Neetel Inside 文芸新都
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反省馬鹿凡
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 おれの通っている高校は国立大学進学率五パーセントを誇る、勉強する気などまったくない県内でも大馬鹿者が集まる高校だ。おれはすでに五パーセントから脱落してとりあえず高卒になるために通っている。一年生の頃はまだおれにも仲間の何人かにも大学に行く気があるやつがいたのでよく志望大学の冗談を言い合った。
「おれ、ぜったい馬鹿田大学行くよ」
「社会学部哲学科だな」
「じゃあ、おれは低脳大学」
「それなら、おれは頭狂大学」
「低脳なだけの底辺大学は実際いっぱいあるけどな」
「その底辺の低脳にも入れないけどな!」
たまにだが、ほんとうにこれらの大学が存在してくれればと真面目に思うことがある。おれが将来子持ちになったときに、馬鹿が遺伝してるかもしれない哀れな我が子を行かせる大学がないからだ。ただ、馬鹿田大学卒業したとして、いったいどこに就職出来るのかわからないが。まあ気にしても仕方ない。そんなことを気にするのは馬鹿だけだ。
 馬鹿ばっかり集まると馬鹿なことしかやらない。でもたいしたことは出来ないししない。タバコ吸って麻雀したり、バイク乗ったり、万引きしたり、そんなありふれたことでしかない。行くとこまで行った超馬鹿はバイクや車盗んで海外に売り飛ばしたりクスリ売ったり買ったり売春したりしてたらしいが、おれは中途半端の馬鹿なのでそいつらのことはよく知らない。劇的な日々を送ってるかと思うと少々うらやましいが、普通の馬鹿は真似しないほうがいいと思って近寄らずにいた。近寄らない間にそいつらは次々にいなくなった。入学して一年が過ぎた頃には十人ぐらい中退した。となりの学区の馬鹿高校は二十人程辞めたと聞くから案外少ない感じだが、底辺高校の中ではまあまあ居心地良いほうなんだろう。ある意味馬鹿に残された最後の楽園なのかもしれない。
 馬鹿ばかりの高校とはいえ一応学校なので、無断でバイクの免許取ったり、タバコ吸ったり、万引きしたり、不純異性交遊してたりするのが学校に知れると停学になる。停学処分は、だいたい一~二週間の自宅謹慎処分になり、その間、その日の行動を時間帯ごとに与えられた日課表に記録し、さらに反省文というものを毎日原稿用紙一枚書かねばならない。そのうえ四百字詰め原稿用紙十枚に漢字を書かなくてはいけなかった。かなりの量の二字熟語の漢字の見本があって、原稿用紙に一列ずつ見本から選んだ漢字を繰り返し書くのだ。なぜそんな小学生の宿題みたいなことしなくちゃならんのかさっぱり理解出来なかったが、停学になるような奴らは概ね勉強など出来ないので、この機会にある程度の漢字ぐらい書けるようになってもらおうということかもしれない。確かに難しい課題を出されても出来ないし、まともに授業など聞いたこともないし、勉強する気などまったくない、そんな馬鹿野郎どもが多い高校だし仕方がない。それさえ嫌なら辞めろってことだろう。
 うちの高校は馬鹿であっても試験には困らないから赤点だとか留年して辞める必要なかった。なぜかは知らないが馬鹿さに合わせてだんだん試験が簡単になっていくからだ。まぐれでも当たるように四択や三択の問題が多くなっていったし、試験前にプリントを配り半分以上はその中から出題された。それでもやる気のないやつはやらない。なぜそこまで意固地になるのかわからんぐらいやらない。断固として八百長を拒否する、という感じさえする。そんな上等なものではないが何かに負けた気分になるのだろう。馬鹿の考えることは常人には理解出来ないことが多い。考えるだけ無駄だ。
 おれを含む馬鹿の仲間たちが試験の後に話し合うのは答えの内容ではなく、選択問題のイウエアだとかウアエイだとかBACだとかCABだとかの記号の並びだけだった。前回のテストではエアイウだったとかBCAだったとか、どうでもいいことはなぜか良く覚えている。確実さを狙ってイイイイとかAAAとかを書いたやつもいたがそれは許されないらしく、後で担任に呼ばれて怒られていた。教師側から見て小学生並みにしか見えなくても不思議ではなかった。

