Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
傀儡(後編)

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「さて、あなた方を連行する前に私達に武器を預けてもらいます」
 私達と話をつけた後、指揮官の騎士が武器を預けるように言った。その言葉にラドルフの顔色がみるみる青くなっていく。
 私達が手持ちの武器を騎士達に預けると、当然のように荷物の中を検め始めた。
 私にしがみつくラドルフ。その体は小さく小刻みに震えていた。
 無理も無い。あの中には、ラドルフの身元を証明する唯一の物がしまってある。ここで見つかれば連れ去られ、禍紅石を抉りだされるのは必定だ。
 一人の騎士が荷物の下の方を調べると、短剣を見つけたらしくゆっくりと荷物から取り出していく。
 その様子を見て息を飲み、眼を固く閉じるラドルフ。
 しかし、騎士の発した言葉はラドルフの予想外のものだった。
「この短剣も預かりますね」
「ああ」
 騎士が握っているのは、何の変哲もないごく一般的な短剣。その光景にラドルフは凄まじく驚き、同時に一気に気が抜けたのか、力無く私にもたれかかってきた。
 ラドルフには教えていなかったが、実はあの短剣を預かった時荷物から取り出し、私の体の内部で保管している。念には念を入れておいて正解だった。ここでラドルフの身元が露見すれば、私とてただでは済まなかっただろう。
 しかし、後でラドルフに上手い言い訳を考えておかなくてはならなくなった。このことで、私が人外だと知られてしまっては元も子もない。
 そう考えながら私がラドルフに視線を送ると、ラドルフは涙目で私を見詰めていた。ただ、それが窮地を救ったことに対する感謝なのか、短剣をすり替えていたのを隠していた事に対する恨み事なのかは、私にはいまいち判断できなかったが…。

 その後、私達は騎士に連行され、小さな村へと連れてこられた。
 そこには既にそれなりの数の騎士達が居るようで、村のそこらかしこに死体が転がっている。彼らも騎士達の言う異教徒、だったのだろう。
 そのまま村の中心の広場に連れていかれると、降伏したのか捕えられたのか、縛られて拘束されている異教徒と、そうでないただの村人たちが集められていた。
 騎士達はさっき捕えた数人の異教徒を、既に広場で拘束されている者達とをまとめて広場の中心に集める。
 私がそれらを眺めていると、さっきの指揮官が、広場で長椅子にもたれかかっている騎士に話しかけていた。
「隊長、これで全員です」
「うむ」
「では、後は手筈通りに行っても?」
「うむ、細かい指示は任せたぞ、副隊長」
 どうやらさっきの指揮官は副隊長だったようで、隊長の言葉を聞くと村人たちの正面に立ち、声を発した。
「これより異教徒の処刑を行う!皆はしかと見ておくといい、我らが神と国を裏切った者どもの末路を、目に焼き付けよ!!」
 縛り上げられた異教徒達は地面に転がされ、順番に首をはねられ始める。
「嫌だ!嫌だぁあああああ!!」
「殉教する我らに安らぎを、罪深き愚者達には地獄の苦痛を…」
「子供だけは、この子だけは――!!」
「…呪ってやる」
 様々な断末魔を発しながら、その首を地面に転がす異教徒達。
 その姿を見て、ラドルフ地面に汚物をまき散らす。
「う、おげぇえええ」
 私がその背中をそれとなくさすっていると、副隊長と呼ばれていた騎士が話しかけてきた。
「その子は、大丈夫ですか?」
「多分大丈夫だろう。これだけ多くの人間が処刑されるのを間近で見たんだ。仕方ない」
 私がそう言うと、その副隊長は何やら少し考えた後ラドルフににこやかな笑顔で話しかける。
「少年、勘違いはいけませんよ?」
「?」
 ラドルフは目の前の男が何を言っているのか分からなかったようで、私に視線を送ってきた。無論、私もよく分かっていない。
「彼らは異教徒です。人間じゃありませんよ?」
「――!」
 その言葉を聞いてラドルフは絶句する。そして同時に理解しただろう。目の前の男が、いかに自分と違う人間なのかを。
 その後副隊長と呼ばれる男は、ラドルフに向かって何かしら彼なりのフォローをしていたが、ラドルフはただ目の前で処刑される人々を虚ろな目で見続けていた。

