Neetel Inside 文芸新都
表紙

俺のセックスを笑うな
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▼はじめに
 
 この物語はフィクション、だと言っておく。
俺にも生活てのがあるし、情けない話、未だ堂々とするには少しの躊躇がある。
まぁ、暇つぶしにでもなれば幸いだ。
人のセックスを笑うな、という映画があったが、インスパイアされたわけでもない。
観てないし。あらすじは知ってるが。秀逸なタイトルだと思ったんだ。
とりま、gdgdな言い訳から始まったが、これはフィクションだからな。

▼ある夜明け

 目が覚めたら病室の白い天井が見えた。
てこともなく、倒れた場所と同じ駐車場の水溜りに顔半分漬かっていた。
「あー、生きてたなぁ」
生きてて嬉しい。体中が痛いが、そう思う事がうれしかった。
歩いては帰れそうも無い、俺はケイに電話するために、携帯をまさぐった。
 
▼花蓮
 
 その4時間前。花蓮が泣きながら俺を責めていた。何喋っているのか理解出来なかった。
それは理解出来る話じゃなかったからだ。一方的な、とにかく泣いて自分の意見を通そうとする、
脅迫だよな。ああなれば。
まず自分を名前で「花蓮は~」とか呼ぶ時点で頭悪い。
お前の本名はマサミだろうが。
出会いはキャバの客とキャストだった。
初めて会った時から、花蓮は客とホステスの関係以上を求めてきた。
そうなったのは、まず俺が小金を持っていた事。
気を使うのは面倒だから金を使った。
そして憚らず言うが俺は見た目が良い。
何度でも言う。俺はイケメンである。
そういった理由で、花蓮は俺をロックオンしたんだろう。
だが花蓮の装備は散弾銃だった。
それを踏まえたうえで、特定の彼女もいなかったし遊んでたわけだ。
 花蓮とのセックスは今までやった以上でも以下でもなく、
正直に言えばタイプの女でもなかった。
こいつ演技してるな、ってのがすぐにわかった。
それは俺を喜ばせたかったからだろう、そこは有難く思うが、
「いくっ・・・」って言うときも言葉だけで、
花蓮の中はヌルヌルだけど、女がイクときのあの独特な入り口から奥に締まっていく感じ、
それは挿入では一度も無かった。俺が下手だったんだろう。
下手だし、鬼畜上等で言うとそこまで手間かけたくなかった。
未だにわからんのだが、どうして女はイケもしないセックスを繰り返すんだろう。
嫌われたくないから?綺麗に言えば「抱き合うだけで満足」なのか。
まぁそんなかんじで、適当に付き合ってた。
 俺は花蓮にひどい事したのか、これについてはNOと言いたい。
別れ話がこじれて、目の前でさめざめと泣いていた女が、その合間に男友達に連絡して、
俺の自宅近くの深夜の駐車場で男3人がかりで俺をボコる。
そういう子だった、それだけのことだ。

▼俺という容れ物

 東京の大学を出て親戚の会社に勤めつつ、モデルやったり適当に暮らしていた俺は、
親族の会社を継ぐために故郷に近い地方都市に居を移した。
28歳になっていた。半分趣味のモデルは、掲載メディアの年齢層をあげる事で、
若いときと変わらず、むしろそれ以上の仕事があった。
専業モデル、芸能界などは興味が無かった。
そういう世界の底の浅さも見えていたし、同属会社で働くぬるま湯以上のメリットがあるとは思えなかった。
俺が遊ぶのに必要な金を与えられ、そこから上の世界は見る気もしなかった。
車は維持するのに負担の無い程度のランクで満足だし、
仕事は年齢にあった役職と、小遣いを貰って不足は無い。
女と付き合うのに金はさほどはかからなかったし、
そういうのに熱中することもなかった。
俺は、当時を思い返すとからっぽだった。綺麗な箱の中身はからっぽ。
俺も俺の周りのやつらも皆同じ。
だけどその箱の中に、時々は何か、「思い」みたいのが降りてきて、
それがとても小さなものだから、余計に俺の「からっぽ」は存在感を増して、
そんな気持ちが膨らんだとき、時々下手な文章を書いたりしていた。
これは誰にも言わなかった秘密だ。
思いついては書き、書きかけては止め。
で、いまこの時、俺は始めての私小説を書いている。

     

▼ヨスちゃん
 
 彼とはもう10年以上の付き合いだった。東京で知り合って仲良くなり、
俺がこちらに引っ越したのを同時期に、本人は「追いかけてきたのよ!」などと言ってはいるが、
彼なりに考えた上、同じ街に美容師として立派に独立して店を構えている。
地元が同じだったのは偶然で、ヨスの母はこの街の出身だった。こちらに来たのはそういう理由なんだと思う。
「ちょっと、僕ミクシィ始めたわ、アプリ面白いね!」
頭のマッサージをしながらヨスが言い出した。
「俺やったことないわー」
「あらじゃあ、僕招待するわよ、一緒にやろう」
ミクシィ、なにが面白いんだ。しかもいまどきかよ。
「出会い放題だよw」
「ヨスってホモなのに出会いあるのか?」
「そーいうコミュもあるんだよ。」
セットを仕上げながら、ミクシィについて熱く語るヨス。
俺が最後の客なので、片付けを手伝って飯を食いに行く。
誘われたそうなアシスタントの女の子を帰し、
ノンケとホモの男二人はモツ鍋で無駄な精をつけてキャバへと繰り出した。
花蓮の店に行く。この頃はまだ上手くいっていたとき。
「花蓮とこか。僕あの子好きじゃないわ」
ヨスがそういう時、だいたいの場合理由があって、それは正当だったりする。
まぁそれを無視するくらい俺はいつも傲慢だった。
店に入って、その日は結構混んでいて、俺が指名した花蓮も、すぐに席を移動してしまった。
替わりにヘルプにはいった子が可愛くて、ヨスも少し機嫌を直した風だった。
ヨスはホモだが女好きだ。可愛い女の子にフェラチオしてもらうのが最高だという。
ただしセックスはしない。それはダメなんだそうだ。
 見た目良い男二人、割と盛大に飲んでいると普段ヘルプにもつかない店の子も覚えるらしく、
声を掛けてくる子もいた。
花蓮がいないので、いかにも俺が気に入ったから呼んだ、という体をとって、
店の子をつかせて飲んでいた。
ヨスとふたり、いい気分になって内輪ネタで盛り上がっているとそこに花蓮が戻ってきた。
「ヨスガちゃん珍しく酔ってるね」「そーなの、今日は酔うんだー」
飲まなきゃお前となんか話できねーんだよ、そういいたいんだろうな。
なぜ、そこからヨスと花蓮が口喧嘩になったのか俺には理解できない。
俺は正直どうでも良かった。面倒くさいお前等。
だがヨスは男だ。いちおうこういう場面は引いとけ。そんな思いで俺はヨスに言葉をかけた。
帰りのタクシーの中。
「花蓮はダメだ。あれは人として良くない」
「そーいうなって。あんまり言われるのも俺だって・・・」
「花蓮と別れなよ。じゃないと僕はあんたと付き合えない。てか、別れなくてもいいや、僕の目の前に見せないで」
そんなに嫌いか。
「運命の人だよ。それぐらい嫌い」
タクの運ちゃんが、なにこの会話怖い・・・って感じでバックミラーで見ていた。
「僕は今日、とても嫌な気分になった。しばらく連絡しないから」
そういってヨスガは車を降りた。
ああ、女にこう言われてもこれほどには応えないだろう。
ヨスを馬鹿にし、傷つけたのは花蓮だけれど、俺は落ち込んだ。
家に帰り、携帯のメールを見た。
ヨスから、ミクシィの招待状が届いていた。

▼ミクシィ()

 多分美容室かそのすぐあと時点で俺に招待だしてくれてたんだろう。
適当にプロフを書いて登録した。
改めて、俺ってなにもないなぁ、と感じた。
書く事が無いので、モデルだとか会社役員だとか書いてみた。嘘ではない。規模が小さいだけだ。
ヨスのミクシィは、驚くほど詳細に書かれていて、日々の仕事、プライベート、恋愛・・・社会の事。
ゲイの世界から親の介護まで、話題は幅広く、そこに書いてあることは、俺が知っているヨスそのものだった。
昨日の夜のことは、なんて日記に書くんだろう。書かないかも。
傷つくのは慣れているけど、前にそう言ってた。そのことをその時思い出した。
ヨスはなんだか大事っぽいことや深いことを色々言うが、俺には全然伝わっていない。
「まぁ、それだから楽なんだよね。付き合うのが。身の回り全員が全力人間なら疲れる」
この言葉は覚えている。
ヨスがマイミク第一号で、そこから俺はプロフを適当に徘徊してはマイミクを増やしていった。
中には断られるのもあった。ただ申請を許可しないだけではなく、
「いきなりのマイミク申請はお断りしていると書いてありますが日本語読めませんか?」
などと強い調子で抗議されることもあり。
機嫌もなおり普通に連絡取り合ってたヨスに聞くと、
「いきなりは出会い目的と思われて断られるよ、コミュに入るといいんじゃない?」
出会い目的なんだが・・・つかヤリ目なんだが。
一応コミュにも入り、かつ即マイミク申請も続けていた。

     

▼出会い系な日々 
 
 実際に会えるのか。ヤれるのか。
会えるし、やれた。
その頃の俺は29歳。決してピチピチの若者ではない。
19、ハタチの子から見ればオッサンだろう。そういう子は援助目的も多かった。
会ってすぐに交渉してくる子は帰した。金を払う価値もない。
やった後なら仕方ないから小遣いを渡し、二度と会うことは無かった。
俺と同年代の子は、真剣すぎて引くか、超淫乱で腹一杯か。でなければ病んでいた。
まぁ、俺も病んでいた。
「セックス中毒だね、」ヨスにもそう言われた。
 会う。飯を食いに行く。少しの酒を飲んで、「今日はまだ時間あるの?」と聞く。
うん、といえば即ホテル。
好みのタイプなら一緒にシャワーを浴びる。
髪を濡らさないように注意しながら体を洗ってやる。ボディソープで泡立った乳房を円を描くように揉みながら、
左手は股間をまさぐる。クリトリスを探し当てると、そこを丁寧に洗いながら刺激する。
勃起した俺のペニスは尻の割れ目に擦り付ける。挿入はしない。
ヤリ目物件に生挿入は恐ろしすぎるからだ。同じ理由で俺はフェラチオも断るしクンニもしない。
セックステクニックでいえば手抜きもいいところかもしれないが、一度きりの相手にサービス精神は無かった。
手マン頑張ったってことで許してくれ彼女たち。
ベッドに移動する。好みの子ならキスをする。
「綺麗だね」という。綺麗な子じゃなかったら「肌が綺麗だね」といった。
肌もダメなら・・・「いい子だね」という。
アンダーバストから絞り上げるように乳房を揉み、敏感になった乳首を舌で転がす。
本当は強く吸うのが好きだが、痛がられるので最初は優しく扱う。
噛み付くように腋から腹に口付けて、彼女たちの足を開く。
そこにあるものは誰でも同じ。指二本を入れて同時にクリもいじる。
演技する子は、そこでいつもあえぎすぎる。
本当に感じている子は、それを我慢するように無口になる。時々息をつめたように「ふっ、ふぅー」と声が漏れる。
そうするうちに、膣の入り口が締まってくる。絶頂が近い合図だ。子宮も押し出すように下がってくる。
それを確認して俺は挿入し、指はクリトリスを刺激しつづける。
親指の腹で押すように、つまむように、こねくり回す。
愛液にまみれたそれを中指ではじくように刺激する。
「あっ、あっ・・・」
膣の入り口、中間、子宮の入り口、3箇所が締め付けてくる。
膣全体がきゅううっと吸い込むように震えるのを感じて俺も果てる。女も果てる。
ちゃんとイケた子とのセックスは気持ちがいい。
演技する子はそういうことに気をとられすぎでイケないんだろうと思う。可哀想な気もする。
 そんな風に相性の良い子と出会えても、メールが来ても同じ子とは会わなかった。
はっきりいえば、そんな出会い系で知り合った子と、長く安定した関係を持てるなんて思っていないからだった。
会ってすぐヤるようなクソビッチなど俺のプライベートに立ち入って欲しくなかったんだ。
だから会わない理由をメールでしつこくされたり、真剣なのになどと言われると、ますます俺は空虚になっていった。
ほんと死ねばいい。あのころの俺。

     

