私は齢十六にして全てを悟った――だなんて大層な戯れ言を言うつもりはないけれど、それでも人生というものは超が付く程くだらないものなのだというのは高校に入ってより一層深い物になってしまった事に関しては事実と言うほかない。
それは人生を、青春を謳歌する者に対する僻み、妬みだと言われても仕方ないのだけれど、私はそもそもその『青春』の基準というものがよく分からない。毎日部活に勤しんで、男女水入らずで休み時間を楽しく過ごしたり、休日まで何処かへ出掛けたり、夏になれば海へ行き、冬になればスキーへ、いつでもどこでも誰かと一緒にいること、それがつまるところ青春を楽しむことだというのであれば、成る程、確かに私は青春を謳歌していないのだろう。
けれど、仮に私がそのような生き方をしていた所で、それは端から見れば確かに青春を笑顔で送る若造に見えるのかもしれないけれど、私はきっと楽しんではいないと思う。何故ならそのような様子を客観的に見て、私は『楽しそうだなあ』とか『羨ましいなあ』とかそういった感情を生まれて一度足りとも沸いたことが無いからだ。
何も感じない。無感情。
それなら読書の方がまだ楽しくない? とさえ思う。
別にフィクション世界を渇望している訳でもないけど。
捻くれているのではなく、心底思っているのだ。
そんな下賎な話で、よく狂ったみたいに笑えるねって。
流石に当人らの前で言わないけど、空気ぐらいは読める。
だから最近はなんでこの時代に生まれてきたのだろう、とさえ思っている。それこそ、戦乱の世に生まれていたらまだマシな世界で青春を謳歌できたのではないかとさえ。
その時代に青春なんて概念や生活があったとは微塵にも思えないけど。
ま、きっとそれは平和ボケした脳みそだからこそ言える間抜けな発言なのだろう。でも、だからといって、私はこの現世を好きではないし、長生きを望んでなどもいない。
そんな、不可避な、愚痴にもならない愚痴をぐちぐちと、ねちねちと、垂れ流すように殆ど独り言に近いトーンで、入学当初間髪入れず友好関係になることを強制された六ヶ所六実に、コンビニにハリボーが売っていなかった腹いせに浴びせてみたところ。
「ナンセンスだよ! その考え方はちょーナンセンスだよ! う~~~~ん、よ、よし! じゃあ今日の夜中の三時ぐらいに! 登校時の集合場所の十字路に自転車で来て!」
と、言いながら私のゆるくかかったパーマ(天然)をより一層悪化させる勢いでぐしゃぐしゃにしてきたので、その日、いや正確には日付が変わった深夜午前3時、私は六実に連れられて高校へ続く、長く急な登山レベルの坂道を、だらだらと登っていたのであった。
本当は至極面倒だったので後で『ごめん、寝てた』とでもメールでも送って無視を決め込もうと一瞬考えたけれど、彼女はそんな常套手段を使おうもなら恐らく再三の電話の末、窓から不法侵入を試みてでも私を起こしに掛かろうとするだろうから、素直に諦めるて彼女の謎の夜の徘徊に付き合っているのである。正直眠いなんてものじゃない。
まだ友人という関係性になってから日は浅いというのに、彼女の人間性というものは、嫌と言うほど思い知らされた。私とは正反対、究極に対極、あまりに対極過ぎて地球を半周して交わるのではないかと思うぐらい、青春の権化とも取れるような少女である。
クラスでは有無を言わさず人気者、お前らは磁石かと突っ込みたくなるぐらい絶えず人に囲まれ、班を作るように要求されれば誰もが彼女の元に集まる。優しく明るい性格で、笑顔を崩すことは決してない、きっと脳内星占いは毎日一位なのだろう、日々が楽しくてしょうがないんです! そんなオーラが滲み出ている。天然のスパイスも良い化学反応を示す。
それだというのに、彼女は昼休みの時間になると、他の掃いて捨てるほどいる友人達を薙ぎ倒し、満面の笑みで弁当箱を見せびらかすかのように決まって私の座席に現れ、「チュウショックターイム!」と連呼するのである。恥ずかしいことこの上ない。
何で決まって私となのか、奇妙で仕方がなかったので、一度冗談混じりで「私を哀れだとか、可哀想とか、そんな感情で、慈善気分で来るならありがた迷惑なだけだから帰っていいよ」と言ったことがあるのだけど、そうしたら鬼というか般若みたいな形相で私に襲いかかってきて平手、というか完全に掌底に近い感じでビンタをされて「バカヤロー!」と猪木張りに本気で怒られたことがあった。それ以来、誂うと危険という意味でそういうこと触れないようにしているが、未だに何故彼女が私に構おうとするのかは結局解明されていない。
