Neetel Inside ニートノベル
表紙

キス、キス、キス
第5話 密室ショータイム

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 初めてのキスを経験してからというもの、リナとキョウコの関係は休むことなく続いた。
 一昨日のお昼休みに屋上の踊り場でしたのを皮切りに、これで三日連続だ。昨日は朝っぱらから校舎裏に誘いこんでキス。今日は誰もいない放課後の教室でキス。同じ時間、同じ場所でするとさすがに怪しいかな、という配慮をしてみたのだけれど、シチュエーションが変わると胸のドキドキは三割増で高くなった。
 変わらなかったのはキスの濃さ。魔法に掛かった彼女は相変わらず濡れた目、艶やかな唇、柔らかい舌でリナを捕らえて離さない。どうやら魔法は相手をとことん発情させる効果を持っているようで、キョウコのキスはいつも情熱的だった。ナツミに魔法を掛けたときにも思ったけれど、きっと一番好きな人と一番幸せなキスをしているような、そんな感覚に陥るのだろう。
 こういう激しいのは彼氏さん相手にしてくださいよ。キョウコとの絡みつくようなキスをしながら、リナはそう思うだけで為すがままになっていた。
 もっとも、キョウコは夏の終わりに彼氏と別れている。夏休みの間さんざん彼氏の愚痴を聞かされ、二学期が始まってからは別れたことを後悔する懺悔を聞かされ、この頃はようやくそれも収まったとはいえ、やっぱりどこか溜まってる部分もあるのだろう。なんていうと欲求不満な奥さんみたいだけど、誰だって寂しいのは嫌で、それはみんな変わらない。キスしたいよー、なんて街中で平気で叫んじゃうような頭のおかしな人も世の中にはいることだし。

 この日、キスを終えて帰り仕度をしていると、机に座って足をぶらつかせていたキョウコが口を開いた。
「リナちん、明日学校終わってからうちに来ない?」
「明日?」
 明日は土曜日だ。授業は午前中で終わるし、いつもは帰ってグータラするだけである。断る理由なんてなかった。
「いいよ。行く行く」
「じゃ、決まりだね」
 キョウコはそう言うと机から降り、そろそろ帰ろ、とリナに目配せした。思えばキョウコと遊ぶのは一学期のとき以来だ。彼女の部屋にあがるのもそれ以来、ということになる。
 リナに関して言えば、友達と遊ぶこと自体が久しぶりだ。というのも、高校に入ってからの成績の悪化により、夏に無理やり塾に入れられてしまった。都心の駅に構える予備校塾で、夏期講習はほぼ毎日、そして二学期が始まってからも日曜日を含めた週二日は夕方から夜まで勉強させられている。そんなわけでまとまった時間を取るのが難しくなり、下校ついでにどこかに寄り道することは多々あるけれど、家の離れた友達同士は簡単には遊ぶことができない。
 それに関連してひとつ、リナには心配していることがあった。それは日曜日のこと。学校はないし、塾にはとくに仲の良い人もいないし、それでどうやってキスのノルマをこなせというのか。実はここ数日、ずっとそのことばかり考えていた。それこそ見ず知らずの人を捕まえてキスするべきなのか、とか。
 しかしこのとき、リナには一気の解決方法が浮かんでいた。パンがないならケーキを食べればいいというように、時間がないなら作ればいい、塾があるなら休めばいい。それしかないとリナは確信していた。
「ね、せっかくだし日曜も遊ばない?」
「日曜? いいけど、リナちん塾あるんじゃなかったっけ」
「今週はいいの。キョウコと遊びたい気分だからさ」
 今週どころか、来週も再来週もキョウコと遊ぶ気満々だった。本当はリナだって辛い。勉強したくて仕方がないのに、ノルマのおかげでそれが叶わない苦悩。命が懸かっているから塾をサボらざるをえないのだ。勉強できないのは、本当に残念で仕方がない……。
 という安い演技は置いといて、リナの提案に対しキョウコは指を唇にあてて――考え事をするときの彼女の癖だ――閃いたように言った。
「じゃあ、明日うちに泊まっちゃいなよ」
「いいの? マジ?」
「マジマジ。学校終わってソッコー来てもいいし、着替えてからでもいいし。あたしの部屋広くないけどさ、泊まっていきなよ」
 渡りに船って、こういうときに使うのだろうか。リナは嬉しくなって思わずキョウコの腕に抱きついた。「大げさ」と笑うキョウコも心なしか、はしゃいでいるように声が高い。誰もいない教室だからいいけれど、人がいたらやかましいと怒られてしまいそうな程だ。
「せっかくだからみんな呼ぶ?」
「ううん、キョウコとふたりがいい」
「大勢のほうが良くない?」
「いいの。キョウコとふたりっきりがいい」
 リナは頑なだった。腕にしがみついたまま、訴えるような強い眼差しをキョウコに向ける。
「なーに甘えてんの」
「べっつにー」
「あ、もしかして。ふたりになって、あたしに変なことするつもりでしょ」
 キョウコはからかうような笑みを見せ、リナは「ばーか」としゃべらずに口の動きだけで返した。
 本当なら、大勢のお泊りの方がいいに決まっている。盛り上がるだろうし、きっと楽しいだろうし。でもキョウコの疑りは正解で、リナにはキスをするという目的があるわけで、それが「変なこと」にあたるかはともかく、リナにとってこれは大きなチャンスであった。
「着替えとか持ってくるから、学校終わったらそのままキョウコんち行くよ」
「ふふっ、超楽しみ。なんかあたし用意しとくものとかある?」
「そんな気使わなくていいから。あ、でも、枕ひとつ貸してね。ふとんはいいよ。キョウコのベッドにいっしょに入るから」
「やだあ。リナちんのスケベ」
 キョウコは意味深な表情でそう言うと、お互い顔を見合わせて、また馬鹿みたいに二人して笑った。

