P-HERO
第五話:事件後。その周囲。
「わっけ分かんねえ!? ちくしょおおっ! 弾出ろくクソっ!」
銃を空撃ちする音が虚しく響く。英正は散乱した札束を申し訳なくも踏みながら犯人へと近づいていく。
「ひ、ひい!? 来んじゃねえ! コイツがどうなってもいいのかよ!?」
すでに驚異では無くなった銃を人質の女の子へ突きつける。なんと哀れな姿だ。英正は歩みを止めない。
「来んなああああ!」
終には人質を英正に向けて押し飛ばし、銃を投げつけ、札束を蹴り上げばらまき始めた。左腕で人質を打き抱え、右腕で拳銃を叩き落す。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
人質をゆっくりと座らせる。潤んだ目で英正を見上げる少女。目のやり場に困る格好だったので、すぐに目線を逸らす。一瞬しか顔を見なかったが、結構可愛い。しかも、見覚えがある。ちょっと考えたが、美少女を助けたことで不思議と高揚感が生まれて、どうでもよくなっていた。自分は男なんだと再確認できる瞬間だった。
『トドメはかっこ良く行こうぜ!』
「ああ。なんか、いい気分だっ」
今猛烈に格好良いんだろうな。くぅー。悪い気はしない!
隅っこで小さく蹲りガタガタ震える犯人の襟を左手で掴むと、思いっ切り持ち上げた。そして、そのまま運転席と荷台の境目まで行く。右手を振り上げ、一気に壁に突き出す。まるでダンボールにパンチを繰り出したかのように金属の壁は崩壊した。
「なっ、なんだあああああ!?」
「通りすがりの、お面ヒーローだ」
右腕をそのまま運転手にぶつける。運転手はそのまま気絶した。
『ノリノリじゃねえか……』
右腕を振り回し、穴を人が余裕で通れるくらいに広げ、そこにホスト風の男を投げ込む。助手席にいたもう一人にぶつかって二人ともノックダウン。討伐完了。僕ってばマジヒーロー。
さて、ここで一つ問題がある。どうやってこのトラックを止めるかだ。正直、調子にのりすぎてそこまで考えていなかった。しかも、運転手を気絶させてしまった。現役高校生の英正は免許なんて持っているわけがない。暴走トラック、街を行く。だが警察の迅速な対応で封鎖線が張られており、周りにはほぼ車がない状態だったのは救いだった。
「どーしよっ!? やべーよ!! 止まんねえよおお」
『……ブレーキ踏めよ』
「……なるほど。で、ブレーキってどれ?」
『はあ……。結局かっこわりいのな。そこだよ、左の』
運転席から素早く気絶した犯人をどけると、ブレーキを踏み込んだ。数秒で、暴走トラックは沈黙した。
銃を空撃ちする音が虚しく響く。英正は散乱した札束を申し訳なくも踏みながら犯人へと近づいていく。
「ひ、ひい!? 来んじゃねえ! コイツがどうなってもいいのかよ!?」
すでに驚異では無くなった銃を人質の女の子へ突きつける。なんと哀れな姿だ。英正は歩みを止めない。
「来んなああああ!」
終には人質を英正に向けて押し飛ばし、銃を投げつけ、札束を蹴り上げばらまき始めた。左腕で人質を打き抱え、右腕で拳銃を叩き落す。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
人質をゆっくりと座らせる。潤んだ目で英正を見上げる少女。目のやり場に困る格好だったので、すぐに目線を逸らす。一瞬しか顔を見なかったが、結構可愛い。しかも、見覚えがある。ちょっと考えたが、美少女を助けたことで不思議と高揚感が生まれて、どうでもよくなっていた。自分は男なんだと再確認できる瞬間だった。
『トドメはかっこ良く行こうぜ!』
「ああ。なんか、いい気分だっ」
今猛烈に格好良いんだろうな。くぅー。悪い気はしない!
