Neetel Inside ニートノベル
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P-HERO
第八話:抗う者達。前編

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 最近の英正を取り巻く環境は、まるで平行世界に移動したかのように激変している。まあ、チュウ太が現れた時点で激変と言えなくもないが……。

 例えば学校。これまでなら登校したとしても何も無かっただろう。本当に言葉通り、何も。だが、今日は違った。

「あ、日向野君おはよー」

 教室の前で談笑している女子の一人が他でもない英正に声をかけてきた。染めた金髪にショートカットが特徴の金上だ。英正は唾を飲み込み、薄く息を吸い、腹に力を入れる。

 出るか? いや、出す! 出せる!

「……ぉはょぅ……ござぃます」

 蚊の鳴くような声。ま、まあ出ないよりは……良かったことにしよう。

「うおっ。お前……喋れたのか!?」

 真っ先に反応金上ではなく、隣にいた長身セミロングの女。
「あ、あかり~。ひどいよぉ」
 金上は膨れっ面になった。
「わ、悪い。冗談よ!!」
 彼女は米山 朱莉(よねやま あかり)。金上を見かければそこに米山在りと言えるほど仲が良い。そして、顔に似合わず意外と毒を吐く。今みたいに。

「て、てかさ、カオは日向野といつ仲良くなったの?」
「え~? 元々私の席の後ろだよ?」
「いや……まあ……。なら挨拶くらいは……そうよね」

 悲しいことに今日が初めてです。ただそれは沽券に関わるのことなので黙っていた。これ以上惨めにはなりたくない。

「……」

 英正はその場に閉口したままずっと立っていた。むしろ、そうしていることしか出来なかった。

 まず第一に、今自分が蚊帳の外である状況。膨れる金上、なだめる米山、傍観する英正。哀しいかな、居なかったことにされている気がしてならない。
 第二に、この状況下で、自分はいつこの場を離れていいのか、ということ。すでに蚊帳の外であるならこの場を離れても問題ない、そう考えていたが、それは間違いだった。この瞬間、もし英正が居なくなったとしたら、向こうはどう思うか。

 なんだ、あいつ私達のこと嫌いか? 仲良くしてやろうと思ったのに。

 これは非常に宜しくない。平穏なる高校生活が消え去る可能性がある。その思考がまるで影縛りのように英正を硬直させる。


 が、それも杞憂で終わった。


 校舎内に響く予鈴の音。

「あー、今日授業体育だあ!!」
「マジジャン。やっばっ」
「じゃ、日向野君、また後でね!!」

 英正は軽く二人に手を上げ別れの挨拶をする。救われた。なんとか、乗り切った。安堵する。平穏、なんていい言葉だ。

 しかし、女子に朝の挨拶をされるなんて、幼稚園以来か? 

『……体育、お前もだろう? 同じくクラスなんだから』

 そして、脆くも崩れ去る平穏。英正は泣きそうになりながら廊下を全力疾走した。










     

 昼休みに、一本の電話が入った。電話が振動するなんて、一週間に一回あればいいほうな英正は、ポケットの中で暴れる携帯電話に思いを馳せた。が、ディスプレイを見てすぐに嘆息した。

「もしもし! 高校生オッス!!」
「あー。どうも、お姉さん」

 ディスプレイに映った文字は『図書館』。電話の相手は受付のお姉さん。彼女は図書館内の電話を私物化している。よってこの電話も図書館からかかってきている。傍迷惑なことだ。

「突然、って言ってもいつものことだケド、今日空いてる?」

 今日は昨日に引き続き生徒会の仕事がある。でも昨日程度なら五時前には終わるだろう。

「五時過ぎなら大丈夫です」

 なのでそう返事をした。

「上等上等! いやー実はさー、入荷した本が溜りに溜まってて。高校生に手伝って欲しいんだよねー」

 いつものことだ。結局半分以上は英正がやることになるのだが。まあ不満は特にないけど。

「分かりました。じゃあ、後で行きます」
「ありがと!! じゃあ後で!」





 ――そして放課後、予定通り生徒会の仕事が始まった。 

「日向野……先輩、時間ありますか?」
 生徒会室での作業中、若干あどけなさが残るポニーテールの少女が英正にそう言った。
「あるよな?」
 そして、耳元でボソっとそう呟いた。
「あの、上座さん。ちょっと今日は図書館に用事が……」
「あ?」
 実際彼女はそう声には出していない。が、明らかにそういったニュアンスの顔をした。
「あ、大丈夫です! じゃあ、私待ちますから!!」
 しかしすぐに笑顔になり、そう言う。

 先日、彼女に必殺の『ダイナマイト・キック』を背後から喰らってから、主従関係が出来上がっていた。あの場は何とか逃げることに成功したが、今日はもう無理だろう。絶対逃げられない。

