ブラインド・コール
『遭遇』
――たとえば、こういう話だ。
美男子Aの妻が不細工Bで、美女Cの夫がブサメンD。そんな美男子Aと美女Cが出逢えば、間違いなく彼らは心の中で「浮気したい」と考える。美女を抱き、美男子に抱かれたいと考えるのは人間の本能なのだから、それについてどうこう言うつもりはない。
ただし、それには数々のハードルがある。もし夫にバレたら……などという保身はもちろん、「そもそも相手にその気はあるのか?」と考えると機会を逃してしまう。
『夫がいるからって、遠慮しなくていいのに』
『あの子……可愛いけど、不倫なんて軽蔑するよなあ』
『えっ、ここで解散? ホテルは?』
もしも、こんな面倒事を全て取っ払える方法があるとしたら。
最も効率的に逢瀬を重ねる事ができる。そんなサイトが、あるとしたら。
○
「この前の中間ね、順位上がったんだよ」
ゴムで縛った髪を風に委ねて、彼女は嬉しそうにそう語る。その表情にはまだ幼さを感じ、高校生にしては体も小さい。
「へえ。……って、凄いなほんと」
どんどん自分と差をつけていく恋人を横目に、篠柿 雄二は困ったように笑った。付き合って五ヶ月目を迎える二人は、これといった災難もなく順調な交際を続けている。
「そんなことよりさ、テストが終わったんだから遊びいこうぜ。ほら、クレープ食いたいって言ってたじゃん」
「う~ん」小山 千佳子は嬉しそうにしながらも口を濁した。「今日も宿題たくさん出たじゃん。雄二も急いでやらないと終わらなくない?」
「ええ!? 今日ぐらいは宿題なんていいじゃん!? テストも終わったばかりだし、ほら、五ヶ月記念も近いじゃん」
雄二は記念日なんて気にする方ではないが、千佳子を街に連れ出す口実としてはなかなか効くと思った。
「でも……さあー。雄二、そう言っていつも宿題出してないもん。受験もあるんだからそろそろ真面目にやらないと……」
今時の子としては真面目すぎるくらいお堅い千佳子の様子に、ふっ、と雄二の表情が曇りを帯びた。「はい、はい」急に目を逸らして、ふて腐れたようにそう呟いた。
「もちろんデートはしたいけどさ? でも、雄二も私と同じ大学を目指してくれるんだよね?」
学年でもトップクラスの千佳子は、大学受験に向けて雄二に遠慮を感じていた。雄二に惚れきっている千佳子としては当然同じ大学に行きたいが、それには自分が志望校を下げようかとすら考えていた。
「そう言ってくれたのが、本当に嬉しかったから……」
「……ああ、はい」
一度逸らした目はどこか遠くを見つめたまま、雄二は冷めきった様子でそう応えた。
(……こいつ、顔は可愛らしいけどこういうところがどうもなあ~。合わねえよな~)
強い苛立ちを感じ、雄二は唇を噛んだ。自分から告白した手前、心のどこかでは千佳子に対して遠慮している部分があり、そういった我慢の積み重ねがフラストレーションを溜めさせていた。
「じゃ、また」
「……うん。ごめんね」
○
「くそ! 腹立つわ」
家に帰った雄二はドスンと鞄を放り投げた。
(別れるかあ? いや、顔は可愛いんだよなーマジで……。告白したの俺だし、あいつ振るのも面倒くさそうだしな~)
勉強ができて、顔も良い。性格も真面目で、自分の事を本気で好いている。恵まれすぎているはずの現状なのに、どこか不満でつまらない。――そんな雄二が引き寄せられたのは、必然なのか。携帯のウェブサイトを徘徊している内に、一つのポータブルサイトへ辿り着いた。
【ブラインド・コール】
その入口は、それこそどこぞの出会い系サイトのような。ショッキングピンクが画面に溢れ、精神衛生上は非常に良くない。
「…………」
学校の、不正サイトへの注意喚起が不十分だったのか、何を思ったのか。千佳子への不満を胸に、雄二は自然と【入口】をクリックした。
【ようこそいらっしゃいませ。篠柿 雄二 様】