 毎年おれの仲間の誰かが停学になっていた。
「おれなんかもう二回くらったよ」
「いいやおれなんか三回なったし、おまえまだましさ、おれもう後がないもん、次見つかったら、さすがに退学だろ、もうタバコ辞めよっかなあ」
「絶対無理!」
「そこはおまえ二十歳になったら辞める、と言うところだろ。」
「おまえら自慢しあってるようじゃ終わってる」
「おまえなったことないからさ、一度はなっとくもんだよ」
おれのお仲間たちは停学になってもまったく堪えない連中だった。楽天的というか脳天気だった。もちろん停学は嫌だったが、タバコやめるつもりもないし、バイクにも乗り続けていた。要は見つからなければいいのだ、としか思っていなかった。
 しかしそう上手くはいかず、毎年誰かがタバコ吸ってるのが見つかったりスピード違反で捕まったりして停学になるのだった。恐ろしいことに先生方は昼休みや放課後に部室や体育館裏などの喫煙スポットを見回ったりする。さらには自分の生徒が学校に無断で免許取りに来ていないか自動車試験場で見張ったりするのだ。夏休みなどの長期休みのときに自分の休暇を潰してまで。せっかくの休みを潰されてたまったものではないだろうに、そんなことまで教師はしなくてはならないのか。学問を教えるつもりで教師になった人はうんざりしているはずだ。教育への熱意が萎えるのも無理はない。求職の文句と実際の業務内容が違うことは良くあることだが、まさか公務員でこんな羽目になるとは思わなかっただろう。馬鹿どもの世話をするのはほんとうに大変だ。その馬鹿どもが馬鹿なことをやって停学になる度に、反省文や漢字四千字を書かされていた。もちろん全員反省などしていない。その証拠に停学の再犯率は五十パーセント前後あるだろうと思う。と思うが、おれには統計のやりかたがわからないから正確なことはわからないのだった。
 反省文を書く苦痛に比べれば漢字四千字はたいしたことはない。停学経験者のみんなが口を揃えてそう言うほど反省文は忌み嫌われていた。そもそもみんな全く反省などしていない。運悪く捕まってしまって、ああ、ついてねえなあ、ぐらいにしか思っていないので反省の言葉など出てこない。車やバイクのスピード違反者だって、もしも反省文書けと命令されたなら、頭に来て、何を書けと言うんだふざけるな馬鹿野郎、と文句言いたくなるだろう。停学になるような奴らは、そんなもの書かされるぐらいなら体罰でもされたほうがいい、と思うような連中ばかりだった。あの嫌がりようを考えれば案外効果的な罰だったのかもしれない。普通の高校生、いや普通の不良高校生は、自分が思ってもいない、信じてもいないことはなかなか書けないのだ。これはおれが保証出来る数少ない真理だ。セックスしたかったら女の子相手に嘘八百言えるし、口答での受け答えなら反省するそぶりも出来るのに、いざ文章に書くとなるとどうも違うみたいだ。みんな作文に嫌な思い出でもあるのか、これはもう書けん何を書けって言うんじゃいと唸っていた。書くのは酷く苦しいらしい。メールならなんぼでも打てるやつがなんでこうなるかな、と不思議に思う。
 おれが謹慎中の友達の家に遊びに押しかけたとき、あんまり出来ない出来ないうるさいから、こんなもん適当に書いときゃいいんだ、先生も三十秒ぐらいで読んでもう二度と読まんのだから、書き直せなんてまず言わないし、と何か口から出任せでべらべらとこう書けああ書けとお節介を焼いたあげく、そのへんにあったプリントの裏に喋ってた文章をずらずらと書き連ねてしまった。おれが書いたものを本人が原稿用紙に書き写すのだが、いちいち文字を数えて削ったり増やしたり書き直さなければならなかった。数人がかりで、ああでもないこうでもないと揉めつつなんとかその日の分が出来上がった。