隅っこで小さく蹲りガタガタ震える犯人の襟を左手で掴むと、思いっ切り持ち上げた。そして、そのまま運転席と荷台の境目まで行く。右手を振り上げ、一気に壁に突き出す。まるでダンボールにパンチを繰り出したかのように金属の壁は崩壊した。
「なっ、なんだあああああ!?」
「通りすがりの、お面ヒーローだ」
右腕をそのまま運転手にぶつける。運転手はそのまま気絶した。
『ノリノリじゃねえか……』
右腕を振り回し、穴を人が余裕で通れるくらいに広げ、そこにホスト風の男を投げ込む。助手席にいたもう一人にぶつかって二人ともノックダウン。討伐完了。僕ってばマジヒーロー。
さて、ここで一つ問題がある。どうやってこのトラックを止めるかだ。正直、調子にのりすぎてそこまで考えていなかった。しかも、運転手を気絶させてしまった。現役高校生の英正は免許なんて持っているわけがない。暴走トラック、街を行く。だが警察の迅速な対応で封鎖線が張られており、周りにはほぼ車がない状態だったのは救いだった。
「どーしよっ!? やべーよ!! 止まんねえよおお」
『……ブレーキ踏めよ』
「……なるほど。で、ブレーキってどれ?」
『はあ……。結局かっこわりいのな。そこだよ、左の』
運転席から素早く気絶した犯人をどけると、ブレーキを踏み込んだ。数秒で、暴走トラックは沈黙した。
「ありがとうございました!!」
人質であった少女は、はだけた服で上半身を無理やり隠して言った。英正はなるべく胸部に目線が行かないように意識しながら彼女の顔見た。そして、驚いた。
染められた金髪の髪。だが傷んだ様子はなくしっとりと美しい髪。見覚えがある、なんてものではない。だって、毎日この髪を後ろから見ているのだから。
(か、金上 香(かながみ かおる)……)
『お、こいつ学校でお前の前の席の奴じゃん。いやはや、世間は狭いもんだな』
英正はまだ戸惑いを隠せずにいた。幸いお面を付けているからいいものの、もし彼女に正体がバレたとしたら人生が終わる。それに確か「転校生を歓迎しようの会」に金上は参加していいたはずだ。つまり外にも複数のクラスメートが居る可能性がある。お、落ち着け……。冷静に対処すれば何とかなるはずだ。
「あ、あの……?」
金上は怪訝そうな顔で英正を見つめる。取り敢えず、声色を変えてなんとか乗り切る作戦を取る。
「お礼はいらない。もう大丈夫さ!」
『やっぱノリノリじゃねぇか……』
(……うっさい)
さて、長居は無用。もともと不運が重なった挙句この場にいるのであって、金上を助けたこともこれまた偶然。これ以上深入りする必要はない。
「じゃあなっ!」
『あばよっ!』
僕ら(チュウ太の声は聞こえていない)は彼女に一瞥すると、これまた申し訳なくも札束を踏みつけて、でもなるべく踏まないよう気をつけて、コンテナの開閉口を開けた。
「ヒーローだあああああ!」
「うおおおおおおおおおお」
「かっこいいいいいいい!」
「こっち向いてええええ!」
「写メとったあああああ!」
外にでると、大量の歓声と携帯電話付属カメラのシャッター音に包まれた。道の中心で立ち往生しているトラックの周りに野次馬がごった返していた。警察官らしき人達が懸命に混乱を沈めようと奔走している。
これは全部英正に対して来ているのか? ……いや、違う。これはこの仮面のヒーロー、オメンダーに対しての歓声だ。さっきの金上も同様だろう。英正に対してでは無いが、不思議と自分が注目されているように思えて、とても高揚感があった。もしオメンダーとしての自分を認めたとしたら、これはすべて英正に対しての歓声と同義になるのだろうか。いつも、学校で一人の自分とは違う、真逆の存在であるもう一人の自分が……。
『おいっ、取り敢えずここを離れるぞ!』
(あ、ああ……)
思いっきり地面を蹴り上げ英正は宙に浮いた。
人質であった少女は、はだけた服で上半身を無理やり隠して言った。英正はなるべく胸部に目線が行かないように意識しながら彼女の顔見た。そして、驚いた。
染められた金髪の髪。だが傷んだ様子はなくしっとりと美しい髪。見覚えがある、なんてものではない。だって、毎日この髪を後ろから見ているのだから。
(か、金上 香(かながみ かおる)……)
『お、こいつ学校でお前の前の席の奴じゃん。いやはや、世間は狭いもんだな』