 そして翌日、土曜日。
 午前だけの授業を終え、リナはそのままキョウコの家へと向かった。キョウコの家はリナとは反対方向で、電車の窓から見える馴染みのない景色を見ているとせっかくだから寄り道もいいかなと思えてくるのだけれど、それは明日のお楽しみということで我慢した。
 キョウコの家は豪邸とはいかないまでも、割りと大きめの一軒家だ。そこの一人娘というだけあって、家の中での振る舞いは何気ない感じでお嬢っぽい。友達の、自宅と学校の雰囲気に微妙な違いがあると焦るというか、妙に緊張してしまう感覚はなんなのだろう。リナは借りてきた猫のように大人しく彼女のあとに続いた。
 キョウコの部屋は白が基調で、雑誌やらなにやらが積んではあるものの綺麗に整頓されていた。以前と比べてどうだろう。飾ってあるものやぬいぐるみなんかはそのままだけど、全体的に、ちょっと雰囲気が変わった気がする。殺風景というかなんというか。それに失恋したことが関わっているかどうかまでは、経験のないリナには分からなかった。
 リナは部屋にあがるとさっそく私服に着替えることにした。制服にしわを作るのも嫌だからだ。
「あ、ちょっと待って」
 ブレザーを脱ぎかけたリナを、キョウコが止めた。
「着替えるならあたしの服、試しに着てみない?」
 そう言うと、彼女はクローゼットを開いた。見ると秋物の洋服が掛けられていて、それもかなり多い。
「うわっ、こんな服持ってんの?」
「うん。ちょこちょこ買ったの。もう冬だし入れ替えようかなって思ってんだけどさ」
 キョウコはそう言いながらその中から適当にひとつ取り出すと、リナの身体に合わせた。
「このまま仕舞っちゃうのも勿体ないし、リナ着てみてよ」
「えーっ」
 と言いながらもリナの顔はほころんでしまう。ニュアンス的には「いいの?」という感じだ。
「買ったはいいけど、あたしが着るとなんか暗くなるものばっかになっちゃったんだよね」
「そんなの試着で分かることじゃん」
「だって買い物って、そのときと帰ってからで違うじゃん。試着したときは似合うと思ってたのにさあ」
 その気持ちはよく分かる。リナもそれで痛い思いをした経験があるからだ。
 リナは「ま、分かるけど」と気のない返事をしながらクローゼットの中を覗き、思い思いに取り出してみる。どうやらキョウコのセンスが悪いわけではないみたい。結構かわいい服がありそうで、ふつふつと興味が湧いてくる。
「いいの? マジであたし着ちゃっても」
「一回もう袖通してるから気にしなくていいよ」
「じゃあ、どっか着替えるとこ借りていい?」
「そんなの、ここでいいじゃん」
「えー? ……まあいいけどさあ」
 キョウコはベッドに腰を掛けると「ほら、どうぞ」と言わんばかりに微笑んだ。
 リナは言われた通りにその場で着替える。ブレザーをハンガーに掛け、リボンをほどき、ブラウスも脱ぎ落とす。上半身は下着だけの格好になり、手に取った服で思わず前を隠してしまう。
「なんか……恥ずかしいんですけど」
「なに気にしてんのよ。体育のときいつもいっしょに着替えてるじゃん」
「そうだけどさあ……」
 そうなんだけど、リナは言葉にしづらい妙な羞恥心を拭えずにいた。やっぱり、部屋の中でふたりきりの状況で、リナだけが脱いでるというこのシチュエーションには違和感がある。しかもキョウコにガン見されて、「なにプレイだよ」と問いただしたくなる。暑くもないのに、変な汗がじんわりと浮き出てしまいそうな感じだ。
 キョウコの服は落ち着いた色合いの系統ばかりだった。茶色、灰色、紺色。秋物はだいたいそういうものだけど、確かにこれに黒髪だと暗いかなーと思ったりする。まして彼女はロングヘアだから、重々しくなってしまうのかもしれない。
 一方、リナのような栗色に近い明るめの茶髪なら、色合いのバランスが取れている。リナは立てかけの鏡に映る自分を見て、我ながらなかなかイケるじゃん、と安心した。いくつか試着してみたけれど、どれも欲しくなるくらいピッタリとリナに合った。
「やっぱ、リナの方が似合うなー」
 ちょっと悔しそうにキョウコが言った。ふたりは背丈も体格も似たようなものだから、はっきりとした違いが出ることに納得がいかないようだ。
