Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
隻腕の道化

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 私がリーズナ―の状況を一通り確認した後、私が姿を現すとリーズナ―内部は一時混乱に陥った。
 多くの人間が出資者に見捨てられたか、出資者が死亡し、リーズナ―はこれから資金援助なしで運営しなければならないと考えていた人間が多かったのだ。
 それ故私は皆に詰め寄られ、何故今まで連絡係としての仕事を行わなかったのかを執拗に訊ねられた。表向きには出資者の存在が各国にマークされ、リーズナ―に連絡を取れば一網打尽にされる可能性があったからだと説明したが、納得した者は少ない。
 そんな中リーズナ―は三つの派閥に分かれる。もう出資者と手を切り、独自に活動すべきと主張するベスタリオの率いる派閥。私が与する今まで出資者に散々資金を援助してもらったのだから、今まで通り活動を続けようと主張する派閥。そしてダンテリオを筆頭にどちらにも興味を示さず、自分の研究に没頭する派閥である。
 このどちらにも興味を示さない集団がなかなかに厄介で、ベスタリオも随分頭を悩ませているようだ。人数は極少数なのだが、皆研究者としての実力が凄まじく優秀で、組織内での影響力も大きい。その為何としてでも自分の側に味方してもらいたいわけだが、下手に引き込もうと接触を何度も試みると、研究の邪魔をされたと勘違いし機嫌を損ねるような人間も結構いるのだ。
 そんな事情も相まって、互いの派閥の勢力をより強固なものにする為には、2つの派閥内で研究者の取り合いか、派閥を率いる者同士での直接対談が有効となる。しかし、かつてのリーズナ―の体制から脱却しようとしている派閥にとって研究者の取り合いは一方的に不利なものだった。
 それもその筈だ。今まで私が不在の間は、第一部署の人間全員が協力した上で何とか資金繰りに成功していた。しかし、私の側の派閥についてさえいれば、少なくとも資金集めに奔走する必要もなくなるわけだ。もちろんベスタリオ率いる派閥に資金集めをしながら派閥争いを続けるほどの余裕は無い。そして何より、ベスタリオの派閥に属している者は研究者としての能力の低い者が大半で、例え何とか組織の主導権を取れたとしてもそれに従う者が実力の低い者達では何の意味も無い。ベスタリオに残された手段は、もはや私との直接対談で私を打ち負かし、私が率いる派閥の結束を揺るがす程度のことだった。
 だがハッキリ言って、私に負ける要素は全くと言っていいほど存在しない。
 確かに今回の一件は私に誹があるが、それを収束させたのも私である。しかも、ベスタリオの派閥に居る者達には出資者からの援助を一切行っていない為、ベスタリオ派閥内部では日に日に不満が膨らんでいる始末だ。
 そんな中、ベスタリオが第一部署の構成員がほとんど出席する集会で、私に一矢報いるために様々な策を仕込むのも無理からぬことだろう。それを正面から打ち破ること自体、私にはさほど難しいことではない。
 ただ、ここでベスタリオを失うことになるのは少々惜しい。
 出資者からの支援なしで第一部署を維持したその指揮統率能力は、また私が同じような事態に陥った時に必要な力だ。
 そう考えた私は、第一部署の集会が行われる3日前に、ベスタリオと一対一で話し合うことにした。

「話合い、とは思いのほか穏やかな対応ですな。連絡係殿」
「私が君を問答無用で始末するとでも思ったのか?」
「連絡係殿が、というより出資者がそろそろ痺れを切らしたのかと思いましてね」
 そう言いながらベスタリオは笑い、その度にスカスカの右袖が揺れた。
「そんな愚かなことはしない。そして、させはしない。お前がどう聞いているのかは知らないが…ベスタリオ、お前の手腕は少なくともこちら側の派閥でも高く評価されている」
「私には”これ”しかないのでね」
 ベスタリオはひらひらと左手を宙で遊ばせる。自嘲めいたベスタリオの表情も相まって、その姿はまるで出来の悪い道化の様だった。
「やはり、あの時のことを随分根に持っている様だな」
「ああ、右腕のことですか。いや、まあそりゃあ恨みましたがねぇ。今はそこまでじゃありませんよ」
 かつて、失敗の責任として私はベスタリオの右腕を奪った。
 当時研究段階であった麻酔薬と止血剤の被験者が必要だったため、罰を兼ねてベスタリオにその実験に参加させたのだ。結果として麻酔薬は未完成、止血剤も無いよりはマシという程度だったらしいが、その報告レポートをどんな気持ちでベスタリオが書いたのかは私には知る由も無い。
「あの時はいっそ殺してくれとも思いましたがね。まぁ後で考えてみれば、実行部隊の連中は失敗すれば死ぬことがほとんどなのに、私達研究員の失敗で軽い罰では示しが付きませんからねぇ」
「…そうか。だが”国”への恨みは健在のようだな」
 私がそう話した瞬間、ベスタリオの表情が固まった。どうやら確信をついたらしい。
「ダンテリオから聞いたんですか?」
「ああ、勿論その後裏付けは取ったがな」
 かつてクレストとミラージュの国境の町で暮らしていたベスタリオとダンテリオ。その類い稀なる才能は田舎の町であったとはいえ有名だったらしい。
 しかし、クレストとミラージュの小競り合いの真っただ中にあったその町は、度々支配者が変わり混血である者も多かった。二人もその中に漏れずどちらの国の人間からも疑われ、蔑まれ、差別されていた。優秀な能力を持っていたとしても、混血であるが故にその才能は決して国に認められることは無いのだ。
「……なら話は早い。今だから言っておきますが、私は今のリーズナ―のやり方は気に食わない」
「だろうな」
「なぜです?今のままじゃ国同士を消耗させることはできても、政治を変えることも、滅ぼすこともできない!リーズナ―は何のためにあるんですか!!」
「それを一介の構成員であるお前に言うつもりは無い。だが、お前の言う通り、お前の望むような事の為にリーズナ―があるわけではない、とは言っておく」
 私は捲し立てるベスタリオに背を向け、歩き出す。
「お前がリーズナ―を変えたいというのならやってみるといい。それがリーズナ―をさらに発展させるのなら止めはしない。だが、それがリーズナ―の活動の妨げになるようなら、次は…排除する」
「……分かりました。いつか私がリーズナ―を率いて”国”に復讐する為にも今は、従いましょう」

 人は自らの求めるモノのためならばどんな犠牲を払ってでも手に入れようとする。努力する。抗う。
 例えそれが決して手に入らないと知っていても…。
 今もまた私の前で、野望を追い求め続ける道化が生まれたのだった。

       

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