▼ムラタ君死ね

 その一年前、親族経営の中小企業に、いきなりの管理職で入った俺に、
周囲の目は冷ややかに思えた。
自分が継ぐ会社での俺のあだ名は「バカボン」馬鹿の、ボンボンってことだ。
じゃあ御期待に沿うように適当に仕事して邪魔にならないようにしますよっと。
向上心など欠片も持ち合わせていなかった。
 そんな俺には愉快な仲間があてがわれた。
役所をクビになるという特殊な経歴の男、ムラタ君がそれだった。
このムラタ君が、俺の実質只一人の部下であり、
ムラタ君が「せめて電話の受け答えが出来るように教育する」ことが、
会社での俺の使命だった。
 こいつほど人を怒らせる才能を持った奴を他に知らない。
しがらみとはいえ、そんな奴や俺を雇用しなければならなかった会社が
心から気の毒だ。そしてその残念な会社を、俺が継ぐ。
継ぐまで存続してるのかという疑問はあるが、
恐ろしい事に倒産の兆しは微塵もない。地域優良企業なのだ。
「はぁぁ~?誰にモノいってんの、掛けなおせよ」
 乱暴に受話器を置いたムラタ君は、事務のサトミちゃんがくれた、
俺の分のはずのシュークリームを食いだした。
そしてその缶コーヒーも俺のだよね。
「ムラタ君、今の電話。」「あー、土木課」
「ちょおまっ・・・・役所」「あぁ知り合いだから」
ムラタ君は役所全ての課をたらい回しにされ民間に放流された特殊な人だ。
「何故土木課がムラタ君に電話するんですか?」
俺の部署は俺とムラタ君だけ。土木課は絡まないはずだった。
「今日申請出しに行った時態度悪かったんで、自分が電話したんっすよ」
俺はこの事態の収拾の術を目まぐるしく思い描いた。
「ムラタ君、役所はうちにとっては顧客ですよねぇ」
「はぁ?役所は公僕、いわばサービス業ですよ」
いや一般的なこと言ってるんだけどなぁ。
「役所がどうとかの前に、仕事上でそういう遣り取りとかどうなんだろう。」
「あ、仕事じゃないっす。個人的にカチンときたんで。」
言いたい事は山ほどある。だがこのド腐れに通じる日本語が出てこなかった。
 ムラタ君は俺より3つ年上だった。奴としては俺は上司でもなんでもなく、
というかムラタ君が自分と俺とは同類だと思っているであろう現状は、
そのまま、俺の現実だった。
 バカボンらしくムラタ君を放置してもいい。
こいつを何とか出来るなんて誰も思っていない。
だがそのときの俺は、強く、ムラタ君の非を指摘した。
改善の方法を考えようと指導した。つもりだった。
「あーーーーーーーーーっ あーーーーーーーーっ!」
ムラタ君はいきなり大声を上げて机をバンバンと叩きだした。
「パワハラ、権力者思考、それがお前等か!!!」
そんな意味不明な言葉を叫びだした。
同じフロアの社員も恐ろしくて近寄れない・・・のではなく、慣れているからスルーしていた。
もういい、俺はバカボンだ。
「うるせえクソがっ、」
拳を固めてムラタ君の頭に打ち下ろした。
ゴンッ、と鈍い音を立ててムラタ君の額がスチールの机にぶつかった。
そしてそのまま俺は会社を後にして家に帰った。
職務放棄です。クビになるならなったでいい。どうにでもなれ。
クソ面白くも無い仕事。クソ面白くも無い毎日。
どうしてなんだ、俺はこんなにイケメンなのに。

     

▼ムラタ君大好き

 人間はどんな環境にも慣れる。
俺はムラタ君という生き物の扱い方を会得した。
ムラタ君は俺に脳天をどつかれたことも全く気にしていなかった。
ムラタ君の取り扱いがわかれば、俺たちは良いチームだった。
時々は大規模クレームを起こすが、それも慣れた。
どういうわけか、会社としてはムラタ君を辞めさせるという選択肢は無い。
大人の事情だ。アホ後継者、兼ムラタ教育係だった俺のあだ名は、
「バカボン」から「ムラタの嫁」になっていた。
 俺とムラタ君は、公私にわたりつるみだした。
ムラタ君を伴って飲みに行くと、盛り上がるのだ。
それはどう見ても「フヒヒ、サーセンw」キャラの彼は、
俺をも上回る俺様トークで、お姉ちゃん受けがすこぶるよろしかった。
ヨスガなら、ここ一番でいきなりオネエになり、俺のタゲを奪っていく事もままあったが、
ムラタ君とは絶対にタゲ被りしなかった。
彼は必ず、見渡す限り一番のブスに目をつける。
「遊んで無さそうだから」それが理由だ。あほらしい。
「遊んでいない人はキャバで働きませーん」
「そんなことないぞ、自分の従姉妹は若い頃キャバやってたけど真面目だったし」
ムラタ君が女装してドレスを着てる姿を想像してしまった。
「まぁ、そういうこともあるかもね・・・」
遊ばなかったのではなく遊んでもらえなかったとか・・・その言葉は飲み込んでおいた。
店の女の子とムラタ君が、マイミクになっていた。
「ムラタ君ミクシィやってるのか」
「6年くらい前からね」
チラッと携帯をのぞいたが、ムラタ君のニックネームは確認できなかった。
ムラタ君はミクシィに何を書いているんだろう。
6年前からか。会社の事とか俺のこととか書いているんだろうか。
・・・どうしよう。ムラタ君とマイミクになりたい。

▼あなたとつながりたい

 「えぇー、そんな仲良くなるとか、あはははは」
ヨスは大笑いした。散々ムラタ君の愚痴やらド腐れ野郎だの聞いていたので、
今の状態が面白いらしかった。
いっぺん会わせてよ。ヨスは興味が出たようだった。
「絶対に怒るよ。いっぺんは殺したくなるぞ。でも不思議に女受けが良いんだよなぁ」
「特命係長だったりしてね。アンタの会社の」只野仁かよ。
「普通にマイミクなろうって言えばいいじゃん。
ホス子に教えるくらいなら秘密でもないだろうし、教えてくれるよ」
そうかな。明日、直球で聞くか。
連休にモデルの撮影で東京に行くから、なにか受ける土産も探さなくては。
そのためにはムラタ君の趣味嗜好を知るために、マイミクに、
もしも不可ならばページを閲覧する為にムラタ君のニックネームIDを知らなければならない。
それを尋ねるただ一言が、どんなに切り出しづらいかおわかりいただけるだろうか。
何故イケメンで何不自由ない俺が、どうみても残念なムラタ君の事がここまで気になるのか。
後に俺はそれが運命だったと知る。

     

▼リナ

 「ねぇ、私もそっちに住んじゃおうかなぁ。そしたらもっと会える?」
リナが甘ったるく話しかけてくる。
リナの部屋。リナのベッドの上。
「仕事とかどうするのさ」言ってみただけ。
俺がやってられるんだから同じモデルのリナが続けられないわけもない。
「ふん、来られたら嫌なんでしょう。ほんとチャラい」
否定もしないで、俺は上に乗っかってきたリナの尻を抱く。
完璧な大きさの、少しのセルライトも無い鍛えられた丸み。
この尻は本人の努力と、少しの美容外科的処置で作られている。
ここから抜き去られた脂肪は、今はバストと呼ばれる位置に収まっていた。
知り合った頃は、もう少し丸く素朴な容姿だった。
それはそれで可愛らしかった。
だが20台も半ばを過ぎ、可愛らしさよりも完成された女になった。
文字通り「完成」なのだ。
彼女はもう、どんな整形もしない、そう言った。
「今が最高。ここから見た目が劣化しても悪あがきはしないわ」
「ふーん。アンチエイジング的なことも?」
「ボトックスとか、リフトアップ手術とかね。しない」
もちろん自然な努力は続けるが、メスやシリコンを入れてまで、
外見だけの若さを維持する事はもう止めた。リナはそう言った。
 
 「だって虚しいわよ。TVを見て。ジジイやババアが、
顔の皮パンパンに突っ張らせて若作り。私は幸せなお婆ちゃんになりたいだけ」
ふーん。俺はリナの老後になど興味も無く、尻を撫で回していた。
リナは後ろ手を回して、柔らかい手で俺のペニスをしごいた。
俺はすぐに反応する。リナとセックスするときはいつもコンドームは付けない。
そのほうが感じるから。とリナは言い、ピルを飲んでいた。
セックスの相手は一人か二人。リナにとって俺はセーフティな相手だった。
・・・今にして思えば、俺は出会い即ヤリしてたんだから、
俺がその時いつもゴム付けて気をつけていたが、病気移されたとかが無かったのは、
偶然とか幸運とか、とにかく、まぐれみたいなものだった。
 
 「ねぇ、うちら結婚しちゃおうか?」
その一言で俺が萎えるかどうか、試すつもりか、
リナは俺のペニスをキュっと握った。
「うん、別にいいよ。しようか?」
リナなら文句は無い。
ペニスに絡めた指を離すと、リナはその指を自分の唇にくわえて、
俺の目を見たまま、ねっとりと唾液をまとわりつかせた。
そしてまた俺のペニスをゆっくりしごきだす。
唾液と、おれの先から出る液が混ざり合ってこすられ、
「ん、くっ」思わず声が出る。
「現実的に、あなたみたいな男と結婚なんかしたら最悪だよ」
「そう・・・かもね」
俺は快感に没頭したかった。
「うちらは同じく年をとるけど、あなたは何も変わらないと思ってるし」
しゃべるなよ。気が散る。
リナの手が、強く俺を握った。
「あなたのココは、ちょっとお年を召されたようだね、昔より」
ムっとした。お仕置きだ。
俺は体勢を変えるとリナを組み敷いた。
他の女なら痛がるだろうくらい強く乳首を吸い上げた。
リナも痛いのだと言っていた。それ以上に気持ちがいいとも。
その言葉が嘘ではないのは、吸い上げるたびにわななくリナの肉襞が語っていた。
リナに突きたてながら俺は腰を振り、乳房を絞り上げる。乳首をつまみあげる。
「んっ、んっ、あっ・・・ひあっ、あぁ・・・あ、いくっ、もうイクっ」
「俺も・・・」
「あっあっあっ・・・・・!!」
俺の名前を耳元であえぎ呼びながら、リナと俺は一緒にきつくきつくいった。
「あぁ熱い。中が熱い・・・」
いったばかりのリナのあそこを拡げ、俺の精子が流れ出るのを眺める。
そしてまた指をいれてかき回す。
クリトリスを舐め上げ、口に含み吸い上げる。
「ああっダメっ また、またいくっ、ああんっっ」
こうするとリナは事後にすぐまたイクのだ。リナの全身は熱くピンク色になる。
だが、余計な脂肪を抜き去った尻は冷たい。いつも冷たい。



     

▼アキバの女

 リナの部屋を出て、俺は都心部へと向かった。
ムラタ君へのお土産は某有名パティシェのモンブランとマカロンと決めた。
あるホテルでしか買えないものだ。
 
 結局マイミクにはなれなかった。言い出せなかったのだ。
俺の中の何かが、そうさせなかった。
ムラタ君のマイミクになっていた女の子を電話で呼び出し、
ニックネームを聞き出したのだった。
彼女は丁寧に、ムラタ君のページのURLを携帯に送ってくれた。
それを閲覧する前に、俺はモデルやってるとか特定されそうな情報を自分のプロフから消した。
晴れてこれで、俺は身元を隠したままムラタ君の生態を覗き見る事が出来る様になった。
そこからの情報で、ムラタ君は甘いものが好きで食べ歩きなどもしていること、
(気持ち悪い・・・。)
ミクシィの日記は主に自分グルメの話題なことを把握した。

 俺の携帯がなった。見るとそのころ手を出していた出会い系サイトからだった。
メッセージが届いています。メールはそう告げていた。
『23歳、ぽっちゃり型。暇してまーす。良かったら写メそえて連絡ください☆』
直アドつき。サクラではないな。援助なら断ろう。
さっき抜いたばかりだ。割とどうでも良かった。
『援なら今日はご遠慮します。じゃなきゃ会おうか?』写メも添えた。
返事はすぐに届いた。
『援じゃないよー、暇~なだけwあそぼー』

 秋葉原で会った。場所は彼女の指定だった。
ぽっちゃり型だが許容範囲だった。というかストライクゾーンだった。
「こんにちは~ わぁ、写メ通りだった。」うれしそうだった。可愛い。
カラオケいこー、と。面倒臭ぇ。でも手をつないできて、
「デートでーとっ」はしゃぐ彼女に少し萌えて、カラオケを付き合った。
最悪、リナの部屋にもう一泊するか。てか夜セックスできるのか。
朝やって昼やって夜か。きちーな。
リナにメールを打つ。
『こっちで打ち合わせになったから、今夜も泊めて』
カラオケでやる気なさげなミスチルを歌っていると返信が来た。
歌いながら文面を見る。
『無理。デート』素っ気無い断りの文句。しゃーねー、スイーツは諦めて帰るか。
誘えるムードとヴォリュームの曲を彼女が歌っているとき、
「ね、このあとどうするか歌いながら考えて」そうささやいた。
ニーソックスを履いた太ももがモジモジとするのを見た。
この子もヤりたいんだな。俺は安堵して時間を知らせるコールに、
「延長しませんっ!」と元気良く答えた。

 秋葉原にはラブホは無いんだな。俺はそれを初めて知った。
「湯島のほうに色々あるよ」彼女が答えた。
「アキバスイーツとかって・・・ある?土産にしたいんだけど。」
「あるあるー!」聞いてみてよかった。
プレッツェルを買った。モンブランからはだいぶ格が下がったが、
考えてみれば、あの豚のエサには高級すぎる。
それから少し街を歩き、ムラタ君のキモさに良く似合いそうなTシャツを買った。
XXLサイズが豊富なのは土地柄なのだろうか。
案内してくれた彼女にも、欲しそうにしていたロンTを買ってあげた。

それから俺たちは湯島に向かい、手をつないでラブホに入った。
 

     

▼アキバの女は餅女

 部屋に入ってすぐ、俺は彼女を抱き寄せてキスをした。
少し唇が震えていた。本当はあまり出会い系の経験が無いのかもしれない。
「もしかして、慣れていないの?」
「ううん・・うん。なんか格好よすぎる人だから、緊張してた」
「え・・・ずっと?」
「うん、会った時から。」可愛いじゃないか。
ぎゅうっと抱きしめた。久々の当たりの子だ。
程よい濃度でアリュールの香りをまとっている。
この香りにはあまりいい思い出が無かったが、それさえも好きになれそうな気がした。
「シャワーしようか。一緒に入ろう」
彼女はうなずいて、
「でも恥ずかしいから先に入って」そう言った。
先にバスルームへ入り、熱めのシャワーで充分に浴室と自分の体を温めておいた。
そっとバスルームのドアがひらいた。
恥ずかしそうに顔を出す。
俺は笑いながらカモンカモン!と手招きをした。
 