     

 処刑のあったその日の夜、私とラドルフは村の宿屋の一室に軟禁され何もすること無くただベットの上に寝そべっていた。
 ラドルフはあれ以降一度も口を開いていない。
 私が何か言葉を懸けて慰めるべきなのかもしれないが、私に人の心を癒すような言葉を紡げるわけが無い。だからこそ、私はただラドルフの傍に黙って居続けた。私にできることは、ラドルフに”客観的な事実”を語ることしかできないのだから。
 夜も更け、部屋の入口の監視が2度交替した頃、ラドルフはようやく口を開く。
「あの副隊長、なんであんな風に…」
 その独り言ともとれる言葉は、部屋に響き、やがて消える。だが、その言葉がラドルフの考えに考えた末の疑問ならば、例え独り言であったとしても、私は答えるべきなのだろう。
「あれは恐らく教会出身者だ」
「…教会?」
「能力も人望も無い貴族が、騎士でそれなりの部隊を指揮する場合、教会で育てられた優秀な人間が補佐に付くことは珍しくない」
「だからって、同じ人間を――」
「同じではない、と教えられ、洗脳に近い教育を受けてきたのだろう。この国と、この国の神に害成す者は皆悪敵だと、あるいは悪だと」
 それを聞いてラドルフの顔色がさらに悪くなった。にぎりしめた拳は爪が食い込み、薄っすらと血が流れている。
「じゃあクレストや、神様が悪だって言ったらそいつはみんな悪なのかよ!」
「教会で育てられた者にとってはそうなのだろうな。そういう考えを持った者は、国にとって有益だ」
「有益って、そんなのただ言い成りになるだけの人間なんて、まるで――」
 そこまで言ってラドルフは言葉を止める。そこから先に紡ぐ言葉は、かつてのラドルフを、ラドールを指す言葉だ。
「お前はあいつと違い、自分で何が悪なのか決めることができる。だから考えろ。考え続ければ、少しは自分の思い描く”何か”に近づけるだろう」
 私の言葉を聞いて、ラドルフはベットに大の字に寝転んだ。寝てはいないようだが、心なしかさっきよりは顔色が良くなっている。
 そう、ここから先を考えるのはラドルフ自身がやるべきことだ。自分で考え、やるべきことを判断する力は、傭兵として生きていく上で最も必要な能力と言える。
 この力こそが、ラドルフの生存確率をより一層高めることとなるだろう。

 軟禁されてから約2週間、私達の疑いは晴れたようで、ようやく解放された。
 ラドルフも自分の中で何か決着がついたのか、軟禁される直前とは見違えるほど落ち着いているようだ。
 私達が預けていた武器や荷物を受け取る直前、例の副隊長がラドルフに話しかけてきた。
「一応、最後の確認として聞いておきましょう。少年、あなたにとって闘神とは何ですか?」
 ラドルフは少し考えると、真っ直ぐ副隊長を見詰め、ハッキリした声で言った。
「この人は誰よりも強くて、尊敬できる、俺の師匠です」
 ラドルフはそう言うと、私の方を見てにっこりと笑う。

 このことを後々思い出すと、その時の私には”嬉しい”という感情が僅かながらも存在していたように思う。そして正体不明の自身の感情に、戸惑いすら覚えていた。
 だが、そのわずかな戸惑いが何なのか分からないままでも、情勢は容赦なく変化していく。
 ”わたし”の想いと”私”の想いが混ざり、あやふやになりながら、ラドルフとの別れは、目前にまで迫っていたのだ。

       

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Neetsha