あの世横丁ぎゃんぶる稀譚
11.トンズラ
紙島だ――
紙島詩織が一着だ――
どこかで誰かが叫んでいる。その嬉しそうな声だけがやたらと耳につく。辺りではハズレ神券が宙を舞っている。いづるには、それはただのハズレ馬券にしか見えなかった。
足元で、電介がいたわるように顔を摺り寄せてくる。
「終わったな」
志馬が言った。そして、耐え切れないとばかりに白仮面をはぐった。夕陽で金髪が砂金のように輝き、かすかに汗をかいた肌が磨かれた石のように光を照り返しているさまは、男から見ても思わずハッとしてしまう横顔だった。
「おまえはハズレたみたいだな。惜しかったなァ。光明が潰れずに、ヒミコがもうちょい気張って夜久野を越してりゃ、おまえの勝ちだったのによ」
「確か、決めておかなかったと思うんだけど」
いづるはまだ手すりに両腕を乗せたまま、言う。
「どっちも外れたらどうするんだ、これ」
「言わなかったか? そのときは順位を足すんだよ」
「足す?」
「たとえば、おまえの買い目が3-5だったとする。仮にな。で、俺のが2-4だったとする。おまえのは足して8、俺のは足して7。数の少ない方が勝ちってわけ。最小は1-2の3だって考えるとわかりやすいか? もし足した数字が同じなら、一位予想の着順で勝負。2-5と3-4だったらどっちも足して7だけど、2-5の勝ち。俺が競神とか競馬とかで誰かと白黒つけるときはいつも決まってこうしてる」
「なるほど――」
「まァ、そんな心配いらないんだけどな」
おおう、とスタジアムの中に苦悶とも歓喜ともつかぬため息混じりの声が上がったかと思うと、空に向かって、一斉に妖怪たちの身体から魂の貨幣が舞い上がり始めた。湧き水のごとく重力に逆らった魂貨は、あたりをひゅんひゅん飛び回ってつかの間の自由を満喫したあと、新しい持ち主の手元へと飛んでいく。ちょっとした龍みたいに身をくねらせて。
「ふふ」
志馬の右腕が、いづるの胸を貫いた。咄嗟のことに声も出なかった。ただ、息がしたいのに、出せないことがひたすら辛かった。視界が何重にもぶれた。立っていることさえおぼつかない。
「ふしゃ、あ……」
電介が志馬に因縁をつけかけたが、ぎろりと鋭く睨まれて、すごすごと引き下がった。逃げ出さなかっただけ頑張ってくれたのだ、といづるは思った。
志馬に右腕を引き抜かれると、いづるはその場に膝をついてしまった。胸に手をやると、服にさえ傷は残っていなかった。ただ、なんだか自分がやけに軽くなったような気がした。
「この瞬間が快感なんだよな」
志馬が右手に握ったいづるの魂の欠片をじゃらじゃらと宙に浮かせる。
「この瞬間のためなら、死んでもよかったとさえ思うよ、なァ、門倉。おまえもそう思うだろ?」
「嫌な趣味だ――待ってれば、自動的に、魂貨は僕から徴収されたはずだ」
「ふふふ、そう言うなって。浪漫だよ、浪漫」
「何が浪漫だ――この、守銭奴め」
「ああ、もっと言ってくれよ。気持ちいいんだぜ、ボロ負けした負け犬の負け惜しみを聞くのはよ」
「ああ、何度だって言ってやるよ――」いづるは立ち上がり、手すりに手をつき、
「滑稽だよ、志馬。君は可哀想なやつだ」
「へえ? どうしてまた」
「僕も、君も、もう死んでるんだ。わからないのか? ここには身体なんてないし、向こうにだってもうないんだ。焼かれてしまったんだ」
「だから?」
「だから――じゃないよ。こうして、博打をして、生きているフリをしているのが、哀れだっていうんだ」
「ほう」
再び志馬の右腕が走った。どうせ殴られても死にはしない――といづるは身構えさえしなかったが、それは間違いだった。
今度は腹に、赤い制服に包まれた腕が突き刺さった。
「いっ――なっ?」