英正はまだ戸惑いを隠せずにいた。幸いお面を付けているからいいものの、もし彼女に正体がバレたとしたら人生が終わる。それに確か「転校生を歓迎しようの会」に金上は参加していいたはずだ。つまり外にも複数のクラスメートが居る可能性がある。お、落ち着け……。冷静に対処すれば何とかなるはずだ。
「あ、あの……?」
金上は怪訝そうな顔で英正を見つめる。取り敢えず、声色を変えてなんとか乗り切る作戦を取る。
「お礼はいらない。もう大丈夫さ!」
『やっぱノリノリじゃねぇか……』
(……うっさい)
さて、長居は無用。もともと不運が重なった挙句この場にいるのであって、金上を助けたこともこれまた偶然。これ以上深入りする必要はない。
「じゃあなっ!」
『あばよっ!』
僕ら(チュウ太の声は聞こえていない)は彼女に一瞥すると、これまた申し訳なくも札束を踏みつけて、でもなるべく踏まないよう気をつけて、コンテナの開閉口を開けた。
「ヒーローだあああああ!」
「うおおおおおおおおおお」
「かっこいいいいいいい!」
「こっち向いてええええ!」
「写メとったあああああ!」
外にでると、大量の歓声と携帯電話付属カメラのシャッター音に包まれた。道の中心で立ち往生しているトラックの周りに野次馬がごった返していた。警察官らしき人達が懸命に混乱を沈めようと奔走している。
これは全部英正に対して来ているのか? ……いや、違う。これはこの仮面のヒーロー、オメンダーに対しての歓声だ。さっきの金上も同様だろう。英正に対してでは無いが、不思議と自分が注目されているように思えて、とても高揚感があった。もしオメンダーとしての自分を認めたとしたら、これはすべて英正に対しての歓声と同義になるのだろうか。いつも、学校で一人の自分とは違う、真逆の存在であるもう一人の自分が……。
『おいっ、取り敢えずここを離れるぞ!』
(あ、ああ……)
思いっきり地面を蹴り上げ英正は宙に浮いた。
数時間後、住江警察署――
この日、住江警察署内はこの街で初めて起きた凶悪犯罪の対応に追われていた。それは下っ端の木下はもちろん、ベテランの大分も例外では無かった。
「被害者の女性と犯人の調書できました!」
木下は不謹慎だがうきうきしていた。初めて自分が経験する凶悪犯罪。何もかもが新鮮だった。それを大分はため息をつきながら見る。
「ったく、顔がにやけてんぞ……」
そう言いつつ右手を伸ばし、資料を受け取る。
被害者、金上 香(かながみ かおる)。十六歳。住江高校二年在籍。本日、在籍するクラスの転校生の歓迎会に参加していたが、資金不足だったために銀行に入ったところ、偶然襲撃してきた強盗の人質に取られる。数分後、乱入してきた自称ヒーローによって救出される。外傷はほぼ無いが、念のため病院へ搬送。
加害者、保谷 澄人(ほたに すみと)。二十三歳。ホスト。なんらからの方法により拳銃を入手(現在調査中)。そこで思い立ち犯行におよんだ(本人談)。また、精神の錯乱有り。意味不明な供述を続けている。
最上 三郎(もがみ さぶろう)。十九歳。無職。同上。
糟屋 一樹(かすや かずき)。二十歳。コンビニバイト店員。トラックを運転し、犯行に加担。
「人質が無事だったのは喜ばしいことだが、この意味不明な発言ってのはなんだあ?」
読み終わった資料を机の上に投げ捨てて大分は言った。
「本当に意味不明なんですよ。銃は最強だーとか金は俺のものだーとか」
それを木下は拾い、丁寧にまとめる。
「……ふん。気が狂ったのか」
「まあ、これから専門家も来るみたいですし、それからですね。それよりも、あの後すぐ立ち去った仮面のヒーローに感謝状を……」
「まあたそれか……。ったくこれだからお前は――」
その日、住江警察署内が静になることは無かった。
この日、住江警察署内はこの街で初めて起きた凶悪犯罪の対応に追われていた。それは下っ端の木下はもちろん、ベテランの大分も例外では無かった。
「被害者の女性と犯人の調書できました!」
木下は不謹慎だがうきうきしていた。初めて自分が経験する凶悪犯罪。何もかもが新鮮だった。それを大分はため息をつきながら見る。
「ったく、顔がにやけてんぞ……」
そう言いつつ右手を伸ばし、資料を受け取る。