 駆け込むように彼女は入ってきて、すぐにピトっ、と俺の体に身を寄せた。
「離れると、観察されるから。恥ずかしい」
「あとでじっくり見てあげる」
そんなことを言いながら、俺は彼女の体を洗ってあげた。
肌が日本人離れして白い。石鹸のせいもあってまるで陶磁器を撫で回しているようだった。
彼女の割れ目に指をすべらせる。
そこは肌と比べて意外なほど濃く、毛質も固かった。
だがそのアンバランスも含め、エロティックだった。
リナの完成されたある意味人工的な美しさと双極の、ゆるんだボディラインさえも、
野生的な劣情を呼び起こす良い体だった。
少し気になったのは、このホテルは古いらしく、配管があまり良くない。
ちょっとよろしくない匂いが時々鼻について、
それをこの子も気にしなければいいが、と申し訳なく思った。

 俺にしたら最大のサービス精神を発揮して、彼女をタオルで優しく拭いた。
そのままタオルごと彼女を抱き上げ、ベッドへと運んだ。
彼女はキャッキャと声を上げて笑った。
その日、俺がそんなに優しかった訳は、リナに冷たくされたからだろう。
出会い系でも、「良い出会い」はあるかも。俺はそう思いたかった。
 
 ねっとりと絡まるような噛み付くようなキスをして、互いの唾液をむさぼった。
そのまま唾液を引きずって、俺は彼女の耳を首筋を脇の下を舐めた。
かすかな体臭が俺を興奮させた。これくらいの匂いはむしろアガる。
つきたての餅みたいな乳房をこね回し、俺は珍しいというか初めて、
「跡つけていい?」そう聞いてみた。
上ずった声で彼女は、
「うん、付けて」そうささやいた。
重そうな下乳におれはむしゃぶりついた。舐め、吸い噛んだ。
点々とついた鮮血色のキスマークはとてつもなくエロかった。
信じられないくらい綺麗なピンクの乳首は、優しく扱った。こんな綺麗な色なら、
強い刺激には耐えられないだろう、そう思ったからだった。
ごくなめらかに舌を這わすだけで彼女の乳首は固くとがった。
あぁ、噛みたい。そうは出来ない歯がゆさが、俺のペニスを痛いくらいに充血させていた。
こんなギンギンは久しぶりだった。
リナが言うとおり、最近の俺は少し硬度が落ちていた。
むっちりした太ももにも俺の歯形をつけたい。
俺は彼女の胸から腹へ舌を這わせ、太ももに指を食い込ませながら足を開かせた。

     

▼フラッシュバック一歩前

 彼女の白く湿った内腿に指を食い込ませ、俺は大きく脚を拡げさせた。
真っ白な、淡雪のような肉の中央に、黒々と穿たれた女の刻印。
その中央はぬらぬらと紅く燃えていた。

▼俺19歳、タイ・ラオス

 10代最後の一人旅にタイを選んだ理由は、その夏にタイ在住の伯父が帰国し、
その折に遊びに来るように誘われたからだった。
伯父はベトナム戦争の頃にジャーナリストを志し、以来東南アジアに居を構えていた。
ジャーナリストの夢は諦めたが、日本に戻る気持ちはないようだった。
タイやフィリピン、ベトナム、カンボジアで6人嫁を取替え、13人の子供と未知数の孫がいた。
次々と胡散臭い商売に手を出しては失敗を繰り返す伯父は一族の困り者だった。
その伯父がラオスで、エビの養殖事業を始めたという。
「これが儲かって儲かって」
記憶の中のしょぼくれた伯父は、いまやラオスの名士となって、
俺に大金の小遣いを渡し、是非遊びに来る様にと行ってタイへと帰っていった。

 ラオスで俺と伯父は落ち合い、そのまま数日間の国内旅行をした。
王族の通うレストラン、タイの人気芸能人(だと説明された)との会食、
あちこちを観光し、最後に伯父の豪邸へと到着した。
初めて会う伯父の6人目の妻。と、子供。どれが子供か孫か。
子供たちは幸せそうな無垢な表情をしていたが、
妻の女性は始終、険のある表情を崩さなかった。
そこに至るまでに染み付いた苦難は拭い去りがたかったのかもしれない。


 伯父の豪邸から車で5時間。そこにエビの養殖場があるという。
最新の設備を備え、クリーンな環境で安全な品質の良いエビを輸出している。
得意げに伯父は語った。
見学に行く事になったが、当日になり運転手が来ない。
仕方なく伯父自らが車を運転し、俺たちはその養殖場へと向かった。

 5時間後、伯父は呆然と立ち尽くしていた。
最新の設備は陰も形も無く、荒れ果てた事務所と養殖場がそこにはあった。
自然の沼を利用した育成プールは、酸素の供給が止まり一面に赤茶色の藻が漂っている。
伯父の留守に何が起こったのか。
景気の良い話しをしていたが、実際のところは給料の遅配が恒常化しており、
それは経営難というよりも伯父のルーズさから来ていたらしいが、
怒った従業員たちが仕事を放棄し、給料の変わりに設備や備品を持ち出してしまったのだった。

 伯父が声を上げて泣いていた。俺も泣きたかった。
幼い頃から、事あるごとに俺は、この伯父に似ていると言われてきた。
俺はこうはならない。こんなアホみたいな夢は追わない。
腐ったエビの沼に腰まで漬かり、泣き喚くような人生の終わりはまっぴらごめんだった。
異臭。死んだエビがもたらす腐敗臭。猛暑とその強烈な臭いで俺は失神した。

▼アキバの女は沼女

 異変はすぐに気づいた。
彼女の太ももに顔を埋めていると、またもやあの下水の臭いが漂った。
いや、これは違う。これは・・・
嫌な予感しかしなかったが、俺は彼女の膣口に指をねじいれた。
「あうんっ・・・」体がピクン、と跳ねる。(まるでエビのように)
ねじこんで掻き回した指の臭いを嗅いでみた。
沼だ。この臭いはあの沼だ。
おれはその時、しばし固まっていたのかもしれない。
もっと快感を求めて、彼女は自ら淫らな仕草で指を使って陰部を拡げた。
俺の目の前に、あの夏の養殖場の景色が強烈な臭いと共に蘇った。
ああ・・・神様、ここがラオスですか。
おれは思考停止した。
どうしていいか考えが追い付かず、とりあえずは安全な乳を揉んでいた。
尋常ではない。裾臭とかそんなレベルじゃない。彼女が感じて愛液を滴らせるたびに、
あの沼の臭いが広がった。
 
 これは病的なものだ。おそらく何らかの性病だ。しかも重症に違いない。
「あのさ・・・」
俺はベッドに腰掛け、彼女の体を抱き起こして隣に座らせた。
こんないい子に、どうやったら傷つけずに真実を知らせられるだろう。
その伝え方を躊躇したが、健康に関わる事だ。はっきり言うべきだと判断した。
「君、もしかしたら性病かもしれないよ。」
彼女はビクンとしてうつむいた。
「体臭・・・ですか?」
「体臭というか、この、君のアソコ、元々こうではないんだろう?」
何も答えない。困った。
お互いに無言の時間が過ぎた。
「あの・・・」
俺は考えに没頭していた。
「え?なに?」顔を上げ彼女を見て愕然とした。
彼女は俺の顔を見ながらオナニーをしていた。
「私とやりたくないんですか?」ごめんこうむる。
「君はすごく綺麗だし、したかった。だけど今の状態では無理。というか、病院いきなよ」
それには答えず、彼女はますます激しく自分の股間をこねくり回していた。
「放置は危険だよ、子供出来なくなってしまうよ」
俺の声が聞こえていないのだろうか。
「じゃあ、見てて。見ててください」
泣きたくなった。こわいこの人。
彼女は結局俺の目の前で一人でイった。
そして何事も無かったように服に着替えた。
俺は、まだ両足の間に萎れ切ったペニスをぶら下げ、ベッドでうなだれていた。
「あんまり時間ないんで。お金、貰っていいですか?」
援じゃないって言ってたじゃねーか。何を言い返す気力も無かった。
万札を一枚、二枚、色付けて三枚。
「必ず、病院行ってね。」
俺は重ねて彼女に促した。
「・・・うっぜ」

 しばらくは出会い系は止めよう。
早く家に帰って、今日のムラタ君のミクシィの更新をチェックしたかった。







     

▼会社の女には手を出すな

 「今日どーすんの?飲みいく?」
ムラタ君は17時を過ぎた頃から自分の仕事は終わったとばかりに、
俺の周りをウロチョロしていた。
飲み「行く?」といっても全て俺の奢りだ。
そのへんはちゃっかりと、上司なのだから当たり前だとでもいわんばかりだ。
「この資料、明日朝イチなんだよ。終わらないと帰れないよ」
ふぅん、と呟いて、ガラゴロゴロゴロ・・・と座ったまま椅子を転がして、
同じフロアのサトミちゃんにちょっかいを出しに行った。
「ムラタさん邪魔っ、仕事しないなら動かないで」
ぶへぇっ、と奇怪にムラタ君は笑っている。
「空気が汚れるから息も吐かないで」
サトミちゃんもたいがい毒舌だ。
27歳、独身。彼氏アリ。なかなかに美味しそうな体と、美人ではないが愛嬌のある顔立ち。
だが残念ながら、会社関係に手を出すのはセオリーに反する。
それがいかにヤバいか、俺は入社早々に思い知ったのだった。
故に、次期社長であるこの俺の、今の不当に低い社内での扱われ方があった。

▼キクチさん

 親族経営の会社の本社へ、俺は後継者として着任した。
役職は、まぁ管理職だ。一年したら役員になる。それは決まったことだった。
有能だ、とは自分でも思っていない。まだ本気をだしていないからな。
東京のほうから何を聞いていたのか、本社の人間も俺にさしたる期待も抱いていないようで、
それは俺にとっても気楽で都合が良い事だった。
俺のオフィスのフロアには、ムラタ君、他の課の連中、そして総務課。
総務は社員のサトミちゃん、パートのキクチさんという女性、他の連中は、どうでもいいか。
馬鹿のボンボンの鳴り物いりで入ったものの、そこは持ち前のイケメンぶりと、
そつのないトークで、女性社員には憎からず思われているのを感じた。

 「お茶かコーヒー、どっちがいいですか?」
本社はまだ、事務がお茶を配る習慣があるらしい。東京はもう、サーバーを置いてセルフだ。
「あ、コーヒーで。」
そう頼んで、俺はPC画面へと向き直った。
無言の圧力を感じ、振り返る。
「キクチさん、なに?」
今、俺にコーヒーかお茶かを尋ねたキクチさんが、そのまま俺の後ろに立っていた。
「カップ」
俺の鼻先に手を差し出して、
「カップ下さい」もう一度言った。
「あぁごめん、俺自分のカップ用意していないんだ」
「じゃあだめです」
えっ・・・客用のとか・・・ダメなの?
だめです、と言って、キクチさんは気の毒そうに俺を見る。
「あ、今日だけはお客さん用使ってもらったら」
サトミちゃんがやりとりを見ていて、そう口添えた。
「はい」
キクチさんは素直にうなずくと、スタスタと給湯室に向かっていった。
「ちょっと融通きかないんですよ、彼女」
「はぁ」
サトミちゃんがキクチさんをフォロー?してあげていたが、
俺はその時、サトミちゃんをどう口説こうかな、などと考えていた。
キクチさんは・・・範疇ではなかった。彼女はどう見ても40半ばだったから。

 俺の歓迎会が開かれた。
せいぜい愛想よく振舞って、2次会までを付き合い、社員たちと別れた。
程よく酒も入って、酔い覚ましがてら一人で、新しく生活するこの街を歩いた。
繁華街を抜け、商店街に入る。ちょうどその境目に、深夜まで営業する花屋があった。
その時間まで開いているという事は、飲み屋などへの花の配達を商っているのだろう。
そこに、キクチさんが立っていた。花を選んでいるらしかった。
今日の宴会にキクチさんは参加していなかった。パートなので4時には帰っていたはずだ。
普段着にコンビニの袋を下げて、自分の為の花を選んでいたのだろうか。

 酔っていたからだ。俺は「いい人モード」に入っていた。
「キクチさん、こんばんわ」
声を掛けると、キクチさんは顔を真っ赤にして、今日の歓迎会に参加しなかった詫びなどを、
アワアワと説明しだした。
「僕にプレゼントさせてください」
俺はそういって、花束を作らせると、それを彼女にあげた。
「トルコ桔梗、好きなんです」
それは結構。安かったので選んだ。
「じゃあ、気をつけて帰ってください」
「はい、お花、有難うございます」
俺たちは花屋の前で別れ・・・なかった。

▼あらっ、意外と・・・イイ!