じゃらじゃらと取りこぼしを撒き散らしながら、志馬が右腕を抜く。握り締めた拳の隙間から魂貨がはみ出ている。
「俺は暴力が嫌いだからあんまりやりたかないが、こういう風に躾けてやることもできるんだぜ、門倉」
「貴……様……」
「おっと、真似しようとするなよ? 誰にでもできるわけじゃない、俺だってずいぶん苦労したんだ」
掴んでいた小銭を懐に仕舞って、志馬は笑う。
「なァ門倉。ここでは心ってやつがモノを言うんだ。おまえの言うとおり、ここには身体ってのがない。まだ生きてる陰陽師どもは別だがな。その代わり、想いひとつでどうにでもなる。素晴らしい場所だ――相手の魂を掴み取ることだって、可能なんだ」
「この……やろ……う」
最初に抜かれた分と、二回目とで、いづるの中はほとんどスカスカになっていた。無論、身体を見下ろしてその中に詰まっている魂が視えるわけではないが、感覚でわかる。さっきよりも、死んでからずっと続いてきた夢の中にいるような気分が、強くなっている。いまにも、もっと深い眠りへと落ちていきそうだった。
「そう。ここはいいところだ――でもな門倉。おまえの言うとおり、ここには身体がないんだ――」
志馬は、負け続けた博打打ちのような顔になって、レース場を見下ろした。
「だから、俺はいつまでもこんなとこに棲みついてるわけにはいかない――死んだだと? そうだよ死んだよ」
とんっ、と志馬が軽くいづるの胸を押した。
いづるの身体は、なんの抵抗も無く、そのままふわっと浮き上がった。つま先が階段を擦った。
いづるは落ちていく。
志馬が、冷めた瞳でいづるを見下ろしている。
「死んだから、どうしたって言うんだ――そんなこと、俺には関係ない」
ごつん、と後頭部を打ち、そのままいづるはレース場すれすれの段まで階段を転げ落ちた。そうして何十回も視界が空転するうちに、いつの間にか、あの赤いブレザーは、どこかにまぎれてもう見えなくなっていた。
○
「いてて……」
頭を押さえて、立ち上がると、フェンスがすぐそばにあった。その向こうはさっきまで陰陽師たちが己の能力を懸けて闘っていたコースがある。
そこで一悶着が起きていた。
「土御門光明! 貴様を陰陽法――」
「うるせぇ!」
くすんだ色の狩衣――いづるにとってはただ江戸より古い時代の偉い人が着てるごわごわした服――を着た連中が、じりじりと輪になって土御門光明を取り囲んでいた。輪の外に二人ほど鼻から血を流して倒れているが、あれは絶対に陰陽術とか式神とかそういう感じのコトを起こした結果ではないと思う。
何があったのか、レースが始まる前から光明は顔の左半分がただれていて、目元こそ歪んでいないが、美形が台無しになっていた。
「土御門! 競神の最中は手出しできないと踏んだその頭脳と完走した根性は評価しよう! だが貴様のやったことは決して――」
「知らん!」光明は吼えた。視線をあちこちに飛ばして、どうやって逃げようか思案している。
いづるは咄嗟に、フェンスから身を乗り出した。
「みっちゃん!」
「ん? おお」
光明はいづるに片手を挙げると、掴みかかってきた陰陽師二人を足場にしてジャンプした。だがそれでもフェンスを越えるには至らない。いづるはなんとか伸ばされた手を掴んで、客席の中まで引っ張り挙げた。
「誰かそいつを捕まえろ! 妖怪ども、手伝えば魂貨をやるぞ!」
陰陽師の一人が叫ぶ。が、客席にまだ座っていた妖怪たちは顔を見合わせるばかりだ。
「どうする?」
「どうしようか」
「てつだっとく?」
「でも、みつあきはいいやつだよ」
「そっかあ。じゃあ、やめとこうなあ」
「うん、そうだなあ」
「貴様らァ――――――――ッ!!」
フェンスの下から陰陽師が叫ぶ。が、誰も取り合わず、次のレースの買い目を相談し始めた。