「これまでの自分の行いを見つめ直す時間となりました。今となっては学校に見つかって良かったと思っています。自分一人で大きくなったような顔してるんじゃない、と親にも言われました。先生や両親や友人、部活の仲間たち、いろんな人に迷惑をかけました。こういったことが二度とないようにしたいと思います。以前は部活動をたまにはさぼりたいな、と思ったこともありましたが、いざ行けないとなると非常に寂しく感じます。この気持ちを忘れずにいれば、もっと苦しい練習にも耐えられるのではないかと思えてプラスになったようにも思います。自分なりにめざす目標が定まりました。タバコもこれを機会にきっぱりと辞め、これからは部活動に集中し県大会目指して頑張りたいと思います。練習に出られないので筋トレを多くやっています。現在は上半身の強化に取り組んでいます。」

 この友達は出来たものを読んで、二度としないってのは削って欲しいなあ、次見つかったとき困るし、と言われたが、おれは拒否した。これがなきゃ反省したって感じがしないだろうと言うと一応納得していた。でもなあ、とかグダグダ言っていたがしょせん他人事なのでみんな相手にしなかった。それから似たような調子で何枚も続けて書いた。馬鹿笑いしながら数人がかりで適当に書き飛ばし、あっという間に全日数分出来上がってしまった。友人はすっかり埋まった原稿用紙をみて、おお、すごい、やっぱり持つべきものは友達だな、ありがとう、と言って大いに感謝していた。喜ばれると悪い気はしない。なんとなく圧政に苦しむ庶民を救う英雄のような、時代劇のお侍さんみたいな気分になった。どこか間違ってる気もするがこの時の気分はそうだった。おれが八割方書いたので救世主扱いされた。大馬鹿の中でのちょっと出来がいいだけの馬鹿なのにおれは見事に浮かれてしまっていた。しかし浮かれた馬鹿は省みることもなく、そのままおれは庶民に拝み奉られる代筆屋のごときものになった。

 一度代筆をやってしまってからは、すっかり反省文代筆屋となってしまい馬鹿仲間が停学になる度にじゃんじゃん書き飛ばしていった。停学になった馬鹿が反省文を書けなくて困るたびに助けを求められた。その度におれは、おれ様の出番だな、としゃしゃり出て書き飛ばし馬鹿仲間に恩を着せていった。しまいにはセンセイ呼ばわりされたりしてなかなかいい気分だった。馬鹿仲間が停学になるのはタバコが圧倒的に多かったが、バイクの免許の無断取得で停学になったやつもたまにいた。

「僕にはまだバイクに乗る資格がありませんでした。もし事故を起こしていたら、まだ責任を取れる人間でもありませんし、学校に免許証を預けることになってかえって良かったのだと思います。でもバイクや車のことは本当に好きなので、将来、何かしら関われるようになりたいと強く思うようになりました。レースは無理でも運営や整備や生産など自動車産業には色々な仕事があります。日本で一番大きな産業でもあり、日本を支えているとも言えます。そう考えるとやりがいを感じます。その中に入れるように、これからはもっと真剣に勉強を頑張りたいと思います。なるべくなら直接機械を扱う仕事に就きたいと考え、自分には整備が向いているのではないかと思っています。資格を取るにはそれなりの学力が必要なので、いま理数系を重点的に勉強しています。」

 ほんとにこの文章通りにやっていたらいいな、とおれだって思うが、そんなサワヤカなやつはあんまり停学にならない。原稿用紙に四百字程度の反省文ノルマを誰かが停学になる度に七回から十四回ぐらい似たようなことを書いた。判子でも押すように三十秒で読み飛ばされるであろう文章を、おれも判子でも押すように書いた。特に罪悪感や虚しさを感じることもなく、出来が良ければ嬉しかったりして、なかなか文章書きも楽しいじゃないかと思い始めていた。先生を騙しているような感覚が心地よかったのかもしれない。哀れ、熱心で生真面目な教師が、ぜんぜん反省などしていない連中が出す、おれがでっちあげ、テンプレートと化した反省文を読まされる。
「うん、まあ誰でも失敗はあるからね、これから頑張りなさい」
「はい、頑張ります」と答えつつも心の中で舌を出してるやつを激励している。そんなシチュエーションを想像すると何だか笑える。教師が事実を知ったら巨大な虚しさに圧し潰されそうだが、それも笑える。端から見ると滑稽だとしか思えない。どっかの偉い人が人生はクローズアップで見れば悲劇でロングショットで見れば喜劇だとか言ったそうだが本当みたいだ。ちょっと意味が違うかもしれんが似たようなものだろう。カメラの距離は他人事になる距離ということなのか。まあ馬鹿にはよくわらかん。