 「じゃあ・・・」そういって背を向けかけた俺の上着の裾が、クン、と引っ張られた。
「良かったら、コーヒー、飲んで行きませんか?うち、すぐそこなんです」
「あぁ俺、今マイカップ持ってないけど?」
意地悪でそう言った。キクチさんがさらに真っ赤になった。
「やだ、大丈夫ですよ。会社じゃないんですから」
尿意を感じていた。しかも逼迫していた。
「あ・・・じゃトイレも借りようかなぁ」

 キクチさんの部屋は、さっぱりと片付いていて、真面目な暮らしぶりがわかる。
トイレも掃除が行き届いていた。なにか風水なのだろうか、訳のわからない飾り物があった。
用を足した後で便座は下ろさなかった。わざとだ。俺が帰ったあとで、男の気配を有難く感じればいい。
「はい、どうぞ」
いい香りのコーヒーが湯気を立てていた。
飲んだ後にはこれはうれしい。
広くは無い部屋のラグマットに胡坐をかいて、俺はキクチさんの淹れたコーヒーを飲んだ。
「なんか変な感じですね、ここにいるなんて」
そういって、キクチさんは俺の横に座った。横・・・なぜ対面じゃないんだろう。
部屋にはテレビがついていて、コーヒーを飲みながら、深夜バラエティーを見ていた。
ふと気がつけば、コーヒーもお替りをしていたし、俺はすっかりくつろいでいた。
「そろそろ帰るよ、コーヒーご馳走様でした」
「あっ、はい、気をつけて」
まるでマンガかなにかのように、次の場面、俺とキクチさんはキスをしていた。
覆いかぶさった俺にキクチさんが押され、背にしたテーブルがガタンと動いてカップとソーサーが鳴った。
その時の気持ちは相手が40半ばである事を忘れていた。
若い女の子にキスするときと同じ衝動で、俺はキクチさんの唇と舌の感触をむさぼった。
拒まれるかと思っていたのに、容易く、そして驚くほど上手にキクチさんはキスを返した。
「飲み過ぎたんですか」
クスクスと笑いながらキクチさんが尋ねる。キスの応酬をしながら。
その声の振動が俺の唇を刺激して、キスだけなのに甘い高揚感が迫って来た。
職場では融通のきかないオドオドした中年女。
花屋では、さびしげな疲れた様子だった。
その時、俺が激しいキスを繰り返している目の前のキクチさんは、
成熟した、圧倒的な性の芳香を放つ一人の女だった。








     

▼溺れる

そんな事になるつもりは無かった。キスだって予定外だ。
しかし俺の左腕は、倒れそうになるキクチさんを支え、
右腕はそのキクチさんを激しくまさぐっていた。
(おいおいおい、おばちゃんだぞ、どうするんだ俺)
頭の片隅には、そう自分を制する声がする。
だが、目の前のキクチさんの上気した首筋に唇を這わせ、
その喉がごくりと艶かしく動く感触に触れると、
おれのちっぽけな理性君は飛んでいった。

 薄手のセーターをたくし上げる。
ストッキングのような素材のアンダーシャツを着ていた。
そのビジュアルに若干萎えながらも、つるりとした素材の上から、
乳房のふくらみをなぞるのは良い手触りだった。
離婚歴があると聞いていた。子供はもう独立したのだろうか。
かき抱く細身の体は、若い女とは違い、どこに俺の腕や指を沿わしても、
こちらの動きにぴったり合わさってくるような、肉の柔軟性があった。

 ブラジャーを外そうと背中に腕を回した。
キクチさんが、そっと体を反らす。外しやすいように。
いつもの様に片手で難なく止め具を外せるものと思いきや、
キクチさんのブラジャーは、なんだか硬くて止め具のところがやたらと太い、
ゴツめのブラジャーだった。少し焦る。ここをモタモタするのは格好悪い。
だが俺の意に反し、ブラジャーは開放を拒んだ。
「待って」
俺が手子摺っているのを感じたのか、キクチさんは自分で背中に手を回し、
ブラジャーの止め具を外しにかかった。
いつも纏めている長い髪は、思えば部屋に入ったときにほどいていた。
その乱れたウェーブヘアの隙間から、キクチさんの瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。
年齢が、その瞳の強さを柔和な光に変えていると思った。
ふいに、胸が高鳴った。俺は緊張していた。
これほど年の離れた女を抱くのは初めての経験だった。
そして、その事に昂ぶっている自分を発見した。
その緊張を解くため、俺は立ち上がり部屋の隅のベッドへ一人で座った。

「脱いで」
俺は自分のネクタイとシャツを緩めながら、キクチさんにそう指示した。
ブラジャーが取り去られた。
痩せた体に不釣合いなほど豊かな乳房が、支えを失ってこぼれ出た。
ゆっくりと立ち上がり、下の衣服も脱ぐ。
細身のデニムだと思っていたが、レギンスとかいうのか、そういう伸びる素材のパンツだった。
そこから形の良い脚を抜き、ショーツに手をかけてキクチさんの動きが止まった。
懇願するように俺を見る。
「来て」
手招きをし、腰掛けたベッドまで彼女を寄せた。
開いた俺の膝の間にキクチさんを立たせ、俺はその腹に口付けた。
帝王切開の痕がある。
それを恥じてなのだろうか、キクチさんは手を重ね合わせて下腹部を覆った。
構わずその手をどかせ、俺はキクチさんの臍からショーツのギリギリまでを舌でなぞった。
行き所のなくなった手は、遠慮がちに俺の髪に触れている。
「お風呂、はいったの?」
「さっき、会う前・・・」
湯の香りと、かすかな柔らかな女の肉の匂い。
ショーツを下ろし、直接にキクチさんの中心に触れる。
「あっ・・・」
割れ目に指を挿しいれると、そこはしどけなくほぐれ、潤っていた。
中で指をゆっくりと動かしながら、太ももの、尻の緩みを確かめるように、撫で回す。
キクチさんの皮膚と肉は、しっとりと俺の掌に寄り添う。
「ん・・・あぁ、恥ずかしいから駄目です、私だけ、ひどい」
そういって、キクチさんは俺のシャツを脱がしにかかった。
恥ずかしいと言っていたが、消え入りそうな声で話すキクチさんは、もうどこにもいなかった。
俺の裸の肩にキスをし、俺たちはまた、そこだけ別の生物みたいに舌を絡め、
そしてキクチさんは片手で器用に俺のベルトやスーツの下を脱がしていた。
なぜそんなに俺を見る。
キクチさんは俺を見つめる。
俺がキクチさんに対して、何を思っているか、俺たちは今、何をしているのか。
俺よりもキクチさんは、その答えを知っている。
安堵のような、言いがたい感情が俺の中に芽生え、俺はキクチさんの中に溺れていった。

     

▼溺れる2

 その夜俺は自宅には帰らなかった。
短い眠りから覚め、そのまま俺たちは繋がり、果て、そして眠り、
目覚めては求め合った。
部屋にこもる獣臭さがどちらの匂いとも言えなくなる頃、
俺はまた、キクチさんを抱いていた。
もうイケないかもしれない。だが俺のペニスは、まだだまだだと滾るのだ。
キクチさんの中はもうベトベトに俺の精が纏わりついているのも構わず、
その部分を俺は唇で舌で、不思議に衰えない自身でむさぼった。
「もう、もうこれで最後ね、終わったら、帰って」
すでに太陽は翌日をまたいで傾きかけていた。
帰りたくない、終わりたくない。
そんな事を呟きながら、俺はキクチさんを後ろから突いていた。
「ああっ、ね、おかしくなってしまう、駄目になってしまう」
「なろうよ、一緒に。あぁ、すげえやばい、感じる」
まるでキクチさんの中には、もう一つの柔らかな指があって、
それが俺のペニスを絡め引きずり込んでいるようだった。
キクチさんの腕を掴まえ、背中側に引きながら乱暴に腰を打ち付ける。
支えの手を失って、キクチさんの上体はガクガクと揺れ、
長い髪はもつれ合って汗で顔に貼りついていた。
その鬼気迫る様子が俺に異様な興奮をもたらす。
「あっ、あああっ、もっと、もっと乱暴にして」
片足を持ち上げて肩にかけると、二人の接合部がいやらしく露わになる。
俺たちの最も獣じみた部分を、キクチさんはギラギラした眼で見つめる。
それからイケメンをかなぐりすてて肉に溺れる俺と視線を絡めてきた。
その瞳を見つめながら彼女の中を掻き回していると、唐突に果ては近づいた。
「はぁっ、俺、いくかも」
「きて、ああっ」
ほとんど痛みに近い射精感が脊髄を駆け上り、俺は最後の精を放出した。
「あはぁ・・・あぁ・・・」
甘い声を長く引きずってキクチさんの体と膣の中は震えていた。
そして俺の精を絞りきろうとでも言うように、何度も何度も、
ペニスを包み込んだ襞が、子宮へと蠕動していた。

▼愛人

 「時々会ってくれる?」
俺の口からそんな台詞が出た。
シャワーも済ませ、こざっぱりと髪を結わえたキクチさんは、
『うちの会社のキクチさん』に戻っていた。
「会社には、内緒でお願いします」
もちろんだよーやばいよーこっちこそお願いしたいよー。
「勿論、お互いに立場あるし、こんな風になっちゃったけど」
「じゃあ、会う時は必ず連絡ください、急には、こないで」
「約束する」
「あの、私、習い事とか・・・親の面倒とか見てるので、
なかなか時間ないかもしれなかったり」
「うん、待ってる、連絡」
「はい、今日もこれから出かけるので」
去りがたい思いがした。
一晩と半日交わい続けて、この部屋がまるでねぐらのような感覚になっていた。
だが、そう言われれば帰るしかない。
「キクチさん、キスして」
また、あの眼で俺を見る。
情欲に燃えていたときは扇情的に思えたその眼に、今度は切なさを覚えた。
背の高い俺は腰をかがめ、小柄なキクチさんを抱きすくめ口づけた。
もう、舌は入れられる事はなく、軽いキスを交わした。
「じゃあ・・・」
「あ、これ、あげます」
キクチさんはリラックマのマグカップを差し出した。
苦笑いをして俺はそれを受け取り、彼女の部屋を後にした。

     

▼出したくて、だせなくて

 机上には、リラックマのマグカップが冷めたコーヒーを湛えていた。
誰も寄り付かない俺とムラタ君のエリアから、ついキクチさんを目で追ってしまう。
思えば、身近な女性と肌を合わせたのは久しぶり―――大学以来の事だった。
リナとはモデル仲間だったが、現場が被るのは稀だったから、たまたま仕事が同じ、
それだけの関係だった。
黙々と社内の雑用をこなすキクチさんに、週末の痴態を重ね合わせてみる。
鮮明に脳裏に浮かぶ、重たげな乳房も熟れて濡れたあの部分も、
昼間のオフィスのキクチさんとは結びつかなかった。

 「ぼーっとしてないで、施工部の事務所行って来たほうがいいっすよ」
視線の先を読まれた気がして、俺は慌てて目頭を揉んで誤魔化した。
「ムラタ君、朝行ったでしょう」
「カメラ無かったんで、現場写してこなかったんすよ」
「カメラどうしたの?」
「この間、落成式撮るのに営業が持っていったから、そっちにあるんじゃないすかね、
施工部行く前に寄ったらいいよ」
回転椅子をギィギィと不快に鳴らし、パソコンでソリティアをしつつ菓子を食っている。
俺に分けてくれる気はさらさら無さそうだった。
「・・・で、ムラタ君は朝、何をしてたんですか」
「さぁ?」
そんなのお前が考えろ。そういわんばかりの態度だった。
俺は、聞こえるように舌打ちを残して席を立ちフロアを出た。

 ふと思いつき、廊下で携帯を取り出す。
土曜の夕方、キクチさんと別れたあとに、俺は彼女にメールを送った。
『来週は時間ありますか?』
返事は来なかった。もう一度メールを送りたい気持ちを抑え返信を待っていた。

 中二日あけた、メールをしてもおかしくはないだろう。
『おはよう』
件名の後に書く言葉が思いつかない。考えた末に、
『暇なとき、メール下さい。俺は基本暇です』
こんな文章しか思いつかなかった。
我ながら情けない内容だ。長文ならいくらでも書ける。
ありきたりな定形文に若干の、相手に期待、あるいは安心を与えるような文章を加えて考えるのは、
昔から少しは得意だと思っていた。
それなのに、キクチさんに読ませるメールを書くとなれば、俺には何も言葉の引き出しが無かった。
会ってどうしたいのだろう、セックスをしたいだけだ。
だがその欲求をぶつけるのには、会社のキクチさんは他人過ぎていた。
結局、メールの下書きを削除した。
今日でも向こうから連絡してくるだろう。だって、俺の下であんなに乱れていたんだから。

▼ヨスガとカエデちゃん

 「遊ばれちゃったってことじゃね?あんたのほうが」
俺の椅子の後ろに回り、スツールに腰掛けたヨスガはカットの最後の調整をしながら笑った。
「全然、顔色ひとつ変わらないんだぜ、怖いよな」
あれから1週間が過ぎ、キクチさんからの連絡はない。
「そんな気にするの珍しいね、どこが良かったの?」
「説明出来ないよ、ヨスが女も抱くならわかるかもだけど」
「僕だって時々は・・・」
言いかけて、隣の客を意識したのかヨスガは話を止めた。
(もう聞こえてるんですけど~)
そう言いたげな、困り顔のアシスタントの女の子と鏡越しに眼が合った。
「まぁ詳しい事はあとで、ご飯でも食べながら」
店の出口までヨスガが見送り、俺の腰を抱いて耳打ちをする。
「隣のお客様、あんたのこと気に入ってるみたいだよ、紹介しようか?」
チラリと振り返り、頭にサランラップを巻いた女を見た。
キクチさんくらいの年に見える。
「いや、あれは食えないわ」
「だめ?クククッ」
俺の尻をポン、と叩くと、「あとでね」笑顔で見送ってくれた。

 約束の九時までをスロットで潰し、ヨスガの店に戻った。
ガラス張りの店先は照明を落とし、すでに外に二人が立っていた。
アシスタントの女の子―――カエデちゃんも今日は一緒だった。
俺たちは行きつけの居酒屋へ移動し、個室へと納まった。
「さて聞こうか、年上女について」
カエデちゃんがいたが、どうせヨスガから俺の所業は聞いてるだろう。
「まぁ実は会社の人・・・年上っていってもかなり」
「40くらいとか?」
運ばれたビールを乾杯し、グっと半分程あおり俺は一息をつく。
「45って言ってた」
メニューをじっと見ていたカエデちゃんが、ガバっと顔をあげて、
「うちのお母さんと同じ年だし・・・」
奇妙なものを見る眼で、俺の顔をまじまじと見た。
「そういう系なんですか?もともと」
「いやいやいや誤解しないで・・・」
初めての経験だったから、こんなに気になるのかな。
おれがそう言うと、カエデちゃんは頭を振って考え込んだ。
ヨスガは面白そうに、熟女かぁ、すごそうだよね。などと冷やかしていた。
「多分~、それは惚れちゃったんじゃないですかねぇ~」
つくねの串を俺に向けて、カエデちゃんは真剣な顔でそう言った。
「カエデ行儀悪い」
その手をヨスガに叩かれながらも、
「今まで、嘘の恋しかしていないから愛の始まりに気付いていないんですよ」
熱っぽくカエデちゃんは語る。
そんな訳あるか。
「出会いというか、馴れ初めがそれなら、一回そういうのナシで話してみたら」
ヨスガが、カエデちゃんよりはまともな意見を出した。
「なるほど・・・でもちょっとずつ話がズレてきていないか?」
えー? えー? 二人が揃って声を上げた。
「俺は、もう一回してもそんな気持ちになるのか、あの時がどうかしてたのか、
やっぱりスーパー名器なのか、それ知りたいだけなの。付き合いたいとか勘弁だし」
「まぢ鬼畜っすね」
カエデちゃんが、鬼畜さんハイどうぞ、と言ってサラダを取り皿に分けてくれた。
「あ、どーも」
「そんなさ、これからどうしたいとか無いなら、直球で会おう、それでいいじゃん。
なに格好つけてるの?あんたらしくない」
俺らしくない。そうなんだ。
「やっぱり年上過ぎるからさ、ちょっと遠慮がちというか」
「馬鹿を見抜かれてるから賢そうに振舞いたいんでしょ」
ヨスガがこともなげに言い放つ。
「うわー、先生、容赦なーい。図星ですか?」
うん、カエデちゃん、君も容赦ない。
今日は飲もう。メールとかキクチさんとか、忘れてしまうまで飲んでしまおう。