「え? なんで俺の名前……」
美男子Aの妻が不細工Bで、美女Cの夫がブサメンD。そんな美男子Aと美女Cが出逢えば、間違いなく彼らは心の中で「浮気したい」と考える。美女を抱き、美男子に抱かれたいと考えるのは人間の本能なのだから、それについてどうこう言うつもりはない。
ただし、それには数々のハードルがある。もし夫にバレたら……などという保身はもちろん、「そもそも相手にその気はあるのか?」と考えると機会を逃してしまう。
『夫がいるからって、遠慮しなくていいのに』
『あの子……可愛いけど、不倫なんて軽蔑するよなあ』
『えっ、ここで解散? ホテルは?』
もしも、こんな面倒事を全て取っ払える方法があるとしたら。
最も効率的に逢瀬を重ねる事ができる。そんなサイトが、あるとしたら。
○
「この前の中間ね、順位上がったんだよ」
ゴムで縛った髪を風に委ねて、彼女は嬉しそうにそう語る。その表情にはまだ幼さを感じ、高校生にしては体も小さい。
「へえ。……って、凄いなほんと」
どんどん自分と差をつけていく恋人を横目に、篠柿 雄二は困ったように笑った。付き合って五ヶ月目を迎える二人は、これといった災難もなく順調な交際を続けている。
「そんなことよりさ、テストが終わったんだから遊びいこうぜ。ほら、クレープ食いたいって言ってたじゃん」
「う~ん」小山 千佳子は嬉しそうにしながらも口を濁した。「今日も宿題たくさん出たじゃん。雄二も急いでやらないと終わらなくない?」
「ええ!? 今日ぐらいは宿題なんていいじゃん!? テストも終わったばかりだし、ほら、五ヶ月記念も近いじゃん」
雄二は記念日なんて気にする方ではないが、千佳子を街に連れ出す口実としてはなかなか効くと思った。
「でも……さあー。雄二、そう言っていつも宿題出してないもん。受験もあるんだからそろそろ真面目にやらないと……」
今時の子としては真面目すぎるくらいお堅い千佳子の様子に、ふっ、と雄二の表情が曇りを帯びた。「はい、はい」急に目を逸らして、ふて腐れたようにそう呟いた。
「もちろんデートはしたいけどさ? でも、雄二も私と同じ大学を目指してくれるんだよね?」
学年でもトップクラスの千佳子は、大学受験に向けて雄二に遠慮を感じていた。雄二に惚れきっている千佳子としては当然同じ大学に行きたいが、それには自分が志望校を下げようかとすら考えていた。
「そう言ってくれたのが、本当に嬉しかったから……」
「……ああ、はい」
一度逸らした目はどこか遠くを見つめたまま、雄二は冷めきった様子でそう応えた。
(……こいつ、顔は可愛らしいけどこういうところがどうもなあ~。合わねえよな~)
強い苛立ちを感じ、雄二は唇を噛んだ。自分から告白した手前、心のどこかでは千佳子に対して遠慮している部分があり、そういった我慢の積み重ねがフラストレーションを溜めさせていた。
「じゃ、また」
「……うん。ごめんね」
○
「くそ! 腹立つわ」
家に帰った雄二はドスンと鞄を放り投げた。
(別れるかあ? いや、顔は可愛いんだよなーマジで……。告白したの俺だし、あいつ振るのも面倒くさそうだしな~)
勉強ができて、顔も良い。性格も真面目で、自分の事を本気で好いている。恵まれすぎているはずの現状なのに、どこか不満でつまらない。――そんな雄二が引き寄せられたのは、必然なのか。携帯のウェブサイトを徘徊している内に、一つのポータブルサイトへ辿り着いた。
【ブラインド・コール】
その入口は、それこそどこぞの出会い系サイトのような。ショッキングピンクが画面に溢れ、精神衛生上は非常に良くない。
「…………」
学校の、不正サイトへの注意喚起が不十分だったのか、何を思ったのか。千佳子への不満を胸に、雄二は自然と【入口】をクリックした。
【ようこそいらっしゃいませ。篠柿 雄二 様】