愉悦を供給しない私と一緒にいても、何も得せんでしょうに。
「今日はね、すっげえことしちゃうよ! 半端ないよ!でじまじで!」
「はあ、それで、一体何するつもりなのよ、こんな丑三つ時に」
「そんなの今から教えたら意味ないでしょう! ばかなの! しかしですね、草木も眠る今だからこそ成せる技、とだけは言っておきましょうか、ぬふふ」
「あれか……えっと、露出鬼ごっこ?」
「ちょいちょいちょーい! 別に私露出癖なんてありませんけど! ていうか鬼ごっこって! 強姦魔でも息子巻いて逃げ出しちゃうよ! もう! いつからあっちゃんの中の私はそんなに薄汚れちゃったの! これでもヴァージンよ! 純血の塊よ!」
お前の言動も大分薄汚れてるけどな。
「御処女なんて、六実は生き遅れていますね」
「セイセイ、新品に向かって何て言い草だい、生まれたままの姿ほど美しいものはないのだよ? まさに神秘ではないですか、新品だけに。ラブプラスの中古品でもヒロインをビッチ扱いされるこの時代に、三次元の処女なんてそうお目にかかれませんよ!」
「新品でも時間が経ちすぎると中古以下になるよね、消費期限的な意味で」
「お黙り! といいますか、そう言うあっちゃんだって処女じゃないですか!」
「別に私は彼氏とかに渇望していないから、そもそもあんまり性欲ないし」
「ではここで問題です。あっちゃんの自室の本棚には数冊本書とは違うカバーが掛かった漫画ありますが一体どんな漫画でしょうか」
「な……! お前、いつの間に!」
「また彼女のパソコンの音楽ファイルと称したエロ動画は何系でしょうか」
「おい! 後半は解答にする部分がおかしいぞ!」
「正解はベッタベタの純愛漫画と乱交系の動画でした、やだ卑猥~」
「お前……、これで三度目だぞ、私欲で平然と私を貶めるのはいい加減止めろ」
「それを一石二鳥と言うのですよチミ、あっちゃんが何を言ったところできゅんきゅん大好き、だけど偏執的な性欲を持ち合わせているのは言い逃れの出来ない事実! 読者の前でクールぶっても無駄なんだぜい?」
「何が読者だ……勘弁してくれよ全く……」
私達の会話というのは酷く中身が無い、それは出会った当初から一度も変わることがなくて、お互いに真面目な話とか、コイバナとか、そんな核心に触れるような会話は切り出したりすらしない、それは私が敬遠しているからとか、六実に話す気がさらさら無いとか、そういう意味ではなく、あんな容易に他人に触れることが好きな六実からでさえも、私に対しては何も訊いてこようとはしないのだ。いつも私の元に来ては身も蓋もない話題や上っ面の会話をするだけ。それの繰り返し、無限回廊に絶望することなく、快活に歩くが如し、きっと彼女は無意味からも意味を見いだすことが出来るのだろう。
けれど、だからこそ余計に分からない、どうしてそこまでする必要があるのかと。
人は誰かと付き合うにあたって、最初こそなあなあの関係でいいものの、時間が経つにつれて、どうしても心の繋がりを欲するものである、渇望すると言ってもいい、それは『本当にこの人は自分のことを大切な存在だと思ってくれているのだろうか』と不安で仕方が無くなるから。変な言い方だけれど、一種の恐怖観念に駆られ、心の支えを失うことに酷く怯えているのだ。だから人は、人間関係という名の麻薬に執着する。そんな話を昔どこかで読んだことあるような気がする。
仮にそれが真実だとすれば、最早彼女は、六ヶ所六実は、奇怪な存在としか説明のしようがない、多くの人間関係を保持しながらも何故か私に執着し、それにも関わらず何も要求してなど来ない、こんな言い方は悪いが、正直頭がおかしいんじゃないかと思う。
所詮ボランティア精神じゃないのかと、疑いたくもなる。それか詐欺師なのか――
「さーてさてさて、着きましたよー! ここが、夏季限定で秘密裏に行われる、私史上超最強最大級のビックイベントの開催地でございますのです!」
「……………………いやいや、開催地も何も、ただの坂の途中にあるコンビニじゃないか、こんな場所で一体何をするっていうんだ、やっぱりエロ本の立ち読みか何かか?」
「もー、あっちゃんはすぐ下ネタに全力疾走するんだからー、むっつりの癖に」
「言っとくけど六実の方が圧倒的に変態だから客観的事実として推定しているだけだからな、いやどちらかいえば確定に近いか」
あと私はむっつりじゃないから――違うよ?
