Neetel Inside ニートノベル
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俺得短編集
スローモーション

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 決して華やかな人生では無かった。
 才能が皆無だった訳ではなかったが、それでも僕が努力を重ねた先には、常に抜きん出た才能を持つ誰かが先にいて、どれだけ走ってもその距離が縮まるようなことはなかった。
 若い時はそれがどうしても納得がいかなくて、公の場で心にもないことは平然と述べてしまうことも多々あったが、そんな野心も年を重ねる毎に薄れていって、三十路を遙かに過ぎてしまった今は、気づけばそんな若き僕のような選手達の面倒を見るような立ち位置になってしまっていた。その変化が、自分にとって良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
 兎に角、若い頃の僕は本当に野心に満ち溢れていた。それもまた、良い意味でも悪い意味でも。対戦相手はもちろん、チームメイト、監督であろうが容赦なく小競り合いになり、その所為でチーム内では孤立、どころか、出場機会に恵まれないことさえ珍しくなかった。
 けれど、多くを語るつもりは無いが、そんな荒くれた自分でも、信頼を寄せてくれた多くの恩人、家族に支えられたお蔭で、色んなことを学び、成長できたこともあって、キャリアとして十数年もの長い歳月を、ピッチ上でプレーし続けることが出来た。
 今それについて感謝の意を述べることは出来ないけれど、きっとこの試合が終わったら、僕は多方面に渡って、数え切れない謝辞を述べ続けることになるだろう。
 縦から飛んできた絶妙なスルーパスを、僕はそっと足に納める。
 そして即座に前を向く、完全にフリーであった僕はキーパーと一対一となる。きっと、これが最後のチャンスとなるだろう、僕自身としても、チームとしても。
 しかし、悲しいまでに身体は言うことを聞かない。何を今更なのか、三十を過ぎてから嫌と言うほど味わった体力の衰えではないか。それは今この時になっても平常運転であることぐらい分かりきっていた話じゃないか。
 だからこそ、身体よ、あと少しだけ動いてくれなどと、そんな烏滸がましい、不可能でしかないことを神に願ったりはしない、思いだけはするけれど。
 そんなことを考えていると、やはり俊足を生かしたプレーが得意だった若い頃の自分が憎らしくもある。中堅クラブでは得点王にもなれたことさえあった、そんな自分。けれど、トップレベルのクラブに入ってからは数を使った執拗なマークに遭い続けた所為で怪我に悩まされ、結局、生き残る為にスタイルを変えざるを得なかった。
 結果的に、それが適正であったこともあり、僕の最前線でのキャリアは早々に幕を閉じることになった。仕方ないとはいえ、やはりその頃の自分をいじらしく思ってしまう。
 周りを活かすようになったプレーの先は、自ゴール数の減少のみ。無論それでも、チームや、監督、サポーターや雑誌からはいつも賞賛の声が飛び交っていた。
 不満はなかった。これが自分の本当のスタイルだったのだと思っていたし、結果も出ているのだから不満を漏らす方がおかしい。けれど、幼少の頃からずっと尊敬し、目標にしていた選手――僕が必死に、躍起になって追いつこうとしていた選手とは、最早違う次元にいるのだと思うと、薄れた感情に筆舌に尽くし難い何かが燃え上がることもまた、事実であった。
 みるみる内にキーパーとの距離が縮まる。このまま行けば恐らくキーパーにボールを奪われてしまうだろう。だが、この位置からシュートコースは見つからない。何処を蹴っても弾かれる気配しかなかった。経験則なのか、それとも。
 けれど、恐らくあと少しでも距離を詰めてしまえば、きっと相手ディフェンスが僕まで追いてしまうだろう。そうなれば、クリアされるか奪われてしまう危険性がある。
 もしかしたら、一瞬のスキを突いて恐らく相手ディフェンスに続いてゼロ、コンマ秒後に仲間が現れるだろうペナルティーエリア内に向かって、パスを出す手段があったかもしれない、いや、きっといつもの僕であるなら間違い無くそうしていただろう。あくまで僕は生粋のストライカーではないのだから、自分が仕掛けるよりも少しでも可能性があると判断出来れば、そこに躊躇など存在しない、僕は迷うことなくパスを出す。
 左足を踏み込み、軸にする。サポーターの歓声に押されるかのように、さながら振り子のように動いた右足が、ボールを打ち抜く体勢に入る。
 異変に気づいたのは――スパイクがボールに触れたのとほぼ同時。なのに、馬鹿なことをしてしまったとは一切思わなかった。常に最善の、最良のプレーに専念してきた僕が、最後の最後は本能に従っていたのだ。後悔も、未練も一切持ち合わせず、あの頃僕がそうしていたように、純粋な強さを求めていたあの時と同じように、力一杯、足を振り抜く。
 走馬燈にも似た回想はこれで終わりだ。あとは野となれ山となれ。
 例え衰えようとも、第一線で闘うような力が無くなったとしても、ここでゴールネットを揺らす者こそがきっと、相違なくレジェンドと認定されるのだろうな。直後、そんなこと思いながら崩れそうになる体勢を戻すことも、堪えることもせずに、ただただ、身を任せるかのように、斜め上を見上げる。
 ゴールの遙か上にその球体は浮かんでいた。二つ。太陽と、サッカーボール。
 思いっきり吹かしてしまった。可笑しくなるぐらい無様なシュートだった。
 そう、そんなものだ。真の頂きに立てなかった者の末路は、所詮こんなもの。
 この後の展開は分かっている。ゴールキック、そして試合終了の合図だ。
 チームとしては新たな始まりを告げる笛であり、僕としては全ての終わりを告げる笛。
 試合結果は1-1。その内一得点は、僕のアシスト。
 どこまでも僕らしくて、でもやっぱりいじらしくて――
「あー、くそったれ」
 四方八方から聞こえてくる、鳴り止まぬ拍手に、何の感慨深さも沸かない僕は、ずっと下を向き続けることしか出来なくて――もしかしたらこれが俗に言う四面楚歌という状況なのかな、などと柄にでもないことを考えながら、その場から一歩も動けずにいた。

       

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