被害者、金上 香(かながみ かおる)。十六歳。住江高校二年在籍。本日、在籍するクラスの転校生の歓迎会に参加していたが、資金不足だったために銀行に入ったところ、偶然襲撃してきた強盗の人質に取られる。数分後、乱入してきた自称ヒーローによって救出される。外傷はほぼ無いが、念のため病院へ搬送。
加害者、保谷 澄人(ほたに すみと)。二十三歳。ホスト。なんらからの方法により拳銃を入手(現在調査中)。そこで思い立ち犯行におよんだ(本人談)。また、精神の錯乱有り。意味不明な供述を続けている。
最上 三郎(もがみ さぶろう)。十九歳。無職。同上。
糟屋 一樹(かすや かずき)。二十歳。コンビニバイト店員。トラックを運転し、犯行に加担。
「人質が無事だったのは喜ばしいことだが、この意味不明な発言ってのはなんだあ?」
読み終わった資料を机の上に投げ捨てて大分は言った。
「本当に意味不明なんですよ。銃は最強だーとか金は俺のものだーとか」
それを木下は拾い、丁寧にまとめる。
「……ふん。気が狂ったのか」
「まあ、これから専門家も来るみたいですし、それからですね。それよりも、あの後すぐ立ち去った仮面のヒーローに感謝状を……」
「まあたそれか……。ったくこれだからお前は――」
その日、住江警察署内が静になることは無かった。
次の日、住江高校――
話の話題はどこを見ても昨日の事件のことばかり。英正のクラスも例外では無い。更に言えば、校内で一番騒がしいクラスは英正のクラスだ。それもそのはず、この教室には台風の目というべき存在――
「カオルちゃん昨日は大丈夫だったー!?」
「あんなことになるなんて思わなかったよ……。本当に平気?」
「うん! だいじょうぶだよー!」
金髪のショートカットが似合う女の子、金上 香が居るからだ。そして彼女は英正の前の席でもある。噂の転校生、川喜田が隣の席で話題の少女、金上が前の席という状況下で人が英正の席の周りに集まらない道理は無かった。
話題は見事に二極化されていた。
前の席では事件の話、隣の席では「転校生を歓迎しようの会」の話。英正は机に顔を伏せて寝ている振りをしつつも、今一番気になる存在である川喜田の話に耳を傾けていた。
「昨日は大変だったねー」
「……そうですね」
「また今度ちゃんとやり直そうね!」
「……ありがとうございます」
数人の女子と川喜田の辿々しい会話が続く。川喜田はとても口数の少ない子だった。そして誰にでも敬語を話す。何度も周りが敬語を止めさせようとするが、どうにも直らない様子だ。そして、本題である「転校生を歓迎しようの会」のことだが、どうやらあの事件で中断されていたらしい。まあそれは当然だろう。流石に同級生が人質に取られてまで歓迎しようともされようとも誰も思いはする訳がない。
「あ、そーだ! 最初のお店で一緒に買ったストラップ付けてきた? 赤い星のやつ!」
「……」
「わー! やったー!」
「私達のとおっそろーい!」
おそろいのストラップ……か。しかし、女子は何故新しい友人が出来るとお揃いの物を付けたがるのだろう。女心はよく理解できない。
「これ、友達の証だよ!」
「……友達」
「うんうん! ずっと友達だー!!」
「……」
切なくなってきたので、そのまま寝ることにした。
話の話題はどこを見ても昨日の事件のことばかり。英正のクラスも例外では無い。更に言えば、校内で一番騒がしいクラスは英正のクラスだ。それもそのはず、この教室には台風の目というべき存在――
「カオルちゃん昨日は大丈夫だったー!?」
「あんなことになるなんて思わなかったよ……。本当に平気?」
「うん! だいじょうぶだよー!」
金髪のショートカットが似合う女の子、金上 香が居るからだ。そして彼女は英正の前の席でもある。噂の転校生、川喜田が隣の席で話題の少女、金上が前の席という状況下で人が英正の席の周りに集まらない道理は無かった。
話題は見事に二極化されていた。
前の席では事件の話、隣の席では「転校生を歓迎しようの会」の話。英正は机に顔を伏せて寝ている振りをしつつも、今一番気になる存在である川喜田の話に耳を傾けていた。
「昨日は大変だったねー」
「……そうですね」
「また今度ちゃんとやり直そうね!」
「……ありがとうございます」