「酷い! 確かにコンビニでホットミルクを立ち見したことはあるけど、週二回ぐらいしかしてないよう!」
「ごめん、変態じゃないわ、ド変態だった」
「と、とにかく! ホラ! 背後に広がる風景を見てごらんなさいよ!」
六実は話を切ると私の頭を掴んで無理矢理振り向かせる。
「か、髪の毛を触るな……チリ毛が悪化する……は、背後だって……? そんなの……坂しかないだろう……」
「そのとーり! 現時点を持ってその坂を一気に下っちゃおうという訳なのです!」
「…………はあ? お前まさか、その為にわざわざ自転車で来たのか?」
「おっ、鋭い観察眼ですな。実はこれが爽快でねえ、この時間帯って殆ど自動車が通らないじゃん? だから道路の真ん中を自転車でかっ飛ばして下っていくのが最高に気持ちいいの! 何て言うの? 普段は自動車しか通れない、歩行者には危険極まりない筈の道路を支配したような、独り占めしたみたいな? そんな気分になれるんだよね。ブレーキから手を離して生暖かい夜風を切り裂きながら進む感覚は痛快以外の何物でもないよ! これを是非あっちゃんにも味わって欲しくってさ、今回は特別にお呼びしちゃったわけ!」
六実は現実では恐らく絶滅危惧種であろう、貴重なポニーテイルを揺らしながら、ドヤ顔で演説を終えると、満足と言わんばかりに破顔一笑した。
「――な、なんだそりゃ、確かに私は人生が退屈みたいな言い方はしたけどさ、だからって、別にこんなことをして欲しい訳じゃないし、第一望んですら――」
「ほら! それだよ、それ! あっちゃんて何に対しても『つまらない』みたいなこと言って食わず嫌いしちゃうでしょ、本当に何もかも世界中にあるもの全部、一つ残らず経験していないの? なんでもいいから、まずは触れてみようよ! 知ろう! 何もないなんてこと、絶対にないと思うよ! だから、だから、その為の第一歩としてこれ! あっ、でも最初にしてはちょっと刺激が強すぎるかもしれないかな――」
「い、いや、あのさ、そんなお節介焼かなくてもいいからさ、私は――」
「っしゃあ! 行くぞぼけええええぇ! 私に振り切られんじゃねえぞコンチクショウ!」
「おい! 人の話は最後まで聞け!」
そう叫ぶと、六実は私の言葉を問答無用で振り切って元来た道を全速力で下り始めてしまった。恐らく殆ど意味を成していない、ペダルを本気で漕ぎながら。
「………………………………はあ、全く、どうしてこうなるのかな」
六実がトンネル付近に差し掛かった所で思わず声を漏らす。
私はただ、現状の立ち位置に、無為しか生まない人生のレールに、やっても意味は無いのだと、飽き飽きしているのだと、そう言っただけなのに、どうしてお前は、六実はこんなにも自分が得をしないことに一生懸命精を出そうとするのだろうかね。
いや、多少得はしているのか、こんなお世辞にも善行(非行とまでは行かないけど)とは言えない真似、打ち上げに夜中の十時にやろうと言われた花火のお誘いさえも断る優等生代表の彼女が、いくら夏期限定だからといってこんな真夜中に公道を疾走だなんて考えられない、大方通学中にそんな妄想を膨らませていたってとこなんだろう。
六実はそういう子なのだ。
どこまでも、真面目で、どこまでも優しい。
だから人が寄ってくる、無論それも全て受け入れる。
そして自分からも、容赦なく関わっていこうとする。
私とは怖くなるぐらい対極にいる存在、六ヶ所六実。
「私が自分から――宇宙の果てまで逃げても、お前は追ってくるんだろうな」
ストーカーよりもタチが悪いな、全く。
「――ああ、そうか」
もしかしたら、私は彼女に憧れていたのかもしれない、あんなにも純粋に、何もないのなら自分一から創りあげるつもりで生み出してでもかけがえのない人生を、真剣に、懸命に謳歌する彼女を、心底羨んでいたのかもしれない。