 それからも、キョウコはあれやこれやとリナをマネキン扱いで着せ替えていった。色んな服を着ることができて悪い気はしないけれど、自分だけというのも面白くないものだった。まるでキョウコの実験台にされている感覚だ。
「ね、今日あたしを誘ったのって、もしかしてこれが目的だったの?」
「……うん、まあ、そんなとこ。リナなら似合いそうだなーってずっと思ってたから、着てるとこ見てみたかったの」
 ふうん、と曖昧な返事をリナは返した。それなら、自分だってキョウコの着ているところが見てみたい。
「次はキョウコの着てるとこも見せてよ」
「いいよあたしは。もうイヤってくらい似合わないの自覚してるから」
「そう思い込んでるだけかもしれないし、それにあたしだけ脱いで不公平じゃん。ほら、脱いだ脱いだ」
 リナはキョウコの腕を引いてベッドから無理やり立たせた。着ている制服に手をかけると、彼女は「自分で脱ぐから」と困ったように笑った。
 立場が逆転し、リナは内心ほくそ笑んでいた。晒し者になる恥ずかしさを彼女にも味わわせるために、ファッションチェックのお返しをしてやらねばなるまい。上から下まで舐めるように眺めて、じっくりと値踏みをしてやろう、なんて。やってることは微笑ましい女の子同士のお着替えでも、頭の中は完全に中年のオヤジである。
 さすがに自分の部屋だからか、それともリナが脱いだあとだからか、キョウコはあっさりと制服を脱ぎ捨てると、洋服に着替えて鏡の前に立った。背中から見えたブラは水色だった。ということはパンツも同じかな、なんて下世話なことを考える。
「やっぱなー。なんか暗いんだよなー」 
「どれどれ。こっち向いて見せてよ」
 今度はリナがベッドに腰掛け、口元を緩ませながらキョウコの全身に視線を巡らせる。
「なんかポーズ取ってみてよ。そしたら全然違うかもよ」
「えー? ポーズなんてそんな、わかんないよ」
「適当でいいからさ。ほらほら、恥ずかしがらない」
 言われるままにキョウコはポーズを取る。ファッション雑誌にありがちな、両足を開いただけの仁王立ちの格好。「なーんか色気ないなあ」というリナの言葉はそのままの気持ちで、「放っとけっ」と顔を赤くするキョウコも本気で恥ずかしそうだ。
 リナは暴走列車のごとくキョウコにポーズの要求を繰り返した。いつしかファッションショーは終わり、いかがわしい撮影会のような、そんな雰囲気になりつつあった。キョウコもスカートのすそを指でつまんで持ち上げながら、おかしなことになってきたな、と表情を曇らせた。
「ねえ、これ、なんのポーズ?」
「うちの弟の持ってる本に載ってたポーズ」
「それってエロ本じゃん!」
「違うって、健全なやつだから!」
 キョウコは「やだよ、もー」と言って恥ずかしがるのだけれど、それがまたリナの脳内火室にガンガン石炭がくべられる要因となるのだ。女の子の恥じらいは最強の武器、なんて言葉をなにかの雑誌で見た覚えがある。確か「男を落とす必殺テクニック」みたいな特集記事だったと思うのだけれど、それが決して男に限ったことでないことをリナは現在進行形で学習していた。
 キョウコだって、まんざらではない。かわいい、かわいいと褒められると次第にリナの指示するポーズ(エロ本に載ってた格好)にも従うようになった。もちろん恥ずかしい格好に代わりはないわけで、キョウコは照れたような、それをごまかすような笑顔を向けている。むしろそれがやらしさを増長させていうことには、キョウコは気づいていないようだった。
「あんまり見ないでよ、もう」
「あたしこういうのすっごい好きなの」
「リナちんって、ちょっと変態入ってない?」
「変態でもいいもん。ほら、もっとスカートたくしあげてみてよ」
「ちょっとお、パンツ見えるって」
 リナは防ごうとするキョウコの手をすり抜けて、彼女の白くてちょっと細めの足にタッチした。すべすべで、少しだけひんやりとした感触。
「こらっ。お客さん、おさわりは禁止ですよ」
 キョウコは演技の口調で言ってから、はにかむように笑った。なんだかんだ言って、彼女も案外ノリノリだった。