「待っててやるよ。ずっとな……」
 そして、耳元で呟く。黒い、黒いよこの子。空って名前に合ってないよ。



「日向野君と上座さんがあんなに仲良く……くそう、くそう……」
「ん、どうした大宅?」
「えっ!? いや……えっと……」





 そんなこんなで生徒会の仕事は終わり、英正は約束通り図書館へと向かった。上座とはその仕事が終わった後メールで連絡をとり会うことにした。


     


「……」
 開いた口が塞がらなかった。受付のお姉さんは頭を書きながらあははは……と苦笑いしている。

 目の前に広がるは百冊以上の本、本……。どれも乱雑にダンボールに突っ込んである。ふとダンボールに付いてる伝票のような物を見る。日付は一ヶ月前。呆れて物も言えないとはこの事。

「いや、忙しくてさ……本当にスンマセンでした!!!!」
「……半分はやります。お姉さんも半分はやってください」
「そっち早く終わったら手伝ってな!」
「……」


 落胆しつつも、渋々と作業に入る。


 それから何分たっただろうか。時間の感覚が集中力に比例して消えていく。そんな感覚に浸っていた、そんな時だった。



「あっ……」

 風船の空気が抜けるかのようなか細い声が聞こえ、それに反応し英正は振り向いた。如何にも虚弱体質そうな体つき、しかし見る人全てを魅了するくらい可愛い女の子がそこにいた。

「か、川喜多さん!?」

 先日の放課後の件を思い出し、ばつが悪くなったので視線を落とす。するとバッグに例の彼女が捨てた赤い星形のキーホルダーがついていた。

「あ……それ捨てて無かったんだ」
 思ったことが思わず口に出るのは、一種の病気だと自分でも思っている。ただ、友達が居ないので実害はほぼ無いが。……。

「……捨てられなかった」
 顔色すら変えず川喜多は言う。
「……でも、凄く重い」
「重い? バッグが?」

『ふーん……』
(何さ?)
『ま、お前にはわからんよな』
(なんだよ……)

 英正の言葉を聞こえなかった如く華麗に無視して川喜多は話を進める。
「……何で図書館に居るの?」
 まあ普通はそう思うだろう。だがこの流れは既に経験済みである。

「手伝いだよ。有志の」
(完璧だ……)
「……そう」
「え。う、うん」
 あっさりとした返答に呆気なさを感じた。
『ただの社交辞令に身構えるお前がおかしいんだよ』
(……うっせ)

 しかし困った。これでは会話が続かない。この空気はまだ慣れない。根掘り葉掘り突っ込まれるよりもこっちの方がきついかもしれない。

「……本、借りたいんだけど」

 沈黙に耐えられなくなったかは表情からは読み取れ無かった。だが、英正にとってそれは救いだった。

「えっと、何を借りるの?」

 図書館関連のことなら、何とかこの場を凌げる確信があった。

「……名前」
「な、名前? 本の?」
「……あなたの。ちゃんと聞いてなかった」

 確かに自分の名前は彼女に言ってなかった。こっちは自己紹介をされたもんだから、向こうも知っているものと勘違いしていた。とゆうか隣の席なのにお互いちゃんと自己紹介してない方がおかしいのか……?

「日向野 英正です。よ、宜しくね」
「……うん」

 また沈黙。だがこっちには新たに切れるカードが出来た。怖がる事はないのだ。
「じゃ、じゃあ、どんな本がいいの?」
 ふっ、完璧な返答(英正の中では)だ。

「……オススメは?」

 そう来たか。手元にある新刊と返却された本の山を漁る。そして、手頃な本を一つ見つけた。

「この『馬鹿と熊猫』ってのは面白かったよ」

 『馬鹿と熊猫』。けっして「ばかとパンダ」ではない。「ましかとゆうねこ」である。内容はふざけた題名からは決して想像できないような恋愛物である。バカな中学生マシカとパンダの様にのんびり屋な不思議少女ユウネコが中学校を舞台した事件に巻き込まれつつも親睦を深めていくもの。名言は「あいつが不思議なのは系統不明だからだな。パンダ的な意味で」いや迷言か……。まあ、誰に紹介しても恥ずかしくないような小説だ。


「……これ、面白いの?」
「人に……よるかも。僕は楽しかったけど」
「……そう……ありがとう」

 彼女は本を受け取ると、更に小さい声でお礼を言った。そして、彼女の表情が初めて少し変化したように見えた。それをしっかり確認する前に彼女はすぐにカウンターに向かってしまったので確証はないが……。微笑? 頬が少し上がったような……。何にせよ、悪い気はしなかった。