     

▼花蓮との出会い

 酒が強いのは時として不幸だ。
ヨスガとカエデちゃんは日付が変わる頃には出来上がってしまい、
二人をタクシーに押し込んだ俺は、飲み足りない思いで街を歩いていた。
勿論記憶がぼやけるなんて事は無く、独りになると途端に、
心はまたキクチさんを巡ってざわめいていた。
一発抜けば、こんな思いも何処かへいくのだろうか。
そういえば先週からオナニーすらしていない自分に気がついた。
飲むか、抜くか。
界隈には風俗店は無い。もっと浴びるほど飲んで帰って寝るか。
まだあまり知らない街の、路地に面した小奇麗な外装のキャバを見つけ、
初めて入るその店のドアを開けた。

 「いらっしゃいませ」
若い声に迎えられて、俺は黒服にカウンターへと案内された。
新顔の俺を、常連らしきグループと独り客が一瞥した。
「ビール、いや、やっぱウィスキー、ダブルをロックで」
その店のメインボトルは角サンらしい。
店のボトルから、安物とわかるグラスに酒が注がれ、目の前に置かれた。
「こんばんわ、いらっしゃいませ」
「どうも、ここは初めてなんだ」
俺についてくれた子は、初めてだ、という言葉に、すぐに目を輝かせて、
「花蓮です、よろしくね」
そう言って、ピンク色の名刺を寄越した。
「どなたかのご紹介?」
いいや、適当に入ったんだよ、というと、ますます嬉しそう、というよりも、
舌なめずりせんばかりに、胸の谷間を強調したドレスの上半身を、
カウンター越しに摺り寄せてきた。
キャバの体裁がある以上、指名とか本客、枝客などのシステムがあるのだろう。
そして誰の紹介でもない俺に気に入られ次回指名されれば、
その時点で、俺はこの花蓮という子の客になる。
それにしてもしけた店だった。
外装こそ立派に見えたが、おそらく居抜きで買うか借りるかでオープンしたであろう、
時代遅れのインテリア、店の隅にはカラオケのステージまである。
「ボックス行きますか?」
座り心地の悪いカウンター椅子だった。
俺はうなずいて、花蓮に腕を組まれボックス席へと移動した。

 イケメンをほめられ、服のセンスをほめられ、時計を、靴を、指の長さを、
耳の形までほめられた。
花蓮の他にも2,3人、持ち回りで女の子が接客についたが、
最初から最後まで花蓮は俺の傍を離れなかった。
途中、何度か黒服が、花蓮に他の客につくように伝えに来た。
それを、おそらく俺に聞こえるように、
「嫌、待たせて」
そういって、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
気前良くオーダーを繰り返し、店もそろそろ仕舞いになるころ、
「今日このまま帰るの?」
すっかり打ち解けた口調で、花蓮は尋ねてきた。
「もう2時も過ぎたし、帰るよ」
「朝までやってるお店もあるのよ、アフターしない?」
アフター=セックスと直結するほど俺は野暮ではないし、
いい加減飲み疲れてもいた。
「それは今度ね」「約束ね」
いかにも残念そうに口をとがらせて、花蓮は黒服と目を合わせると、
小さく指をクロスさせ、会計の合図を送った。

 店の内容に沿った、良心的な料金だった。
手持ちが少なかったので出したアメックスのゴールドを、
花蓮がすばやく確認したのに気付いたが、こういう世界で遊べば、
その類の視線は常だったのでさして気にもならなかった。
黒服と花蓮に店の外まで見送られ、客待ちのタクシーに乗り込んだ。
どちらまで?尋ねる運転手に自宅の住所を告げて、俺は目を閉じた。

 楽しかったか?
楽しいというほどでもない。
退屈か?
退屈だ。
今日一日を振り返る。二人と一緒に乗り合わせて帰れば良かった。
俺の家が一番近いから、ドアの前まではこんな気持ちでいないでいられただろう。
あの二人は、ヤってるのかな。
ヨスガはホモだから、セックスはしていないかも、でも、フェラはさせたかな。
公私混同はしないタイプだった。おそらくただの師弟関係なんだろう。
その高潔さが少し妬ましかった。
流れる車のライトをぼんやりと見つめる。
確かに酔っていた。
約束を忘れたことにしたほどに。

「ここで止めて下さい」

運転手に告げた遥か手前、シャッターを下ろした、あの花屋の前に俺は立っていた。





     

▼約束

 キクチさんの部屋の前に立つ。
何をしているんだ俺は。時計の針は午前の2時半を指していた。
尋ねて許される時間ではない。少なくとも、俺とキクチさんの間柄では。
背中を、正確に言えばインターフォンへ伸びた指を後押ししたのは、酔いか。
部屋の中でチャイムが鳴るのがかすかに聞こえた。留守でいてくれ。

 「約束したのに」
声がくぐもっているのは、ベッドに座った姿勢の俺の前にひざまずき、
ペニスを舐め上げているからだ。
酔いに濁った目で、俺を咥え込むキクチさんを見下ろす。
柔らかいウェーブヘアを指でかき上げて、もっと顔が見えるようにしたいと思った。
キクチさんの髪に触れると、チラリと俺に視線を合わせ、
彼女によって俺の手は元のようにベッドに戻されてしまった。
今夜、キクチさんに触れる事はできない。
約束を破ったからだ。
もうさっきから射精してしまいそうだった。
だが俺の根元は柔らかな指できつく締め付けられ、赤黒く怒張したペニスの鈴口からは、
女のように汁を垂らしていた。
そこを小さく尖らせた舌の先で掬い取られると、思わず尻がつりそうな鋭い快感が走った。
限界まで硬くなった陰茎の裏側に、下からねっとりと滑らせながらキスをされる。
「キクチさん、入れたい」
「駄目、約束」
入れたい、と欲求を口にして叶えられないことはわかっていた。
それさえも俺の興奮を加速させた。
「でちゃうよ、このまま」
キクチさんは何も答えてくれず、指は根元を締め付けたまま、
もう片方の手で器用に陰茎を擦りあげ、唾液にまみれた唇からは、膨れ上がった俺の亀頭が見え隠れしていた。
キクチさんの唇での愛撫が激しくなった。
俺はもう声を我慢しなかった。
恥ずかしいほど喘ぎ、触れることの許されない両手はベッドシーツを掴んだまま、
両膝の間で揺れるキクチさんを見つめるしか出来ない。
救いの果てを求めて俺は天井を見上げた。
キクチさんの指で与えられていたペニスの戒めが解かれ、快感の塊が駆け上ってくる。
あぁ、出る。
ああ、ああ、キクチさんの口の中に。
どれほど出るんだ。俺の汚れた精液。溢れるのではないか。
真っ直ぐに俺を見つめながら、キクチさんは口腔に受けたそれを全て飲み込んだ。

 「もう遅いから」
不躾に尋ねたのは俺なのにそんな言い訳をしながら身支度をした。
「ですね、今度はちゃんと連絡してくださいね」
「ごめんね」
「いえ、来た理由、なんとなくわかってたんですけど」
そうだ。こんな事をしたくて来たのではなかった。
指と唇で責めるキクチさんを眺めていたとき、俺もそれを自覚した。
気持ちいいのに、悲しい。
悲しいのにヤリたい。
この『悲しい』ってなんなんだ。
他に例えようがないから、一番近い感情が置き換わっているのかもしれない。
不意に尋ねた俺を、キクチさんは部屋に入れてくれた。
前に入ったときと何も変わらない。
違ったのは、暖かいコーヒーも恥ずかしそうに俯くキクチさんもそこには無く、
俺の性欲を黙々と処理する女と、情けない声をあげてそれに抗えない、馬鹿な俺がいることだった。




     

▼豚には罰を

 それから、キクチさんの部屋を「正式な手続きを踏んで」訪れる事はなかった。
あの深夜の訪問から数えて五回、俺は夜更けに、仕事帰りに、
いつも突然にキクチさんの部屋のチャイムを鳴らした。
最初の交わり以来、キクチさんを抱く行為はせず、
俺は「罰」を与えられ続けていた。

それが俺とキクチさんの関係の常態になりつつあったある日。
オフィスには俺を含め社員は二人、そしてパートのキクチさん。
社員の一人は俺に背を向けてPCを操作している。
堂々とキクチさんを眺めながら、暇な時間を潰していた。
眼が合うたびに、しかめ面をしてみたり、微笑んでみたり、
その度に少し困ったような顔をする彼女が面白かった。
髪をアップにしている。そのうなじにキスしたり噛み付いたりしたのは俺だけなのだ。
昼間に見るキクチさんは、まぁ少し若くは見えるが40過ぎの、昔は可愛かっただろうな、
と思わせる質素な容姿をしていた。
垂れ目気味の、小動物のような眼差しが、どれほど扇情的に輝くのかも俺だけが知っている。

今度はきちんと連絡を取って、いや、その前に食事にでも誘おうか。
キクチさんに、何かアクセサリーをプレゼントしよう。
とても驚いて、最初は贈り物を固辞することだろう。
ネックレスがいい。細い首に似合う、華奢で品のよい一流のもの。
指輪はダメだ。あれはやばい。
俺の妄想は、かなりの具体性を持って飛躍し続けた。
何しろその中で、キクチさんを両親に紹介する、そんなシミュレーションまでしたほどだ。
だが、仮想上でも俺たちの交際は叶わない。
息子に対しては甘々ではあるが同時に非情な部分も持つ父親。
変わった事など世界に起こる筈がないと信じている母親。
彼等が猛反対するであろう根拠は、そのまま俺の価値観でもあった。
(だって、40過ぎだぜ。ありえねーだろ)
ギャップが新鮮なのだ。それが俺を退屈させないんだろう。

 「さん・・・、携帯なってますよ」
俺の妄想は、当のキクチさんの遠慮がちな声でかき消された。
「え・・あぁ、ほんとだ、はい、もしもし」
轟々と何か音のする中、ムラタ君の声が途切れ途切れに聞こえる。
「・・・しちゃったよ」「え?もしもし、声遠い」
「怪、我、したよ。」
「え、ちょっと、現場で?誰が?」
労災。まずい。
「誰怪我したの?え?ちょっと静かなとこ移動できないですか、聞き取りづらい」
「無理・・・ 俺・・・ 動けな・・・」ザザザ――電波が乱れ、通話が途切れる。

どうしたんすか?と、遣り取りを聞いた社員が声を掛けてきた。
「ムラタ君が現場で怪我したみたいだ。電波が悪くて」
もういちど携帯を折り返す。つながらない。
「ムラタ君、どこの現場いってるかわかります?」
社員にとも、キクチさんにともつかず、俺は尋ねた。俺はムラタ君の居場所を知らない。
このフロアの全てを把握しているであろうサトミちゃんは、悪い事にこの日有給だった。
オフィスのスケジュールボードには、「ムラタ:営業・直帰」
ちなみに俺たちは営業ポジションではない。
「えと・・・えっと・・・」
オロオロと何か帳簿をめくっていたキクチさんは、何処かへ電話をかけだした。
二言三言、相手に何かを話し、
「サトミさんの携帯です」
そう言って俺に受話器を差し出した。

「きっと、あそこの現場です」
サトミちゃんは、きっぱりとそう言った。
「春になると通うから。役所の頃から毎年です」
休みの日にごめんね、と詫びて電話を切り、言われた現場事務所の番号をプッシュした。
すぐに電話はつながり、事務所に詰めた現場社員が応対する。
はたして、確かにムラタ君は昼に訪れて弁当を食っていった、という。
怪我をしたという電話が入った、何か聞いていないか。
焦りまくる俺を差し置き、現場社員はこともなげに、
「ああ、電話ありましたよ。ただ病院いくのに、僕は事務所離れられないんですよ。
もうこれから、議員視察くるんで。まずいでしょう、それで救急車もアレなんで、連れて行って欲しいんですよね」
どういうことなの。

現場事務所近くで、ムラタ君は怪我をして動けない。
まもなく議員の視察が現場を訪れる。
労災とか色々まずいし、出来ればひっそりと、あの手負いの豚を撤収して欲しい。
俺に。
わかった。これが俺の責務だ。
「・・・すぐ行きます」
「あっ、ひとりじゃ無理かもですよ」
オフィスを見渡した。社員とキクチさんしかいない。
選択肢はない。キクチさん一人で留守番は無理だ。
なぜなら、小一時間でパートの終業時間が来る。
きっと、キクチさんはこの空気の中、定時で帰る。そういう人なのだ。
「キクチさん、ムラタ君救出にいくよ!」
「えっ・・・」「いいから!お願い!」
キクチさんを引きずるように、俺は会社を飛び出した。
まだ、ひたすらムラタ君がうっとおしく、軽蔑しきっていた頃。
あのクソ豚が!頭の中で罵倒しつつ、助手席で落ち着かなさそうにしているキクチさんを意識していた。