「おまえ――ええと」
「門倉いづる」
「ああそうだ、そんな名前だった気がする。よお、おまえのせいでひでえ目に遭ってるぜ」
「申し訳ない。貸しを返すつもりで助けたんだ。それで勘弁してくれないか」
「ふん――だったら、俺にかかった疑いをなんとかしてくれよ。といっても有罪なんだが、このままだと永遠に追われていそうでな、リベンジもままなら――うわっやべっじゃあなっ」
光明はそのまま客席の最上段まで駆け上がり、壁を蹴り上がってスタジアムの外へと転がり出て行った。いづるはぼんやりとその去り様を見送っていたが、ふと周囲が暗くなったことに気づいた。
「?」
振り返って見上げる。
土の汚れさえ目につくほど近くに、馬の蹄が迫っていた。
そのまま踏み倒されて、階段に押しつけられる。
「なんだ――」
金属の馬に乗った少女が言った。
「まだいたんだ」
「おかげさまでね……一位、おめでとう、だ。紙島」
「とっとと負けて消えればよかったのに」
紙島詩織はロシア帽を目深に被り直して言った。
「あんたがまだ数日、この界隈をうろついてるかと思うと反吐が出そう」
「ははは……本格的、に、嫌われたもん、だな……ところで、これ、どけてもらえると助か」
ぐうっと蹄が強くいづるの胸に押し込まれた。生きていたら死んでるところだ。
「いま、土御門と何を話してた? ていうか、助けたよね。何聞いた?」
「べつに……ただ、きみが八百長をしたって話をしただけさ……」
もちろん咄嗟に出た嘘だった。
意味なんてなかったし、どうせ何もしなくても不機嫌になられるならとことん機嫌を損ねてやろう、ぐらいに思って言った些細な言葉だった。
だが、詩織はいづるのセリフを聞いて、バースデーケーキに羽虫がたかった時のような顔をした。
「おまえがいるからすべてが壊れる……」
「え?」
金属の馬がいづるから重たい蹄を下ろした。そして、少し下がってから、思い切り踏み込んでいづるの身体を吹っ飛ばした。
冗談みたいにくるくるくるくる回ったいづるは通路脇のポールにモロに背中からぶつかって、ずるずると滑り落ちた。
息ができない。
情けなくしりもちをついているところに、詩織と<白虎>が、夕陽を遮って立ちはだかった。
「消してあげるよ門倉いづる。誰にも望まれずに在り続けるのは辛いでしょ」
詩織の黒ずんだ瞳に、顔のない自分が映っている。それを見ているうちに、また例の、いいか、という気持ちが湧いてきた。結局、死んでから何度も何度も誤魔化し続けてきただけで、やっぱり自分はあの時あの交差点で死んでいるのだ。いままであったことも、ひょっとすると走馬灯が未来方向へ弾け飛んだだけの幻覚かもしれない。そうでないと誰に言い切れる。
それに、悪いことばかりじゃない。
死に水を取ってもらうには、紙島詩織は結構可愛い。
火澄もどこかへいってしまった。結局博打を教えるどうこうはどうなったのだろう。もういいいのだろうか。探し出していろいろ偉そうな口を叩かなきゃ駄目だろうか。別にそんなのは志馬がやればいい気もする。気が合ってたようだし。他にも心残りも特にない。そう、特に、
――それ以上、止めたら、
――あたし、泣くから。
「覚悟はいいね」
詩織が馬上で札を抜く。
「大丈夫、一撃で終わらせてあげるから」
一撃でも二撃でもいいが、まだ消えるわけにはいかなくなった。
飛縁魔のことを誰かに託さなければならない。刀に封じられてしまった彼女を戻すには大量の魂貨が要るというから、それだけ稼げる相手がよかった。
喉仏をさらして、客席を逆さに見上げた。志馬はどこへいってしまったのだろう。
あいつにこの刀を託せられれば、もう、何も、
――――あれ?