数人の女子と川喜田の辿々しい会話が続く。川喜田はとても口数の少ない子だった。そして誰にでも敬語を話す。何度も周りが敬語を止めさせようとするが、どうにも直らない様子だ。そして、本題である「転校生を歓迎しようの会」のことだが、どうやらあの事件で中断されていたらしい。まあそれは当然だろう。流石に同級生が人質に取られてまで歓迎しようともされようとも誰も思いはする訳がない。
「あ、そーだ! 最初のお店で一緒に買ったストラップ付けてきた? 赤い星のやつ!」
「……」
「わー! やったー!」
「私達のとおっそろーい!」
おそろいのストラップ……か。しかし、女子は何故新しい友人が出来るとお揃いの物を付けたがるのだろう。女心はよく理解できない。
「これ、友達の証だよ!」
「……友達」
「うんうん! ずっと友達だー!!」
「……」
切なくなってきたので、そのまま寝ることにした。
事件解決後、某所――
その場所には何時ぞやのリクルートスーツにメガネといかにもインテリそうな女と数人の黒服の男達が居た。女はイライラした様相で、組んだ腕の間で指を忙しく動かしていた。
不意に、遠くからカツリ、カツリと足音が聞こえてきた。その音に黒服の男達は身構える。女はただ顔をそちらに向けた。
「お待たせ致しました」
暗闇から男の声が聞こえる。が、暗すぎて顔は解らない。
「遅いですね。三十二秒の遅刻です。殺されても文句は言えませんよ? それとその気持ち悪い格好もどうかしたらどうですか?」
女は辛辣な態度で言った。
「ふふふ。相変わらず手厳しいですねえ。まあ私はドMですから寧ろご褒美です」
「はぁ……。どうしてこう、貴方達は扱いにくい人ばかりなのでしょうか?」
「一癖、二癖あるのが私達ですのでねえ。まあ、ご愛嬌ということで」
「話すのも疲れますね。御託はここまでにしておいて、さっさと報告を」
「残念ですねえ。もうちょっとお話したいのですが。まあお仕事ですし。では報告を」
そう言って男は女にUSBメモリを手渡した。女はそれを受け取るとポケットにそれを仕舞った。
「その中にはこの街のヒーロー(笑)のここ一年のデータが入っています。確証を得るのに一年掛かりましたが、彼が鍵となる『寄生主』で間違いは無いと思われます」
「では、これであの『包帯男』がこの街にいることが確定というわけですね」
「ええ。ですが今日の彼はいつもと違って恐ろしかったですねえ。私は彼とはできれば殺り合いたくない」
男は大げさに身震いしてみせた。
「あなたが恐怖を覚えるとは、それほどの実力が?」
「実力は私が圧倒的に上でしょう。ただ……」
「ただ……?」
「……いえ、この場で言うのはやめましょう。また、あなたに会う理由にもなりますしね」
「なら聞かなくても結構です。……分かりました。あくまで『包帯男』がメインですが、我々の驚異になる場合は最終手段として『寄生主』の殺害を許可します」
「もう、いけずですね……。それとよろしいのですか? 会長はそれをお許しになりますか?」
「大丈夫です。あの御方もご了承なさるはずです」
女はそう言った後に「ではこれで」と素っ気なく一瞥し立ち去ろうとした。だが何かを思い出したらしく、数歩進むと男の方に振り返った。
「ああ、そういえば、058号がこの街に到着したようです」
「ほう、戻ってきましたか。これは心強い」
「『対抗勢力』のこともありますし、彼の活躍に期待しましょう。まあ前のように失敗しなければいいのですが」
ふっ、と女は嘆息した。
「以上です。ではまた」
その言語を最後に、こんどこそ女は周りの側近を引き連れてこの場を後にした。
「ふふふ、『ではまた』ですって。無意識なのか、故意なのか。ちょっと嬉しいですねえ」
男はそう呟くと、鼻歌まじりに闇の中へ消えていった。
その場所には何時ぞやのリクルートスーツにメガネといかにもインテリそうな女と数人の黒服の男達が居た。女はイライラした様相で、組んだ腕の間で指を忙しく動かしていた。
不意に、遠くからカツリ、カツリと足音が聞こえてきた。その音に黒服の男達は身構える。女はただ顔をそちらに向けた。
「お待たせ致しました」
暗闇から男の声が聞こえる。が、暗すぎて顔は解らない。