     

▼キクチさんとドライブ
 
会社から、怪我をしたムラタ君の居場所までは約50分。
勢いでキクチさんを連れて出たものの、お互いに微妙な空気になっていた。
あの部屋以外で二人きりになったのは初めて。
しかも昼間のキクチさんだ。
「ムラタ君は、なぜあの現場に行ったんだろう?」
気まずい思いを誤魔化すために、適当な話題を振ってみる。
「さあ、わかりませんねえ」
うつむいて爪をいじったり、外の風景を見たりしながら、
彼女もまた気まずいのだろうか、俺たちの会話は弾まなかった。
そういえば、俺の車に乗せるのも初めてだったな。
「初ドライブだね」
うん、そう考えれば少しは腹立ちが納まる。
「ムラタ君はしばらく転がしておいて、どっかでメシでも食っていっちゃおうか」
「えっそんな可哀相ですよ」
少し笑いを含んだ声で答えてくれた。
あぁでも・・・と言って、この先少し走って小道に入るとレストランがあって、
そこのテイクアウトのバーガーは美味しいと、身振り手振りでキクチさんは説明した。
いいな。小腹も減っていた。10分やそこら遅れても構わない。
「結構道詳しかったりする?」
「ドライブ好きですよ、よく出かけます」
ひとりで?そう聞きかけたが、そんな本気モードみたいな質問をしてどうする。
すぐに投げやりな気分になって、会話の接ぎ穂を失ったまま、
車は教えられた小道を曲がり、目指すレストランの車回しに入った。

 「本当に美味いな」
「少し高いですけどね、あ、ご馳走様です」
いえいえ。他人行儀に言い合って、俺たちはバーガーをパクついていた。
「今度さぁ、食事行こう。ちゃんとした」
「ちゃんとした?」
ちゃんとしていないのは充分承知だろうに、キクチさんはチラリと俺を見て、会話の先を促した。
「なんか・・・俺ずっとキクチさんに迷惑かけてるし」
「うーん・・・」
あれ?なにか考え込ませるような事言ったのか。
「別に今までどおりでいいと思う。気を使わないでください」
えーと。こういう場合はどう返すんだっけ。
「いや使ってないから。行こうよ、で、ゆっくりしよう」
「はい」
いきたいの?行きたくないの?どっちつかずの女だ。
いつか行く話しではダメだと思い、今週末の約束をした。
気分が揚がった。ムラタ君に会ったら、しこたま叱り付けてやろう。


▼二人と一匹

 現場事務所を訪ねた。事務所の人間は電話に出た男性と、あと一人、
これで視察が来れば、俺たちやムラタ君への対応は出来ない。
「裏手の方に小さな建屋があって、そこら辺りにいるそうですよ」
説明され、俺とキクチさんは草を掻き分けて目印の建屋へ向かった。
すぐに建屋は見つかった。
何のための施設なのかはわからないがコンクリ造りの平屋だった。
「ムラタさーん」
キクチさんが声をあげて奴を呼んだ。
膝丈くらいまで草ぼうぼうだ。スカートなのが気の毒に思った。
「ここだよー」
遠くない感じでムラタ君の声が聞こえた。差し迫った様子は感じられない。
「草ひどいな。抱っこしてあげようか」
キクチさんに囁く。
「ムラタさんにしてあげて下さい」
笑いながら答える。良かった、受けた。

さらに沢のほうへと下った斜面に、キクチ君は座り込んでいた。
「足がね、やばい、ブツっといったよ」
じん帯でも断裂したか。ざまあみろ。
二人掛りでムラタ君を斜面の上に押し上げる。
いたいいたいいたい、ブヒブヒと汚い悲鳴をあげながらムラタ君は俺にしがみついてきた。
なんとなくお菓子の匂いがする。
ポケットのチョコでも食いながら暢気に俺たちを待っていたのだろう。
偶然を装ってムラタ君の足首に蹴りを入れた。
「びひゃあああっ」少し溜飲が下がる。
キクチさんは顔を真っ赤にしてムラタ君を支えていた。
細い肩にムラタ君の腕がまわっているのを見て、心の中で舌打ちをした。
俺たち三人は、息を切らして車に辿り着き、呼吸を整えるのにすぐには出発できなかった。
「無事回収しました、ご迷惑掛けました」
無事じゃないよぅ、口を挟むムラタ君を無視して事務所に連絡をする。
このエリア内なら携帯でも通話できるようだ。
「沢だったからかな?」
バックシートに寝転んで、もう寛いでいやがる。挙句、
「なんかいい匂いするぞ車の中」
「ああ、さっき買った・・・」
キクチさんが紙袋の中を探る。あげなくていい!あげなくていいから!
あとでムラタ君の目の前で平らげてやろうと思った残りのバーガーは、
瞬く間に奴の胃袋に納まり、そのうえシートが油っぽいトマトソースで汚された。
「ああ、こぼしちゃった、身動きとれないからな。濡れティッシュある?」
ないよそんなもん。
だが紙袋の中の使い捨てオシボリをキクチさんが取り出して、
助手席から身を乗り出して汚れをふき取ってあげている。
「合皮で良かったねシート」
ひとごとのようにムラタ君がほざく。
「合皮じゃねーよ!本皮だよ!」
今日の動向を問い詰めるまで冷静を保とうとした努力は潰えた。
苛々してスピードを出し過ぎていた。
「飛ばしすぎ」
キクチさんが、そっと俺の太ももに触れて囁くまでそれに気付かなかった。

 「で、説明して。今日なにやってたんですか」
「営業って書いておいたけど」
何食わぬ顔でそう答える。運転しているので顔は見えないが。
「営業ってなに?」「営業しらないの?」
こいつは天才だ。人を怒らす事にかけて。
「まじで答えて。なにしに行ってたの」
「僕あそこ行くの皆知ってるんだけどなぁ」
「俺は知らない。キクチさんも社に居た人も行き先わからなかったよ」
あー・・・などと呟いて黙り込む。なにか都合の良い嘘を考えているのだろう。
「誰に聞いて来たの?」
質問するのはお前じゃない。
「あ、サトミさんに」
キクチさんが答えてしまった。
「でしょ、新しい人は知らないかもしれないけど」
キクチさんは去年冬からのパートらしい。今日、社にいた彼も新入社員だ。
「じゃあそれはいいとして、関係ない現場に居た理由教えて。
じゃないと報告も出来ないし、業務外ってなれば無断欠勤扱いなるけど。労災なんか認めないよ。」
バックシートでムラタ君がモジモジしている。
体勢を変えたい、というような事を言って話を逸らそうとしているのは見えていた。
「まぁ、なんでもいいよ。ああ足痛ぇなあ」
多分、人生で一番腹が立った。だが後にこの思い出は人生二番になる。
今現在の一番は、俺が会社のデスクでムラタ君の脳天を殴りつけた時だな。

 俺は自分を落ち着かそうと深呼吸を繰り返した。
そして、いたって冷静な判断をもって、車を路肩に寄せて駐車した。
シートベルトを外し、バックシートに横たわる巨体へにじり寄った。
「答えろよ。何しに行ったか。ハイキングかよ」
「まあそんなもん」
自分の上着のポケットをまさぐっている。まだ何か菓子が入っているのか。
ハイキングかと皮肉を言ったが、ムラタ君の格好のそれは、まさにトレッキングとか、
そういう感じの出で立ちだった。
「社内の問題にしたくないんだよ。査問になるよ」
なる訳ないよ、そういって、チョコ菓子を見つけ包装を剥きだした。
クソ野郎。もう我慢できない。
俺はムラタ君の負傷したほうの足を小突いた。
ぎゃっ、と叫んで菓子を放り出す。
「いえよ、言えよって」
やめろよ、と掴みかかる手を振りほどき、執拗に急所攻撃を試みる。
キクチさんはあっけにとられ俺たちを見ていた。
「おら、いわねーと足ブラブラにすっぞ」
つい昔の口調がでる。
「わかった、言うから、全部言うからもうやめて」
俺は乱れたネクタイを整え、少しの嘘も見逃さないぞとムラタ君を見た。

 「ええとね、虫飼ってるの」
今の日本語?
「ムシカッテルノ?」
「虫、主に蝶だけど、あそこで飼ってるの」
「誰が?ムラタ君が?」「そうそう」
言わされてしまえば、あとは好きな話題だからか、急にムラタ君は饒舌になった。
全く理解と予想の範疇を超えていたので、俺は運転を再開し、
背中でムラタ君の話を聞いていた。
「いつからあそこで?」
「そもそもは僕、あそこの人間だったんだよね、役所時代。
それで事務所の裏手に小屋を立てて、飼育観察してたんだ。
そこで管理が民間――うちの今の会社ね、に委譲になって、僕も民間になって、
現場離れちゃったんだけど、世話は続けなきゃならないでしょ」
わからないんだけど、と前置きして、ムラタ君に確認する。
「その虫・・・蝶ね、飼育小屋ってのは、事務所の管轄のものだったの?」
公的事業の一環とか、そういうものを想像した。
「あ、まったく関係ないよ。僕が個人的に建てた」
国の土地に?個人で?あのコンクリの建屋、個人レベルで?
「えーと、その辺は国有林だから個人では無理で、名目上は倉庫」
俺は頭の回転が速いほうではない。民間とか公的事業とか、知識は乏しい。
その俺にとって、ムラタ君の話はわからないことだらけだった。
「キクチさんわかる?意味」
「あ、キクチさんわかるよ、公務員だったしね」
そうなのか。初耳だ。
「つまり・・・ムラタさんは役所時代に、自分の趣味のための建物を、
倉庫だという名目で市の予算を個人的に流用し造ってしまった」
キクチさんが簡潔に語った。
「そうそう」
「それって横領じゃないの」
「倉庫としても機能してるしセーフ」アウトだろ。
「役所クビになったのってそれ原因?」
「違うよ」
まだ原因他にあるのか・・・。
「そんな訳で、暖かくなってくると、しょちゅう様子見に行かなきゃならないの」
堂々と勤務中にそれを行う事が許されるのか。
許されるのだ。何故かムラタ君は。こいつのバックグラウンドを知るのが恐ろしい。
「別に大した理由じゃなかったでしょ」
落したチョコ菓子を拾って食い始めたようで、甘ったるい匂いがしている。
いや、普通大問題だぞ。
「ともかく、これからこういうのは休日にして」
「労災おりるかなぁ」
「認めません」
なにやらぶつぶつと文句をいうムラタ君は放って置いて、
とりあえず時間も時間であることだし、救急受付の病院を確認するように、
キクチさんに指示した後は、帰り道を慎重に運転した。
いちおう可哀相だからな、段差とか踏んで足に響くのは。
「キクチさんごめんね、急な残業になっちゃって」
ムラタ君もお礼いいなさいよ、と詫びを促してみる。
「僕のおかげでデートできたじゃない」
こいつ・・・朴念仁だと思っていたが。
「このひと、キクチさんの事、好きみたいだよ」
急ハンドルを切りそうになった。なんてこといいやがる。
「頭も打ったんじゃないの、ムラタ君」
軽口を返して、不自然じゃないだろうタイミングでキクチさんの横顔を盗み見た。
真っ直ぐ前を見つめて、表情は無かった。








     

▼抱いて抱かれた夜

 久しぶりに、キクチさんを抱く。
車の中でのムラタ君の一言が、しばらくの間、俺にブレーキをかけた。
それでも、結局はまた、俺はキクチさんの部屋の前に立っている。
だが今日は突然の訪問ではない。
キクチさんが誘った。この日、部屋に来て欲しい、と。
ムラタ君の事件のあとの数日前、俺はみじめな思いでこの場所に立っていた。
その日は結局キクチさんには会えなかった。
急に訪ねた部屋の主が不在であること。
考えてみれば普通だ。
なのにあの日は荒れてしまった。欲求不満ってやつだ。

チャイムを鳴らすと、インターフォンで会話するまでもなく、玄関ドアが開かれた。
「どうぞ」
「お邪魔~」
おどけた調子で上がり込む。
適当に脱いだ俺の靴を、キクチさんはきちんと玄関先に揃えて向き直した。
その仕草が好きだった。彼女はいつも、そうしてくれた。
部屋に入った瞬間から、キクチさんの匂いが肺を満たした。
ずいぶん彼女に触れていないような気がした。
どこで買ったの?みたいな部屋着丸出しのワンピースと、
その割りにきちんと化粧を施した顔がアンバランスだった。
俺を待ちながらメイクしたのかな。したくてたまらなかっただろう。
想像すると早速にムラムラとしてきた。
玄関の壁に押し付ける。
十字架の磔のように両手を拡げさせて。
何か言いかけて開いた唇に舌をねじ込んで、乱暴に口腔をすすった。
キクチさんの両脚を膝で割り、ワンピースの裾から太ももを探った。
着替えてから来たので俺の格好もジャージみたいなものだったから、
前は硬く張り詰め、それを擦り付けたところから、すでに快感が立ち上っていた。
ここで犯してしまおうか。
後ろ向きにして、思い切り卑猥に。
キクチさんの唇と舌を解放すると、荒い息を吐きながら、
「ここじゃ嫌です。部屋に、はいって」
俺の背中を押すように、彼女はベッドのある部屋へと導いた。



▼抱いて抱かれた夜、その数日前
 
 「この人、キクチさんのこと好きみたいだよ」
ムラタ君が不用意な発言をしたあの負傷事件以来、会社でのキクチさんは俺を避けているように感じた。
最初のうちは、それで都合が良いと思った。
気まぐれな軽い遊びのつもりだし、社内でこれはマズイ、そんな意識だって俺にはあった。
ムラタ君ごときに二人の関係を勘繰られていたのなら、
俺たちは誰の眼から見ても怪しいと映っているのではないか。
だから、キクチさんから俺を避けるのであれば、自然な形で「無かった事」になるであろう。
そんな都合の良い終わりを期待していた。
たった三日。
終わらすはずのキクチさんにメールをした。
返事はなかった。