 書いたものが何であれ、適当であろうと嘘まみれであろうと厚かましくも何か感想が欲しくなるもののようだ。おれを褒めろ。いや褒めなくてもいいからなんか言ってくれ。ここは大袈裟過ぎるとか、てにをは直したほうがいいとか、この表現が駄目だとか。実際言われたらムカっとして口尖らせて反論しそうではあるが。そういうのってなかなか困ったチャンなやつだと思う。おれならそんなやつの相手はしたくない。それでもふとした時に、あそこはああ書いたほうが良かったかも、などと思ったりする。おれはそんなよくわからない気持ちを抱えるようになってしまった。こういうのが書くってことなのか。なんかあんまり良いもんではないが悪いもんでもない。なにやら微妙だ。短くとも書くのに苦労するしやっと出来たって感じるのがいいのかもしれん。小説書くのをうんこに喩えた小説家がいるらしいが確かにそんな感じなのかもしれん。アホガキはうんことちんこが大好きだからな。
 おれが文章を書く歓びらしきものを知ったのは反省文を書いたことからだ。自分が思ってもいないことを無責任に書き飛ばし、信じてもいない規律を讃え、適当な言葉を並べて、読む人を騙し嘲ることからはじまった。おれの文章の読者は教師だったが、直接に感想を聞けたことはなかった。停学者たちも課せられた分を提出さえ出来れば後はどうでもよかったから詳しい感想など聞くことも出来ずにいた。おれは教師に直接感想を聞いてみたい気はしていたが、それはおれが停学になることを意味するのであまり歓迎できることではなかった。なんだか反省文を書くのが楽しくなってきたおれは、誰か停学にならないかと期待さえするようになった。だが、そんな邪な考えをするようになると天罰が降るのか、己に招き寄せてしまったのか、おれはサッカー部の部室でタバコを吸ってる現場を教師に見つかってしまったのだった。

     

 その日はみんな来週に迫った文化祭の準備をしていて、教室に放課後居残っていた。おれは何も手伝いなどせず教室の隅っこでマンガを読んでいた。なぜかガラスの仮面があった。教室に置いてあったものを全て読み終わり、もう続きはないのかと周りのやつに聞くと、サッカー部員の鳥ちゃんが、うちの部室にあるよと答えた。鳥ちゃんはモヒカンがかった短髪にしてるやつで、鶏みたいな髪型だったからそう呼ばれるようになったのか、鳥ちゃんと呼ばれていたからモヒカンにしたのか、髪型が先か渾名が先かの謎を演出している男だった。ただ、ハゲれば卵じゃんの一言で終わる謎だったが。その鳥ちゃんが一緒に部室行こうかと言ってくれたので、連れだって取りに行った。サッカー部の部室は運動場の端に建っていておれの教室のある校舎からは歩いて二三分かかった。途中、鳥ちゃんと最近聴いてる音楽の話をしながら暢気に歩いた。
「鳥ちゃんってアナログ盤買う人だっけ?」
「たまにジャケット目当てで買うことあるけどもう集めてはいないね、前に買ってた時期あったけど、DJとかMixモノ聴いてたとき」
「もう最近聴かないの?」
「いやもうiPodとかで聴くようになるともう駄目、買うのアホらしい」
「おれもそれだわ、リリース量も多すぎてもう追っかけるの脱落した、金かかり過ぎるしさ、もう贔屓のやつだけ買ってる」
「おれ結局何にも集めてないなあ、ジャケかっこいいやつを壁に飾ってるだけ」
「買う逃した経験がそうさせるらしいよ」
「アンダーグラウンド・レジスタンス関連だけ買ってるかな、もう結構古いけど」
「ああ、それ名前だけ聞いたことある、有名みたいだけど、いいの?」
「おれは結構好き、今度貸そうか、CDでいいなら持ってくるよ」
「じゃあおれもなんか持ってくる」
鳥ちゃんがヒップホップ派でおれは電子音楽派だったので今度推薦盤を貸し合う約束をした。部室に着き、おれはお目当てのマンガを目出度く手にしたのでとっとと教室に戻って読もうと思ったが、鳥ちゃんはタバコ吸うのが目当てだったようで既にタバコに火をつけていた。おれは滅多に校舎内でタバコは吸わない人だったのだが、鳥ちゃんがタバコをくれたので、たまにはいいかと一本貰った。二人とも折り畳みのパイプ椅子を開いて座り、海外サッカーの話とか、このマンガって完結するのかだとかの話しながらタバコを吸っていた。そうして無駄話していると、いきなり部室の横開きのドアが勢いよく開かれて、真四角な顔をした教師があらわれた。