「遅いですね。三十二秒の遅刻です。殺されても文句は言えませんよ? それとその気持ち悪い格好もどうかしたらどうですか?」
女は辛辣な態度で言った。
「ふふふ。相変わらず手厳しいですねえ。まあ私はドMですから寧ろご褒美です」
「はぁ……。どうしてこう、貴方達は扱いにくい人ばかりなのでしょうか?」
「一癖、二癖あるのが私達ですのでねえ。まあ、ご愛嬌ということで」
「話すのも疲れますね。御託はここまでにしておいて、さっさと報告を」
「残念ですねえ。もうちょっとお話したいのですが。まあお仕事ですし。では報告を」
そう言って男は女にUSBメモリを手渡した。女はそれを受け取るとポケットにそれを仕舞った。
「その中にはこの街のヒーロー(笑)のここ一年のデータが入っています。確証を得るのに一年掛かりましたが、彼が鍵となる『寄生主』で間違いは無いと思われます」
「では、これであの『包帯男』がこの街にいることが確定というわけですね」
「ええ。ですが今日の彼はいつもと違って恐ろしかったですねえ。私は彼とはできれば殺り合いたくない」
男は大げさに身震いしてみせた。
「あなたが恐怖を覚えるとは、それほどの実力が?」
「実力は私が圧倒的に上でしょう。ただ……」
「ただ……?」
「……いえ、この場で言うのはやめましょう。また、あなたに会う理由にもなりますしね」
「なら聞かなくても結構です。……分かりました。あくまで『包帯男』がメインですが、我々の驚異になる場合は最終手段として『寄生主』の殺害を許可します」
「もう、いけずですね……。それとよろしいのですか? 会長はそれをお許しになりますか?」
「大丈夫です。あの御方もご了承なさるはずです」
女はそう言った後に「ではこれで」と素っ気なく一瞥し立ち去ろうとした。だが何かを思い出したらしく、数歩進むと男の方に振り返った。
「ああ、そういえば、058号がこの街に到着したようです」
「ほう、戻ってきましたか。これは心強い」
「『対抗勢力』のこともありますし、彼の活躍に期待しましょう。まあ前のように失敗しなければいいのですが」
ふっ、と女は嘆息した。
「以上です。ではまた」
その言語を最後に、こんどこそ女は周りの側近を引き連れてこの場を後にした。
「ふふふ、『ではまた』ですって。無意識なのか、故意なのか。ちょっと嬉しいですねえ」
男はそう呟くと、鼻歌まじりに闇の中へ消えていった。
『おきろーい』
「う……ん?」
目が覚めると、誰もいない教室にぽつんと一人いた。前方にある時計に目をやるともう四時半を過ぎていた。下刻時刻は遠く昔。寝ぼけていたため少々思考が追いつかなかったが、先に切なさが込み上げてきた。
誰も起こしてはくれなかったか。ハハ……。
外からは野球部の練習する音が聞こえてくる。英正はのっそりと椅子から立つと帰り支度を始めた。
『お前部活には入らないのか? 野球とかカッコイイんじゃないか?』
(……俺、運動苦手だし)
一瞬、チュウ太の力を使えば自分もスポーツで活躍できるのでは? なんて考えも浮かんだのだが、直ちにスポーツをすること自体が面倒臭いから却下という思考に至った。
昼食の時にバックの中に突っ込んだゴミを取り出すと、それを教室のゴミ箱に捨てていこうとした。そして、ゴミ箱の中を除いたとき、不燃物のゴミ箱の中にゴミとは思えない新品同様のキーホルダーが落ちていた。赤い星のストラップだった。
(ん? これって……)
『そういえば、転校生が買ったのはそれと同じストラップだったって盗み聞きしたな』
(盗み聞きとは失礼な)
『なら、ストーカー紛いの盗聴か?』
(すいません。ごめんなさい)
茶番はここまで。
さて、このキーホルダーはどうしたものか。きっと何かの拍子に落ちたのを掃除されてしまったのだろう。なら、拾って机の上に置いておくか。
そう思った矢先、教室の外から気配を感じ、英正は振り返った。
「……」
そこには無言のまま立ち尽くす川喜多が居た。
「か、かかか、カワキタサン!?」
「……それ」
川喜多は英正の持っているキーホルダーを指差した。そして、瞬時に英正は解釈した。
誤解されたと。他人の幸せを妬んでその象徴を奪い、そして捨てる外道な野郎だと。
誤解を解かなければ! そうしないとこの苦くもあるが、それでも安定している高校生活が崩壊してしまう!!