いいや、そうではないのだろう、彼女自身はこの世界をはなからつまらないなどと思っていない、何に対しても国宝級の作品に感銘を受けるかのように、興味を持つ彼女にとっては、全てがワクワクの対象物なのだ。そんな、そんな風に毎日を楽しそうに冒険する彼女を、私はどうしても認める事が出来なくて、くだらないと思い至った時点で立ち止まってしまった私を今更直視することが辛くて、こうして自分を誤魔化し続けていたのだ――その癖文句ばかり言いながら六実との関係を断ち切れてなくて、素晴らしい者の横にいれば自分も同等なのだと勘違いして、結局彼女に付き合ってるのがいい証拠だ。馬鹿丸出しだな、おい。
「はーあ、私ってこんな低劣な女だったんだなあ、泣けてくるよ」
でも少しだけ弁解させてくれ、あんな人間に出会ったら、嫌でも嫉妬しちゃうよ。
もういいや、こうなったら今夜だけはとことん合わせてやろうじゃないの、六実が見ている世界を、視界を、可能な限り堪能させてもらおうじゃないか。
ペダルを踏みしめ、腹で矜持をくくる。さあ――
「いっ、いっくぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」
と、いざ叫び声と共に降ろうとしたのだが、寸前のところで深夜午前三時過ぎに奇声を上げて坂を下るなど頭の螺子が十本は飛んでいる以外の何物でもない、下手をしなくとも通報は順当だろう。
結果、恥ずかしさも相俟って何とも味のない、尻窄みな発進となってしまった。
いやね、偉そうなこといってもやっぱり近所迷惑は駄目ですから。
「うっ、うお……!」
登下校で通る坂だからその急勾配具合は十二分に把握しているつもりだったけれど、車輪の回転その理解を一瞬に全て置き去りにしてしまっていた。一瞬にして速度は平坦地の速度を超え、待ってましたと言わんばかりにペダルは本来の役割を放棄する。生温い空気も、闇も、街灯の光さえもなぎ倒すかのように乱暴に駆けるその速さに、快感よりも先に恐怖心が芽生えそうになってしまっていたが、それでも、私はブレーキに手を触れない。
もし触れてしまえばきっと一生逃げ続けるだろうから、彼女のみぞ知る世界が、それこそ闇夜に連れて行かれる気がしたから、だから、絶対に止めたりしない、己とのチキンレースに勝利して、必ず同じ高さで彼女の世界を覗いてみせる。
決して捕まえも、奪いもしない、ただ触れて、視界を合わせるだけ。
それは結局、見た所で私では分からない物かもしれない。
また惰性の迷宮を堂々巡りする羽目になるかもしれない。
それでも、だとしても、最早速度は退路を置き去りにしてしまっている。
じゃあ、いつやるの? 今しかないでしょ!
「くっ……よっ、とっと!」
外角から侵入して何とかカーブを切り抜けると、そのままトンネルへと突入する。そこには時間差を考えれば明らかに数十メートルは先に行っているはずであろう六実が、何故かようやくトンネルの出口付近に差し掛かっていた。私の事を待っていたのだろうか、けれどそんなことはどうでもいい、私はただアンタに近づくだけでいいんだから。
そう思い、無意味なペダルを漕ごうとした、その時だった。
「きゃっほおおおおーーーーーーーーーーーー!!!! 凄い! 凄いよ! 凄い! 凄い! 半端なく凄いよ!! あっちゃん早く!! 一刻も早く来て!!!!」
「うおっ……と! おい六実! 少し静かにしろ!」
六実が近隣住民激昂確定の奇声を上げたので、思わずハンドル操作を誤りそうになる。
多少の怒りを感じながらも、一体何事かと思っていたが、トンネルを抜けた瞬間、それは一切合切の解説もする必要もなく、私の眼球を貫いてきた。
「…………すっげえ……」
見上げれば、漆黒を遮るかのように光の線が止めどなく、延々と流れ続けていて、視界百八十度、首を回して三百六十度、どこを見渡しても一面に星が流れていたのだ。
それは流れ星というより光の絨毯と表せる規模で、雲以上に乗れば歩けるのではないかと、そんな気さえするほどの量だった。これほどの数なら恐らく7月7日しか淫行が出来ない織り姫と彦星もこっそり抜け出てて宙姦出来るんじゃないかと、変態思考にも至るぐらいに。
だがこんな景色、もし彼女がいなければ生涯で一生たりともお目にかからなかっただろう、いや、こんな超常現象、きっと朝方にはニュースのトップ記事を飾るだろうし、写真だったり動画であったりを介して目にすることはあったのかもしれないけれど、きっと何の感慨も感銘も受けなかっただろうし、多分歯牙にかけていたかどうかも怪しい。