「ハイ!今吸ってましたね!キミ!」と言って、その教師は鳥ちゃんを指さしながら近寄り、右手の手首を握っていた。おれらは二人とも一瞬固まってしまっていたが、奥の側にいたおれは開いてた窓へタバコを放り投げ、窓に向かって吸い込んでいた煙を吐き、知らんぷりをしようとした。それを見ていた真四角顔教師は
「ハイ!キミも吸ってましたね!」とおれを指さし、近づいて来ておれの右手を掴み人差し指を自分の鼻にくっつけて臭いを嗅いだ。真四角顔にのっかってる三角な鼻で。
「ハイ!確かに吸ってます!吸ってましたね!」
臭いは教師が嗅いだら証拠にでもなるのか。この行動はおかしいだろう。いったいどうなっている。こんなことまでするのか。こいつはホントに教師か?いや確かにこの教師は見たことあるしおれの高校の教師だ。おれはわけがわからなくなっていた。
「ハイ!両手を上げて!ポケット確認しますよ!」と教師は言っておれらの制服のポケットの辺りをあちこちまさぐって、鳥ちゃんからタバコとライターを証拠品として押収した。おれはタバコを持っていなかった。
「ハイ!じゃあ今から職員室まで行きます。おそらく停学で謹慎処分になります。いいですね?」と真四角顔は笑顔で言った。
なんであんたそんなに楽しそうなんだ、とおれは言いたかったが黙って頷いただけだった。もしかしたら、非行の道から青少年を二名引っ張り戻した気になってるのかもしれない。いや神聖な学舎を汚す不届き者を捕らえた気分かもしれない。いや仕事は楽しんでやるものを実践してるのかもしれない。なにやら楽しそうだしな。おれらは狩りの獲物か。子牛ならぬ子羊を連れてドナドナか。空を見上げたら都合良く晴れていた。ほんとにある晴れた昼下がりだった。