 心中に少しじんわりするものがあった。心地良かった。なんだか仕事がはかどった。 



 

     


 図書館での手伝いが終わったのは六時過ぎだった。急いでメールを上座にうつ。

「ごめんなさい。今終わりました」

 携帯を閉じて、一息つく。その次の瞬間には携帯が振動していた。
 メールはやはり上座からだった。この返信の速さ。これが最近の女子高生の常備スキル……。恐ろしい時代になったものだ。

「Re:遅い!!」

 そして内容も想像に硬いものだった。嘆息しつつも律儀に返信する。

「Re2:ごめんなさい。今どこですか?」

 エンターボタンを押し、また、携帯を閉じる。憂鬱だ。会いたくねえ。そもそも今逃げちゃえばいいんじゃいか? いや、結局は学校で殺られる。どうあがいても絶望か。
 ポケットに携帯をしまうと深く溜め息をついた。

「まっ、もういるんだけど」
「はなんっ!?」

 意図しない声が出た。振り向くと、それを聞いて笑っている上座が居た。まさしく神出鬼没。というかもっと普通に現れることは出来なかったのか?

「あははっ。あんた面白いね」

 一応上座は英正の一年下である。そして年下の女に面白い奴と言われる英正。傍から見ればもうヘタレ男子の烙印を押されても文句は言えない。チュウ太は『もうそう思われてんだろう』とぼそっと言った。一応聞こえてるんだからな?

「はぁー。じゃ、ちょっと場所変えようか」





 大人しく着いて行く。そして、商店街の少し外れにある大きめの公園についた。前はここにビルが建っていたらしいが、数年前に火災があって壊されたらしい。そして、ありがちだがその後幽霊が出るという噂が出た。頻繁に意味深長な花がいつの間にか供えられていることもあり、気味悪がって夜はほぼ人が近づかない。と、朋也に聞いた。実は英正もよく知らない。

 だが、そんな場所だからこそ、秘密の話をするには持って来いである。

 上座はベンチに腰掛けると、あんたもと言いたげにベンチを叩いた。それに促されるように英正も座る。こんな時間に女子と公園とか……。でもなぜか緊張しなかった。こいつには何も特別な感情が無い……からなのだろうか。

「回りくどいのもいやだし単刀直入に聞くけど、あんたはトモヤの何?」
「……幼馴染」

 一瞬、親友という言葉が出てきたが、それを声に出してしまうと何かが壊れる気がしてやめた。

「で、なんでオメンダーになってたわけ?」
「……成り行きで、です。それに僕はオメンダーになったわけじゃない」

 そう、きっかけはチュウ太が英正の中に出現したから。そこからは流されるまま、抗うこともなく今に至る。

「……でも、力は持ってる。そうよね?」
「……」
「腑に落ちないけど、今は納得しといてあげる」

 ベンチから立ち上がり、振り返って彼女は言う。なぜか笑顔。ただ、目は寂しそうな……。

「それと、あんたに渡すものがあるの」

 持っていた鞄からおもむろに袋を取り出す。そしてその中から見覚えのあるものが出てきた。

「あ、それ……」
「返すわ。私より、あんたの方が……相応しいよ」

 朋也の……もといオメンダーのお面。そこで初めて英正はお面を落としていたことに気づき少々焦ったが、それを悟られないように無言で受け取った。

「本当は私が欲しいけど……、そのお面はトモヤの意志そのものだから……」

 そんなものを、落としたことすら知らなかったなんて……。良心がナイフで抉られているように痛い。

「大事に、してよ……?」

 上座は目を潤ませながらお面を差し出す。英正は受け取るの躊躇した。自分は朋也の意志を継げるような男ではない。それに上座のことを考えると、更に受け取る気になれない。

『お前は、嬢ちゃんの気持ちを無駄にするのか?』
 何故いつもこいつはこう云う時にしゃしゃり出てくるのか。
『お前は、そうやって逃げるのか? せっかく貰ったのに、捨てるのか?』
 うるさい。欲しくて貰ったんじゃない。
『お前は――』

 英正はチュウ太の声が聞こえる前にお面を上座からひったくった。
(これでいいんだろ!!!!!!)
『さー、俺は知らん』
(な……)
 なんなんだよこいつはあああああああああああああああ!!!!

「言ったそばから手荒に扱ってんじゃねえぞゴラ!?」

 鬼が、目の前に居た。どす黒い声を発している。あの少女のどこからこんな声が……。


 そんな茶番を繰り広げていた。そんな時だった。
「そうか……仮面の英雄は二代目……ということか。納得した」


「!?」
「!?」
『!?』


 あまりにも唐突に声がしたかと思うと、静かな公園の暗闇の中から、人影が現れた。
 



       

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Neetsha