Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
”消す”特性

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 ダンテリオに私の正体を明かして約4年、リーズナ―の活動が安定してきたこともあって、リーズナ―の影響力を強める為に様々な行動を起こした。
 リーズナ―の者達が生んだ新しい学問や技術を各国に提供し、より強い権力者との繋がりを持つことで情報を得やすくし、コントロールする為だ。
 そんな中の一つに外部との関わりがほとんどない小さな村にコトダマ使いの情報を与え、コトダマ使いを育てさせ効率よく運用する方法を探させるというものがあった。ダンテリオの兄であるベスタリオ主導で行われたこの計画は、成功半分失敗半分という何とも煮え切らない結果に終わる。
 元々研究内容が日々増えてきているリーズナ―の負担を軽減するために、外部の者に委託することで解決しようとしたわけだが、コトダマ使いの効率的な運用方法自体は完成したものの、最終的に育てたコトダマ使いに逃げられ、禍紅石を失うという失態を犯した。リーズナ―がまだ軌道に乗っていない頃に発案され、実行されていた計画とはいえ、このような結果になる前に責任者であるベスタリオには止めることができたはずだ。
 手柄を欲するあまり手の引きどころを間違えたという風に、ベスタリオに対するリーズナ―の評価が下された所で私はダンテリオから話があると呼び出されることとなった。

「話というはベスタリオの一件か?」
「んー、まあそれも含めて色々とね」
 約8カ月ぶりに訪れたダンテリオの部屋は、以前にも増して資料の数が増えていた。よくよく見ると部屋の隅に山積みにされている多数の分厚い本などは、いつからそこに放置してあったのか黒いカビが生え、もはや読むことができなさそうな状態で放置してある。
 ダンテリオは首をボキボキ鳴らすと、軽く背伸びをして眼鏡を押さえた。
「じゃあ、まずはベス兄さんのことだけど…」
「ベスタリオには何かしら処罰を与える。そこは譲れないぞ」
「それに関して異論はないよ。ただ、今回べス兄さんが担当した計画、もしかして、いい結果が出ないことを見越して許可したんじゃないかい?」
「……何故そう思った?」
 ダンテリオは目をゆっくり細め、私を真剣な表情で見つめる。
「べス兄さんはお世辞にも研究者としては優秀とは言えない。でも統率力はあった」
「そうだ。だからこそベスタリオを副室長として使っている」
「でも、最近のべス兄さんは自分の能力を出世のためにしか使ってない。その行動が組織に悪い影響が出る可能性があるのにも拘わらず、ね」
「…そうだ。ここ最近のベスタリオの行動は目に余る」
「その処分するための理由が今回の一件っていうのは、随分大げさじゃないかい?」
「こういった計画でなければベスタリオは失敗などしないからな。あいつの能力は確かだ。なら、失敗させるには、一々指示の出せない外部の者を使った今回のようなケースが最適だ」
「…なるほど、ね。大体の事情は分かったよ」
 そう言うと、ダンテリオは大きく息を吐きながら椅子に深く凭れかかった。
「ベスタリオの一件についてはそれだけか?」
「うん、事情を把握しておきたかっただけだし、十分だよ。処罰に関しても異論はないからね」
「…処罰の内容を聞かないのか?」
「いいよいいよ。今回はべス兄さんの自業自得なところがあるし、一介の学者である僕が口を挟むことじゃないでしょ」
「……そうか、ならいい」
 ダンテリオの淡白な答えに私は妙に納得した。流石はあぶれ者揃いのリーズナ―で異端と呼ばれるだけのことはあるようだ。
「あー、そうそう、例のコトダマ使いのことだけど…」
 そして、何事も無かったかの様に仕事の話を始めるダンテリオ。その表情はさっきとは違い、まるで子供のように無邪気な表情だ。
「結構苦労したけど、何とか形にはなったと思うよ」
「ほう、思っていたよりも早いな。一体どうやった?」
「コストが記憶だったからね。下手に教育してもダメだったから、最終的には禍紅石を融合させる前の段階から体に教え込んだよ」
「体に?」
「うん。半ば拷問に近い”教育指導”ってやつだよ。候補が5人いた中で最後までもったのは一人だけだったけどね」
「分からんな。それで何が変わった?」
「基本的に記憶ってのは脳に蓄積されるものだろう?でも体そのものが覚えている事って多かれ少なかれあると思うんだ」
「それを利用したということか」
「まあ、あまり多くは無理だったけどね。これでもニーシャは他よりましな方だったんだよ」
「ニーシャ?」
 会話の途中で聞き慣れない名前が出てきたので、私は思わず聞き返した。
「うん、例のコトダマ使いの名前だよ。やっぱり記憶が無くなると自己の名称があるかないかで、自我の安定がだいぶ違うからね」
「その名前はお前が付けたのか?」
「そうだよ。消すことが特性であるコトダマ使い、”バニッシャー”からとってニーシャ。バニーって案もあったんだけど、流石にねぇ」
「お前が人の名前を気にするとはな」
「そうそう、バニッシャーで思い出したけど、ニーシャのコトダマの特性について君の意見が欲しかったんだ」
「私の意見?」
「うん。彼女のコトダマの特性は消すことだ。音や人の意識を一時的に”消す”力。でもそこが分からないんだよ」
「そこ、とは何だ?」
「音だけを消せたり、人の意識を消せるだけの特性ならまだ納得できるんだ。でも彼女のコトダマはその両方を可能にしている。禍紅石は結局のところ特定の物理現象に介入してそれを促進させたり、強制的に一定の物理現象を引き起こしたりすることができる。なら、ニーシャのコトダマはどんな物理現象に介入してこれを成し遂げているのかってことだよ」
「…なるほどな。お前の疑問はもっともだ。私も一度その禍紅石の力を見ているが、あれは恐らくあらゆる波を消すことができる力だ」
「波?」
「音は空気の振動、つまりは波だ。そして、人間の意識は電気信号つまりは電気の波で形成されている」
「へぇええ、人間の体の中には電気が流れているのか!」
「そこまで強いものではないがな」
「なるほどこれで納得したよ。そして興味がわいてきた!」
 急に興奮して立ち上がるダンテリオ。鼻息が随分荒くなり、その顔には笑顔が浮かんでいる。
「君は例のミラージュから脱走したコトダマ使いのこと覚えているかい?」
「ああ、あの消息不明の…」
「そのコトダマ使い、情報では魂すら”消す”ことができるコトダマ使いって話だよ」
「それに関しては信憑性が薄いな。宗教中心で廻っている様な国で下された評価だ。あまり鵜呑みにするのもどうかと思うがな」
「僅かな可能性でも、実際検証してみるまで疑い続けるのが僕達学者の仕事だよ!例のミラージュでの作戦が控えてて人手が割けないのは分かってるけど、そのコトダマ使いの消息については考えておいてくれないかい?」
「…分かった。覚えておこう」
 そう言いながら私は席を立ち、ダンテリオの部屋を後にする。
「魂かぁ。一体どんな特性なんだろうか」
 うっとりとした声で独り言を漏らすダンテリオを後目に、私は大仕事の準備をするべくリーズナ―実行部隊の下へ移動した。

       

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