 真四角顔の教師に連れられおれらは職員室へ向かった。途中、鳥ちゃんは、おれのことを庇う、と言ってくれたが言い逃れ出来るとは思えなかった。咄嗟のこととはいえ、自分だけ助かろうとした己を恥じた。おれは最悪の卑怯者だった。なんとか挽回したかったが何も思いつかなかった。そんな少しはマシなことを考えたのも僅かの間で、自分らがドナドナのシチュエーションにいるな、という考えに支配されてしまった。ケータイの着信音にドナドナを入れるのが流行っていた。その前はダースベイダーの登場の音楽だったが。
おれらは職員室の戸を開いて中に入ったが、真四角顔教師は入ってすぐ立ち止まった。おれらの担任教師がいるか見渡しているようだった。
「どうかしましたか」と他の先生から尋ねられると、
「この子らタバコ吸ってたんですよ。」と真四角顔教師は笑顔で答えていた。
なんなんだ、その手柄あげたような、わ・た・し・が・見つけました、みたいな態度は。あんたいつから刑事になったんだ。そう真四角顔の教師のことを呪いつつも、おれはうつむいたままそいつの後ろについて歩いた。
「何やってんだか、まったく、どのクラス?」
「あらら、担任って誰なの?」
「ほんとに困ったもんだね」
そんな声を浴びせられながら、奥の方へ歩いてる途中に、かつての担任や体育教師に二三発軽く小突き回された。惨めな気分だった。ちょっと前まではまだ状況を面白がれる気分も残ってたのに、一気に鬱になってしまった。おれはこれからずっと頭を下げまくっておらねばならないのか、それほどの罪を犯したのか、いや確かに面倒ばっかりかけて親にも悪いと思うが、タバコごときでおれの全てを否定されていいのか、そんなことが許されるのか、いやでも規則は規則だしな、嫌なら高校来るなってことだし、所詮チキンだなおれは、などと考えてるうちに、職員室の隅の、衝立で仕切られた簡易応接間のようなところに辿り着いていた。ここで静かにして待つように、と言い残し、真四角顔教師はおれらの担任教師を呼びに出て行った。残されたおれらは長椅子に並んで座り盛大に溜め息を吐いた。溜め息にかすれた声が混じっていた。なかなか声も発せず呆けてしまっていた。一時放心状態が続いたが、三十秒かそこらで何とかおれらは立ち直り、喋りだした。
「ごめんおれが誘わなかったらよかったよ」と鳥ちゃんは言ってくれた。
「いやいやいや、別に気にしなくていいって、それ言ったらおれがマンガ取り行くの頼んだのがまずかったし。だいたいあの真四角顔教師がいかんのよ。暇なら見回りなんぞせずとっとと帰れよまったく。あいつおかしいよ。変態だよ。絶対」とおれは悪態をついていた。もしも女子が着替えてたらどうすんだ、とか、実際部室で乳繰りあってるやついるよとか、じつはそっちを発見したかったんじゃないのとか、おれらとばっちりかよとか、あの真四角顔教師は前に虫歯で頬がメチャクチャ腫れていたことがあって、そのときは五角形の顔になってたとか、そんな話をして担任が来るのを待った。まったく反省などしていなかった。

 二三分ほど経ったころに現れたおれらの担任が現れた。担任は卵型の顔に眼鏡が乗っかっている普通の顔だ。四十か五十かは知らないが多分そんな歳だ。ただ、たぶん髪を三ヶ月に一回ぐらいしか切らない人のようで今二ヶ月目に突入してるように見えた。もっさりした灰色の箒みたいな髪が七三分けで卵顔にのっかっている。その箒頭を掻きながら担任は、あーあーと呻きながらおれらの対面の椅子に座った。怒っているように見えた。当然のことだが。だが何か言うことがずれていた。
「おまえら!文化祭前でクラスが協力してるってときに!やる気ないのか?」
けっこう意表を衝かれた。まさかこんなこと言われるとは思ってなかった。おれは文化祭のことなど考えたことなかったし、クラスの演し物などもよく知らなかった。なにか遺跡だかお寺だかのミニチュアを作ってるらしいとしか。おれらは二人とも何にもしていなかった。
「おまえらが抜けたら迷惑もかかるし、一致団結して頑張ろうってとき、停学者二人も出たら盛り上がらないだろうが!団結の意味がなくなるだろうが!まったく!」
まさか担任がそんなに文化祭に入れこんでると思ってもいなかったおれはなんだか申し訳ない気持ちになっていた。確かにこの人はそういうのが好きな人だったかもしれない。修学旅行で森田健作の歌まで唄っていたし。演し物のことや自分の割り当てられた役割さえ知らなかったことが少々恥ずかしくなった。
「すみませんでした」
「すみませんでした」
タバコの話など一切しないままおれらは日誌みたいなので前頭部に軽く一発ずつはたかれた。それから母親を呼び出されることとなった。担任はおれらが書いた親の連絡先のメモを受け取り、ああ文化祭が文化祭がとぶつぶつ呟きながらどこかへ行ってしまった。なんだかおれらのことはどうでもよさそうなので親に電話かけることを忘れて欲しい気もしたが、お迎えが来ないままここにずっと座ってるのも困る。しれっと逃げ帰るわけにもいかないし、ちゃんと電話してくれるのか心配になってきた。後に知ったのだがどうやら世界の有名建築のミニチュアをつくっていたらしい。きっと担任の趣味なのだろう。おれらは残念ながら文化祭に参加することは出来なくなった。もともと何もしていなかったので周囲にそれほど迷惑もかからなかったのが幸いだった。親が学校に来るまで暇なのでおれらはずっとサッカーの話をしていた。