 キクチさんからのメールを待たずに、彼女の部屋に押しかける事にした。
通い慣れたキクチさんの部屋のチャイムを押す。
玄関ドア横の小窓には明かりが点っている。
かすかな物音も聞こえた。
それはドアの向こうの人の存在を教えていた。
俺はいつものように、少し困った顔をして迎えてくれるキクチさんを待った。
だが、欲望はドアのこちら側に取り残され、俺は招かれなかった。
何度もチャイムを押した。
ドアノブに触れ、回しさえもする。
当然、鍵は閉められており、むなしい金属音が俺をさらに落胆させた。
不在なのだろうか。
聞こえた物音は、期待が聞こえさせた空耳だったのかもしれない。
(居留守だよ)
答えは出ていた。
いや、きっと買い物にでも出たのだろう。
(ずらされたんだよ)
部屋の前でメールを打つ。返事も待てずに電話を掛ける。
電源が入っていない、そうシステムが告げた。
苛立ちがつのった。
年増の、独り身の、あんないやらしい女が。
俺を欲しがって飲み込んじまいそうだった女が。
メール読めよ。
携帯オンにしろよ。
郵便受けから中を覗こうか。そこまで考えて我に返った。
――何をやっているんだ俺は。アホらしい。
せっかく出たし、遊びにでも行こう。
キクチさんのアパートを後にして、歩きながら携帯のメモリーを見た。

 ヨスガはまだ仕事だな。
リナは東京だし、これといって他に、こちらに女友達もいない。
平日だけど飲みにでも行くか。
以前に行ったあのキャバの子、そう、花蓮だ。
教えてもらった番号にかけてみた。
「はぁい、もしぃ?」
コール2回で相手は答えた。
「はやっ」
思わず声に出してしまう。
「えーと、あぁ、どーもぉ」
俺が誰なのかわかっているのかどうか、当たり障りのない気抜けた応対をしている。
「こないだ店で会った俺だけどー」
「あっ、めちゃイケメンさんだ、どうもどうもー」わかったらしい。
「飲みいこうかと思って。今日って出てる?」
あぁ、と言ってからキャハハハ・・・と電話の向こうで花蓮は笑った。
「辞めちゃった」
「そうか、残念だなぁ。今日は?なにしてたの?」
「何もしてないよ、遊ぶ?」
話の早い子は好きだ。
「何して遊ぶのさ」「なんでもいいよ」よしよし。若い子はこうでなくては。
「ドライブとか・・・は、会ったばかりだから不安かな?」
「別にぃ、名刺貰ってるし。いいよ?」
待ち合わせの場所を決めて、俺は車を出してそこへ向かった。
正直、もう花蓮の顔を忘れていた。
駅前のロータリーの端で待つ間、着いたよ、という内容と車種を伝えた。
今夜、花蓮を抱けるだろうか。
キクチさんの顔がチラつく。頭の中をよぎる感情の名前がわからなかった。
















     

▼チョコレートとパンツ

 駅の正面出入り口が良く見える場所に車を停めて、そこから吐き出される人々を眺める。
疲れた表情の人々に混じり、辺りを見回しながら歩む花蓮をすぐに見つけた。
その顔に記憶があることを確認して、短くクラクションを鳴らす。
何人かがそれに反応してこちらを見やり、花蓮も気がついて胸の辺りで小さく手を振った。
小走りに俺の車に駆け寄った花蓮の装いは、なんというか、ピンクピンクしている。
オフショルダーの薄手のニットの下はピンクのキャミソール。
濃いピンクのミニスカートに、靴までもが違う色合いのピンクの蛇革のピンヒールだった。
似合ってはいたが、上品さとは程遠い。
若い女だけに許される安物の色気と香水の匂いを振りまいて、花蓮は気取らない仕草で助手席へと乗り込んだ。

すぐに車を出して、とりあえずは駅周辺から離れることにした。
「いい車だね、幾らぐらいするの?」
「600万くらいかな」
「すごいね、若いのに。お金持ちなんだ」
名刺を渡してあったはずだが、肩書きなどは忘れたか興味がないのだろう。
もうすぐ30歳だし、サラリーマンだよ。そう言いながら、流れのよさそうな道へ車を走らせた。

『すっごくお洒落な店がある』地方都市のキャバ嬢が言うお洒落がどの程度かはわからないが、俺にも土地勘は無い。
ナビの案内に従ってベイエリアを目指す。
花蓮に携帯で席の予約を入れさせながら、道すがらのホテルは見えないものか、と俺は視線を左右に巡らせていた。

 腹が減っているときほど、性欲って強くなる。
疲れているときもそうだ。俺の場合はプラス朝起きぬけが、あぁヤりてぇ、なんて気分になる。
その日は腹が減っていて、花蓮と待ち合わせる前の時刻、キクチさんの部屋の前での空振りの疲労感を強く感じていた。
わざとなのか、そうすることが習性になっているのか、車内での会話の合間にさりげなく膝や太ももに花蓮は手を置いてきた。
ミニスカートを選んだのは自分なのに、しきりに裾を気にして自分のそこに触れさえもする。
誘っているのかな。きっとそうだろう。
有難い事に国道沿いの並木道の入り口に、ラブホテルの案内看板が見えた。
平日の夜なのだから満室ということは無かろう。しっかりと場所を頭に叩き込んだ。

 まぁまぁの味のカフェレストランだった。運転なので酒は飲めないのが残念だ。
食事を終えた俺たちは併設のバーカウンターへ並んで座った。
「なに飲む?」
「なににしよっかなぁ・・・」
カクテルのメニューを覗き込んで花蓮は可愛らしく小首をかしげた。
「女子カクテルだって」
ネイルアートされた指先で示したカクテルメニューは、いかにも甘ったるそうな名前の酒が連なっている。
「イチゴチョコ美味しそうね」
じゃあそれにしなよ、バーカウンターの中を見遣ると、すぐに店員が軽くうなづいて近寄ってきた。

俺はキレートレモンのソーダ割り。花蓮の前に置かれたカクテルはミルクベースの、なんだろう、懐かしい香り。
「これ、アポロチョコじゃない?」そうそうそう、それだ。
「以外に強いお酒だったりして」酔ったらいい。そしてやらせてくれ。
一口を勢い良く飲んだ。
「あっまーい」
うれしそうに笑いながら、グラスのふちについたチョコレートを、ペロリ、と舐めあげた。
その尖った舌先のどきりとする赤さに、俺の劣情は大いに刺激されている。
「エロいな、いまの。わざと?」
えっ?とぼけた顔をして俺の表情をうかがっている。
「いやいいけど、次なに飲む?」
「あんまり酔っちゃうとぉ、大変よ?」
酒乱なの?それは困る。
「酔うと花蓮はどうなるの?」
Mっぽくなるかも、そう言ってイチゴチョコのカクテルを飲み干した。
「Mいいねぇ、俺Sっけあるし」
MだのSだの、薄っぺらい会話を続けながら、この流れは出来るな、俺は確信していた。

「今日ゆっくり出来る?」
「うん」
車の中で誘っても良かった。
だが、あえて両隣に客のいるカウンターで、花蓮の耳に唇が触れるほど顔を近づけ、
「ホテル、行っちゃおうか?」俺は囁いた。
「どうしようかな」考え込むふりをしている。
「嫌なら今日はいいけど」
「嫌じゃないけど・・・いいよ」
「ほんとに?後からやっぱイヤとかなしで」
そんなこといわないよー、きゃらきゃらと花蓮は笑い声を上げた。
じゃあさ。
俺は軽い悪戯を思いついて、少し酔った様子の花蓮に耳打ちをした。


 「下着、パンツをトイレで脱いでおいで」
「エーッ!」さざめくバーカウンターにおいても、花蓮の上げたその声は響いた。
隣客の女が俺と花蓮を盗み見る視線とぶつかる。あら、いい男。そう思ったことだろう。
その目に爽やかな笑顔を返して俺は花蓮の腰に手を回した。
「声、大きいって。ばれたら恥ずかしいだろ?」
さぁはやく、笑いながら花蓮の脇腹をつつく。
「待ってるから、脱いだら俺に渡して」
んもぅ、などと甘い声を残して花蓮は化粧室に立った。
この遊びをするのは久しぶりだ。
いじめたくなるタイプ、花蓮はそんな女だった。
中身の無い、今の美しさだけが武器の、だがそれさえも自分の芯たる根拠だという自信は持てない。
早い話が俺みたいな女。
こういう女をどう扱えば喜び、どう落とせば傷つくのか。
俺にはそれが手にとるようにわかる。
花蓮にこれからしてあげようと思っていることは、俺自身がそうして欲しいと望んでいる事だから。
与える。
叶える。
そして俺からは見返りは求めない。
花蓮が見たいものだけを見せ続けてあげよう。その奥にある俺の心の箱を抉じ開けようとさえしなければ。
すらりと伸びた足を周囲の客に誇示しながら花蓮がこちらに戻ってくるのを眺めていた。
鈍くさい歩き方だ。まったくもって洗練されていない。
だからこそ色っぽい。セックスアピールって結局はそういうものだ。

 「ちゃんと脱いだ?」「うん」
少し不安そうな表情で花蓮は頷いた。
もしかしてこの人、超変態・・・?そう危惧しているのだろうか。安心したまえ、いたってノーマルです。
カウンターの下で手を握り合って、薄手のパンツの受け渡しをする。
「ここで拡げていい?」「だめぇっ」今度は抑えた、そして真剣な声で花蓮が抵抗した。
「嘘だよ。もらっとく。今日の思い出に」「変な人」
場所を変えよう。
背の高いスツールから降りる際にミニスカートがずり上がるのを恐れてか、不器用な仕草で花蓮も席を立った。
その手をとってやり背中にも俺の手を添える。エスコートごっこだ。
そんな風に扱われた経験は無かっただろう。ぎこちなく背中が強張っていた。

 
 同じフロアにセレクトショップがテナントで入っているのを、店に入る前に見ていた。
ショーウィンドウに飾られたブランド品のバッグを欲しそうにみる花蓮の顔も。
たまには女に金を使ってみようか。その日はそんな気分だった。
「見ていこう」俺の言葉に、花蓮は瞳を輝かせた。
最初からそうするつもりだったインポートの下着のセットを買い与えた。
現代アートの旗手だと持てはやされている村上隆プロデュースの、ルイ・ヴィトンの財布も買ってやった。
あんなもの、どこが良いのかわからない。けばけばしい頭の悪そうなデザイン。
「彼氏さん、素敵ですね。うらやましいです」
店員がおべっかを使う。
俺たちがカップルに見えていたならお世辞でもないのだろう。
キャバ嬢に入れあげている馬鹿な客。そう見えはしないのだろうか。
どう見えていたとしてもいいか。暇つぶしなんだから。
花蓮はありがとう、嬉しい。と何度も礼を言った。
「本当にありがとう、大切にします」素直な言葉に少し意外な気分になった。
「今日、会えてよかった。あなたに」
すっかり恋をした女の顔だった。パンツはいていないくせに。

















     

▼花蓮いぢり

 今すぐにでも股を開く女を横に乗せて、気持ちは醒めていた。
花蓮を落とした達成感が薄いせいもある。
ブランド品を手に入れて俺に向けた笑顔が、20歳という年齢よりもさらに幼く見えて、
面倒な相手かもしれない、という危惧が頭をよぎった。

大学生なのだと彼女は言った。看護を学んでいる、と。
中身の無い女だと思っていたので少し驚いた。
「でもね、あたしは落ちこぼれ。もう付いていけてないもん、向いていないんじゃないかなぁ、って」
アルコールのせいか饒舌に花蓮は自分語りを続けた。
「じゃあ、何なら向いてるのさ」少し意地悪な気持ちで聞いてみる。
「やっぱキャバ嬢・・・?」言ってからフフン、と花蓮は乾いた笑いを漏らした。
面白くも無い。
客とすぐに寝るような女は、この先ホステスとしても三流だろう。
今日はこのまま花蓮を送って帰ろうか。
もうすぐ並木道のラブホテルが見える。
アクセルを踏み込み、少しだけの未練を振り切ってそこを通り過ぎた。

 土地勘がある花蓮は、並木道を素通りした事を訝しく思っただろうか。
おしゃべりは急にトーンダウンし、外の風景を眺める時間が多くなった。
先ほどまでの饒舌は目的地に向かう緊張感からだったのかもしれない。
「眠たくなった?」
別段眠たそうには見えなかったが無口になった花蓮をいじる気持ちで聞いてみる。
「ううん、大丈夫」
「どこか寄るなら街中で降ろすよ。まっすぐ帰るなら部屋まで送るし」
ホテルへ行こう、と誘ったのは俺だ。それを忘れたかのように振舞う。
「とくに予定はないけど」呟いて花蓮はまた黙り込んだ。
お互い無言のままに、運転する車は市街地に差し掛かっていた。

