない格好つけをした。
「そっか。ならよかった」
 ヒロミが僕と会長の間に座る。僕は少しずれて座りなおした。座る瞬間、僕の耳元で「こいつに言ってねえだろな?」とボソッとヒロミは言った。僕は引きつった笑顔を彼女に見せた。後で会長に言ったことは内緒にしてもらはなくては……。


「日が出てきて暖かいですねえ」
「そうだねえ。あ、お茶あるよ? 暖かいの」
「じじいかお前ら」 
 時間はそこからゆっくりと流れていった。
 





     

おまけ


 ――昼休み終了間際、教室にて――
「ねえ、古浦! 生徒会長さん来てくれるって言ってた?」
「……ダッ!!!」
「えっ、どこに行くの!?」
(言えない! 忘れてたなんて……っ! バレたら学校に入れなくなる……っ!)
「ちょっ、なんで逃げるの!?」
「なんだなんだ!?」
「マドンナが古浦を追っかけてるだと!?」
(ヤバイ、人集まってきてる……。会長おおおお! どこにいるんですかああああああああ!?)
 五時間目の体育のウォームアップはバッチリだったようです。
 



       

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