「え? なんで俺の名前……」
「なんだよこれ……なんかヤバイ系のサイトなんじゃねーの」
いきなり自分の名前が表示されたことに不安と恐怖を抱きつつも、しかし雄二はその指を止めなかった。
【ブラインド・コールご利用次第】
『ご利用ありがとうございます。ブラインド・コールは全国民強制参加型“浮気斡旋サイト”でございます』
「全国民強制……?」雄二はごくりと息を呑む。「浮気……斡旋って」
気持ちを落ち着けながら、ゆっくりと画面をスクロールしていった。
『当サイトは、浮気・不倫行為について最大限のサポートを提供いたします。その際、人様のプライバシーを侵害する行為、当サイトでの活動を不用意に暴露する行為、冗談半分でのご利用については厳罰を処す権利を有する事を御承知下さい。また、全国民対象のコミュニティサイトではありますが、ご利用は既婚・恋人持ちの方に限らせていただきます』
有識ぶった口調ではあるが、どこまで本気で言っているつもりなのか雄二には分からない。ただ単にその強烈な好奇心に背を押され、サイトを更に奥へと進んでゆく。
『まずは下部リンク先より“許容範囲”をご設定下さい』
そう書かれている先には、たしかに【許容範囲】と書かれているリンクボタンがあった。雄二は言われるままそれをクリックした。
【許容範囲ご設定】
『出逢いたい異性の絞り込みを行ってください』
なにやら少しメルヘンチックな書体でそう書かれていた。いくつもの項目が設置されており、「地域」、「年齢」、「容姿程度」など、異性のレベルを希望できるらしい。
「んなこと言われたって……何もわかんねーし」
雄二はとりあえず「地域」だけを設定し、先へと進んだ。
「東京……八王子」
とりあえずはそれだけ設定し、他の数多い項目をスルーしてページ下部へスクロールする。一番下まで進むと『設定完了』のリンクボタンがあったので、少しだけ躊躇った後にそれをクリックした。
『ユーザデータを受信中……3%……17%……』
暫く時間がかかるみたいだったが、雄二は携帯の画面から決して目を逸らすことなく受信完了を待った。そして数分後、ホワイトアウトした画面が切り替わった。
【女性一覧表(条件:東京都八王子市在住)】
でかでかと画面上部に文字が表示されているかと思うと、そのすぐ下からは無数の顔写真の羅列が始まっていた。
「うわっ!?」
あまりの膨大なデータ量に雄二は声を上げた。顔写真は全て女性のもので、それはまさに出会い系サイトのようだった。
「なんだこれ?? やっぱただの出会い系かよ?」
落胆したような、しかしどこかホッと胸を撫で下ろしているような。とにかく雄二は緊張の糸を解き、ベッドに仰向けになった体勢でなんとなく顔写真の羅列を眺めていった。
「わー、結構可愛い人多いじゃん」
どうせこのサイトにはもう何も期待していないが、可愛い女性をなんとなく探しているだけで雄二は充分楽しめていた。
「ひゃー、こんな女抱きてえ~」
もっとも、“顔だけで言えば”千佳子はこのサイトの連中にも全くひけをとっていないとも。
――しかし、何度もページを先に進んだあたりで、雄二は再び声を上げベッドから飛び起きた。
「えっ……!? こいつ、水山!?」
見覚えのあるその顔。ふと目に留った一枚の顔写真が、中学生の時のクラスメイトに非常に似ていたのだ。
「ええ~マジ? 本物か?」雄二はジロジロと携帯の画面を何度も見返した。「まあ、たしかに水商売顔してたけどさあ。へへ」
良く分からない理屈に納得し、雄二はまたページを進んだ。しかし、暫く先を進んだところで雄二はまたもベッドを飛び上がることになる。今度も中学のクラスメイトだ。
「えっ……これマジかよ? 今こんな事やってんのかよあいつら……」
何度も何度も顔写真を見返すが、あまりにも似すぎている。到底別人だとは思えなかった。
「俺らのクラスから出会い系のサクラが二人も……すげっ」
謎の興奮に身を震わせ、雄二は更にテンションを挙げてスクロールを続けた。
しかしやがて、その火照った体温は急速に冷え切ることになる。
見覚えのある三人目の女性。今度は見間違えるはずもない。雄二の妹、篠柿麻美の顔写真が載っていた。
「……これ……ガチ? なんだ? これ」
“個人情報取得”。
あまりに怪しすぎて水山達の時はスルーしていたが、雄二は震える指でその文字をクリックした。
篠柿 麻美
八王子市立第二中学校在籍 14歳
1996年9月16日生まれ
――当然、篠柿麻美が出会い系のサクラなどやるような人間でないことは雄二が一番分かっている。ショックを受けるというよりも、何が起こっているのかが理解できない。雄二は右手で口を覆った。そして――。
小山 千佳子
東京都立八王子北高等学校在籍 17歳
1993年7月2日生まれ
数秒間、放心し切って完全に停止した後、雄二はぞくりと背筋が凍る思いを味わった。
「このサイト……なんだ? もしかして、ガチ? ……何がだよ??」
浮気斡旋。全国民強制参加型。許容範囲設定。最大限のサポート。個人情報。
このサイトで目にしてきた言葉たちが今雄二の頭の中を埋め尽くし、駆け廻る。
「もしかして……。本当にホントなのか……?」
そして、雄二が長い間憧れを抱き続けてきた女性。綾見莉子の顔写真が携帯に映し出され、男はいやらしく息を呑んだ。
「……ごくっ」
いきなり自分の名前が表示されたことに不安と恐怖を抱きつつも、しかし雄二はその指を止めなかった。
【ブラインド・コールご利用次第】
『ご利用ありがとうございます。ブラインド・コールは全国民強制参加型“浮気斡旋サイト”でございます』
「全国民強制……?」雄二はごくりと息を呑む。「浮気……斡旋って」
気持ちを落ち着けながら、ゆっくりと画面をスクロールしていった。
『当サイトは、浮気・不倫行為について最大限のサポートを提供いたします。その際、人様のプライバシーを侵害する行為、当サイトでの活動を不用意に暴露する行為、冗談半分でのご利用については厳罰を処す権利を有する事を御承知下さい。また、全国民対象のコミュニティサイトではありますが、ご利用は既婚・恋人持ちの方に限らせていただきます』
有識ぶった口調ではあるが、どこまで本気で言っているつもりなのか雄二には分からない。ただ単にその強烈な好奇心に背を押され、サイトを更に奥へと進んでゆく。
『まずは下部リンク先より“許容範囲”をご設定下さい』
そう書かれている先には、たしかに【許容範囲】と書かれているリンクボタンがあった。雄二は言われるままそれをクリックした。
【許容範囲ご設定】
『出逢いたい異性の絞り込みを行ってください』
なにやら少しメルヘンチックな書体でそう書かれていた。いくつもの項目が設置されており、「地域」、「年齢」、「容姿程度」など、異性のレベルを希望できるらしい。
「んなこと言われたって……何もわかんねーし」
雄二はとりあえず「地域」だけを設定し、先へと進んだ。
「東京……八王子」
とりあえずはそれだけ設定し、他の数多い項目をスルーしてページ下部へスクロールする。一番下まで進むと『設定完了』のリンクボタンがあったので、少しだけ躊躇った後にそれをクリックした。
『ユーザデータを受信中……3%……17%……』
暫く時間がかかるみたいだったが、雄二は携帯の画面から決して目を逸らすことなく受信完了を待った。そして数分後、ホワイトアウトした画面が切り替わった。
【女性一覧表(条件:東京都八王子市在住)】
でかでかと画面上部に文字が表示されているかと思うと、そのすぐ下からは無数の顔写真の羅列が始まっていた。
「うわっ!?」
あまりの膨大なデータ量に雄二は声を上げた。顔写真は全て女性のもので、それはまさに出会い系サイトのようだった。
「なんだこれ?? やっぱただの出会い系かよ?」
落胆したような、しかしどこかホッと胸を撫で下ろしているような。とにかく雄二は緊張の糸を解き、ベッドに仰向けになった体勢でなんとなく顔写真の羅列を眺めていった。
「わー、結構可愛い人多いじゃん」
どうせこのサイトにはもう何も期待していないが、可愛い女性をなんとなく探しているだけで雄二は充分楽しめていた。
「ひゃー、こんな女抱きてえ~」
もっとも、“顔だけで言えば”千佳子はこのサイトの連中にも全くひけをとっていないとも。
――しかし、何度もページを先に進んだあたりで、雄二は再び声を上げベッドから飛び起きた。
「えっ……!? こいつ、水山!?」
見覚えのあるその顔。ふと目に留った一枚の顔写真が、中学生の時のクラスメイトに非常に似ていたのだ。
「ええ~マジ? 本物か?」雄二はジロジロと携帯の画面を何度も見返した。「まあ、たしかに水商売顔してたけどさあ。へへ」
良く分からない理屈に納得し、雄二はまたページを進んだ。しかし、暫く先を進んだところで雄二はまたもベッドを飛び上がることになる。今度も中学のクラスメイトだ。
「えっ……これマジかよ? 今こんな事やってんのかよあいつら……」
何度も何度も顔写真を見返すが、あまりにも似すぎている。到底別人だとは思えなかった。
「俺らのクラスから出会い系のサクラが二人も……すげっ」
謎の興奮に身を震わせ、雄二は更にテンションを挙げてスクロールを続けた。
しかしやがて、その火照った体温は急速に冷え切ることになる。
見覚えのある三人目の女性。今度は見間違えるはずもない。雄二の妹、篠柿麻美の顔写真が載っていた。
「……これ……ガチ? なんだ? これ」
“個人情報取得”。
あまりに怪しすぎて水山達の時はスルーしていたが、雄二は震える指でその文字をクリックした。
篠柿 麻美
八王子市立第二中学校在籍 14歳
1996年9月16日生まれ
――当然、篠柿麻美が出会い系のサクラなどやるような人間でないことは雄二が一番分かっている。ショックを受けるというよりも、何が起こっているのかが理解できない。雄二は右手で口を覆った。そして――。
小山 千佳子
東京都立八王子北高等学校在籍 17歳
1993年7月2日生まれ
数秒間、放心し切って完全に停止した後、雄二はぞくりと背筋が凍る思いを味わった。
「このサイト……なんだ? もしかして、ガチ? ……何がだよ??」
浮気斡旋。全国民強制参加型。許容範囲設定。最大限のサポート。個人情報。
このサイトで目にしてきた言葉たちが今雄二の頭の中を埋め尽くし、駆け廻る。
「もしかして……。本当にホントなのか……?」
そして、雄二が長い間憧れを抱き続けてきた女性。綾見莉子の顔写真が携帯に映し出され、男はいやらしく息を呑んだ。
「……ごくっ」
しばらく携帯の画面と睨めっこをした後、雄二は意を決したようにリンクボタンを押した。
『個人情報を取得しますか?』
【はい】
『個人情報取得中……』
一人分の個人情報くらいならすぐに画面が切り替わる。雄二は見開いた目で携帯の画面を注視し続けた。
綾見 莉子
東京都立八王子北高等学校在籍 17歳
1993年6月3日生まれ
(やっぱり……間違いない。6組の綾見だ。このサイトが本物だとしたら……どうなるんだ? ヤれるのか? あの綾見と)
加速する心拍を抑えることもできずに、苦しいほどの緊張に息を詰まらせた。
『この女性でよろしいですか?』
サイト上のプログラムがそう訊いてくるから、特に深く考えることもなく雄二は『はい』を選択した。
『ブラインド・コールを送信中』
また出てきた新しい単語。それがそのサイト自体のタイトルだったことに雄二が気付いたのとどちらが先か、画面はすぐに切り替わった。
『送信完了』
一体何が完了したというのか。決して緊張の糸を解くことはなかったが、しかし数分経っても何も起こらないことが分かると雄二は一度腰を上げ、ベッドの上に座り直した。
「くそ、これで綾見とヤれるんだろうな? マジで」
雄二の頭の中はその事で一杯であった。膨らんだ股間は制服のズボンに綺麗な山を描いている。
(――って、そういえば)
“ご利用次第”すらきちんと読まずに怪しげなサイトを利用してしまっているということに、ここでようやく気がついた。慌ててトップページへ戻り、もう一度“ご利用次第”のページへ飛んだ。
『――権利を有する事を御承知下さい』
(ここじゃない。もっと先……)
数行飛ばしで一気に画面を飛んでゆく。
『“送信完了”の文字が出ましたら、』
「ここだ」
雄二はスクロールする指を止めた。
『“送信完了”の文字が出ましたら、作業は終了です。ブラインド・コール送信の事実は、送信した相手方ですら知りえません。相手方が自らの意志で篠柿様へとブラインド・コールを送信した場合にのみ、相思相愛の事実がお二方に知らされます』
「えっ」
思わずすっとんきょうな声が出た。
『また前述しました通り、当サイトでの活動は全て真摯な意志によるものという大前提がございます。相思相愛が確認された後にその事実を破棄しようとする行為等には厳罰が処されますので、ご注意下さい。“浮気”は、最低でも一度以上の逢瀬を以て契約完了となります。相思相愛成立後、三ヶ月以内に契約完了が確認できない場合にも当サイトは厳罰を処す権利を有します』
“逢瀬”という単語が、このサイトでは直接的な肉体関係を指す言葉として用いられていることは、これまでの文章から雄二にも理解できていた。しかし、ともかく問題はそんなところではない。
(これって、綾見も俺を選ばないと意味ないってことか?)
そう。浮気斡旋サイト“ブラインド・コール”はあくまで効率的な手段をサポートするだけで、それ以上のものではない。綾見にもその気がなければ意味はないのだ。ただ、綾見が雄二に向けて“ブラインド・コール”を送信しない限りは、雄二が綾見を選んだ事実も綾見には知らされないので、色々なしがらみを無視して軽いフットワークで異性にアプローチをかけることが出来るのは確かだ。
個人情報保護法を完全に逸脱した手法により、ほぼ全国民のデータをサイト側が用意している為、普通の出会い系サイトとは違い「自らこんなサイトに登録している」という背徳感を抱くこともない。
(全国民強制参加型ってのはそういうことか……。強制って言えば聞こえは悪いが、自分の意志でこんなサイトに登録してると思われるのを防いでる訳ね)
ボスン。雄二がベッドの上のクッションに携帯を投げつけると、久しく掃除していない分の埃がボフンと舞った。
「ま、もうどうでも良いけどなー。綾見が俺なんか選ぶ訳ねーし」
たしかに。気に入った女性を選ぶだけで、必ずその子とセックスが出来る……そんな夢のようなサイトを心に描いていた雄二にとっては、今は少し見劣りして映るのかもしれない。
『“ブラインド・コール”は一人までにしか送信できない』という、雄二の勝手な思い込みが解けるのと、人の心を鷲掴みにして絶対に離さないこのサイトの悪魔的な魅力に雄二が本当に気付くには、もう幾ばくかの時間が必要なのかもしれない。
ブルルルル。ブルル。
たった今届いたそのメールを、体を伸ばして開くまでの時間だ。
つづく。
『個人情報を取得しますか?』
【はい】
『個人情報取得中……』
一人分の個人情報くらいならすぐに画面が切り替わる。雄二は見開いた目で携帯の画面を注視し続けた。
綾見 莉子
東京都立八王子北高等学校在籍 17歳
1993年6月3日生まれ
(やっぱり……間違いない。6組の綾見だ。このサイトが本物だとしたら……どうなるんだ? ヤれるのか? あの綾見と)
加速する心拍を抑えることもできずに、苦しいほどの緊張に息を詰まらせた。
『この女性でよろしいですか?』
サイト上のプログラムがそう訊いてくるから、特に深く考えることもなく雄二は『はい』を選択した。
『ブラインド・コールを送信中』
また出てきた新しい単語。それがそのサイト自体のタイトルだったことに雄二が気付いたのとどちらが先か、画面はすぐに切り替わった。
『送信完了』
一体何が完了したというのか。決して緊張の糸を解くことはなかったが、しかし数分経っても何も起こらないことが分かると雄二は一度腰を上げ、ベッドの上に座り直した。
「くそ、これで綾見とヤれるんだろうな? マジで」
雄二の頭の中はその事で一杯であった。膨らんだ股間は制服のズボンに綺麗な山を描いている。
(――って、そういえば)
“ご利用次第”すらきちんと読まずに怪しげなサイトを利用してしまっているということに、ここでようやく気がついた。慌ててトップページへ戻り、もう一度“ご利用次第”のページへ飛んだ。
『――権利を有する事を御承知下さい』
(ここじゃない。もっと先……)
数行飛ばしで一気に画面を飛んでゆく。
『“送信完了”の文字が出ましたら、』
「ここだ」
雄二はスクロールする指を止めた。
『“送信完了”の文字が出ましたら、作業は終了です。ブラインド・コール送信の事実は、送信した相手方ですら知りえません。相手方が自らの意志で篠柿様へとブラインド・コールを送信した場合にのみ、相思相愛の事実がお二方に知らされます』
「えっ」
思わずすっとんきょうな声が出た。
『また前述しました通り、当サイトでの活動は全て真摯な意志によるものという大前提がございます。相思相愛が確認された後にその事実を破棄しようとする行為等には厳罰が処されますので、ご注意下さい。“浮気”は、最低でも一度以上の逢瀬を以て契約完了となります。相思相愛成立後、三ヶ月以内に契約完了が確認できない場合にも当サイトは厳罰を処す権利を有します』
“逢瀬”という単語が、このサイトでは直接的な肉体関係を指す言葉として用いられていることは、これまでの文章から雄二にも理解できていた。しかし、ともかく問題はそんなところではない。
(これって、綾見も俺を選ばないと意味ないってことか?)
そう。浮気斡旋サイト“ブラインド・コール”はあくまで効率的な手段をサポートするだけで、それ以上のものではない。綾見にもその気がなければ意味はないのだ。ただ、綾見が雄二に向けて“ブラインド・コール”を送信しない限りは、雄二が綾見を選んだ事実も綾見には知らされないので、色々なしがらみを無視して軽いフットワークで異性にアプローチをかけることが出来るのは確かだ。
個人情報保護法を完全に逸脱した手法により、ほぼ全国民のデータをサイト側が用意している為、普通の出会い系サイトとは違い「自らこんなサイトに登録している」という背徳感を抱くこともない。
(全国民強制参加型ってのはそういうことか……。強制って言えば聞こえは悪いが、自分の意志でこんなサイトに登録してると思われるのを防いでる訳ね)
ボスン。雄二がベッドの上のクッションに携帯を投げつけると、久しく掃除していない分の埃がボフンと舞った。
「ま、もうどうでも良いけどなー。綾見が俺なんか選ぶ訳ねーし」
たしかに。気に入った女性を選ぶだけで、必ずその子とセックスが出来る……そんな夢のようなサイトを心に描いていた雄二にとっては、今は少し見劣りして映るのかもしれない。
『“ブラインド・コール”は一人までにしか送信できない』という、雄二の勝手な思い込みが解けるのと、人の心を鷲掴みにして絶対に離さないこのサイトの悪魔的な魅力に雄二が本当に気付くには、もう幾ばくかの時間が必要なのかもしれない。
ブルルルル。ブルル。
たった今届いたそのメールを、体を伸ばして開くまでの時間だ。
つづく。