事の経緯はこうだ。俺たち三人は、自宅警備員だった。「死にたい」と呟く毎日であった。そこへ、二月前の津波である。どうせ死ぬなら、何かでかいことをして死のう──、そう思い立ち、掲示板で同調者を募った。しかし、三人しか集まらなかった。
いや、三人も集まったのである。三人寄れば文殊の知恵である、デススターは「しにたい」と呟いてばかりいるひどいコミュ障だが、どこからか武器を調達してきた。ガチムチは自宅警備員の割には行動力があるようで、よく喋る。俺はヤクザのビルに乗り込んで壊滅させるという計画を立てた。三者三様、
「おい、何ぼーっとしてんだナイスガイ。今さら怖じ気づいたのか?」
という声に、俺はハッとした。
「いや、そんなことはない。ちょっと今までのことを思い出していただけだ」
ちなみに、ナイスガイとかガチムチとかいうのは、俺たちのコードネームだ。外見はどうみてもナイスガイでもガチムチではないかも知れないが、どちらかというと比較的ナイスガイで、比較的ガチムチだったから、会話を聞いた奴がびびりそうな名前で呼び合っているだけである。
ガチムチがデススターに向かって言った。
「デススターはどうだ。覚悟はいいか」
デススターは
「……しにたい」
とぶつぶつ呟いている。
「よし、OKだな」
とガチムチが言った。何がOKなのかは分からないが、俺もOKのような気がする。
「俺が綿密に練った作戦通り行けば、万事うまく行く。いくぞ!」
「おー!」
「……しにたい」
そう言って、俺たちは各々の武器をヤクザのビルに突撃していった。
夜なので、正面の自動ドアは開かない。そんなことは調査済みである。俺たち三人は、裏手の非常階段へ続く鉄格子を乗り越えて侵入した。
全九階建てのビルの、八階から侵入することにしている。八階には、ヤクザの親分の事務所があり、今夜は、深夜の白い粉の取り引きの報告を受けるために、まだそこにヤクザの親分がいる筈だ。非常口からその部屋は直結している。まず大将を殺ってしまって、あとは混乱に乗じて皆殺しにする、というのが俺の計画だ。
八階までは順調に駆け上がった。しかし、普段から運動しない俺は、既に疲れてしまった。
「ハァハァ……。ちょっと休憩しようか」
と俺は言った。
「そうだな」
とガチムチは答えたが、やはりハァハァ言っている。
「……しにたい」
デススターもハァハァしながら言っている。
「じゃあ、五分間休憩な」
と言って、しばし休憩タイムに入った。
ふと見上げると、ビルの隙間から見える空に、綺麗な月が掛かっていた。満月ではないし、半月でもない。中途半端な形をしている。何と呼ぶ月なのか、俺には語彙がない。ただ、月明かりは心地良かった。
「なあ、ナイスガイ、こんな緻密な計画立てられるのに、何で自宅警備員なんかやってんの?」
とガチムチが訊いてきた。
「ガチムチこそ、そんなに行動力があるのに、何で自宅警備員なんかやってるんだよ」
と俺は応じた。
「なんでだろうな」
とガチムチは言った。
「……なんでだろうな」
と俺も答えた。なんでだろう~、なんでだろう~、とお笑い芸人が俺の頭の中で踊り出した。
デススターは
「……しにたいしにたいしにたいしにたい」
とずっと呟いている。
「がたん」
と物音がした。
「しっ」
とガチムチは言った。俺も息を潜める。デススターは相変わらずぶつぶつ言っているが、声の音量は下げたようである。
静まりかえった夜空に、「かぁ~、かぁ~」と、カラスの鳴き声が響く。
「なんだ、カラスか」
「カラスなら仕方ない」
「……しにたい」
「じゃあそろそろ突入するか」
「そうだな」
「俺も突入してもいいかな」
「おう、かけもっちゃんも歓迎……って、うわあ!」
見知らぬチンピラ風の男が一人混じっていた。
「チンピラ風の男、じゃねえよ、マジでチンピラなんだよ俺は」
と男は言った。
「俺がタバコを吸いに非常階段まで出てきたら、話し声がするからこっそり聞いていたら、突入ってなんだ?素人がそんなオモチャみたいなモデルガンで突入とは笑わせるじゃねえか、ああん?」
と言って凄んできた。俺はビビって動けなかった。ガチムチもどうやら震えているようである。俺たちに所詮こんな大事は無理だったのだ。今のうちに謝って逃げよう。顔もマスクをして帽子をかぶっているからばれていない筈だ。
と考えていたら、「しにたい」と呟いていたデススターがおもむろに
「……しね!」
と言って、持っていたショットガンを、チンピラの顎の下からぶっ放した。
頭から上が吹き飛んだチンピラが、一メートルぐらい宙に浮いて、階段をころげ落ちていった。
返り血を浴びる俺たち。
「あわわわわわわ」
とガチムチが震えている。
「おい、ガチムチ、今さら怖じ気づいたのか?」
と俺は言った。声は震えていたかも知れない。目から汗のようなものも出ていたかも知れない。
