Neetel Inside ニートノベル
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死んじゃえバイバイ
夢を諦めた男の場合

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 絵描きになりたかった。
 しかし、現実はうまく行かないもので、様々な横槍があり、
 私は普通のサラリーマン、それも、絵描きとは関係の無い地元の小さな会社のそれになった。
 最初は落ち込んだ。
 そして、自分を呪い、
 家族を呪い、
 他人を呪って、
 結局、諦めた。
 誰かを呪ったところで時間が取り戻せるわけでもないし、
 私の夢が叶うはずもないことに気がついた、
 というより、その行為に疲れてしまったというのが本当のところである。
 そんな紆余曲折があったが、今の生活にもそれなりに満足している自分があるのも事実ではあった。
 それを感じたときに、
 ああ、人は夢が無くても生きていけるのだな、
 なんて、皮肉を感じ、自分が大人になったのだなと、思った。
 
 午後九時、
 今日もサービス残業をこれでもかとやらされた私は、一人暮らしをしているアパートに帰宅をした。
 右手には、カバンと、ビールが二本とおつまみが入った小さなコンビニの袋。
 カバンをベットの上に放り投げ、コンビニの袋を小さなテーブルの上に置いた。
 テレビのスイッチをつけるとなにやら楽しそうな会話が流れてきたが、気にせず、私はスーツから部屋着にしている高校時代のジャージに着替えた。
 着替え終え、テレビのチャンネルを適当に変えてみるが、どうにも見たい番組、というものが無かったので、結局、さっきの番組にチャンネルを合わせ、
 買ってきたビールをあけ、その番組をなんとなく見始めた。
 
 昔を懐かしむほど年をとった覚えは無いのだが、こういう独りの時間はついつい考えてしまう。
 高校時代、
 ただ、絵描きになれればそれでいい、みたいな、漠然としない目標にただひたすら突き進んでいた。
 美術部に入部してある程度の知識を手に入れ、独学で絵について勉強、というか、絵を描き続けていた。
 特に秀でた才能に恵まれたわけでもないので、賞を獲得したり、教師に褒められるということも少なかった。
 でも、
 それでも、いつかはなれる。
 努力さえすれば、
 そう信じて止まなかった。
 しかし、所詮は現実を知らない高校生にとって、それは、あまりにも突然だった。
 「大学も専門学校にも行かせられない」
 高校三年の夏、
 両親に進路について相談したときに言われた一言だった。
 もちろん私は理由を問いただしたが、
 「そんな地に付かないモノのために出せるほど、ウチには金が無い」
 そんな感じのことを言われた。
 理解できなかった。
 てっきり、二つ返事とは言わないけど、賛成してくれるものだと根拠の無い自信があった。
 だって、一つ上の兄は普通に大学進学し、一人で好き勝手に大学生をやっていた。
 だから、私も、と思っていた。
 しかし、後で知ったことだったのだが、本当に私の家にはそこまでの余裕が無かった。
 実のところ、兄の大学ですら相当無理をしたらしい。
 でも、当の本人はそれを知る由も無く、それを知った後の私は、彼のことを本当に能天気な馬鹿と軽蔑した。
 色々他の手段を模索したが、特に才能も無い私に特待生の制度が適用されるわけも無く、
 当時やっていたアルバイトで入学資金を貯め、それ以降の学費を払えるほど稼げるわけも無く、
 どうやっても八方塞りであった。
 何故なのだろう、
 私が兄より先に生まれていたら、それが叶ったのだろうか、
 私に秀でたものがあればよかったのだろうか、
 考えてもどうしようもないことばかり考えてしまった。
 そして、他の友人達は希望した大学や、専門学校などに進学を決め、
 私は、希望もしていない就職を選ばざる得なかった。
 めちゃくちゃに暴れてやった。
 その当時、絵を描くために持っていた画材を叩き壊し、
 自分で描いた何枚もの絵を破り捨て、
 なんでもない自分の部屋にあった全てのものに八つ当った。
 その姿を見て両親は悲しそうな顔をするだけで、私には何も言わなかった。
 何も言わないのが当時の私は気にいらず、その事以降、しばらくの間、私は家に寄り付かなかった。

 今でも家族に許せないところはある。
 もちろん、過去の自分にも、それはある。
 でも、色々な事情を知ってしまった今となっては、表面的には諦めた、つもりでいる。
 しかし、心の奥底ではくすぶっている何かがあるのは事実で、
 衝動的に、今の仕事を辞め、再び昔の夢に向かって行動しよう、と思ってしまうこともある。
 だが、大人になるというのはこれほどまでに残酷なのだろうか、
 もし失敗したら、とか、
 手放しでそんなことして大丈夫なのか、とか、
 後先のことを考えるようになってしまっていた。
 だからつくづく思う。
 望んでない大人になんてなりたくなかった。

 買ってきたビールをすっかり飲み干してしまい、
 それでも足りなくなってしまった私は、冷蔵庫に買い置きのビールがあったことを思い出し、
 少し酔っている足取りで冷蔵庫に向かおうと、立ち上がろうとし、
 盛大に転び、部屋に一つしかない押入れの襖に頭から突っ込んだ。
 滑稽である。
 よかった、誰にも見られなくて、
 なんて、くだらないことを考えていると、
 多分押入れに入れてあったのだろう、古ぼけた水彩絵を描くための道具が変に曲がった襖の影からその姿を覗かせていた。
 あの時捨てたと思っていたのだが、はて、捨ててなかったのか。
 しかも、引越しの荷物の中にまぎれていたとは、不思議なものである。
 埃をかぶっていたが、そのまとめられていた道具のうち、絵の具の入った木箱を開けてみると、懐かしさがあふれていた。
 使いすぎるから余計に買っておいた白の絵の具とか、
 何故かまったく使わなかった黄色の絵の具とか。
 
 酔いがすっかり醒めてしまい、
 私はベランダに出て、さっき見つけた絵の具の一つを手に取り、夜空を眺めながらそれをもてあそんでいた。
 タバコに火をつけ、一息吐き出すと、煙は夜空に吸い込まれていった。
 アルコールによって火照った身体にとって夜の静かな風は気持ちよく、
 私はタバコを吸いながら、しばらく夜空や、遠くに見える夜の街を眺めていた。
 本日も世界は異常なく、ゆっくりと時を刻んでいた。
 私が吐き出すタバコの煙のように、夜空にとって、それは、ほんの些細なものであり、
 そこにどんな感情が込められていようと、夜空は関係なしにそれを吸い込み、拡散させてしまう。
 案外、環境問題なんて気のせいなのかと思ってしまうくらい。
 私は苦笑すると、
 携帯電話がメールの到着を知らせてきた。
 メールの文面は、会社の同僚からで、今から他のやつらとそっちに行ってもいいですか、どうせ飲んでいるのでしょう。
 という、予言者も真っ青の的中ぷりであった。
 まあいい、
 それじゃあ、折角だ、ちょうど買い置きの酒に手を出そうとしていたときだし、
 入場料と、場所の提供代として酒を買ってきてもらおう。
 だから私は、わざわざそいつに電話をして、
 「いいよ、それじゃあ、朝まで騒げるだけの酒を買ってきてくれ」
 半分冗談で、半分本気で、私は言ってやった。


       

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