私は、ずっとそういう人間でいるつもりだったから。
立ち止まり、地面を向き続けていただろう。
井の中の蛙、井の中すら知らず。
――でも、今は素直に魅了さている。
「……これが、六実の――」
圧巻、の一言だった。
「――――って、六実! 危ない!」
そうは言ったものの、いつまでも上を見つめていては、縁石に衝突して自分が鈍く輝く星になりかねない、その為カーブに気をつけようと一瞬目線を正面に戻すと、景色に見蕩れ操られていたのか、彼女は今まさに縁石に直撃しようとしていたのだった。
大声で叫んだものの、当然ながら時既に遅し、六実はそのまま激突すると、自転車から可憐投げ出されてしまい、内村航平張りの見事な宙返りをしながら歩道を飛び越え、その向こう側の柵までも悠々と通過し、そのまま消失を図ったのだった。十点。
「六実!」
急いで自転車から飛び降り、彼女が落下した地点へ向かったが、運悪く街灯の当たらない場所である故、六実がどうなっているか全く分からない状態なってしまっていた。
「おい六実! 返事しろ! おい!」
「……アハッ、アハハハハハハハハ!」
「……………………、む、六実?」
頭を打って気が狂いましたと言わんばかりの声が木霊する。
「凄いねえあっちゃん! 私十六年生きてきたけどこんな感動的な空を見たのは初めてだよ! もうなんて言うか声にならないっていうの? いや声は出てるんだけどさ!!」
「い、いやさ、そんなことより大丈夫なのか……?」
「うん?、大丈夫、みたいだね、興奮はしてるけど。あ、興奮って欲情してるって意味じゃないから! 多分田んぼ、なのかな、泥水が丁度クッションみたいになってくれたお蔭で怪我はしてないと思う、まあ身体はグチョグチョだけどね、卑猥的な意味じゃなくて!」
そう言ってナハハハハ、とどこかの芸人みたいに笑う六実。
「それだけ元気なら大丈夫そうだな……はあ、心配して損した」
「ねえ、あっちゃん」
「…………なんだ」
「人生がくだらないなんて、そんなことないよ」
「………………」
「あっちゃんはどう思っているのか知らないけど、少なくとも私は、あっちゃんとくだらない話をしているだけでも、楽しくて仕方ないよ?」
「うん……」
「勿論それだけじゃないけど、ううん、もっと沢山あるけど、人から見ればそんな些細な幸せ、もしかしたら幸せですらないのかもしれないけれど、私は今日の思い出と同じぐらいずっと大事にしていきたいって思ってる。だって、私はあっちゃんといることが心の底から楽しいと思ってるから――あっちゃんは……どう思ってる?」
「…………どうだろうな、分からない」
「――でもさ、このゲリラ流星群を見て何も感じないってことは流石にないでしょ?」
「ゲリラ流星群って何だよ、ネーミングセンス最悪だな」
「ちょっとそこ五月蝿いよ! もう……」
「ははは。……まあ、感じないって言ったら嘘になる、かな」
「でしょ? だからさ、もう少しだけ、あとちょっとだけいいから、歩いてみようよ。そしたら何か変わるかもしれないじゃん。でもね、もうこうやって振り回したりしないから心配しなくていいよ。だって、後はあっちゃんが決めることだから」
「ああ……それは分かってる」
何かあるかもしれないのに何もしないなんて勿体無いもんな。
「ね? 私、あっちゃんが構わないならいくらでも付き合うし」
「そうか、じゃあまずは前を向く癖からをつけてもらおうかな」
まずは前を向いて進めるように。
そして自分の世界を、見つけられるように。
「………………………………え?」
後日談、いや、正鵠を射るとすれば同日談になるのだが、あの夜の謎の流星群はなんと隕石が地球に衝突する前に爆散したものだったかもしれないらしい。
その原因はアルマゲドン張りのスペシャリスト達によって極秘に遂行された任務だったのだとか何とか、しかし全ては星条旗の星の中ということなのだろうか。
私の決意の要因が、一歩間違えば人類終了の要因だったと思うと何とも滑稽な話であった。