夕暮れ時。どこかの海辺の端っこだったと記憶している。
下校時のお決まり海岸線コースを一人ぶらりと歩いていた僕は、コバルトブルーとむくれオレンジへ交互に視線を送っていた。
静かに流れる砂の音。
やんわりと光るゆうやけ空。
いつものように楽しんでいたコントラストの中に、ひとつの違和感を僕は見つけた。
「……あれ?」
砂浜に打ち上げられている丸いものを見やる。
直径は30センチほどで、例えるならそう、ピンポン玉のように真っ白だった。
そのすぐそばに落ちているアサリかなにかの貝がらと比べても、その大きさが違和感をじわじわと僕に植えつける。
「なんだろう……これ」
コースを外れて波へと僕は足を向ける。遠くからみたら真っ白だったそれは、やっぱり近くで見ても真っ白だった。
不思議と砂がついて汚れたりはしてなくて、その丸い物だけが風景から切り取られたように存在していた。
僕は恐る恐る手を伸ばし、それをつかもうと指先をゆっくりと開いて閉じる――が、つかめない。
「あれ?」
もう一度。ん、もう一度。
何度もやっているうちにムキになった僕は、しまいには顔を真っ赤にして穴を掘っていた。
ザクザクとむなしい音が人気のない海岸に響く。
それと絶妙に混じり合う息の音を立てながら、僕は肩を上下して、それから額をぬぐった。
そんな僕をあざ笑うかのように丸い物は相変わらずそこにあった。
まったく動かず、そこにあった。
「こいつ……!」
無性に腹が立って、僕はそいつにむかってジャブを一発繰り出して――――コケた。
原因は振り切りすぎの力入りすぎ。砂まみれになった惨めな姿をゆうやけに晒して頬を染める。
「いたっ……ちくしょう!」
すかさず起き上がってケリを一発。もちろんスカって尻餅をひとつ。
プリティーなおしりの形が砂浜に刻まれた。尻を叩きながら僕はそれを足でグシャグシャにした。
「なんなんだよ。なんで、触れないんだ?」
疑問をそのまま口にして、僕は首をかしげる。
目の前には確かに白い丸い物があるのだけれど、なぜか触れない。
幻覚だろうかと目を何度もこすってみたけど、それはやっぱりそこにある。
僕は途方に暮れて立ちすくんだ。そんな僕を待たずに日はどんどん暮れていく。
周りの景色が影だけになりかけた時、後ろから声が聞こえた。
「やぁ。こんにちは」
もうこんばんわの時間だろうと思いながら振り向くと、そこには背の低い影がぽつんと立っていた。
見た感じ、年をかなり取っているような気がする。腰が少し曲がっているからだ。
たぶんおじいさんなのだろう、声は結構低かった。
僕はとりあえず取って付けたような返事を返す。
「あ、こんにちは」
「君もそれが欲しいのかい?」
「え?」
丸い物を指さすシルエットがぬっと出てきて僕に問いかける。
僕は影と白丸を交互に見てからどっちつかずに
「わかりません」
と答えて、すぐに
「あ、でもさわれなくて……さわりたいんです」
と言った。
率直な気持ちを述べたつもりで影の返事を待つ。
待っていたら、影がかすかに動いて笑い声を上げた。
「そうかそうか。さわりたいんだな」
「はい。なんだか無性にさわりたくって」
僕が白丸を指さしてそう言うと、影が近寄ってきた。
「それじゃあ、触ってみよう。ただし、これが最後だ」
「最後?」
いっかいこっきりってことですかと尋ねたら、そうかもなと小さく聞こえた。
「最後だから、大事にするんだ。最初で最後。これがまさに一期一会」
「……とても大切なものなんでしょうか」
「人によってはそうだろう。だけど、人によってはそうではない」
「よくわかりません」
影がいよいよ白い丸に近づいて、触れた。
「分かる必要はないさ。分かったってつまらないよ。追い求めるのが楽しいんだ」
「まるでぶら下がったニンジンを追いかけ続ける馬みたいですね」
僕が言うと、ちがいないと影は笑う。
「それでも馬は幸せなんだ。ニンジンがあるんだからな」
それを最後に影は消えた。
丸い物も消えた。
僕はいつものコースへ戻り、そのまま家に帰った。