両手を見る。何も持ってない。にぎにぎしてみる。何の意味もない。
振り返った。どこをどう通ってきたのか覚えていないが、どこにも刀が見当たらないことはわかった。
まずい。
「門倉くん、わたしはね、君のことが本当に嫌――聞いてる?」
「ああ、うん、それなんだけど」
「何」
「紙島――」
「だから、何――」
「やっぱ、なしで」
駄目、という答えを最後まで聞きもせずにいづるはそばに控えて掌を舐めてくれていた電介を思い切りぶん投げた。いくらなんでも悪逆非道もいいところだが、あとでちゃんと謝れば猫と人との垣根は越えられると信じることにした。
腰を下ろしたいづると馬上の詩織の距離を一瞬で零にした電介はそのまま詩織の顔に飛びつき、かぶっていたロシア帽が落ちるほどの勢いで、その肌を爪でかきむしった。
「きゃあああっ!」
甲高い悲鳴をあげて詩織がのけぞり、主の乱心に<白虎>も動揺していななき、前足を高々とあげて宙をかく。電介は敵戦力の戦意喪失を敏感にヒゲで探知すると、ぴょんと詩織の顔から飛び降りて、主の肩にへばりついた。
「はは」
いづるは、なんだか本当に久しぶりに、笑った気がした。
「頼りになるじゃん、相棒」
そうだろう、とばかりに小さな雷獣はフンと鼻息を荒くした。そのままじゃれあいたかったがそうもいかない。おそらく悪鬼のごとく怒り狂っているであろう詩織が本気になったら二人まとめて蒸発させられてしまうこと必至だ。その前にここはトンズラの一手である。おそらく置き引きされたであろう、飛縁魔の刀を探し出さねばならない。
通路に繋がる手すりを捨てるようにして、走り出した。
「――あんたはいつも、そうやって」
聞こえないフリをして、闇に沈む通路の中へ逃げ込む。
「あたしのやることを、台無しにする――!」
パァン――といい音がした。まだ右も左もわからない子どもの頬を打ったような音だった。
詩織の打った札から召喚された<鳳凰>が、胎道のように暗い通路の闇を切り裂いて真一文字に飛んでいき、その紅蓮の嘴で、門倉いづるの左肘から下を綺麗に吹っ飛ばした。
痛みはなかった。ただ強烈な異物感が襲ってきて、前のめりに倒れこんだ。じゃらじゃらと硬くて小さなものがたくさんぶちまけられた音がしたので見てみると、落ちた自分の左腕が魂貨にどんどん両替されていくところだった。
それだけならまだよかった。切断面からは蛇口をひねった湯水のごとく魂貨が零れだしている。痛みもない、血も出ない。だが、このまますべて流れ出してしまえば、とても無事で済むとは思えない。
いづるはなんとか立膝をついて、散らばった自分の左腕の残骸に手を伸ばした。
それを、闇の中にあっても鈍く輝く金の馬の蹄が押し潰した。ばきばきと硬貨がひしゃげる音。
「往生際が悪いね」紙島が言う。
「死んだ後の世界なんてない――が、門倉くんの信条だったんでしょ? だったらさ、おとなしくさ、しとこうよ」
「まさか同級生に真性のサドがいるとは思わなかったよ……」
「ふふふ、冗談言ってる場合?」
電介がふしゃあふしゃあ言いながら、いづるの残った右腕を引っかきまくる。早く逃げようと言うのである。そうしたいのは山々だったが、困ったことに腰が上がらない。
いづるがもたもたしているうちに、詩織が再び札を抜いた。札に描かれた青い炎を背負った麒麟が、嘲笑じみた目つきでいづるを見ていた。
「これで最後だ、門倉くん――」
詩織が札を振りかぶる。
いづるは仮面越しにそれを睨む。そのときふと思った。刀を紛失したことを詩織に告げればいいのではないだろうか。詩織に簡略的な事情を説明すれば、ひょっとすると、この死神のような女の子もいづる以外には優しく可憐な天使になってくれるのではなかろうか。そうだ、そうしよう。確かあの刀の柄は蓮の花をあしらってあったはず。それと飛縁魔が封印されていることを合わせれば、たとえ質などに流れていても追跡することはそう難しいことではないはずだ。