 おれの母親が一時間後ぐらいに到着した。母は職員室の中をひたすら頭を下げ先生達に謝りながら歩いて来た。母はたぶんハイとスミマセンを五十回ぐらい言っていた。おれの代わりに。親は大変だ。おれならこの場に来たくない。おれのせいで母の職場にも迷惑をかけてしまって申し訳ない。申し訳ない気持ちで母がこちらに来る姿を見てはいたが、そのうちに、よくもまあこんなに頭下げ合いをやるよなあと可笑しくなってしまった。教師も母も頭下げまくる。下げなきゃいけないのはおれらなんだが。まあ親の躾が悪いとか教師の指導が悪いとかのなすり付け合いにならないのはいい。馬鹿学校の良いところだ。悪いのはハッキリおれらだもんな。わかりやすい。この状況でにやにやしてるとまずいので深呼吸をしてみた。おれは深刻なときでもつい笑ってしまうので時々やるのだが効果はある。大きく息を吸って大きく息を吐く。繰り返す。大きく息を吸って大きく息を吐く。そうして、なんとかこみ上げる笑いを殺してると、母はもうおれの目の前まで来ていた。暢気に座っていたおれが立ち止がると、母は大きな溜め息を吐いた。ああほんとにもう、と言っておれの二の腕の辺りをパンパン叩いた。これでおれのにやけた顔は完全におさまった。
 いつの間にか担任もまた現れていた。翌日、通常よりやや遅い九時頃に登校し校長室でありがたいお話を聞いて、その後に担任から自宅でやる課題をもらって晴れて謹慎期間入りだと説明された。
文化祭はもういいんだろうかと心配になった。おれらのことなど構ってる暇はないだろうに気の毒だ。鳥ちゃんのほうはまだ時間がかかるみたいだったので、おれは母と一緒に帰った。漢字四千字と反省文のことを考えると憂鬱になった。ああ、憂鬱なんて漢字書くのも辛そうだ。見本の漢字の中に憂鬱って字が入ってるかもしれないと思って少し笑ってしまったが余裕があるわけでもなかった。こんな病気になりそうな字をたくさん書きたくはない。

 家に帰る車の中で、母は、おとなしく家でだけタバコ吸ってればいいのに馬鹿なことしてもうほんとに困ったもんね、だいたい中学の時に素直に塾に行ってればもっとまともな高校へ行けたの云々と長々と語り出し、ああ、もうお父さんになんて言ったらいいのかと一人で悩んでいた。そのお父さんはもうニ年ぐらい会ってないからおれにとっては親戚の叔父さんとあんまり変わらないのだが、普段ほったらかしの癖にこういうときは何か使命感につき動かされて説教したり殴ったりしそうなので面倒臭いなと感じていた。母が言わなきゃわかりゃしないんだからそう薦めてみようかなどと企んでいたがこの調子なら言わないんだろうな、だって親父はどうせ母に向かって、お前が甘やかすからこうなるんだと言いそうだもの。考えてると何だか悲しくなってきたので、家に着いて飯食ったあとラピュタのDVDを観た。忘れたころに観るとやっぱり面白い。ラピュタは本当にあったんだ!のセリフは燃える。それと「見ろ、人がまるでゴミのようだ」のムスカのセリフは笑える。宮崎駿は偉大だが何か狂ってる。飛行機だとか兵器だとか大好きなやつはどっかおかしいな。車の運転するとガラ悪くなる人がいるように、武器出て来るととたんにガラ悪くなる。才能がなかったらロリコンのミリタリオタクだというのも僻みじゃないかもしれん。とっとと寝ようとしたが眠れなかった。ああとうとうおれも明日から謹慎生活か、今までバイクの無免許運転で捕まることもなく、学校内では滅多にタバコも吸わずにうまいこと過ごして来たのに、何で吸っちゃったかなあ、そう思うと気が滅入った。しかし鳥ちんを責めるわけにもいかない、運命の分かれ道のきっかけ、部室に行くことになるきっかけの、マンガの続きを借りることを言い出したのはおれだ、鳥ちゃんこそいい迷惑だ、いやしかしーー無駄にぐだぐだ考えてるうちに寝ていた。

       

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Neetsha