「ちちち、違うんだ! コレは俺が、捨てたんじゃなくって――」
「……私が捨てました」
「そ、そうなんだよ! これは川喜多さんが……ぇ?」
一瞬思考が停止した英正の手から、そのキーホルダーを強引に川喜多は奪いとった。
「……拾わなかったら良かったのに。拾われたら、また捨てなくちゃいけません」
「ど……どうして?」
その言語を聞いた彼女の目は、その場の空気を凍らせてしまうくらいとても冷たかった。
「……何かを持つことは、とても辛いから」
彼女はそう言い残すと、放課後の静けさの中に消えていった。
英正は、氷の彫刻のように、その場に立ち尽くしていた。
「う……ん?」
目が覚めると、誰もいない教室にぽつんと一人いた。前方にある時計に目をやるともう四時半を過ぎていた。下刻時刻は遠く昔。寝ぼけていたため少々思考が追いつかなかったが、先に切なさが込み上げてきた。
誰も起こしてはくれなかったか。ハハ……。
外からは野球部の練習する音が聞こえてくる。英正はのっそりと椅子から立つと帰り支度を始めた。
『お前部活には入らないのか? 野球とかカッコイイんじゃないか?』
(……俺、運動苦手だし)
一瞬、チュウ太の力を使えば自分もスポーツで活躍できるのでは? なんて考えも浮かんだのだが、直ちにスポーツをすること自体が面倒臭いから却下という思考に至った。
昼食の時にバックの中に突っ込んだゴミを取り出すと、それを教室のゴミ箱に捨てていこうとした。そして、ゴミ箱の中を除いたとき、不燃物のゴミ箱の中にゴミとは思えない新品同様のキーホルダーが落ちていた。赤い星のストラップだった。
(ん? これって……)
『そういえば、転校生が買ったのはそれと同じストラップだったって盗み聞きしたな』
(盗み聞きとは失礼な)
『なら、ストーカー紛いの盗聴か?』
(すいません。ごめんなさい)
茶番はここまで。
さて、このキーホルダーはどうしたものか。きっと何かの拍子に落ちたのを掃除されてしまったのだろう。なら、拾って机の上に置いておくか。
そう思った矢先、教室の外から気配を感じ、英正は振り返った。
「……」
そこには無言のまま立ち尽くす川喜多が居た。
「か、かかか、カワキタサン!?」
「……それ」
川喜多は英正の持っているキーホルダーを指差した。そして、瞬時に英正は解釈した。
誤解されたと。他人の幸せを妬んでその象徴を奪い、そして捨てる外道な野郎だと。
誤解を解かなければ! そうしないとこの苦くもあるが、それでも安定している高校生活が崩壊してしまう!!
「ちちち、違うんだ! コレは俺が、捨てたんじゃなくって――」
「……私が捨てました」
「そ、そうなんだよ! これは川喜多さんが……ぇ?」
一瞬思考が停止した英正の手から、そのキーホルダーを強引に川喜多は奪いとった。
「……拾わなかったら良かったのに。拾われたら、また捨てなくちゃいけません」
「ど……どうして?」
その言語を聞いた彼女の目は、その場の空気を凍らせてしまうくらいとても冷たかった。
「……何かを持つことは、とても辛いから」
彼女はそう言い残すと、放課後の静けさの中に消えていった。
英正は、氷の彫刻のように、その場に立ち尽くしていた。