「このまま帰るの?」
街のネオンが、花蓮の横顔の輪郭を彩っていた。不満そうに唇を尖らせているのがわかる。
「行きたいところあるかな、もう時間も遅いけど」
パーティーはお開きだよ、そう暗に告げる。
「・・・言ったから」「え?」
花蓮は、ふぅ、とため息をついて、シートベルトで固定された身体を深く座席に沈めた。
ミニスカートがずり上がる。下着を着けていないことを思い出し、俺の目はそこを意識した。
「ホテル、行くっていってたからぁ」
「あぁ。忘れてたな」
忘れるとか有り得ない、言いながら花蓮は笑ったが、楽しそうには聞こえなかった。
「行きたかった?」表情を観察する。
「いくと思ってたから」「行きたかったの?」重ねて問いかける。答えろ。
「うん」
「会ったばかりじゃないか、それでもいいの」
「あなたならいいよ」それではダメだ。そんな気分じゃない。
「ホテル行ってさ、なにしようか」
えっ、戸惑いを目のふちに残した笑顔で花蓮は俺を見た。
「そこで俺となにするの」
「わかんない」わかってるくせにもうっ、って感じで勿体つけている。
「何がしたいか言ってよ」嗜虐的な欲望が自分の中に湧き上がるのを感じた。
「一緒にいたいな」「今いっしょにいるっしょ」
そうじゃなくてぇ、拗ねた口調で抗議しつつ花蓮は俺の膝に触れた。
その手を取って膝から避ける。いつか俺がキクチさんにやられた事だ。
「俺としたいの?」
「うん、まぁ」認めることが恥ずかしいのか、曖昧に頷いている。
「なにがしたいの、俺と」
「色々・・・」
ふん、と鼻で笑って、俺はわざと苛々とした仕草で指でステアリングを叩いた。
今夜は嫌なやつになりたい。
王子様を気取って、田舎娘に惚れこまれるのは御免だ。
「部屋どのへん?」
花蓮と待ち合わせた駅前まで来てしまった。
「それとも電車で帰る?」
停車させ、黙り込んだ花蓮の顔を覗き込んだ。
「えっちしよ」俺の目を見ずに小さな声で呟いた。
「したいの?ちゃんと答えて」
「したい・・・よ」
「誰と何がしたいの」
助手席に身体を寄せて、花蓮の太ももを撫で上げ、初めてのそこに触れた。
乾いている、と思ったが指を挿し入れた瞬間に、奥から熱いものが溢れた。
「答えろ。誰と、なにがしたい」
密着させた花蓮の肌が、じわり、と汗をかいた。
「あなたとセックスがしたい」
俺の下半身のご機嫌が戻った。



 落描きのようなハートの小さなタトゥーが腹に、
トライバルの図柄が背中側のウエストのくびれに入っていた。
「こういうの、気にする?」こういうの、とはタトゥーのことか。
「別に。おしゃれで入れてるんだろ」
「昔の彼氏に無理やり入れさせられたの」「まじかよ」ひどい男と付き合っていたものだ。
「消したいんなら良い医者紹介するけど」
リナも若気の至りで刺青を入れた事があった。それを二年ほど前に美容外科で処置した。
驚くほどに綺麗に取れていたので、花蓮がそうしたいなら本気で紹介しようと思った。
「お金・・・かかるでしょ」
「まぁね、何でも後から無かったことにするのは手間暇金かかるよね」
花蓮の過去やタトゥーにそれ以上の興味は無く、俺は彼女の唇を塞いだ。

上下の唇を挟み込むように交互に軽く噛む。
そっと粘膜を触れさせながら舌で花蓮の唇の形をなぞった。
もっと激しいキスを求めて花蓮は口を開いて喘いだ。
「へぇ、舌にもピアスしてるんだね」
この舌でペニスを舐められるのはどんな感触なんだろう。
好奇心と同時に、不安がよぎった。
タトゥーに舌ピかよ。病気大丈夫かよ。
いやいや看護大生だし(本当の話なら、だが)その辺は管理してるだろう。
雑念を払うように、まだ若く固い乳房を掴んでその中心を含んだ。
ドレスの時は巨乳に見えたが、寄せて上げて、というヤツだったか。
「あっ・・あぁ」
乳首を強く吸いながら舌の先で転がすと、俺の髪に指を絡ませて花蓮は大きな嬌声をあげた。
反応して硬くなりつつある股間に太腿をぐいぐいと押し付けてくる。
胸への愛撫だけで、随分と感じる子だ。
コリコリに勃った小さな少し色の濃い乳首を左右まんべんなく刺激しながら、
尻側に手を伸ばし後ろから指を挿し入れた。
粘度の高い愛液が指に纏わり付く。
二本ねじ込み、拡げるように掻き回すと「んはぁっ・・・」俺の首に腕を回した花蓮は砕けるように腰を落とした。
「んっ・・・挿れて、もう、いれてっ」
後ろ向きになりベッドに膝を着くと白く丸い尻を突き出して俺を振り返った。
「きてっ、もう欲しいの、お願いだから」
すがる様に俺を見つめる花蓮を狂わせたくなった。
「避妊しないよ」
自分の言葉で俺は盛り勃った。
うん、うんっ、尻をくねらして花蓮は答えた。
こいつを孕まして捨てる、そんな妄想でそそり立ったペニスを、愛液で光りヒクヒクと蠢く膣口へブチ込んだ。

「ああぁぁっ、はぁぁんっ」
二、三度、腰を振っただけでまるで、花蓮は絶頂のような大きな喘ぎと溜息を漏らした。
尻に腹が当たるパンパン、という音と粘膜と粘液が擦れ混じる湿度の高い音。
それに呼応するように「あっあっあっ・・・」花蓮が仔猫のような声をあげる。
「あんっ、きもちいいっ」「あぁ、すごい、んっ・・・あぁ」
こんなに声を出す子は初めてだった。まるでAVのようだ。
正常位に向き合いなおし、花蓮の膝を肩に担いで深く根元でまでペニスを埋めた。
ゆっくりとグラインドさせる。
そんな体勢やストロークの変化にも関わらず、花蓮は甘ったるく男心を燃え立たせる喘ぎを続けた。
こりゃ本当にAVみたいだぜ。
ってかさっき、挿れてないのに声だしてたな。
身体を起こして浅く挿入を繰り返しながら、指で花蓮のクリトリスを探る。
小さなそれは皮に埋もれていたが、そこをまさぐるうちにピンク色の突起が見えてきた。
愛液をたっぷりとそこに塗りこんで人差し指と中指で抓み親指の腹で擦りあげた。
「・・・ぁっ」
声色が変わった。
この声が本当に感じている声だ。このまま挿入と指での刺激を加え続ければ花蓮は本当にオーガズムを得るだろう。
おそらくだが、花蓮は挿入だけでは達することが出来ないタイプだ。
マスターベーションでの快感をクリトリスで得ているから。
演技している、という意識も本人は無いのかもしれない。
達することは出来なくても満足感はあるのかも。
「あぁっ・・・私・・・イキそう」
嘘だ。あんっあんっあんっ。調子よく合いの手を入れる花蓮を痛めつけたくなった。
花蓮の中から自身を抜く。
透明な液が粘ついて糸を引いた。
「しゃぶって」
腕を掴み起こして、自分の分泌物で汚れたペニスを花蓮の眼前に突きつける。
戸惑うことなく、それを咥え込んだ。
花蓮の舌に施されたピアスは、期待していたほど新しい感覚もなく、
優しい仕草で俺のペニスは柔らかな肉に包まれた。
綺麗にネイルされた指が揃えて根元をゆっくりしごく。
その慣れた手つきが、その日の俺には興醒めに思えた。

花蓮の後頭部を掴んで、何も言わずに深く喉元まで己を沈めた。
「ごはぁっ」突然進入した異物に彼女はむせ返った。
くしゃくしゃに指に髪を絡めて、そのまま俺は花蓮の頭を乱暴に揺すった。
「んはっ、ああっ、んぐっ」
これは演技ではない。
涙でアイラインが流れていた。
よだれと鼻水が混じり、さらに流れたアイメイクとよれた口紅がピエロのような顔になって、
それでもどこか恍惚とした顔で、花蓮は俺の暴力とも言える行為を受け入れていた。
快感の塊がせりあがってきた。
薄目になって苦痛にゆがむ花蓮を見下ろす。
髪はもつれ、力は抜けて俺の手のなすがままに口腔を嬲られている。
キクチさんに、こんな事が出来るだろうか。
眼下の花蓮と、キクチさんの痩せた体がだぶる。
萎えてしまう。
ふいにその感覚をおぼえた。
「んはうっ」花蓮の口からペニスを引き抜いて、突き倒すように彼女を腹ばいにした。
むせて咳き込む花蓮の腰を抱いて、再び彼女の中に腰を沈めた。
もはや演技する余裕も無く、ぐったりと花蓮は俺を受け入れた。
両手で花蓮の双丘を大きく拡げ、赤く充血した襞が俺のペニスの動きに合わせ捲れ上がるのを見ることに集中する。
キクチさんでも、花蓮でもない。
女のそこに溺れる自分だけを感じる。
「なかに、だすよ」
自分の声がまるでテレビのように聞こえる。
「うん、きてっ」
あっあっあっ・・・
俺の果てが近づいているのに合わせるように、花蓮も小さく喘いでいる。
これは演技なのか、違うのか。
そんなことはもうどうでもいい。
「でるよ・・・んんんっ・・・」
すんでのところでペニスを抜いて、花蓮の尻の割れ目に擦り付ける。
花蓮の背中と、そこに広がった髪の毛を汚して、俺はベッドに倒れこんだ。
「中に出しても良かったのに」
柔らかくなったペニスを弄びながら花蓮は甘い声で囁いた。冗談じゃねぇ。



 「じゃあねぇ、またねぇ」
新興住宅地の建売住宅が花蓮の自宅だった。
そこまで彼女を送り届け、俺達は別れた。
ブランドのショップバッグを提げた手を振って、俺の車が遠ざかるまで花蓮は見送っていた。
ほどなく携帯にメールが着信した。花蓮からだ。
返信は後からにしよう。明日でもいいくらいか。
疲れた。
最短ルートで自分のマンションに向かうならば、キクチさんのアパートを通りかかることになる。
アパートの前をゆっくりと通り過ぎざまに部屋を見上げた。
電気は点っていなかった。
時間も時間だ。寝ているのだろうな。
訪ねてみようか。いや、だめだ。
今日はダメだ。こんなことした後で。第一もう勃たねぇし。
メールしてみよう。
内容はなんだっていい。他愛も無い中身ならキクチさんだって返信の負担はないはずだ。

『今日、行ってみたけど留守でしたね。
なんだかんだで流れちゃった食事の件、また後日改めて。
おやすみなさい』

行ってみたけど、は余計じゃね?
なんか俺、必死過ぎね?

削除削除削除・・・

ふいに、車のウインドウが強い調子で叩かれた。
驚いて携帯を横に放り出し、俺は顔を上げた。

外ではいかにもな40代くらいのチンピラ風の男がなにやら言っていた。
なんなんだ一体。
ウィンドウを下げると、男はそこから顔を覗かせて、
俺の車がコンビニ駐車場の出入り口を塞いでいて発車出来ないのだと怒鳴り込んできた。
「あぁ、すみません、移動させます」
車を駐車場にいれて停車する。
その間も男は腕組みをしてこちらを睨んでいる。
のみならず、またもチンピラは不細工な顔を歪ませながら口汚く罵声を浴びせてきた。
「てめえの車がどかないから俺の車が別から出ようとして縁石にスポイラー擦ってしまった、どうしてくれるコノヤロウ」
それは俺とは関係ないだろう、という事を丁寧に詫びながら主張した。
「外出てこいや、話つけようぜ」
俺が優男だとみるやチンピラは居丈高に、外から俺のスーツの胸倉を掴んできた。
「ちょっと、掴まないでくださいよ、触らないで」
「なんだとコノヤロウ、立場わかってんのか」
ネクタイを引っ張られ、ドアに側頭部を打ち付けた。痛てえ。
「出ます、出ますから離して」
ひとまず車から出るか。それともこのまま走り去るか。
・・・と考えたものの、見ればチンピラ男は俺の車のワイパーを握っていた。
溜息をついて車から降りる。
「とりあえず、な、俺も揉めるのは嫌だからよぉ、名刺よこせや?」
たかる気満々だ。面倒くさいことになった。
「じゃああれだ、警察呼びましょう、今」
「お?なんだお前態度悪いな」
お?おうコラ、などと悪態をつきながら男は俺の肩を小突いた。
「てめぇいい車乗っていい振りコキやがって、小便ちびってるんじゃねぇの?」
酷薄そうな笑いを浮かべて、ゴンゴン、と拳で俺の車のボンネットを叩く。
「後々尾を引くのも何だから今話しつけようって言ってるんだぜ、いい色つけてくれや」
早い話、カツアゲですか。
警察呼んで話しましょうよ。もう一度同じ事を俺は繰り返した。それ以外の交渉はする気は無い。
チンピラ男は俺の車に唾を吐いた。
「ブルってんじゃねぇよ、いい振りこいた男がよぉ」
警察を呼ばれたら話にならないのはこの男のほうだ。
俺からこの場で金を取ることの望みが低いことを感じたチンピラ男は、手っ取り早く憂さを晴らすことに決めたようだった。
「じゃあよぉ、丁寧に謝ってくれや、それでいいや」
「出口塞いでしまったこと、それは申し訳ありませんでした」
「そうじゃねぇだろがっ!」
男はいきなり激高し、俺を突き飛ばした。あやうく後ろに転びそうになる。
「ガキがっ、いきがりやがって」
サンダルを履いた足で、運転席側のドアを蹴り上げた。
「ちょっとあんた、なにするんだよ」
蹴りやがった。俺の車を。
またも今度はフロントガラスに唾を吐きかけて男は立ち去ろうとした。
その男を追いかけて腕を掴んだ。
チンピラ男は振り向きざまに殴りかかってきた。
かわすことは出来た。だが一発は殴られておいた。
唇が切れて血の味が口中にひろがった。
懐かしい匂いを感じながら、俺はチンピラの顎に下から拳を叩き込んだ。
脳が揺れて、男は膝を崩した。
金的に蹴りを入れて半分意識の無い男が呻くのを耳にしながら、俺は自分の車に乗り込んでそこを走り去った。
人を殴るのは数年ぶりだった。
あの頃の俺のほうが、生きてた、って言えたんじゃないか。
痛む右手の指を曲げ伸ばししながら、そんな事を考えていた。




















       

表紙

テオ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha