賞金首ミダスの件から約三カ月、ラドルフは随分と熱心に仕事に取り組むようになった。分からないことをただ聞くだけではなく、自分なりに考えてものを言うようになっている。
時間があれば短剣の扱いや、投げナイフの練習に励み、実力をつけようとしているようだ。
本来なら剣の扱いなどは私が指導するべきなのだろうが、生憎私は剣術についての知識はあるものの、教えた経験は無い。しかもラドルフが扱っているのは短剣で、子供が生き残るための剣術が必要なラドルフに、私の知識が役に立つとはいまいち思えない。
こういったことに関しては間違いなくモルドの方が適役だろう。少々早いかもしれないが、クレスト北部を通って、スマイリーに戻るのも一つの手かもしれない。ラドルフにはラドルフに適した剣術、戦術が必要だ。モルドならばそういったものに詳しいだろう。
そう考えた私は、ラドルフと共にクレスト北部を通って、スマイリーへ向かうことにした。
ラドルフを拾ってから数カ月しか経っていないとはいえ、流石に子供一人でここまで移動しているとは騎士達も思っていないだろうと考え、私達は街道沿いを北へと進む。
ラドルフも旅に少しは慣れたのか、自分なりに周囲の警戒を怠らないようにしている。
旅の心得として、見通しが悪い道は山賊などの襲撃者を警戒こと、理由も無しに話しかけてくる人間は何か裏があると考えること、騎士達とすれ違っても不審な動きをせず怪しまれないようにすることなど、私が教えておいたことを忠実に守っていた。
北へ向かい歩くこと2週間、あと少し行った所に小さな村があるという所まで来て、妙な気配を感じる。
集団だ。それも40近い大所帯の集団が、街道横の森を移動している。
私は、集団の動きに違和感を感じると、より一層詳しく知覚し、様子を探った。その様子は、盗賊にしてはこれから襲撃を行う割には、統率がとれていなさ過ぎて不自然だ。まるで何かから必死に逃げているような…。
そうこうしているうちに、私達の近くにまでその集団は近づく。本人達は隠れて移動しているつもりなのかもしれないが、その気配の隠し方はラドルフにさえ気づかれるほどお粗末なものだ。
ラドルフが投げナイフに手を伸ばし、構える。向こうもこちらに気付き、少々戸惑っていたようだがどうやらやる気らしい。
「ラドルフ、相手が突っ込んできたら、その先頭に投げナイフを投げろ」
「ああ」
私がラドルフにそう伝えたその瞬間、森から一斉に襲い掛かってくる集団。一見すると農民達が兼業で行っている盗賊に見えなくもないが、やはり何か妙だ。
ラドルフが投げナイフを放つ。牽制目的で投げられたそれは、思いのほかあっけなく先頭の男の喉に当たり、鮮血をまき散らす。
「――ぇ!」
ラドルフもそのことに驚いたのか小さく声を漏らした。
先頭の男が絶命し、勢いの弱まった突撃に私は躊躇なくバスタードソードブレイカ―を振り下ろす。そのまま続けて横に薙ぎ払い、あとに続く3人の胴をまとめて切り飛ばした。
もはや最初の勢いはなくなり、ほとんど棒立ちになっている襲撃者達を見て、私はラドルフに指示を出す。
「投げナイフだ。足が止まった奴から狙っていけ!」
そう言いながら私は近くにいる敵からバスタードソードブレイカ―で切り飛ばしていくが、ラドルフは一向に投げナイフを投げるそぶりを見せない。
「お、俺が殺し、け、牽制のつもりだったのに…」
動きを止めているラドルフに気付き、襲撃者のうち数人が目標をラドルフに定め、突っ込んでくる。
「――っ!!」
ラドルフまでの距離が少し遠い。ラドルフを救うためには、少々人間離れした動きになるかもしれないが仕方ない。
私は咄嗟に体勢を低く構え、バスタードソードブレイカ―を担ぐようにして疾走する。敵との間合いを一瞬で詰め、体を斜めに捻る様にしながら勢いよく薙ぎ払う。
弾ける様に飛び散る鮮血と臓物。それは周囲の木々に降り注ぎ、赤黒く染め上げる。
「下がれ、ラドルフ!!」
私が混乱したまま未だ正常な判断ができていないラドルフを庇うように、バスタードソードブレイカ―を構え直したその時、集団が移動してきた方向から大量の矢が降り注ぐ。
「これは…」
矢が降ってきた方向に私が意識を向けると、そこには20近い騎兵がこちらへ向かってきている。
「一人も逃がしてはならない!異教徒どもを殲滅しろ!!」
騎兵の指揮官がそう声を上げると、凄まじい勢いで突進してきた騎兵たちが集団を蹴散らす。
「あぁああああ!」
「やめ、まった、助け――」
断末魔の悲鳴と共に、異教徒と呼ばれる彼らは一方的に殺されていく。
そんな中、彼らと共にいた私達にも刃が向けられる。こんな状況で異教徒かどうかを判別しろというのも難しい話だが、とんだとばっちりだ。
私はラドルフを右腕で抱えると、バスタードソードブレイカ―を盾のように構え、騎兵の攻撃を受け流す。
彼らを蹴散らすことなど容易いが、こんな所で騎士達と敵対したくはない。
2撃、3撃と攻撃を受け流すようにしてしのいでいると、異教徒たちの殲滅はあらかた終わったらしく、私達は包囲されつつあった。
「私達は異教徒じゃない!剣を収めろ!!」
「こいつ!仲間を見殺しにして自分だけ助かる気か!!」
「足掻くな!異教徒めが!!」
憤慨する騎士達は、私の言葉を聞く気はないようで、騎士達はそれぞれ武器を構え私達に突撃しようとしている。
こうなったら仕方が無い、そう私が考えた時、指揮官が騎士達を制止した。
「止めろ、彼らは違う」
騎士達をかき分けて私達の前に姿を現した指揮官の男は、兜を脱ぐと私を正面から真っ直ぐ見詰める。
「あそこにある死体、やったのはあなただろう?」
指揮官の男が指し示す場所には、さっき私が蹴散らした数人の男達が無残な姿で横たわっていた。
「ああ、そうだ」
「やはりか。あのような殺し方、我々の中にできる者はいない。流石は闘神と言った所ですか」
周囲がざわつく。どうやらこの男は私のことを知っているようだ。ならば都合がいい。
「身元が分かったのなら、もう疑いは晴れたと考えていいのか?」
「ええ、ただそちらの子供は別です。闘神が子連れで旅をしているなど聞いたことも無いのでね」
疑いの矛先がラドルフへ向く。ラドルフの身元を騎士に探られるのはまずい。
「西の方で拾った子供だ。雑用をさせるために連れている。なんならギルドに問い合わせるといい。私が子連れで仕事をしていたことを、覚えている者もいるはずだ」
「なるほど、なら少しご同行願えますか?確認が取れるまでの短い間です。問題は無いでしょう?」
「…わかった」
こうして私とラドルフは不本意ながらも、投降した異教徒たちと共に連行され、身柄を拘束されることとなった。