たとえば、『100』が限界なのだとしたら。
2116年5月17日15時49分現在が、『99.9999』だった。
あとほんの少し、目にも見えない埃のような加重で。
「比率、51.999%を突破!」
その部屋は――日本がまだなんとか国としての機能を保っていた、例えば2011年頃と比べて、遥かに未来化の進んだ空間である。大画面のモニター上では絶え間なく数字が踊り、多くの人間が忙しそうに動き回っている。広さは、軽く野球場ぐらいはあるのだろうか。
その巨大モニターの中央に映し出されている変動グラフは今この瞬間にも少しずつ数値を上げており、『LIMIT OVER』と表示されている領域に今にも足をはみ出さんとしている。
「もう……無理です」
一人の女性は吐き捨てるようにそう呟いて、ヘッドマイクを外した。
それに倣うように、その場にいる人々は皆諦めるようにして手を止め、モニターのグラフをただぼんやりと眺めた。そしてグラフは遂に臨界線を越え、それを待っていたかのように警報がけたたましく鳴り響いた。
「15時50分07秒、限界です! 想定されていた『超限界数値』――」
音の振動を肌で感じる程の警報が建物全体を包み込む。
「『老人比率』が52%を突破!!」
遥か、あまりにも規定を超えた数値にいざ直面し、その場の人々の表情は絶望に包まれていた。
65歳以上の人口比率21%超で「超高齢社会」と称していた時代もあった。ならば、この時代をなんと呼ぼうか。
「もう……。どうすればいいの?」
目立って若い女性が一人、たまらずその瞳に涙を浮かべた。
超高齢化社会対策の為、2077年に創設された人類保管省。ここはその本部であり、数百名からの人員が常に頭を抱えている。
『全員、聞け』
一人、机に座ったままの男の声が拡声器を通して響き渡る。
『この国は、終わった』
重く響く言葉を淡々と話し始めた。皆深刻な表情で耳を傾ける。
『何もせず終焉を待つだけならば、ここからは我々の好きにさせてもらおうではないか。この国を正す、清める。どんな手を使ってでもだ』
“どんな手を使ってでも”。その言葉の意味を皆、理解している。
『構いませんね? 総理大臣』
総理大臣、そう呼ばれた男は口元にうっすらと笑みすら浮かべ、静かに頷いた。
「構わんよ。遠慮は要らない、この“国”を救ってみたまえ」
『ありがとうございます』男もまた、口元を歪める。『現時刻より、特殊公共宣伝レベル4を開始。すぐさま各庁に通達しろ!』
怒号にも似た男の声で、人々が一斉に慌ただしく動き始めた。
「ゴミを捨てずに、散らかった部屋を片付ける事はできない」
マイクを外した口元が、静かにそう呟いた。