 お互いさんざん騒いで、試着する服もなくなってきたところでファッションショーはおひらきとなった。
「いいもの見ちゃった。なんか得した気分」
「もー、あたしだけ馬鹿みたいじゃん」
 ぶつぶつ言いながらクローゼットに服を片付けるキョウコ。上半身は下着を晒したままで、どこか思考が麻痺しているのか、もはやそれを隠そうともしない。
「チップはずんであげるから。お札、ブラのとこに挟んであげよっか」
「ストリップじゃないんだからさあ」
「じゃあご褒美はなにがいい? キスにする?」
 そう言ってリナは顔を近づけた。言うまでもなくテンションは上がりきっていた。オンとオフしかないスイッチを思いきりオンに傾けてしまえば、そういう気分になるのも仕方のないことだ。
「いらないよ、もーっ。顔近いって」
 キョウコはまだ恥ずかしいような怒ったような態度のままである。でも、すねるように逸らした視線は本気じゃない。
「しよ? ね?」
 最後の一押しとばかりに、リナはキョウコの手を握った。強引なリナに圧されて、キョウコは顔を引きながらもリナを見た。視線が重なって、幾秒かお互い黙り込む。
「……しょうがないなあ」
 口をすぼめたキョウコは上目を使いながらそう言った。やっぱり、魔法には敵わない。
 リナは後ろがベッドなのをいいことに仰向けに倒れた。天井にある丸型の蛍光灯が眩しいけれど、それもすぐにキョウコの頭に隠れた。吸い寄せられるように彼女の顔が迫り、唇が重なる。そのままリナはキョウコの背中に腕を回し、包むように優しく抱きしめた。彼女の背中、その皮膚に直に触れる。薄くて柔らかい肌触り。
 キョウコはいつも舌を使って濃厚なキスを求めてくる。リナもその点はぬかりなく、ネットで復習済みのテクニックを披露する。キョウコがどういうキスを求めているのか分かってしまえば、彼女を喜ばせるのは意外なほど簡単だった。
 舌で舌を舐めるように動かして、ときにはつん、つん、と突っつくように刺激してやる。唇だけでなく身体も重ねていると、キョウコが敏感に反応して震えるのがよく分かった。そのいじらしさに小さな愛情を感じてしまうのは、いけないことなのだろうか。
 ほんの十秒くらいキスしただけなのに、唇を離すと、息を切らせたキョウコの頬はにわかに熱の色に染まっていた。
「ふふ。キョウコさん、顔赤いっすよ」
「……まったく、明るいうちからのこのスケベな子は……」
「じゃあ、暗くなってからもする?」
 キョウコはなにもしゃべらなかった。
 代わりに昨日のリナと同じように口の動きだけで「ばーか」と言って、また、かわいい照れ笑いを浮かべた。

       

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Neetsha