しかし、事ここに至ると、もう後には引けない。
「そんなわけないだろ」
とガチムチは答えたが、涙声である。
建物の中で人の動く音がする。気付かれるのも時間の問題だろう。
「いくしかないよな」
「そうだな」
「……しにたい」
「いくぞ!」
「おう!!」
「……しにたい」
そうして、俺たちは八階のドアをぶち破り、突入した。
部屋の中には一人しかいない。事務所の革張りの高級椅子に座っている人物、ヤクザの親分ただ一人である。
俺たちは、少し拍子抜けした。
「お前たちが来ることは分かっていた」
とヤクザ親分は言った。
「何だと?どういうことだ?」
「ふっふっふ、まだ分からないのか。無敵となった私をとくと見よ!そして死ね!」
と言うや否や、筋肉が膨らみ、みるみる巨大化し、スーツを破り、三メートルを超える姿になった。肌の色は鋼鉄色で、目は赤く光っている。
「これじゃあまるでメカザンギだな……」
と俺は言った。
「メカザンギか、それなら近づかれないように間合いを保ったまま撃ちまくるだけだ。いくぞ!うらああああああああ」
とガチムチは叫んで、マシンガンをぶっ放した。俺もそれに追随するように、
「うおおおおおおおお」
と叫びながら援護射撃をした。
部屋の中をグルグル逃げ回りながら撃ちまくる。
しかし、メカザンギと化した親分の肌には、全く効いていない様子である。
「おいお前、ナイスガイ!あそこを狙うぞ!!」
ガチムチはマシンガンのカートリッジを交換しながら言った。
「あそこってどこだよ!!!」
と応じる俺。
「あそこってあそこにきまってんだろ、ちんこだよちんこ!男の弱点ちんこに決まってんだろ!!男にまんこがあるかよ!うんこを狙っても仕方ないだろ!?」
「おう!わかった!」
分かっていたが、一応訊いただけだ。
逃げ回りながら、今度は親分のあそこを狙う。あそことは、ちんこである。言うまでも無い。
あそこを狙っても効かないように見えたが、パンツ越しに、徐々に親分の股間が盛り上がってきたのが分かった。
「ム、むふぅ」
とよがる親分。親分はもう、追いかけることもできなくなったようである。
「気持ちいいのか?オラオラ!」
ガチムチが更に激しく股間を責め立てる。
「あっあっ」
とよがり声を出す親分。ぺたんと座り込み、M字開脚の姿勢になっている。俺はもう正視に耐えず、目を背けた。
と、廊下へ続くドアの方から、デススターが戻ってきて言った。
「……外の奴らはみんな殺してきた」
「マジかよ、お前って奴は本当に仕事人だな」
「……それからビルのあちこちに爆弾を仕掛けてきた」
「凄いなお前、斜め上を行くとはこのことだな」
「……あと30秒で爆発する」
「へぇ……さすが……って、な、なんだってー!!」
「……もう脱出は無理だ、一緒に」
と言っている首根っこを捕まえて、俺はダッシュで外へ飛び出した。もう片方の手には、ガチムチの手をつかんでいた。
火事場の馬鹿力というのだろうか、どう逃げたのかは覚えていないが、爆発するビルから脱出することができた。
崩壊したビルの跡には、多くの遺体に紛れて、恍惚の表情を浮かべた親分がM字開脚の姿勢のままで佇んでいたという……。
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その後、行く宛てのない俺たちだったが、退避勧告の出ている福島原発から20km内に潜むのはどうよ、あそこなら安全じゃね、とひろゆきが言っていたことを俺は思い出した。空き家は豊富にある、忍び込んでも誰も文句は言うまい。どうせ死ぬ身だ、放射能で多少寿命が短くなったところで、何ともなりはしない──。そんな話をして、福島原発へ向かうことにしたのだった。
朝になり、俺たちは電車に乗った。
常磐線は四ツ倉という駅まで運行していた。ここから福島第一原発までは、約50kmぐらいあるらしい。時速5kmで歩けば10時間で着く計算だ。休み休みいっても、夜までには着くだろう。
ガチムチと俺は、ゲームの話やアニメの話や、昔好きだった女の子の話など、他愛もない話をしながら歩いた。デススターにも話題を振ってみるが、また独り言のように「しにたい」とブツブツ呟くだけの奴に戻っていた。うん、こいつはこれでいいのだ。
……。
(疲れたのでおわり。途中でごめんね。)
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という夢を見たのさ。
遅く起きたが、今日は母の日だそうだ。コンビニで300円ぐらいで売ってたカーネーションを買ってこようと思う。津波もあるし、地震があるかも知れない。俺だって、親だって、いつ死ぬか分からないんだ。来年はないかも知れない。
母ちゃん、ごめん。来年はきっと、何とかするから……。