そうすれば。
自分は晴れて、お役御免。
飛縁魔とは別れの言葉もロクに交わさず、
火澄にはロクな言葉も送ってやれず、
自分は消える。
そうとも、あの業突く張りの志馬にだって言ってやったではないか。死んだら消える。それが普通のことなんだ、と。
さあ言え。ちょっと待ってくれ最後の頼みだ、と言うのだ。それでも詩織がこちらの言葉に耳を傾けてくれなかったときは、それは自分のせいではない。そこまで面倒見切れない。そうだろう。さあ言え。うかうかしていると詩織が札を打ってしまうぞ。競神を見ていたんだろう。あんな燃えたり切ったりしてくる魔獣にぶつかられたら自分のひょろっちい身体はきっと爆発した手榴弾のごとく四方八方に硬貨の散弾をぶちまけることになるぞ。さあ言え。終わらせるのだ。
門倉いづるの生涯を。
その最後の勤めを。
おまえの人生が最後に到達する言葉を、言え。
言うんだ。
「――ちょっと、」
「シャ―――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
そのときいづるは、猫という生き物が愛玩動物でなくなる瞬間を見た。
普段はつややかな毛並みを今は逆立て、四つ足で獅子のごとく立った雷の申し子は、自分より何百倍も大きな鋼鉄の巨馬に向かって、吼えた。バチバチと電介の毛先から青白い電撃が迸る。それを見て詩織がハッと息を呑んだ。
「雷獣――? まさか、あんた、」
詩織の言葉は、電介の放った青光りする稲妻の炸裂で遮られた。電撃が無軌道に暴れ狂い、遠巻きに見ていた野次馬たちが泡を食って逃げ出し、誰も拾わずに転がっていたあたりのゴミが雷に当たって燃え始めた。
詩織は、黒装束の袖で顔を覆い、稲妻から身を守ったが、その拍子に式札を取り落とした。
くるくると独楽のごとく回転しながら落ちる札を見て、いづるの耳元で誰かが何かを囁いた。その誰かはこう言っていた。
逃げろ、と。
逃げた。
今度は電介も一緒だった。わざわざいづるが抱えあげるまでもなく、電介はいづるの走る速度に合わせて従ってくれた。短い時間で二度も窮地を助けてくれた相棒にいづるの胸が熱くなる。無事に逃げ延びられたら何か美味いものを一緒に食べよう。
「門倉ァッ!」
<水鳥>が飛んできたが、間一髪でいづるはよけた。水の鳥は壁に激突して四散した。
入り組んだ通路を何度も曲がって、ひたすら逃げた。目指すべきは外だった。だが、いくら走っても、あの世を覆い尽くすあの赤い空の下に出ることはできなかった。うかうかしている時間はないというのに。
「――ねえ、そこの君。おい、君だってば」
いづると電介は同時に振り返った。横道だらけの暗い通路に、キャスケット帽をかぶった少女が立っている。
顔には、白い仮面をはめていた。
「君は――サンズのことを教えてくれた子? どうしてここに?」
「話はあと。紙島があんたを血眼になって探してるよ。そこら中、あんたを探してる式神だらけ。あんた何したの?」
「特になにも。たぶんだけど」
「そうなの? まァいいや、こっちおいで。あたしが抜け道教えたげる」
「え、なんで?」
キャスケット帽の少女は肩をすくめ、
「困ったときはお互い様っしょ。ほら、あたしもあのヒステリー女の巻き添え食いたくないしさ」
そう言ってキャスケット帽は、いづるの手を取った。電介も特に異論はないらしくトトト、とついてくる。それが決め手だった。
「わかった、頼むよ。まだ消えるわけにはいかないんだ、当分は」
「うん、じゃあ、いこっか。走るよ」
キャスケット帽に手を引かれて、いづるは闇の中へと駆け出した。
(つづく)